「ココ・アヴァン・シャネル」 (COCO AVANT CHANEL)

~黒衣の女~

2009年 仏 アンヌ・フォンテーヌ監督



今年はココ・シャネルにちなんだ映画が競作されたが、シャーリー・マクレーンは好きな女優の一人だけれど、やはりどうもシャネルってイメージじゃないので"ココ・アプレ・シャネル"ともいうべきアメリカ製「ココ・シャネル」は見送り、本家フランスが制作した若き日のシャネルを描いた本作を観ることにした。

オドレイ・トトゥはその時々の「らしさ」をそれなりに出していたと思う。仮装パーティのシーン、大きなカフスで男装したオドレイ演じるシャネルを観ていて、エミール・ヤンングス邸でのささやかな夕食会に招かれたガルボが男物のテーラード・スーツを着て、ボタンホールに花を挿し、薄化粧で現れたのが非常に素敵だったとフランソワーズ・ロゼエが自伝に書いていた、という話をふと思いだした(それは確かに、実に素敵だったろうと思われる)。
シンプル志向の女は男装を好み、黒い服を愛好するのだ。

シャネルの絶頂期の有名なポートレートを見ていると、ムード的にガルボとディートリッヒを足して2で割ったらシャネルになる、という感じがする。目元やヘアスタイルはガルボ風、座りのいい鼻と洒脱なムードはディートリッヒ調、という感じだ。


ココ・シャネル


ガルボ(左)とディートリッヒ

冒頭、父親の操る貧しい荷馬車に乗せられて孤児院に送られる姉妹。秋から冬の木々の枯れ枝が空を覆う。少女時代のココを演じる少女がオドレイ・トトゥと面差しがよく似ていて、大人になった姿と違和感なく繋がっている。孤児院を出たあと、お針子として働きつつ、姉と田舎酒場でざれ歌を歌っていた彼女は店の客である特権階級の軍人エティエンヌ・バルサンと知合う。「ココ」というのはこの時歌っていたざれ歌に登場する犬の名前なんだって。ニックネームだというのは知っていたが、歌詞に出てくる犬の名前でざんしたか。ふぅん。「ココなんていやよ」と言うシーンが出てくる。そりゃ嫌かもしれない。中盤でパトロンのバルサンにココリコのココだ、と紹介されるシーンもある。ココリコというのは鶏の鳴き声の擬声語らしい。余談だが私の知人にココリコの田中直樹に似た人がいて(目元や顔の長さやシャクレ度合いなど凄く似ている)自分の中でココリコさん、というニックネームで呼んでいたが、そのうちはしょってココ、と呼ぶようになっていたので、このココリコ、ココ のシーンではひそかに受けてしまった。(脱線)

お針子からキャバレーの歌手、そしてパリ郊外のバルサンの屋敷で愛人みたいな生活を送っている時期のシャネルは、若く見える時もあれば、いやに老成して見える時もある、という風で非常に地味。長い髪を19世紀末的に後ろに纏めているので余計にもさったく見える。バルサンのセリフにも年齢不詳だな、というのがある。そういう風な娘だったのだろう。いい年をして身軽な独身で、その場その場で女を引き込んでは適当に遊んできたバルサンにとっては、当初シャネルもそんな遊び相手の一人。しかも予想外に訪ねて来た彼女を数日しか泊める気はなく、夜は彼女の寝室にやってきても、けして客の前に出そうとはしない。屋敷を出るという約束の日が来て、支度もしながら土壇場で居座る事を決意するシャネル。ここで言われた通りに屋敷を出ていたら後のシャネルはなかったろうし、最愛の男“ボーイ”ことアーサー・カペルに出会う事もなかったろう。一瞬の決断でその後の人生が分れる場合のいい例かもしれない。


山出し時代のココ

アーサー・カペルを演じるアレッサンドロ・ニヴォラは、なんだかニヤニヤしていてさほど素敵って感じもしなかったのだが、引くほどのミスキャストというわけでもないのでまずまずか。ただ、英国人、という感じが全くしなかったので、多少フランス語のセリフに難があってもUKの俳優を使えば良かったのに…とちょっと残念に思った。アレッサンドロ・ニヴォラの“ボーイ”は私生児と生まれて野望を抱き、実業界で大を成そうとギラギラしている男というよりも、ロマンティストな冒険家のように見えた。彼が乗って現れる20世紀初頭のスポーツカーのあれこれも見ていて楽しい。二人がドーヴィルの海辺のホテルに行く途中の、海岸の傍の一本道はとても気持ちが良さそうだった。あんな真っ青な海の見える草の中の一本道を好きな人とオープンカーで走ったら、さぞかし気持ちがいいだろうなぁ、と思われるシーンだった。
彼女がドーヴィルのホテルをカペルと歩きながら飾り立てたケーキのような当時の女性の衣装をすぱすぱと言葉で斬っていくシーンがあるが、極端なまでに装飾を省いたシンプルで動き易い服、というのがシャネルの原点なのね、と改めて認識した次第。いわゆるブランド物としての「シャネル」は、日本では特になんだかなぁ…な人々が飛びついて買っているせいもあってどうも素敵なイメージはないのだが、シャネルが起業した頃のオリジンな服の数々はコンセプト的にも好ましいものだったのだろうな、と思った。写真で見る、若かりし日のシャネル(本人)の着ている服など、確かに好みのテイストではある。


