「ショーケン、マカロニそして傷だらけの天使」



CSファミリー劇場で「傷天」こと「傷だらけの天使」を放映していたことに気づいたのは
もう最終回の1歩手前ぐらいなところでだった。
それと前後して、図書館に予約を入れていた「ショーケン」の順番がやっと廻ってきたという
お知らせメールが届いた。予約入れたのいつだっけ?もうゆうに3ヶ月はたってそうである。

そんなこんなで、今回はショーケンについてちょっぴりと。



ショーケンが埼玉の生まれだというのは漠然と知っていたが本名が敬三さんというのは初めて知った。
萩原健一ってなんとなく本名っぽい名前である。芸名とは思わなかった。
そして、マカロニをやるのが嫌で嫌で、自ら申し出て殉職させてしまったというのはほへぇ?という感じだった。
ご本人はそんなにも嫌々ながらやっていたマカロニではあろうが、何を隠そう子供のワタシが初めて「ショーケンっていいなぁ」と思ったのは、実にこのマカロニ刑事からだったのだ。初回から見ていたわけじゃないけど、どこか中盤から観始めて「マカロニ死す」の回はショックだったのでよく覚えている。




これ当時の雑誌の切り抜きですの

長髪に黒いスリーピースでマカロニっていい感じだった。本人はやりたい事がやれない、とご不満だったらしいけれど、観ている側からするとショーケンのマカロニは既にしてショーケンらしいカラーが出ていて、何よりやっぱり「いい感じ」だった。あのスーツと長髪が子供心にもイケてるわぁ、と思って観ていた。それにしても早く殺して貰って番組を降りたいとまで思うとはねぇ。確かに熱血刑事モノで「太陽にほえろ!」なんてタイトルもダサいし、あり得ねぇ?とショーケンが思っても無理はない要素は満載なのだけど。当たり役なのに本人はイヤイヤやっていたという話は珍しくない。
藤 純子も一世一代の当たり役ながら「緋牡丹博徒」はかなりイヤイヤやっていたらしく、雑誌か何かの緋牡丹特集で大ファンだった人が純子にインタビューしに行って「どれもこれも同じような話なんであまりよく覚えていないのよねぇ」と言われて「さかさまに覗いたレンズの向こうがあまりに遠くて愕然となった」と書いていたのをちらっと思い出した。えてしてそんなものなのだろう。
マカロニが死ぬ時は、カッコよくなんか死なない。絶対に犬死。それしかない、とショーケンが主張したというのは、彼の鋭いセンスが窺えるエピソードだ。この人はけっこう古い映画をちゃんと観てて、あの惨めな死に様は「灰とダイヤモンド」のイメージだとか。ショーケンはヨーロッパ映画が好きらしい。けっこうおフランスも好きっぽくて、自分の会社の名前にフランス語の名前をつけたりしている。
ともあれ、ショーケンがマカロニを無理やり犬死させたことから、新米デカは殉職で去る、という番組の図式も出来上がったし、何よりあのテーマ曲はショーケンが番組に提供した最大のプレゼントだろう。GS時代からの仲間、井上堯之、大野克夫らにショーケンが音楽を依頼しなかったらあのテーマ曲は産まれていないのだ。このあたりでは石原裕次郎の適当な仕事っぷりについての記述が面白い。随分我侭を通していたのね、TVなんてナメていたのかも。映画だって男子一生の仕事じゃない、なんて吹いてた御仁だから無理もないか。

そして、「太陽にほえろ!」から解放されたショーケンはいよいよ「傷だらけの天使」に取りかかる。この頃のショーケンは朝からクスリにアルコールでラリパッパだったらしいのだけど、よくもそんな状態で仕事が出来たものだと感心。それが若さってことなのか。この番組では随分色々とアイデアを出して楽しんで仕事をしていたらしい。水谷 豊をアキラ役に推薦したのもショーケンだとか。豊ちゃんは真面目でいい子だ、と「ショーケン」の中でも再々、書いている。その真面目な豊ちゃんは昨今「相棒」で大当たりして第二のブームが到来している模様。「相棒」って観た事ないんだけど、そのうちチェックしてみようかしらん。アキラ役は当初、火野正平で行くはずだったというのも初耳だった。スケジュールが取れなかったのだけど、もし火野正平だったらそれはそれで面白かったと思う。そっちも観てみたかったという気がする。
「傷天」は子供の頃にリアルタイムでほぼ最初から観ていたと思うが、個々の話はあまりよく覚えていない。確か土曜の夜で、弟とはしゃぎながら見ていた記憶がある。「アキラ?!」「ア?ニキ?」という掛け合いがなんとも言えなかった。修がアキラによく「貧しいオカマ」と言っていたのも覚えている。



