「ベルギー幻想美術館」 ?Bunkamura ザ・ミュージアム?



クノップフが好きなので、ついでにマグリットも見てこようなどということで、久々に渋谷Bunkamuraのザ・ミュージアムへ足を向け、開催中の「ベルギー幻想美術館」を見てきた。昨今はまた都市型美術館があれこれと増えたので、Bunkamura ザ・ミュージアムも少し埋もれてきた観もなきにしもあらずだけれど、確か13年ほど前の「世紀末ヨーロッパ象徴派展」で、ワタシにフェルナン・クノップフの代表作をあれこれと見せてくれたのは他ならぬこのミュージアム。それ以降もクノップフを展示すると言われると、「そぉ?じゃ行っちゃおうかしらん」なんて感じでBunkamuraに立ち寄って来た。そんなわけで今回も気になって、シブヤ駅前の喧騒を早足で通りぬけ、東急本店前まで来てほっとひと息。

今回は姫路市立美術館所蔵のベルギーの画家たちの作品を展示しているものなので、お目あてクノップフの作品はたったの4枚しか無かった。…ガックリ。しかし1枚だけこれまで観た事がなかったものが入っていたのでよしとしましょうか。クノップフの描く女性にはなんともいえない独特のフィーリングがある。そして美しい。「女性習作」は前回も何かの展覧会で見て、淡い色彩と女性の横顔に浮かんだ悲哀のようなもの、限りなく無表情に近い虚無的な横顔にうっすらと浮かぶ祈りのような悲哀の表情に魅せられたが、今回はじっくりと傍に寄って、その鉛筆と色チョークで描かれた小さな絵の、細部に至るまでの美しさを再確認してきた。


「女性習作」

この絵は前に一度模写してみたこともあるのだけど、背景の色や女性の髪の質感がどうしても出せなかったのを思いだす。

そして今回初めて観た「裸体習作」は、横たわる女性の裸体上半身を横から捉えたもので、秀麗な横顔と柔らかい体の線の対比が優美なエロティシズムをかもし出していた。



クノップフといえば「愛撫」であるが、その他「青い翼」「ヴェラーレンとともに?天使」など、端正さと詩的なエロティシズム、神秘性と強い物語性を持つその世界観は、タッチや色彩感覚も含めて、ワタシにとっては絵を描くならこういう絵を描きたい、という、ある種の理想を体現しているので、ほんのひとかけらしか展示されていなくても毎度クノップフと聞くと吸い寄せられてしまうのだ。

クノップフが品薄だったのと引き換えにルネ・マグリットおよびポール・デルヴォーはかなりあったが、マグリットについては今回、ワタシはあまり来なかった。デルヴォーは初めて観たが、タッチが好みではない感じ。かなりの大作もあったし、数も多かったのだけれど、さくっと流し見物に終わった。シュールレアリスムが苦手だという事はないのだけど、今回はあまりピピっと来なかった。単に好みの問題でしょうね。
代わりに面白かったのは魔性の耽美派、フェリシアン・ロップスの小品たちだった。挿絵などを主に手がけていた画家なので、作品は殆ど小品なのだけど官能と頽廃と物語性が強くにじんだ「生贄?」および「スフィンクス」などは、強いインパクトと魅力があった。いずれも、とても小さな絵なのだけど、吸引力は大。ボードレールの「悪の華」の挿絵を描いていた画家と知ると、さもありなんと頷いてしまう。


ロップスの「スフィンクス」

その他、レオン・スピリアールトの「オステンドの灯台」や、ウィリアム・ドゥグーヴ=ヌンクの「夜の中庭 あるいは陰謀」など、幻想的で物語性の強い絵が磁力を放っていた。


「オステンドの灯台」 

「夜の中庭 あるいは陰謀」

総体に、今回の「ベルギー幻想美術館」の絵たちは物語性の強さを感じた。ことに世紀末ベルギーの画家たちにはそういう傾向が強いのかもしれないけれど、19世紀末という時代が、そういう空気を孕んでいたのかもしれない。挿絵や風刺画に惹きつけられるワタシとしては、面白く観賞したが、一方でクノップフをもっと観たいというやみがたい欲求も湧いてしまった。それと部分的に、場所によって照明が暗すぎて、絵の細部がよく見えないものがあったりしたのも残念な気がした。前述の「夜の中庭 あるいは陰謀」などは、暗い照明のせいで実物よりも図版などに載った写真の方が絵の魅力がよく伝わってきたりして本末転倒。実物を目の前にみているのに、魅力が伝わりにくいというのはちょっと問題な気もする。照明は明るすぎるのも難ありだが、暗すぎるのもちと困る。

