「キャデラック・レコード」 (CADILLAC RECORDS)

~ビヨンセの “At Last”~

2008年 米 ダーネル・マーティン監督



今年の夏は7月こそ少し蒸し暑かったものの、8月に入ると妙に曇って涼しくなり、朝と晩にはそよそよと風が吹いて、20日を過ぎると夜には秋の虫が一斉に鳴きはじめた。もう秋が来ている。確かに猛烈に暑いのは疲れる。涼しいと楽でいいし、来年は花粉の飛散量も少ないだろうから有難いのだけど、モワリと生ぬるく気の抜けた夏を象徴するかのように、8月の封切り映画はワタシ的には何となく食指の動かないものが殆どだった。が、この作品だけはひと月程前にトレーラーを観た時から行こうと決めていた。そんなわけで今回は、ワタクシが8月に唯一映画館に足を運んで観た映画、「キャデラック・レコード」でございます。

タイトルバックから50年代アメリカの「キャデラック」的なムードがたちこめ、あらゆるものが大きく、優美な曲線をもっていた50年代のフォルムを代表するようなキャデラックのラジエーター・グリルを眺めつつ、すっかり気分は50年代のシカゴへ。

シカゴ・ブルースの元祖、マディ・ウォーターズの曲は、その人の曲と知らずに耳に馴染んでいたものがあった。マディはミシシッピで綿花を摘む農夫だったが、ある時、天分に目覚めてシカゴへ旅立つ。ジェフリー・ライトといえば、ワタシの中ではCIAのフェリックス・レイター(ダニエル・ボンド・シリーズにおいて)だが、今回は含み綿でもしているのか頬がちょっとぷくっとして、南部訛りで喋り、団子のようにリーゼントヘアを盛り上げたブルース歌手に扮していた。適当に女遊びもする、モテるミュージシャンの役で、折々シブくキメていた。マディの歌も、演じるジェフリー・ライトが歌っているとの事で、最近は俳優でありつつ歌も玄人はだしに歌えるという人が本当に多いなと改めて感心した。


ジェフリー・ライト この団子頭を見よ!

マディ・ウォーターズやリトル・ウォルターなどは実物を知らないので劇中の人として観ていたが、モス・デフ演じるチャック・ベリーが画面に登場すると、うひゃひゃ?!と受けてしまった。モス・デフ、いやもうチャック・ベリーにソックリ。彼が歌も歌っているが、実にバッチリとチャック・ベリーが出来上がっていた。「maybelline」なんて、ほんとにもう、お見事でざました。あの名刺代わりのダック・ウォークも当然のようにサマになっていた。チェス・レコードの黒人アーティストたちは、ブリティッシュ・ロックの草分けとなるバンドに多大な影響を与えているのはワタシもちらっと知ってはいた。チャック・ベリーがジョン・レノンの神であるとか、マディ・ウォルターズをローリング・ストーンズが崇拝していた、とか。マディの曲のタイトルをバンド名にした、というエピソードを若きミック・ジャガーがマディに言うシーンがある。ミックを演じる俳優はミックよりも、「時計じかけのオレンジ」のマルコム・マクダウェルに似ている気がしたが、何か微笑ましいシーンだった。


モス・デフのチャック・ベリー 見ていて嬉しくなってしまった

そして、彼らをプロデュースし、自らのレーベルを立ち上げてひとつの歴史を作った男、レナード・チェスにエイドリアン・ブロディ。特に好きだというわけでもないのだけど、この人の出る映画はなんだか観に行きたくなる事が多い。「ハリウッド・ランド」は割に期待して観に行ったものの竜頭蛇尾で拍子抜けしたが「ダージリン急行」は面白かった。もちろん「ジャケット」も良かった。
本作ではエイドリアン十八番のポーランド移民役で、なかなかいい味を出している。彼の演じるレナード・チェスを観ていて、プロデューサーというのは面白い仕事だなとつくづく思った。自分がやりたい事が明確になっていて、それを具現化してくれるような才能をタイムリーに見出す事が出来たら、また、そんな才能がわいわいと湧いて来るような場所と時代にめぐり合わせたら、何か新しいものを生み出すという事と、自分の人生を不断にそれに賭け続けるスリルの醍醐味を双方味わい尽くす事ができるわけである。こんな面白い事は世の中にそうはないだろう。



