「落下の王国」 (THE FALL)

~絶景のただ中への落下~

2006年 インド/英/米 ターセム監督



ターセム監督の作品は数年前に「ザ・セル」を観た。「ザ・セル」も非常に印象的な作品で、ジェニファー・ロペスが好きでなくても、サイコパスの連続殺人犯を扱ったサスペンスであろうとも、その、人の心の中(殊に犯人の心の中)を描く心象風景の描写が奇妙な静けさと不気味さをともなって、美しく、哀しく、夢魔のようで、忘れがたい映像美と映像感覚だった。あの有名な馬の胴を輪切りにするシーン(このシーンだけで語られる事も多いけれど)だけではなく、漂白された女性の死体など、不気味でおぞましくもある反面、全編奇妙な美しさとストライキングな色彩感覚で彩られていて、時折思いだしてはふと観てしまう作品だったのだが、そのターセム監督が「ザ・セル」の次に繰り出したのが「落下の王国」だ。あの独特の映像感覚がファンタジー主体の映画で全面的に展開することを思うと心踊り、トレーラーを最初に観た時には絶対に劇場に観に行く!と思っていたのに、いざ封切りになるとなんだかその気がなくなり(気分屋なもので…)、放置しているうちに早朝またはレイトショーでしか上映されなくなってしまって、もはや行くのが億劫になり、劇場で観るのは断念した次第。


「ザ・セル」(2000年)

その後暫く忘れていた「落下の王国」なのだが、何故ふいに思いだしたかといえば、昨今ついに液晶大画面TVを購入したから。以前にも書いた事があるけれど、ワタシは新しいものにすぐには飛びつかない。殊に家電は滅多な事では買い替えない。やけに物持ちが良くて、あまり故障しないせいもあり、古いものを長く使う傾向がある。液晶大画面TVも別にこの夏に買うつもりはなく、今年の暮れか来年の春あたりでいいや、と思っていたのだが、過日、腕時計の電池交換に量販店に寄って、仕上がりを待つ間にTV売り場をひやかしていたら、サンプル映像のあまりのクリアさに、「うちのTVとは段違い平行棒だわ…。よし。もう、買うわ。どうせ必要なんだしエコポイントもつく事だし」という気分になってしまった。(今年はそういう人多いでしょうね)価格も下がって底を打ったし、時期が来たという事なのだろう。
その時サンプル映像として流されていたのは「300」「ダークナイト」。2つとも、我が家の25インチブラウン管TVで観るのとは雲泥の差。ことに「ダークナイト」に適宜差し挟まれる高層ビルの夜景の美しさに、如実に違いが出ている気がした。その場で量販店で衝動買いをしたわけではないが、ともあれワタクシも買いました。アクオスを。別にビエラでもレグザでもウーでもいいわいと思っていたのだけど、いざ買う段になると、やっぱりアクオスかしらん?なんて。で、届いたアクオス。TVの枠の左端に「世界の亀山モデル」というシールが恭しく貼り付けてあった。…さようであるか。

早速、「300」と「ダークナイト」のDVDで映り具合を点検した。うーん、満足。これこれ、これですよ。PCの液晶などとはスケールが違う。ふー。古臭い分厚い暑苦しい25インチTVを13年も使い続けてきた甲斐があったというもんですわ。それなればこその、この深い満足感。まぁまだ暫くブルーレイとかには手を出さないけれど、これで「気分はホームシアター」に一歩近づいた感じ、ではありますル。

と、ながなが「落下の王国」と無関係な話をしてしまったけれど、そんなわけで、大画面映えする映像の素晴らしい映画を何か観たいわ、と思って突如思いだしたのが「落下の王国」だったという次第。長い前置きで失礼つかまつり。


こういう構図はやはりCMを撮っていた人のそれだなぁと思ったりする


映像だけで、もう物語

ストーリー部分が弱いという話を聞いて封切り時に少し興味を無くしたのだが、この圧倒的な映像美には余分な筋書きなど必要ないだろう。1画面1画面、映像がふんだんに語りかけてくる。
重症を負った上、失恋までして自殺願望を秘めているスタントマンが、病院で知合った少女を相手に思いつきで語る物語がめくるめく映像として展開されるというわけで、全編これファンタジー以外のなにものでもない映像なのだが、よくあるハリウッド製のファンタジー映画の映像とはフィーリングが異なる。ワタシはこの映画を観ていて、子供の頃に大好きで持っていて、今は失われてしまった上質な挿絵のついた絵本を、長い空白の歳月の後で、映像で観ているような気分になった。気持ちよくそういう気分になれるだけでも、いまどきは貴重な事ではなかろうかと思われる。