クノップフをもっと観たかったねぇ、と同行の友人に言うと「ベルギー王立美術館に行けば お腹いっぱい、ごちそうさま、という程クノップフの作品を堪能できるよ」とのたまった。お説ごもっとも。でも、だからってそうそうベルギーにサクっと観に行ってくるってわけにもいかんじゃないのよ。ともあれ、Bunkamuraのミュージアムはゴリゴリした力強い油絵の大作展示よりも、こういう小品の展示に向いている。照明はもう少し明るい方がいいと思うけれど、物語性の強い世界をひととき楽しむことができた。ワタシはやっぱり、挿絵的な作品に惹きつけられる傾向が強いらしい。

コメント

  • 2009/09/07 (Mon) 19:05

    初めてクノップフを見たのは1982年から83年にかけて国立近代美術館で開催されたベルギー象徴派展です。次が大体13年前だとすると96年。ということは13年おきくらいにベルギー象徴派展をやっているということですかね。82年の展覧会はかなり大規模で、見応えがありました。でもやっぱりクノップフですよね。「愛撫」のポスター、色褪せながらもいまだにベッドの上の壁にかけています。なんで惹かれたのか。私の場合、単純に女の顔、ですね。全部同じ顔で、しかも妹だというし、美人の鑑とは言いにくいがっしりした顎に親近感を覚えたんです。この「愛撫」が「エイジ・オブ・イノセンス」のエレンの暖炉の上にかけてあるのを見たときは「おお!」と感動しました。実際には小説が書かれた年より少し後の作品ですが。象徴派というからには、絵やタイトルの意味するところ、寓意などそれぞれに持っているのでしょうが、それを読み解くのは苦手です。解説を読んで、はーそうなんだ、と思うだけで。なにかただならぬものを感じられるだけで、よしとしております。

  • 2009/09/07 (Mon) 22:26

    たむさん。ワタシはその82年~83年の国立近代美術館の象徴派展は行ってないんですよ。初めてクノップフを見たのは13年前のBunkamura の展覧会でした。世紀末ウィーンとか世紀末ベルギーとか、どうもそのへんには強く引っ張られますね。19世紀末のデカダン世界はなんだかんだ言っても魅力があります。20年以上前にご他聞に漏れずクリムトあたりから入ったんですけど、クノップフも好きですねぇ。象徴派の絵は何かを象徴してたり、寓意があったりするんでしょうけど、あまり重要でもないような。そういう色付けをすることで絵に面白みや魅力が増加していればそれでいい、ぐらいな感じがしますよね。クノップフが描くのは本当に同じ妹の顔ばかりで、妹とは近親相姦的な何かがあったのかもしれませんね。「愛撫」の人物は顔は女性で体は男性という両性具有体の妖しさもあるわけですが、このエルマフロディットという題材にも惹きつけられるんですよね。スフィンクスも絵の題材として魅力的なのは言うまでもないし。ワタシは「愛撫」の左の人物を見た時、あ、コマネチ。と思いましたです、はい。四角い輪郭と目つきがそっくり!なんて。(笑)

  • 2009/09/11 (Fri) 23:55

    私はクノップフ大好き!てほどではないんですけど、クノップフというと、kikiさんもあげられてる「ヴェラーレンとともにー天使」です。鎧をまといスフィンクスのような女の髪を掴み立つ男。この絵は惹きつけられますねぇ。あと肖像画もいいなと思います。
    明日から東郷青児美術館で 「ベルギー王立美術館コレクション ベルギー近代絵画のあゆみ」展 があるんですね。今回のクノップフの作品は肖像画(油彩)らしいから、kikiさんはスルーかも?(笑)
    あ、クリムトはやっぱりみんな好きなんだな~ふふふ。

  • 2009/09/13 (Sun) 00:27

    ジョディさんもクノップフご存知でしたか。クリムトほどメジャーじゃないから、誰でも知ってるという画家でもないと思うんですけど、押さえてますね~。むほほ。ワタシはクリムトの派手な装飾性も好きですが(なんたって彼の描く女性は妖しくていいですわね)クノップフの抑えた色彩による神秘的で端正な世界も捨て難いんですのよね。とかくにスフィンクスの登場する絵は印象的ですね。さて、東郷青児美術館でベルギー王立美術館のコレクション展をやるんですね。チェックしてなかったけど、クノップフはさして大々的にフィーチュアされているわけでもなさそうですね。肖像画はちっと地味かも。
    そうそう、展覧会といえば今楽しみにしているのが9月末から始まる「Theハプスブルク展」です。あのプリンセス・シシーことエリザベートの有名な肖像画も見られるらしいので、こりゃもう是非にも行かなくっちゃ!と大いに期待して待っているところです。美術館も行き易いロケーションだし(笑) この秋の展覧会の大目玉ですわね。

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