野性の勘を働かせてミュージシャンと契約する。何からいつ芽が出るのか分からない。分からないけど、何かあると思った自分の嗅覚を信じ、アーティストの才能に賭ける。常識に捉われない。面白いと思う事はやらせる。DJにハナ薬を嗅がせても、とにかくラジオでレコードをかけてもらう。黒人への偏見を持たない白人の社長レナード・チェス。この時代にあっては稀有な事だ。が、人種偏見は無いが、金銭には執着心がある、というところもさらりと描かれている。彼は廃品回収屋から身を起こし、クラブオーナーを経てレコード会社の社長になった。所属アーティストへの印税は現金よりも新型のキャデラックで支払った。アーティストたちは、車もいいけどお金もよろしくよ?、という気分になったことだろう。



ともあれ自分の傘下で売れてくると、レナードは気前よくキャデラックを買い与えた。ぼろいアパートに住んで車だけキャデラックでもねぇ、つらいやねぇマディ。お金といえば、チャック・ベリーは中流程度の家に生まれた不良少年のくせに、お金には締まり屋で無駄使いをしなかったらしい。ホテルに泊まらず、車の中で寝たり、レストランに入らずあっさりと買ってきたもので食事を済ませるなど無駄使いをしないので忽ち預金残高は膨れ上がったが、女好きが病で墓穴を掘ったというのが面白い。

50年代といえば、アメリカは世界一の国力に酔っていた時期。人種差別もまだまだ強烈だった。黒人がちょっといきがっていると、警官がいわれもなく絡んできてみせしめのように叩きのめす。黒人お断りの店も多く、コンサート会場でも白人席と黒人席の間はロープで区切られていた。チャック・ベリーの登場でブルースからロックへと音楽シーンが変り、ロックへの熱狂が白人と黒人の区切りをいやおうなくとっぱらった。そんなチェス・レコードの最盛期に一人の女が現れる。エタ・ジェイムズ。ビヨンセ登場である。


むっちりめの女豹のようなビヨンセのエタ

エタ・ジェイムズ本人よりもビヨンセの方がずっと美人なので、よく知らない世代にはイメージアップになりそうだ。(かくいうワタシもエタ本人を知らなかったので本人の写真を見て…アラと思ったクチ)それまで商売一途で来たレナード・チェスは、エタの生意気で強がりを言う強烈なキャラと圧倒的な歌唱力に惹きつけられる。ブロンドにブリーチした髪に太い眉、アイラインのくっきりと入った60年代メイクのビヨンセ。ダイナマイトボディをタイトなワンピースに押し込んで、何から何まで迫力があるが、丸い目で愛嬌もある。ビリヤードをするシーンでの、鋭い球の衝き方などもサマになっていた、歌も数曲披露してくれるが、なんといっても素晴らしかったのは、絶品の「At Last」。ストリングスの入ったイントロが優美な50年代を象徴するかのようなアレンジも素晴らしいが、その歌声にもうっとりと聴き惚れた。映画で聴いてもこれだけウットリなんだから、大統領就任式のパーティで、生でその歌声を聴いたなら、さぞかしトリ肌がたった事だろう。オバマ氏も思わず涙ぐむわけである。音楽映画なので、歌唱や演奏のシーンは文句なく楽しいが、中でもビヨンセの「At Last」は本当に絶品だった。それを聴くためだけにでも、この映画を観に行く価値はあると思う。

