「京化粧」

~昭和の二枚目 佐田啓二

1961年 松竹 大庭秀雄監督


あぁ、前髪が切なくてよ

ワタシは佐田啓二という俳優がとても好きだ。子供の頃に初めてTVで彼の映画を観た時から、無条件に好きだった。のちに敏ちゃんこと三船敏郎も愛するようになったが、日本の二枚目俳優としては一貫して佐田啓二を愛し続けている。同じ前髪パラリの二枚目では、松竹の佐田啓二に対して、東宝の池部 良がいる。うちは両親とも池部 良ファンで彼のエッセイ本もかなり揃えている。東京っ子でサッパリした池部 良はワタシも嫌いではないが、佐田啓二は子供だったワタシが誰にサゼスチョンを受けたわけでもなく、何の先入観もなく、ただ画面に現れた彼を観て「いい感じ!」と思った二枚目である点で特別な存在である。そんな佐田啓二の特集が現在、神保町シアターにおいて「男優・佐田啓二」と銘打って行われている。いとしの佐田啓二をスクリーンで観られる上に、しかも場所は神保町である。味わい深い。これは行かずばなるまいて。

今回の特集では勿論、佐田啓二を一躍トップスターに押し上げたあのすれ違いメロドラマの決定版「君の名は」三部作も上映されたのだが、ワタシはこの特集に気付くのが遅すぎた上に、どうにもスケジュールが合わず涙を呑んで見送った。去りゆく真知子を一人切なく見送る春樹を大スクリーンでじっくり堪能したかったのだけど…。まぁいいや。いつかまたチャンスもあるでしょう。
というわけで、じっくりと上映作品と上映時間を検討し、未見の上、是非にも見たい、と思われるものを数本ピックアップして見に行く事にした。そんなわけで、まずは山本富士子共演の「京化粧」を観て参りました。



梗概は、ふとした事から知合った祇園の芸者その山本富士子)のどことなく翳のある様子や儚い身の上話に惹かれた翻訳家(佐田啓二)は、彼女をいつか身請けしようと毎月彼女に金を送るが、そのには旦那もあれば、画家の卵の情人もいた…というわけで、祇園の芸者と東京の翻訳家との間に横たわる深い暗い淵をてんめんたる情緒で描く。大映から借りてきた山本富士子の他に、彼女の後輩芸者役で、まだ少女のように瑞々しい岩下志麻が登場して花を添える。お志麻さん。この時ハタチそこそこぐらいだろうか。初々しくて実に可愛い。こういう雰囲気は演技では出せない。当時のお志麻さんがそういうすがしい娘だったという事なのだろう。また芸者そのの情人の画家に佐藤 慶が扮している。ひゃ?、佐藤 慶も若い。若いのにまむしみたいである。


可憐で初々しい岩下志麻 デビュー当時は清純派だった


昭和30年代の京都(「夜の河」より)

この時代の京都が舞台の映画は、なんといっても昭和30年代の京都ロケが味わい深い。昭和30年代ぐらいまでは祇園も昔ながらの情緒が濃厚に残っていたのであろう気配が感じ取れる。なんせどこを映してもガチャガチャとビルなんか建ってませんしね。この時代の日本映画をみると、その頃のあちこちの街の様子が覗えるのが興味深いポイントでもある。そして、生粋の京都弁を操ってしっとりした芸者の風情を出すとなれば、やはりこの時代、山本富士子をおいて他に人材はいないでしょう。その山本富士子演じる芸者・そのはどことなく人生を諦めた風のある京美人。山本富士子は和風美人の典型だという先入観もあるが、上村松園の美人画から抜け出してきたような豊かな芸者姿はさすがに一時代を築いた女優だけある。彼女は芸者の盛装の潰し島田だけではなく、普段髪の夜会巻きも似合う。ワタシ的には夜会巻きの似合う着物美人の最右翼は、なんといっても藤 純子である。黒くて長くて多い髪をキリキリと結い上げてとどめに珊瑚の櫛をさした夜会巻きと、襟足からすっと伸びた長い首がいつ見ても美しかった。


夜会巻きと言えば藤 純子

山本富士子は藤 純子のようにすらりと姿がいいという女優ではないが、体つきが女性らしい曲線に満ちていて、京風のしんなりとした色気がある。そして意外にもキリリとした夜会巻きが似合うのだ。子供の頃は山本富士子について、大きなお尻の女優だなぁ、鷲鼻だしそんなに綺麗かなぁと思っていたが、大人になって彼女を見ると、やはり天下一品の雰囲気を持っている事に気付く。そして、こういう日本型美人というのは、絶滅危惧種であるなぁという感慨を抱かざるを得ない。(もはや絶滅してしまったかもしれない)


