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「酔いどれ天使」

~闇市の泥池~
1948年 東宝 黒澤 明監督


闇市でハバを利かす松永(三船敏郎) この眼光を見よ  左は木暮実千代

随分久々なのでやはり劇場で観たいと思い、その回しか都合が合わなかったので休日の初回に観賞。「酔いどれ天使」を全編きちんと見るのは、実に10年ぶりになるだろうか。とにかく本当に久々の観賞になる。
敗戦後、一面の焼け野原になった東京にバラックの闇市があちこちと出来ていた、そんな頃のお話だ。闇市はマーケットと呼ばれ、そのすぐ裏には汚いどぶ泥の池がメタンガスの泡を浮かべている。

その泥池のほとりで開業する町のよいどれ医者・真田(志村 喬)は、ある蒸し暑い夏の夜、迷い込んできた若いヤクザ松永(三船敏郎)の銃創を手当てするが、咳き込む彼に結核の気配を嗅ぎ取り、レントゲンを撮るように薦める。死病を恐れつつも虚勢を張る松永は真田に毒づいて去るが、病勢は進行していく。小憎たらしいと思いつつヤケクソな松永が気になる真田は病気と真っ向から向きあって治療しろと諭し、松永もその気になった頃、松永の兄貴分のヤクザ岡田(山本礼三郎)が出所してくる…。


オープンセットで作られた闇市と泥池 真夏のシーンから始まるが撮影は真冬だったらしい

ファーストショットは、メタンガスの泡をぷくぷくと吐く泥池である。
この池は敗戦後の混乱した世相のメタファーであり、松永を囲むヤクザ社会を象徴するものであり、ヤクザな生活の中で穴のあいた松永の肺を象徴するものであり、また人形から花からゴミの山まで様々なものが投げ込まれ、捨てられていく場でありながら、それらを全て飲み込んでぷくぷくと泡を吐いている池は、やっと戦争も終わったし、これからは生きるために何でもやって這い上がって行こうという庶民の逞しい生活力のメタファーのようでもある。

志村演じる医者の真田はアルコールとなれば薬用アルコールだって飲んでしまう酒に目のない男だが、下町の赤ひげ先生のような医者でもある。口は悪いし風采も上がらないが医者としての使命感はふんだんに持っている。顔を合わせると怒鳴りあいながらも、特攻隊上がりで若いエネルギーを持て余した末に結核に取りつかれた松永が気になって仕方がない真田と、口では虚勢を張りつつも、病勢が進むにつれ、どこかで真田に対する甘えのようなものを時折見せる若い手負いの獣のような松永。



最初に真田の医院にやってきた敏ちゃんの松永が「結核かそうじゃねぇか、診てもらおうじゃねえか!」と言ってバッとアロハシャツを脱ぐ。カメラは彼の上半身を背後から捉える。広い肩幅と、盛り上がる僧帽筋に三角筋。この作品は昭和23年(1948年)の制作だから、終戦後僅かに3年。そんな敗戦ほやほやの時期に、こんな見事な体つきの日本人など本当に珍しかったことだろう。観客はまず、彼の存在そのものに度肝を抜かれたに違いない。ましてその顔も彫りが深く、苦みばしって、日本人離れしていたのだから。治療の翌日、真田がダンスホールに松永を訪ねるシーンで、ホールから出てきた松永=三船のアップを観た時、当時の観客はどんなにビックリしたことだろうか。今、この時代に、ワタシが既に何度か観ている状態で観ても、スクリーンに大写しになった彼の顔や姿には衝撃を受ける。よくぞこんな男が日本映画界に登場したものだと思う。彼の前には当然の事として、彼の後にも今日に至るまで、こんな衝撃的な存在感を持った俳優はついぞ日本映画には登場していない。


この筋肉を見よ

戦後すぐ、突如として鮮烈に登場した三船敏郎は日本の戦後の復興と足並みを揃えるように日本を代表する大スターになり、世界へと羽ばたいた。この人のスケール感はちまちました日本映画の枠には収まりきらないのだ。彼を黒澤がもっともよく使いこなした理由は、黒澤の映画がインパクトとダイナミズムに満ちていたからである。三船敏郎には、その素晴らしい顔と体つきに加えて、動きにダイナモがあった。それまでじっとしていて、やにわにガッと動く瞬発力が強烈なエネルギーに満ちていた。この作品でも、酔いどれ医者と話していて、何か気に食わない発言があると、三船の松永はやにわにガッと腕を伸ばして医者の首根っこを掴み、カウンターの外周をぐいぐいと引き摺って行って、力任せに店の外に放り出す。または、首根っこを押えてあっという間に力任せにねじ伏せて馬乗りになる。この動作が素早く、力強く、動物的なエネルギーが横溢している。目を瞠るような早さと鮮やかさだ。その上、内面の繊細さがこの役にもうまく作用して、粋がりながらも心の中を虚しい風が吹いている手負いの若いヤクザの焦燥感と絶望感が、暴れ狂う姿の中に表現されていた。ひたすらお国の為に死ぬ事だけを強制されてきた戦争に生き残ったものの、敗戦後の瓦礫の中で、そんな自分の鬱勃としたエネルギーをどこに向けていいか分からない松永の荒ぶる魂。




