「きらきらひかる」

~僕、男と付き合う人なんだ~
1992年 ヘラルド=エース 松岡錠司監督



この映画が封切られた頃、ワタシは少しだけ筒井道隆が好きだった。彼の映画デビュー作「バタアシ金魚」に、まるきり子供な顔で(当時、中学生ぐらい?)脇で出ていたのが浅野忠信だった。懐かしい限り。筒井道隆は、続くこの映画でボーンとステップして翌年はあのドラマ「あすなろ白書」に主演した。その後、もっとグイグイ出てくるかと思いのほか、活動はわりと地味になってしまったが、最近この作品を久々にDVDで見直して、やはりこの頃の筒井道隆は良かったなぁと改めて思った。そして、まだ若いトヨエツに何かこっちもテレ笑い。眉毛が薄いのでちょっと描いているのがこそばゆい。角川アイドルを脱した薬師丸ひろ子の情緒不安定っぷりが意外に達者だったことや、彼女の両親役で津川雅彦&加賀まり子が出ていたりするのも妙に印象に残っている作品。

薬師丸の両親役 加賀まり子&津川雅彦

情緒不安的でアルコール依存症の翻訳家の卵・笑子(しょうこ、薬師丸ひろ子)は可愛がっていた犬が死んだ日に医者の睦月(豊川悦司)と見合いをし、ねじくれた態度を取りつつも彼を気に入ってしまう。精神的に不安定で病院に通っていた事を告白する笑子に、睦月は自分は女を愛さない男なのだ、と打ち明ける。この見合いは井の頭公園の中にある店で行われ、背後に緑がさわさわと動いているのが好ましかった。なんとなく互いを気に入った二人は合意の上で仮面夫婦生活を始める。睦月には結婚前から付き合っている恋人・紺(筒井道隆)が居る…。というわけで、男二人と女一人の三角関係のゆくえは?というお話。男二人の中に割り込む女という図式は、他にアン・リーの「ウェディング・バンケット」などもある。

睦月だの紺だの笑子だの、登場人物のネーミングはモロに少女漫画センス。原作は江國香織なので、そんな気配漂いぬって感じでもありましょうか。ともあれ、それまで優しい両親に真綿でくるまれるように育ってきたせいかどうなのか、情緒不安定だった笑子であるが、形骸的な結婚にもせよ、それでひとまず分厚い親の庇護の元から巣立つわけである。

彼女が睦月と構えた新居のマンションで、夜、翻訳に没頭し、深夜の休憩タイムに大音量で夜の女王のアリア「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」を流しつつ、至福感に浸ってウイスキーをオン・ザ・ロックで飲むシーンに、「一人だけのひそかな愉しみ」という感じがよく出ていた。ウイスキーが好きじゃなくても、なんだかおいしそうに飲むなぁと思ってしまう。彼女は夜の女王の一番の聞かせ所である超絶技巧のコロラトゥーラのあたりで、恍惚とした表情を浮かべる。そして明け方まで酒を飲み、ボトルを1本空けてしまうのだが、気分的な充足感が反映したのか、編集者には「言葉が冴えてきた」と褒められる。この編集者には友情出演的に蜷川幸雄が扮している。笑子はイタリア語の駆け出し翻訳家という設定。このイタリア語というのがまた、ね。江國チックなテイストですね。原作も読んでないし、よく知らないけど何となく。



情緒不安定の上にエキセントリックで、対人関係に難アリの笑子。新居の近くのファミレスのウェイトレス(土屋久美子)ともいきなりバチバチとショートする。この土屋久美子のセリフやキャラ設定が今観るともういかにも古い。90年代初頭はこういうキャラが流行ったのだったっけな、と思ったり。ウェイトレス仲間で柴田理恵がガサガサとした芝居をしている。

世間体のために結婚するなんて欺瞞が過ぎるし相手にも失礼だ、と睦月に怒りをぶつける紺(筒井)が通うのは、中央大の八王子キャンパス。高台にあって広々とした感じがいかにもである。
笑子は大学にいきなり紺を訪ね、遊びに来いと家に誘う。