日本画から抜け出たような美人だった山本富士子

哀しい女がその場限りの笑顔で客をもてなす祇園に、男前だが金はない誠実な翻訳家・山岡(佐田啓二)が迷い込む。さすがは恩師・大庭秀雄が監督、共同脚本も務めるだけあって、佐田啓二のキャラをよく捉えた役どころである。彼はふとした事で知合った芸者そのに美貌の影の、薄幸の匂いを嗅ぎ取り、彼女の事が脳裏を離れなくなる。そして、出会って間も無い女に、何年かかるか分からないが金はきっと作るから待っていてほしいと告げて東京に帰る。山岡は誠実で純情でロマンティストなのである。まさに佐田啓二には持ってこいの役だ。夜の女にロマンティシズムと騎士道精神を感じてしまうのは、インテリ青年にありがちな幻想だが、彼らはそれをダンディズムと呼ぶのである。


誠実な翻訳家の山岡は祇園の芸妓そのの身の上話を親身に聞くが…

佐田啓二。待ってました!前髪パラリ。佐田啓二といえば、額にパラリと垂れかかる切ない前髪である。そして濃い眉の下の美しい二重まぶたである。今回は、金に縛られた女に惚れて、誠意を通そうにも掴みどころがない祇園の女にその二重瞼の目が憂いに曇りがちなのだが、二枚目と憂いほど似合うものも他にない。逆に言えば、憂いの似合わない二枚目なんてものは、ワタシ的には二枚目とは呼ばない。そんなわけで、「京化粧」では、ワタシの好きな傾向の佐田啓二を存分に見せてもらって堪能した。いや?、やっぱり憂わしい佐田啓二は良い。

僅かずつでも金を送って借金をキレイにしたら、芸者をやめさせて妻に迎える。そんな事を本気で考えてせっせと金を送る山岡。だが、そのには娘の出世で貧乏暮らしから抜け出たい一心のおっかさんがくっついている。このおっかさんを演じるのは、ジャーン!浪花千栄子ですよ。この「京化粧」は、さりげにキャスティングが良いのだが、おっかさん役の浪花千栄子(きゃ???!!)を筆頭に、芸者置屋の女将に清川虹子(ぎゃ???!)、そのの旦那になる男の番頭役で藤山寛美(ひゃ??!)、また悉皆屋(呉服屋)の手代役で大泉 晃(ひゃひゃ??!!)が登場するなど脇にも見逃せないキャラがテンコモリで楽しませてくれる。中でも色街一筋ウン十年の置屋の女将・清川虹子と、娘に楽させてもらいたい一心のおっかさん浪花千栄子の掛け合いシーンは必見。どっちがどっちの役をやっても過不足なく演じられたと思うけれど、虹子の女将もよかったので正解のキャスティングだろう。ただ、浪花千栄子のおっかさんはいじましいがけして強欲なわけではなく、年寄りになっても店奉公して、娘からの小遣いを頼りに生きているような境遇から、もう体もキツイし早く楽になりたいと願い、美人の娘にいい旦那がついたのを雷が鳴っても離したくない心情もよくわかるのである。このおっかさんからしたら、誠実な山岡は娘についた厄介なムシでしかないのだ。浪花千栄子はここでも浪花千栄子全開。折々笑いを取りつつ、きっちりと役目を果たしていた。相変わらずのプロの仕事を楽しく拝見した。



お目当て佐田啓二を堪能するだけでなく、映画としてもよく出来ていて面白かったが、特にいいのはヒロイン・そののどこに本音があるのかもう自分でもよく分からなくなっているという掴みどころのないキャラ設定であろう。貧しい家に生まれ、いずれ何らかの理由で金のために仕方なく芸者になったのは間違いないとして、山岡には弟を大学にやるために芸者になったと言いつつも、実は彼女の弟は3歳の時に死んでいたりする。彼女が折々に見せる憂いの翳は嘘ではないかもしれないが、身の上話は虚実ない交ぜで何が本当かハッキリしない。根っからの不誠実というのでもないが、当初は画家に貢ぐために山岡からの送金を使っていたのだから、誠があるとも言い難い。彼女を取り巻く腐れ縁の男が消えた時、そのはいかに山岡が誠意を持って自分に対してくれたかにようやく気づくのだが、その時既に彼女の知らぬところで豪勢な身請け話は固まっていた、というわけで、ラストは結局、定番の、さだめにあらがえない女というところに落ち着くのだが、弟の話が嘘だったというくだりはなかなか新鮮な展開だった。



いい旦那がついて、周囲もホクホク大喜びをしている中、東京の山岡の元に行きたいなどとは言いだせなかったそのが、訪ねてきた山岡を自分の家に呼んで一晩過ごすシーンで、佐田啓二の肩に頭を乗せて甘える山本富士子の風情がよかった。既に囲い者になっていた彼女は、その夜に生涯の愛を傾けたのである。数日してまた訪ねるともう引越してそのは居ない。そりゃ数日前の愛の思い出がまだ濃厚に残っている。男はキツネにつままれた気分になる。消えた彼女を追って祇園から山城まで彷徨い歩きもしましょうよ。見ていてけしてしつこい!とも、ストーカーみたいだからやめなさい!とも思わなかったのはひとえに佐田啓二が演じていたからだろうか。無理もないわ、仕方ないわよ、納得いくまで探しなさいな、と思いつつ、コートの襟を立てて、消えた女の足取りを探し歩く、憂いに満ちた佐田啓二を眺めた。似合うなぁ、こういうのが。