美しい映像は音楽や美術が素晴らしければより引き立つわけだが、この映画もご他聞に漏れず、音楽が印象的な映像を盛り上げ、石岡瑛子の衣装が更にその映像世界を強力にサポートしている。
そしてターセムならではの演出としては、画面が切り替わるところで印象的なショットがパっと入ってくるのだが、これはいかにもCMを撮っていた人ならではの感覚だなぁと思わせられる構図が一瞬にして観るものを鷲掴む。かといって、映像だけに溺れたマスターベーションのような作品というわけでもなく、ただの環境ビデオのような仕上がりというのでもなく、それなりにファンタジー映画としてある世界観を成立していて、最後まで飽きる事なく、気持ちよく観終える事ができた。カラーのシーンだけではなく、冒頭のモノクロの映像にもターセムならではの美しさがあった。


石岡瑛子デザインの衣装はターセムの演出と相乗効果で独特の映像世界を構築する



最も観ていて気持ちよかったのは、象が泳ぐシーン。(そういえば全然関係ないけど「猫を抱いて象と泳ぐ」(小川洋子著)という小説もあったっけ)このシーンは音楽も良かったし、理屈ぬきに、気持ちよく水に浮かびたい気分になる映像だった。象が泳ぐというのはなんだか不思議な光景だが、適宜、効果音のように入ってくる象の鳴き声も幻想的な趣があった。あんなエメラルドグリーンの静かな海を象に跨ってどこかの入江まで渡る事ができたら、さぞ気持ちがいいだろうと思われた。

その他、世界中をロケして廻ったというターセムだが、一番多かったのはやはり故郷インドの映像だろうか。インド以外でも欧州や南米のあちこちで印象的な風景や建物を背景として取り込んでいる。インドを含むアジア地域の映像は、タージマハルやアンコールワット及びアグラの要塞、万里の長城以外には、これはどこ、とすぐに分ったりはしないのだが、それでも、物語の後半に登場する印象的な建築は、殆どインドのもののような気がする。整然としていながらミステリアスで独特だ。魅惑の建築物のある国には惹きつけられる。これまで、インドはかなり苦手だったのだが、古代建築はやはりえもいわれないものがある。行ってみたいとまでは思わないけれど。



東南アジアと言えばバリのケチャック・ダンスが登場したりして、微笑ましかった。そして、衣装デザイナー・石岡瑛子の影響か、ごく一部にちらっと日本的なテイストも中国テイストと折衷で匂わせる程度に登場する。ワタシが一番日本風味を感じたのは、双子の弟を殺された仮面の山賊が復讐を誓うシーン。縦長い旗がサムライ物を想起させる。



また、劇中の山賊と姫の結婚式のシーンの衣装と演出もいかにもなテイストでターセム的世界を展開していた。これは即、何かのCMで使われそうな映像でもある。少し前ならソニーあたりがTVのCMに使ったかもしれないという気がする。



その他、象徴的に登場する幻の蝶や、主人公が飛び降りをよくやるスタントマンであったということで、彼の物語に登場する人物は次々に落下して消えていく。主人公の心象を「落下」が表すという構造はわりにシンプルで捻りもないので、物語としては特にね、という感じにもなるのだろうが、この映像には、物語はシンプルな方がいいのだと思う。

ターセムは狂言廻しの少女アレクサンドリアを演じるカティンカ・アンタルーをとても気に入っていたようだが、画面で最初に登場した時には、なんだかまるまるして、可愛くもないし、なんでこんな子を使うんだろう?と思ったりもする。が、演技を離れたような自然な表情や、彼女本人の素朴な疑問のようなものがセリフの中に漂って、瑞々しく自然な雰囲気がある。ルーマニアの少女だけに英語がたどたどしいのも狙った効果が出ているのだろう。自然を背景にしていながら、極度に人工的なものを感じさせる映像美を駆使した物語の中で、登場人物には素朴さを求めたというのは、なんとなく分る気もする。作為がないのが一番良かったのかもしれない。
主演のスタントマンを演じるリー・ペイスは、これからぐっと出てくるのか、しゅるしゅるといつの間にか消えてしまうのか、どちらもありうる、という感じの俳優。今後の作品次第かもしれない。


ころころのカティンカ・アンタルーとリー・ペイス

三つ編みの少女が、周囲の人間をファンタジーの登場人物に取り込んで、自らも物語世界に入るという構図は「オズの魔法使い」なども、ふと想起させる。

とにかく、監督がそのイマジネーションをおもうさま画面に展開した作品で、予算の関係もあるだろうし、元々ターセムの頭の中にあったイメージをどれだけ映像化できたのかは分からないが、ここまで好きなように撮れれば不足はないに違いない。ワタシ的にも実に大画面液晶映えする映像で大満足した。
新作映画は劇場に観に行って、好きな映画はDVDやデジタル放送で家で寛いで観る。これぞ至福の映画生活、…と無邪気に喜んでばかりいないで、エコポイント貰うのも忘れないようにしなくっちゃ。