紺役の筒井道隆

昔見た時には、とにもかくにも筒井道隆目当てだったのであまり眼中に無かったが、今、見直してみると薬師丸ひろ子が上手い。女を愛さない男に惚れてしまい、なんとか夫とその恋人の間に自分も等しく加わりたいと願ってしまう妻の気持ちがよく出ていた。笑子が夫のシーツに毎夜、アイロンをかけるシーンにそれは如実に現れている。(ま、夫からすれば気が重いですけどね、関係のない妻に物欲しげに毎夜ネッチョリとアイロンがけされても…)睦月は滅多に怒らない優しい男で、その柔らかい受容が笑子には嬉しいのだが、反面、そのぬるま湯のような優しさに苦しめられもする。そして夫を100%掴む事ができないもどかしさに、彼女の酒量はどんどん増えていくのである。が、肉体的に妻を愛せなくても、睦月はただ単に世間体の為や優柔不断のゆえに笑子と結婚したのでもない。彼は彼で、不器用で一途な彼女の中に、何か放っておけないものを感じたのだ…。



今やすっかり押しも押されもしないトヨエツだが、この時は描き眉でなんだかデクノボウっぽく、笑った顔のシワっぽさもかなり微妙である。情緒不安定の妻と、やんちゃな愛人に挟まれて煮え切らない微笑を浮かべ、困り果てる若い医者をボワっと演じていた。ラブシーンも筒井道隆にすっかりお任せ状態。そういえば、シルエットで大アップになるトヨエツと筒井のキスシーンは公開当時、予告編で見た時には「お」と思ったものだった。今見るとかなりぎこちなくて不慣れっぽいシーンではあるけれど、微笑ましくもある。



紺と笑子に面識が出来、二人はともに睦月を愛する者として互いの心情を共感するが、反面どこにも行き着かない三角関係に三者三様に苦しむ。苦しんだ果てに三人は車に乗って海へ行き、その帰路、深夜の路上でシマウマを見る。この唐突な深夜のシマウマはなんのメタファーだろうかと思うが、三人が同時に同じものを見るという事が、苦しいが誰が欠けても成り立たない世界が出来てしまったという事を表しているのかもしれない。
笑子は睦月と紺と自分の血が混ざった子供が欲しいと願うまでになる。

結局、きっぱりとした結論は出ず、紆余曲折を経てのちも、三人は膠着状態をそのままに関係を続けていく事になるのだが、まぁ、これは無理に結論出しても収まりが悪いし、結局こういうラストにするしか無いんでしょうねぇ、という気はする。劇中、おりおりフィーチュアされる「大きな古時計」だが、なんでこの歌なのかというのがイマイチ、ピンと来ない。エンディングでアカペラに近い形で流れるのはバブル期に流行ったPSY・Sというバンドのヴォーカルをしていたチャカが歌うバージョンだが、15年あとなら平井 賢の歌が使われたところだろうか。がいずれにしても、何故にこの歌?という感じは否めないけれど。


二人が愛しているのは、同じ男

今観ると折々微妙な古さが垣間見えたりするのもご愛嬌で、トヨエツの若さにも何だか笑えるが、この時期の彼の作品では「12人の優しい日本人」がちょっと面白かった。しかし、あの映画で描かれていた「もしも、日本に陪審員制度があったら?」というテーマは、日本でも遂に現実化してしまった。20年以内の近過去の作品というのは、いろんな意味で改めて観ると面白いかもしれない。

随分長らく忘れていた作品だが、トヨエツと薬師丸ひろ子が再び夫婦役で共演するという映画「今度は愛妻家」(来年1月公開)のチラシを観て、この映画をふと思いだした。来年、「今度は愛妻家」を観たあとに、再びこの映画を観てみるのも面白いかもしれない、と思っている。

コメント

  • 2014/05/27 (Tue) 06:45

    マイブログに、リンク&引用、貼らせてもらいましたー
    不都合あればお知らせください!(削除いたします)
    なにとぞ宜しく~~~!

  • 2014/05/28 (Wed) 22:35

    ジョニーAさん、リンク&引用どうぞどうぞ。
    凄く長い記事で丁寧に書いておられますねー。

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