完全にストーカー状態の山岡 佐田啓二が演じているので粘着性は目立たないが実はそうとうにしつこい男だ

金に縛られた女を身請けするには、金と力がなくては叶わないのだ。誠実でも金のない男前は黙って去るしかない。こんな形で恋愛が終わったら、相当なトラウマになるわねぇ、もう恋愛できないかもしれないわねぇ…などと柳がぴらぴらと風に揺れる夜の祇園の街を、一人淋しく去っていく山岡=佐田の姿を見守った。
ふ?。満喫。



ということで、風情があったし、脇に至るまでキャラがよく立っていて面白かった。席が前方だったこともあり、久々に大スクリーンで映画を観た、という気分になった。大きなスクリーンにご贔屓の二枚目が映しだされるのは悪くない気分である。昨今はデジタル化が進んで、古い映画も鮮明に、カラーも公開当時の色調が甦っているので、実に大写しに耐える映像で昔の映画を観られるようになった。いい時代に生き合わせたものである。今回の神保町シアターは2年ほど前に出来たばかりの新しいミニシアター。100席だが、シートも座り心地がいいし、音響もいい。今回8割は年配の方々だったが、ワタシぐらいな年代もチラホラと居た。満席の盛況だった。神保町といえば岩波ホールが金看板であるが、神保町シアターもいい企画をあれこれ立ててくれるようなので今後折々訪れる事にしようと思う。


岩波ホールの看板


神保町シアター

***
余談だが、ワタシは学生時代に一時期、神田の出版社でバイトしていた。その頃、神保町界隈にもよく来たのでこの界隈は懐かしい街なのである。古書店街は昔と殆ど変っていない気がする。古書店が多いのでさして変化もないのだろう。新刊書を扱う書泉グランデには、よくコミックの立ち読みに来たものである。神保町シアターは三省堂本店に程近い場所にあるのもいい。チケットを買って時間があれば、三省堂で雑誌や本をひやかしていられる。三省堂の裏側のすずらん通りにはあの内山完造の「内山書店」もある。


内山書店

学生の頃は駿河台から御茶ノ水界隈をぷらぷらし、ニコライ堂周辺もよく散歩したものだった。そんな神保町ノスタルジーもあいまって、大スクリーンでの佐田啓二観賞は色々な意味で楽しかった。映画館というのはただ映画が観られればいいというものではないと思う。どこにどういう具合に存在しているのか、という事も大事な要素なのだ。

コメント

  • 2009/08/31 (Mon) 01:48

    私も佐田啓二、大好きです~。日本人俳優で一番好きかも。なんで中井貴一は父親に似なかったんだっ!
    佐田啓二と岸恵子の組み合わせなんて、日本人離れしてますよね。二人ともエキゾチックで素敵♪美男美女ですよね。
    そうそう。今特集やってるんですよね。会社からものすごい近いので、行こうかなと思いつつ、年配の方で混みあってるんじゃないかしら・・・と二の足を踏んでるんですよねえ・・・。

  • 2009/08/31 (Mon) 22:10

    mayumiさんもお好きでしたか。いいですよねぇ佐田啓二。そこはかとなく品と知性があって。ほんとに中井貴一も目がパパに似ていたら二代目佐田啓二だったかもしれないんだけど…。ところで神保町シアター、お勤め先と凄く近いんだったら、開催中に一度ぐらい行かれてもよいかもでは?こじんまりしてるけどキレイでなかなか良いシアターでしたよ。そしてスクリーンで観る佐田啓二はまた格別ですことよん。年配の人は確かに多いけど、なんとなく微笑ましい感じでそんなに引くって雰囲気でもなかったですわよ。

  • 2009/09/03 (Thu) 21:24

    無条件に、一貫して、お好きなんですね、佐田啓二さんが。私は小学生の頃、市川雷蔵さんを見てドキッとしましたが、時代劇限定って言う条件付ですもの。カツラ抜きの、スーツ姿の銀行員みたいな雷蔵さんはちょっと・・・

  • 2009/09/03 (Thu) 23:35

    Rikoさん。確かに雷さんは時代劇限定って言いたくなるのも分かりまするわ。だってあんまりのっぺりしてますものねぇ、素顔は。でも素顔で出ててもなんだか魅力ありますのよ。声も良いし、役も選んでいるしね。ワタシ、佐田啓二は子供の頃から何だか好きなんですよ。変な子。同年代の子は誰も彼を知らないのにね(笑) トニー・レオンを初めてチェックした時も、どこか佐田啓二に似てる、と思ったからですしねぇ。こういうのはもう理屈じゃないですね。

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