カペルとシャネル

他の男に奪われそうになって、初めて自分の気持ちに向き合うことになるバルサンを演じるブノワ・ポールヴールドがなかなかいい味を出していた。アレッサンドロ・ニヴォラよりも良かった。適役。身分や階級の差で私生児のお針子風情を妻にするなど論外だと考えていたこの男から結婚を申しこまれた事は、いつも「恥」として扱われてきたシャネルにとってある種の勝利だったかもしれないが、安定した身分と階級を得て、帽子なんか趣味で作ればいい、と言うバルサンの言葉を退け、「私は誰とも結婚しない」と宣言するシャネル。その決意の裏にはある事実があったのだが…


バルサンとシャネル

というわけで、安閑とパリ郊外で有閑マダムとして生きるよりも、女一人、腕一本で生きていく事を選んだシャネルの、自分探しの助走期が終わり、確かなものを掴んで歩きだすまでを描いた作品。ここで、バルサンの妻になって楽をする道を選んだら、それこそ後のシャネルはなかっただろうので、これが人生第二の分岐点だったわけですね。今は普通に結婚して家事や子育てを一通りやってのち、ある程度の年齢になってから何か自分の好きな事を生業とし、プロとしてやっていく女性も多いけれども、この時代はとにかく女性が職業を持つ、という事が大変だった時代ゆえ、シャネルといえどもなかなかそこまで柔軟に生きていくというわけには行かなかったのだろうし、また、結婚とは縁無く生きるさだめの女だったのかもしれない。



色々なご意見や感想もあるようだが、ワタシはそれなりに面白く観た。カペルに教えられたジャージを使ってシャネル・スーツを作り、帽子造りから脱皮して本格的なクーチュリエとしてデビューするラスト・シーン、白地に黒いアクセントのシャネル・スーツにパールのチョーカーで「ザ・シャネル」という姿でキメたオドレイ・トトゥはさすがにキメのシーンだけに「シャネル」な雰囲気がよく出ていたと思う。シャネル・スーツというと、あのジャクリーン・ケネディのピンクのシャネルが有名だが、ワタシはこれまで、有名だけどなんだかダサイ服って感じ、などと思ってきた。(申し訳なし)が、今回、ラストのオドレイ・トトゥの姿を見て、なるほどシャネル・スーツね、と見直した。そういえば、当初シャネルの服は保守的なヨーロッパではあまり受け入れられず、アメリカから火が点いたというのは何かでチラっと観たけれど、それゆえシャネルについてはアメリカ人も格別思い入れが強いのかもしれないな、と思った。



女の細腕ひとつで(といっても店を出す資金などは男に出して貰うわけだが)、恋愛も糧にデザイナーとして生きる、という道が確立してきたあたりからモサモサと長かった髪を切り、シャネルは垢抜けて美しくなってくる。オドレイ・トトゥもシャネルらしくなってくる。くわえ煙草で裁断する様子なども、それらしい感じが出ていたと思う。

それにしても、色々な人のバイオグラフィを見聞しているとよく思うのは「生涯最高の相手」とはなぜか末永く一緒にいられないという事。そういう法則でもあるのかしらん、と思ってしまうぐらいだ。末永く一緒にいられなかったので、余計に後で振り返ってみて、あの人は生涯最高だった…という事になってしまったりするのかもしれないが、このへんもなかなかに人生のアヤである。
シャネルはこの後もまた、あれこれと波乱万丈の人生なので、この作品に描かれているのはほんの序章に過ぎないという感じでもあるが、だからこそオドレイ・トトゥ主演でピッタリだったという気がした。

コメント

  • 2009/09/28 (Mon) 20:54
    オドレイで正解 同感!

    kikiさん、こんばんは~! 私はオドレイ苦手なんだけど、
    この映画はフランス人の彼女が演じたから、やっぱり雰囲気は凄く出てたよね~。
    kikiさんが書かれてるシンプル思考の女は黒を好む・・・
    私も黒が大好きな人間なので、どーもシャネルのような路線は・・・と
    思ってたけど、これ見てシャネルの原点はこうだったのか~と勉強になりました。
    モーティマー旦那はラテン系だから、どーしてもニヤけるよね(笑)。
    私も発音に難あっても、英国男を連れてくるべきだ・・・と思いました。

    Gサマも見ないと~!と思いつつ、どーも相手役苦手なので、まだ行けてません~。
    見る価値あり?!Gサマも同じような役が続いてません?スカじゃないけど~。

  • 2009/09/28 (Mon) 22:25

    acineさん。淡々としてるけど、悪くない映画でしたね。冒頭の中部フランスの晩秋の景色からして悪くないなって感じだったので、その印象が最後まで続いた気がします。ココの少女時代も可愛かったし。ところでacineさんも黒好きなのね~。ワタシも黒とグレーはよく着ます。シャネルは無駄を極力捨て去ってエッセンスだけが残るって感じの感覚をしてた人だったのねん、と改めて認識しましたわ。オドレイ・トトゥ、良かったよね。適役だった。ラストシーンの彼女は素直にキレイだな、と思ったわ。
    で、Gサマ、確かにね。スカヨハっぽい事になりつつあるかもだけど、新作はそこそこ面白かったわよ。少なくとも「P.S.~」よりもGサマはいい感じだったと思うわ。相手役、またお気に召さないのね~。ワタシは今回はまずまずじゃないの、と思いました。1時間半で短いから割引デーにでも(笑)前作「ロックンローラ」はGサマのバリバリ主演映画を期待するとガックリだけど、タンディ・ニュートンが素敵で相性も良かったと思います。これも半額対象になったらどうぞ。(笑)Gサマは最近ちょっとあれこれ出過ぎなのよね。一通りやったら、作品を選ぶって方向にシフトすると思うんだけど…。どうだろ。

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