「下町」

~続・敏ちゃんLOVE~
1958年 東宝 千葉泰樹監督


てれくさげな笑顔がマル

洋画のみならず日本映画も愛するワタシなので、ケーブルの豊富なラインナップはまことにありがたい。先月は意外な掘りだしモノ「下町」を観ることができた。敏ちゃんファンではあったものの、1時間のこの小品についてはこれまで全く知らなかった。でも、ちらっと番宣をみたときに、若い前髪パラリの敏ちゃんが照れくさそうな笑顔を浮かべておられたので、「あら!」と思って録画しておいた。
原作が林 芙美子であることが大きいのは言うまでもないが、脚本・演出がとてもいい。今まで知らなくてお見逸れしました、という感じである。とても1時間とは思えないのだけど、1時間以上あってもそれは蛇足に過ぎまい。間然するところがない。1時間の間にぴったりと世界が構築されている。

お話は終戦後4年目の焼け跡の東京・下谷界隈である。夫がシベリアに抑留されたまま帰ってこないリヨ(山田五十鈴)は幼い息子を抱えて二階借りをし、お茶の行商をしてその日その日を繋いでいる。彼女が下宿している家には、もう一人間借り人がいる。復員した夫が結核に侵されて療養所に入れねばならず、その高価な医療費を稼ぐために売春をしている若妻(淡路恵子)である。家を貸している夫婦は戦後の混乱期をチャッカリと生き抜こうという小ずるくも逞しい庶民。若妻の売春に部屋を貸して、儲けの六割を取り上げるといったがめつさである。この若妻を演じる淡路恵子がなかなかいい。


淡路恵子 日本一煙草がサマになる女

こういう環境の中で、子供を抱え細々と生活しているリヨに、間借りしている家の女房は男を斡旋しようとしている。そんなある日、リヨの前に男が現われる。敏ちゃん演じる鶴石である。彼はシベリア抑留から復員した男で、戻ってきたら妻が他の男と出来ていて出て行ったので、一人で河原の小屋に住み、非鉄金属の売買などをして生活している。

ふとした事で行商の途中に、この男の家でお弁当を食べさせてもらったことからお互いにぽつぽつと身の上話をする。二人を繋ぐのは「シベリア」というキーワードである。

リヨと鶴石は親しくなり、休みに子供を連れて浅草に行こうという事になる。花やしきなどで楽しく遊んで映画を観て出てくると雨が降っている。雨宿りのために近所の宿(サカサクラゲ)に入った二人。子供は眠っている。当初は夫のことも考えて身を堅くしていたリヨだが、鶴石に抱きしめられて自分を抑えられなくなり、結局は自分から男を抱き寄せてしまう。このへんがベルさん(山田五十鈴)の真骨頂。しかし敏ちゃんみたいないい男に迫られて拒みとおせる女なんてレズの人ぐらいに違いない。


ラブシーン直前 真剣な顔がマル

ラブシーンの苦手な敏ちゃんだけど、この時はその不器用な感じが鶴石という男の素朴な人柄を体現している感じで良かった。いつもセリフがあまりうまくないと言われる敏ちゃんだが、この作品などではけしてそんな事はない。基本的には低くていい声なので、セリフ廻しも悪くなかった。
女房が出て行って無味乾燥な一人暮しに女の気配がして嬉しいのか、鶴石は仕事用の小さな黒板に浅草行きの予定を書きこむ。この白墨で書く「あさくさ」という字がきれいで、敏ちゃんは達筆な人だったと何かに書いてあったのを思い出した。


字も綺麗な敏ちゃん

この宿屋で茶を飲んでいる時に、互いの年の話をするシーンがあり、女は30で男は29。リヨが「あら、もう30は過ぎてらっしゃるかと思ったわ」というセリフがあるが、何をおっしゃるウサギさん。どうみてもベルさんの方が年嵩である。そして到底30ちょうどには見えない。役柄もあってこの映画でのベルさんはとても地味である。地味なのだけど、敏ちゃんといい感じになってくるにつれて表情が輝き、艶が出てくる。このへんの変化がとてもうまい。さすがベルさんである。


ベルさん


幸せはそこまで来ていた

一夜を共にした二人。あれこれと思い惑うリヨに鶴石は力強く「責任を持つよ」と言う。翌日も昼に会う約束をして別れるが、売春をしている若妻(淡路)の夫が死んでしまい、遺骨を抱えて田舎に帰る彼女を見送ったリヨは昼に鶴石のところに行かれなかった。ずっと彼女を待っていた鶴石だが、2時まで待っても来ないので、仕事仲間に頼まれて大宮までトラックで行くことにしてしまう。
翌日、ウキウキと鶴石の元に向かうリヨ。立ち止まって化粧直しをするシーンに女心がにじみ出る。いそいそと小屋に着くと見知らぬ男たちが部屋を片付けている。鶴石はいない。リヨはここで、昨日大宮に行く途中で鶴石が事故に遭い、亡くなったことを知らされる。黒板には「リヨどの。二時まで待った」という文字だけが残されていた。リヨは風の吹く土手を呆然と歩く。夫はもう帰ってこないかもしれない。好きになった男はあっという間に死んでしまった。この先どうして生きて行こうか…。

人生の機微と無常を僅か1時間の間に描き出した秀作。不精髭の敏ちゃんはまこと男らしく、頼もしく、寄る辺ない身の上でこんな男に知り合ったら、それはもうすがりつきたくもなるだろう。そして彼は突如、去ってしまうのだ。人生、無常である。それにしても、これが1時間とは本当に凄い。充実して短く感じない。昔の日本映画は、本当に底力があったなぁ。

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