強烈なインパクトだった冒頭のむしゃむしゃ朝飯を食べるタイトルバックもショーケンのアイデアだとか。この食べっぷりの思いっきり下品な事はいっそすがすがしいばかり。北区あたりの学校でやんちゃをしていたっぽい気配が漂ってくる。
ワタシにとってひとしお印象的だったのはやはり岸田今日子。エマニエル夫人のような籐椅子に座って、杖をつき、震え声で「修ちゃん!」というところなど、よくモノマネをして面白がっていた。岸田 森がかつらを取るシーンはなんとなく覚えていたが、仕事でスキンヘッドにしていたのか。ワタシは毛がない人なのだと思っていた。ショーケンは幼馴染のデザイナーが作ったビギの服を着て、とてもサマになっている。修だけなんでいつもスーツなんだろう?と思っていたけど、タイアップの上にショーケンの拘りがあったのだろう。
今回久々に見てみて感じた事は、「ルパン三世」第1シリーズと同じニオイが画面からそこはかとなく漂ってくるということだ。時代の空気か、日本TVの制作ということが関係しているのかどうなのか。この感じはなんと言ったらうまく伝わるのかもどかしいのだけど、初期ルパンシリーズと「傷だらけの天使」は空気感が似ている気がする。この感じ、賛同してくれる人いるかしらん…。
打ち切りもやむなしと思われたところから起死回生のヒットになったこのドラマはアキラの犬死で終焉を迎える。
今ではなにやら古典的名作の趣きさえ漂ってきつつある。なんせ関わった人がみな一流の仕事師ばかりだし。でもそんなにまつりあげちゃいけない気もするのだ。理屈をつけずにお平らかに楽しむのがいい。

この好き放題に思いつくままにやって当たった「傷天」の後で、あの「前略おふくろ様」に入るのだけど、倉本 聡の脚本は物を食べる間合いまで計ってきっちりとセリフが書き込まれてあるというのが、さもありなん、という感じだった。だからアドリブなど一切無し。そんなに計算されつくしていたらアドリブを差し挟む余地もない。芋を剥きながらセリフを言うシーンでは里芋の皮むきで手が滑ったりすると動きとセリフのタイミングがズレるのにアドリブが言えないので非常に困ったという。そんなに毎回里芋の皮を剥かされたら指も痒くて困ったろうね。このドラマも面白かった。いろんな人が出てたっけ。田中絹代の山形のおっかさんがほのぼのしてて良かった記憶がある。これで有名になり、売れっ子になってしまった川谷拓三が「なんか居心地わるいんだよね、カラダがもたないって感じで」と言っていたという話は拓ボンらしいなぁとほろリとする。この人は終生、売れてしまった自分に馴染めないまま必死に駆けて、駆け抜けていってしまった気がする。
これの後、自ら制作した「祭囃子が聞こえる」が大コケした話では「ボビー・デアフィールド」みたいなレーサーの話にしたかったのに、金がかかりすぎるからとどんどんスケールダウンして競輪選手になってしまった、というくだりでは思わず笑ってしまった。そうだったのか。これで知り合って「結婚」したと思っていたいしだあゆみとは事実婚で、彼女はショーケンに渡された婚姻届を出していなかったというのも、何やら女心の謎がにおう。

この後、黒澤作品を潜り抜けた話だのプライベートな話だの、なかなか面白エピソードが詰まっていて、いかにもショーケンらしい1冊だった。
あれこれあったもののショーケンは前向きに明日に向かって生きているという感じが伝わってくる。才能があるから、時期が来れば色々動き出すだろうと思うけれど、もうゴタゴタせず、させられずに、今のショーケンの味を活かしたいい仕事をしてほしいと思う。そろそろ監督もやる時期が来たんじゃないかしらん。もしチャンスが巡ってきたらどんな映画を撮るのか、ちょっと楽しみな気もする。


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