コメント

  • 2009/08/16 (Sun) 15:08
    見られましたね~!

    kikiさん、こんにちは!
    TV買われたんだ~。いいなぁ。
    そうか、そんなに映像が違うんだ。
    この映画はそんなTVで見るにはピッタリですよね。
    ストーリー云々より、この構図で撮りたい!
    こういう絵が撮りたい!という部分を最優先してるよね。
    で、そこまで俳優連れて行って、ちゃんと撮ってるのが凄いよなぁ・・・と
    映画の出来以前にビックリしたところです。
    私もこれ見て、建築物好きとしては、インドの建築物
    凄いよな~と、興味津々でした。だけど、確かに行くのは大変だ(笑)。
    そーなの。あの女の子微妙よね~。どうも私は可愛いとは思えなくて(笑)。
    リー・ペイスも確かにどっちへ転ぶかって当ってる。

  • 2009/08/16 (Sun) 20:30
    うん、見ました~

    劇場で見逃してシマッたな、と思ってたけど、ワタシ的にはホームシアターでもけっこう満足した感じ(笑)今ごろ液晶TV買って喜んでるのもナンだけどね。TVやデッキの映像について凝りだすと天井知らずだし、最近はもうブルーレイじゃないと話にならないよ、チッチッチ!みたいな風潮もあるけど、長年古いブラウン管TVを使ってきた身からすると、液晶TVに替えただけでもそれなりに「おぉ~」という感動がありましたわよん。で、久々に「300」をクリアな横長の大画面で観たら、改めて作り込んだ映像で独自の世界観をぶちたてているなぁと思ったざんすわ。あのシワ妃だけは大写しにも耐えないし、やはり×だけどネ。(笑)
    で、「落下の王国」は思う存分、脳内のイメージをふんだんなロケで映像化していったのね~というのがこっちにも伝わってきて観ててカタルシスがありましたね。CGバリバリで映像を作るのが当り前の昨今、そこに行かなければ撮れない映像を俳優を連れていって実際にその場で撮った、という事に希少性という付加価値がつくようにもなってきたような。そしてインド。ひと口には語れない国だけどやはり長くて深い文化と歴史があるから建築物も魅力的。数学的な整然とした美しさと神秘性が同居した建築という感じね。行かなくてもいいんだけど、やはりインドは侮れないわ。そして、あの小デブの娘はacineさんもダメだった?観客の立場からするとあまり受け入れられないよね、可愛くないから。監督が何を面白いと思ったのかは何となく分る気もするんだけど。リー・ペイスの明日はどっちだ?ってやっぱり思った?彼はなんとなくそんな感じなのよね。ふふふ。

  • 2009/08/19 (Wed) 00:50

    「落下の王国」は前に吾唯足知さんのところで見て注目してました。
    紹介されてる画像だけでも美術、衣装、映像、素晴らしい!ってわかりますね。
    是非観てみたいわ~(レンタルでみつけなくちゃ)。
    「ダークナイト」はひょっとしてスターチャンネルで?
    夜景だけでなくクリスチャンもより綺麗に映ってませんでしたか?(笑) 
    もうあれから一年がたつのなんて、早いわぁ~。
    新作の「3時10分 決断のとき」は県内でも上映があったので行ってまいりました。
    クリスチャンとラッソーなかなかですよ。kikiさんも新宿ピカデリーまで是非是非!(笑)
    テレビといえば、ウチは娘がレグザを買って見せてもらってたんですが、今度一人暮らしをすることになったので一緒に持っていくそうで(当たり前ですが)・・・また古いテレビに逆戻り。
    そのうちに、と思ってますー。



  • 2009/08/19 (Wed) 07:09

    ジョディさん。何か日常と離れたイマジネーションの世界が観たい、という気分になったら「落下の王国」お薦めですよん。もう一般作になってるので半額の折りにでもお試しあれ、でございます。そして液晶大画面もかなりお手ごろになってきたし、エコポイントは金券などに替えられて、古いのをリサイクルして買い換えると更に3000ポイント余分に付くので(リサイクル代を還元するという事らしいですわ)、どうせ買い換えるなら来年3月末までの間がお得でございましてよ。で、クリ坊大好きのジョディさんは少し前から「3時10分~」を大プッシュですが、ワタシ8月の封切り映画は1本位しか観たいのがなく、それは「3時10分~」じゃないんですよ。すみませぬ。出来は悪くないのかもだけど、あれにはちょっと食指が動きませんのよね。(近くでやってても行く気がしないのに、ましてや新宿だけではね…)前からお薦めしてますけど、この際、ご自分でレビュー書かれては?クリ坊のファンサイトを開設するとか。同好の志で盛り上がるかも、ですわよ。案外始めてみると簡単かも。娘さんも独立されることですし、主婦ブロガーデビューの時期かも(笑)

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