「愛の神エロス」より 若き仕立て屋の恋 (EROS )

~満たされざる想い~
2004年 アメリカ/イタリア/フランス/中国 ウォン・カーウァイ監督



前からこの3篇のオムニバスの中でウォン・カーウァイの一篇だけはいい、という評判は聞いていたのだけど、どうも、コン・リーが苦手だもので、ずっと見送りにしてきた本作。このつど映画チャンネルで放映されたので捕獲して、ようよう観てみた。2年ほど前にやはり映画チャンネルで流れていたのをちらっとだけ横目に観たきりだったのだけど、今回じっくりと観てみたら、やはりウォン・カーウァイの一篇だけは良かったと思う。

コン・リーを初めて観たのは「紅夢」だったか「菊豆」だったか忘れたけど、そのへんの中国本土におけるチャン・イーモウ作品のVHSだった。90年代初頭の頃だ。その頃はまだ素朴でかわいかったのだけど、コン・リーといえば堂々たるプロポーションと、地味で素朴なようでやけに逞しい顔つき、である。山口百恵と志穂美悦子を足して2で割った感じ、だろうか。昔、彼女は日本において「中国の百恵ちゃん」と言われていたが、百恵の要素だけでは彼女の逞しさについて表現しきれないと思う。

彼女が苦手なのと、ウォン・カーウァイには近年ガックリさせられる事が多くなったので敬遠してきた本作だったが、これにはチャン・チェンという切札が出ていたのを忘れておりました、ワタクシ。で、改めてしみじみとみると、まず各編の冒頭に入るタイトルバックのイメージとそれに被るカエターノ・ヴェローゾの歌声が「eros」という雰囲気をかもし出していた。ウォン・カーウァイの一篇以外は、このタイトルバックの方が本編よりずっと良かった。



さてさて。ウォン・カーウァイが担当する一篇は原題「THE HAND」。日本語タイトルは「若き仕立て屋の恋」などとつけられているが、これは「手」が物語の核を成している重大要素であるからには、原題通りに「手」で良かったんじゃないのかしらん、と思った。画面のトーンや空気感は「欲望の翼」や「花様年華」などと共通するもので(殊に後者と空気感が近い)、ワタシの好きなウォン・カーウァイのトーンだ。

花の盛りを謳歌する高慢な高級娼婦ホア(コン・リー)のアパートメントの一室で待たされている、服の採寸だかお届けだかにやってきた若い仕立て屋見習いのチャン(チャン・チェン)。女は見るからにウブな若者を会いしなからその指先で翻弄する。仕立て屋をやるからには沢山の女の体に触れること、そしてこの指(手)の感触を忘れないことよ、と西も東も分からない仕立て屋見習いをいきなり「調教」する。


この指を覚えておきなさい

このシーンのコン・リーの驕慢な様子はまさにはまり役の風格。何も知らないうちに高級娼婦の指先の技だけはとっくりと知らされてしまった若者の困惑と陶酔はチャン・チェンのお手の物。時代は例によって1950年代~60年代ぐらいな設定なのだろうけど、微かに震える若者の2本の脚の間に、白蛇のようにぬめらかに入ってくる女の白い指とその指先の紅い爪、手の作る表情などには中国四千年の金瓶梅or紅楼夢的文化・伝統の趣さえ感じさせる。最初にいきなりそんなものを教わってしまっては、それ以下のものを甘んじて受け入れる事はできない。チャンはずっと独身のまま、以降、ホアの服を仕立て続ける事になるのだ。チャンとホアとの関わりは彼女の指に始まり、指に終わるのである。


強力なイニシエーションにより、生涯にわたる深い想いに捉われる仕立て屋・チャン

チャンが愛を籠めて丁寧に仕立てるホアのチャイナ・ドレスは「花様年華」でマギー・チャンが着ていたのと同様に、堅いハイ・カラーの特注のチャイナ・ドレスである。女が冷たくなったパトロンの心を繋ごうと懸命に電話をしている間、チャンは黙々と彼女のドレスの調整をしている。生地や刺繍は「花様年華」の時よりも、更に一段と高級、繊細になり、薄い紗の生地が肩や胸を覆う黒い衣装の仮縫いシーンなど、ちょっとでも下手に身動きしたら、すぐにピーっと割け目が生じそうな雰囲気で、コン・リーが動くたびにヒヤヒヤしたり…。


鏡に映る姿を多用する クリストファー・ドイルのカメラも相変わらずの冴え

チャンが一人前の腕のいい仕立て屋になっていくのと反比例して(中年になった、という事を表現するために口髭を蓄えても若者)、ホアはパトロンに愛想を尽かされ、チャンに仕立てさせた衣装の代金も未払いが重なり、高級アパートメントにも住めなくなり、道端で雨の日にも客を引かざるを得ない立ちんぼうにまで身を落としてしまう。驕り高ぶった絶頂期から、落剥して最下等の娼婦に身を落すまでのレンジを演じ切れるキャパは、やはりコン・リーならではで、驕慢な時も、落ちぶれた挙句に肺を病んで衰えた姿も、双方、説得力があった。