また、エタの強がりの裏の弱さを感じ取ったチェスが、彼女に惚れてしまうくだりもなかなか良かった。下がり眉に憂いがちな目、長い大きなかぎ鼻のエイドリアン・ブロディ。いつ観てもあの鼻はちょっと…と思いつつ、毎回なんとなく気になる俳優である。もしやワタシ、ちょっと好きなのかしらん。 え?あの鼻を!?…う?む。



偏見なく黒人アーティストの才能を伸ばし、金儲けもしたが暖かく家族のように彼らを擁護したレナード・チェスが、黒人を搾取する経営者のようにそしられたりするシーンは、ギャラ問題などがこじれがちなショービズ界では仕方が無い事かもしれないが、どんな蜜月もいつまでも続かないという事をほろにがく認識させられる。60年代も終盤に入り、チェス・レコードのよき時代は終焉を迎える。

というわけで、40年代末から60年代末にかけて、シカゴから一時代を築いたチェス・レコードというレーベルと、そこで生み出された黒人音楽、所属アーティストたちの人間模様を描きつつ、様々な光と影、栄光と衰退を経てのち、本物の才能はきちんと讃えられる、というラストでほっと和み、エンディングにまたビヨンセの歌が流れ、このたびはあれこれと楽曲のクレジットをチェックしたいので終わりまで席に座っていた。クレジットで確認したい部分(大抵は楽曲)がある時は座っている。無い時はさっさと出る。

この日、恵比寿ガーデンシネマは割引デーだという事もあり、ほぼ満員。男女比も半々だった。みな楽しそうに映画の世界に没入していた。
外に出ると夜風は涼しいを通り越して肌寒く、8月でこの寒さはなんだろう?と首を傾げたが、駅までの長い道のり(動く舗道があってもやはり長い)を歩きながら、脳裏にビヨンセの「At last」がリフレインしつづけた。
久々に歌を聴いて心が動いた夜だった。

***
その後、興味が湧いてエタ・ジェイムズご本尊の「At Last」を聴いてみたが、低めの声に迫力と魅力があり、ビヨンセのようにさら?っと綺麗に歌っているのとはフィーリングが異なり、ブルージーなノリでとてもよかった。クリスティーナ・アギレラのもついでに聴いてみたが、やはりエタの歌唱が一番グっと来る気がする。それにしてもアメリカにおいて長く差別を受けてきた黒人社会が、ついに同胞から大統領を送りだすに至った夜に、ビヨンセの歌った「At Last」には長い長い間の屈辱と屈託、そしてその果てに、遂に(At Last)新たな地平に出たという思いが幾重にも重なってひとしお感慨深かった事だろう。この映画を観てから、あの就任式について振り返ると、共に苦難の歴史を歩んだわけでもないワタシまでも、「さぞかしお喜びのこと」と拝察申し上げたりしてしまう次第である。…それにしてもエタ・ジェイムズ、いいなぁ。これはベスト盤CDでもゲットしなくては。

コメント

  • 2009/09/13 (Sun) 21:29

    そんなレコード会社ありましたっけ?と思ってたら、ああ、チェスの事でしたか。それは見なければなるまい。と本日見て参りました。
    みんな吹替えでなく自分で歌ってたんだ。いや、ビヨンセちゃんは当然でしょうが、他の役者さんを知らないもので。でもさすがにギタープレイだけは真似できないだろう。それも自分で弾いてたらアッパレであります。しかし「泥水」ってすごい芸名だな。

  • 2009/09/14 (Mon) 07:08

    garagieさん、ご覧になりましたのね。多分ギターまでは無理でしょうけど、歌はけっこう俳優が歌っている模様ざますわ。最近は本当に達者な人が多いですね。ビヨンセの歌だけを聴いていたらそれだけでも十分に良いなと思ってたんだけど「At Last」に関しては、やはり本家エタの歌声が一番かも。
    泥水ってマディのことですのねん。あ、ワタシったら名前の表記を間違えてたわ。ウォーターズですね。お陰さまで修正しましたわ。

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