「女」だけを売る商売など、いずれ終わりが来る事は目に見えている。ホアは自分の衰え出した容色や、年々重なっていく年齢に抗うように、チャンに電話をかけては新しい衣装を作る。細身の洗練されたチャイナ・ドレスは、彼女の女としての誇りであり、意地であり、妄執であり、女力の象徴なのだ。女力だけにすがっていては、先々勝ち目のない負け戦に終わる事が火を見るより明らかでも、彼女は衣装を作らないではいられない。最下等の娼婦に身を落すまで、彼女は高価なチャイナ・ドレスで身を飾り続ける。そして女力が尽きかけると、彼女の衣装は地味な実用本位のものになるのだ。



代金が貰えなくても彼女の衣装を丹精こめて作るのは、彼女に人生を捧げた男である。世間の大半の男にとって彼女は、高級だろうと安かろうと、金で買える売女であり、一時の慰みにするだけの女である。が、誰にとってそうであろうとも、チャンにとってホアは最初に出逢った時から最後まで神殿の女神のままである。彼女はチャンにとって、エロスという神殿に祭られている女神であり続けるのだ。どんなに落ちぶれて病み衰えても。

雨の中で立ちんぼうをして引っ掛けた客を、雨漏りのする安宿に連れてきて相手をするホアのベッドのきしりを廊下で聞いたチャンが、最後に仕立てた衣装を持って帰り、仕立て台の上に置いて、その裾からそろりそろりと手を差し込んで行くシーンが殊更にエロティック。想いは体の中で一杯になってはいるが、仕立て屋と女は間接的にしか交わらない。まるで体に触れないわけではないが、互いに相手の体に触れるのは指先だけなのだ。簡単に行動に移せる想いなどは軽いものなのだろう。人生を左右する想いは深く重く、そう簡単に直接的な行動には結びつかないのだ。想いは心の奥底で、琥珀色に堆積していくのである。秘めに秘めた想いは永遠に満たされないからこそ、永遠に輝きを喪わないのかもしれない。


服の裾から手を差し入れる…チャンにとって、仕立てた服=ホアなのだ

常に衣服を介在して間接的に交わってきた女に対する仕立て屋の究極の愛を描いた一篇。短いだけに余分な描写もなく、仕立て屋チャンの凝縮された想いがクラシカルな背景の中で横溢している。「花様年華」のあたりから使い始めた中国歌謡のオールデイズが、この短編でも折々のシーンに時代色を添えていた。

コメント

  • 2009/12/13 (Sun) 11:42

    「愛の神エロス」、kikiさんもこの小編だけはお気に召したようで何よりです。
    私もコン・リーは苦手な女優ですが、この作品に関してはこれ以上のハマリ役はない!と思いました。ウォン・カーウァイが使ってきた他の女優、たとえばマギー・チャンやチャン・ツィイーなどにはコン・リーのようにずしりと重たく権高い感じは出せないでしょうしね。コン・リーに幻惑される若き仕立て屋がチャン・チェンというのもバッチリで、からかい半分のコン・リーに手ほどきされた後の夢見ごこちな表情がとてもエロティックでした。そして二人の関係を彩るチャイナドレスの扱い方に中華圏の男性がチャイナドレスに感じるファンタズムが滲み出ているのもとても好きです。

    ウォン・カーウァイの次回作はトニー・レオン主役のカンフー物らしいですね(当初コン・リーがキャスティングされると聞いていたのですが、imdbを見るとどうやら結果的にはチャン・ツィイーがキャスティングされたようで、一体どんな感じなのかな?と)。他にも"The Lady from Shanghai "なる、マギー・チャンかコン・リーがキャスティングされそうなタイトルの作品も制作準備に入っている模様で、今後が楽しみです(「マイ・ブルーベリー・ナイツ」にはがっくりさせられましたのでいろいろな意味で挽回してほしいな、と・・・)。

  • 2009/12/13 (Sun) 21:09

    yukazoさん、ずっと喰わず嫌いをしてましたが、確かにウォン・カーウァイ編だけは良かったですね、これ。コン・リーは、出てくると、うわ、またこの人か…とゲンナリしてしまう感じもあるのだけど、この役はまさに彼女のためのものでした。マギー・チャンでは哀れな感じは出ても倣岸な絶頂期の感じが出ないでしょうし、チャン・ツイ・イーじゃまだまだ貫禄が足りないですね。そして、確かに中華圏の男性のチャイナ・ドレス幻想は骨がらみなものがありそう。ウォン・カーウァイもかなり強く持っているし、アン・リーにもそれは感じられますね。この短編でも現実の女の体よりは衣装の方にむしろ女の肉体を感じてしまう男が描かれているし。また、今回のチャイナ・ドレスはどれもこれも見事だったですよね。それを着こなせるという事だけでもかなりの女である、という事の証、みたいな雰囲気がよく出てました。

    ウォン・カーウァイの次回作はトニー・主演のカンフー物ですか…。いわゆる武侠物ってやつなんでしょうけど、どうもこの武侠物ってジャンルはねぇ…ウォン・カーウァイが撮ってもアン・リーが撮ってもウ~ン…って感じのものしか出来ないような。ウォン・カーウァイは作品ごとにブレが大きくて出来不出来の差が激しい監督なので、かなりの大外しは折込済みで様子を見ないと、かもですね。"The Lady from Shanghai "ってのはオーソン・ウェルズの「上海から来た女」のリメイクという事でもないんでしょうかね。いずれにしても巧くはまれば良い物になりそうだし、外すと惨澹たる事になりそう(笑)なにせウォン・カーウァイだから。

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