ぐいぐいとパワフルな三船敏郎の演技を頼もしげに眺める黒澤明

まだ間に合うと真田に言われて治療に取り組む気になった松永の前に、服役していた兄貴分の岡田が現れる。岡田を演じる山本礼三郎の強烈な存在感も忘れ難い。この面構え。痩せた体で斜めに立っているだけでも殺気が沁み出している。この人はこの作品でしか観た事はないのだけど(そもそもは時代劇の人らしい)、他の作品は観なくても十分だな、という気がする。


面構えだけで役がなりたつ山本礼三郎

「酔いどれ天使」を最初に観たのは80年代にBSだかで放映された時なのだが、一緒に観ていた父が「こいつ(山本礼三郎)が猛烈に凄みがあるんだよ。『殺し屋の歌』っていう曲をギターで弾くんだよ」と解説してくれたのを思い出す。この殺し屋の歌ではなく、冒頭から数回にわたって泥池のほとりで若者がいつも爪弾いているギターの曲も哀愁があっていい。音楽は早坂文雄。闇市を流れる音楽(当時の流行歌や民謡をジャズ調に編曲したもの)など、時代色がよく現れていて印象的だ。また劇中、笠置シズ子が吼えまくる「ジャングル・ブギ」は黒澤の作詞に服部良一の作曲。今回、劇場で久々に観て、あぁいかにも黒澤らしい歌だなぁとニンマリしてしまった。そして、踊る敏ちゃん。今回、再見してステップが意外に滑らかなのに感心した。考えたらこの人は運動神経抜群なのだ。ダンスだってその気になればちょちょいのちょいと踊れるのである。


ステップも滑らか 踊りだってバッチリなのだ

岡田の登場で、松永の周辺は急速にかき乱される。療養生活もままならず、馴染みの女(木暮実千代)を奪われ、シマも奪われて追い込まれる松永。アシを洗う絶好のチャンスでもあるのに、彼が向かうのは自滅の道だ。建設的に、計画的に、前を向いて生きるのではなく、刹那的に、衝動的に、破滅の道へと向かってしまうのである。どちらへ行くべきかは人に言われなくても分っているのだが、行ってはいけない方に向かってしまう。自らを滅ぼす人間のいたましい性(さが)。
全てを岡田に奪われ、女に部屋も叩き出された松永に、一杯飲み屋の女ぎん(千石規子)は一緒に自分の田舎へ行こうと必死にかき口説く。懸命な女心がいじらしい。惚れているので、松永をどうにか救いたい、そして自分も救われたいと願うせつない女心。なんとかの深情け的な気配も漂うが、松永は黙って聞き、店を出ていく。ぎん(千石)は松永はその気になっていたのだと言うが、その気にはなっていなかったと思う。ただ、いまや落ち目の自分を必死に想ってくれるのはこの女だけであり、彼女の言うようにするのがこの際いちばんいいのだという事は、彼にも分かっていただろう。分ってはいるが、彼はその道を選ばないのだ。

 心底惚れている感じをよく出していた千石規子

松永の中に渦巻いていたのは、男のメンツと薄情な女・奈々江(木暮)への未練だろうか。木暮実千代は、その時々の勢いのある男にどんどん乗り換えていくうす情けの悪女にピッタリ。この人ほど艶ぼくろの似合う女優もいない。奈々江の部屋の鏡台脇にかけられたタイの影絵人形。喀血して寝ている松永の向こうの壁に、影絵人形のシルエットが浮き上がる。このシーンはすっかり忘れていたので新鮮だった。また、死の幻想に取りつかれた松永が、タキシード姿で波打ち際の棺おけを叩き割ると、中で眠っているのはアロハシャツ姿の自分である、という悪夢を見るシーンなども、忘れていたので今更のようにとても新鮮に眺めた。
久々に観賞すると印象が新鮮でいい。

クライマックスの死闘は、たださえ衰弱して足が縺れている松永だのに、更に白いペンキが床に流れて岡田と二人でスッタモンダするのだが、白いペンキは些か過剰演出の気味があるかもしれない。過剰といえば、松永の病勢が進んだのを表すために、大仰なまでに頬にシャドーをつけてこけた感じを出しているのだが、これもやりすぎな気がしなくもない。黒澤的過剰演出である。けれど、ついに刃をうけた松永が、観音開きの扉を開け放って、何かを求めるように物干し台に出るシーンは、そこに被る早坂文雄の音楽もあいまって詩情が漂い、松永が最後に希求していたものは何だったのだろうか…とその真昼の犬死にについて想いを馳せてしまうのである。彼の頭上にはためく洗濯物は、ついに無縁のまま終わった平和な日常生活の象徴でもあろうか。

どんなに周囲が手を差し伸べても、自ら助かろうとしない人間を助ける事はできない。松永との対比で登場する結核を克服した少女(久我美子)は、そういう分り易い対立図式の好きな黒澤らしい設定で、そういう面だけからみると「またそんな絵に描いたような人物をもってきて」と思ってしまうのだが、ラストシーンで肺が治った彼女が明るく振りまく笑顔には、掃き溜めの鶴の輝きと癒しがあり、観客にとっても医師・真田にとっても一筋の救いになっている。思えばこの作品は随分いろんなタイプの女性が効果的に登場している。ヤクザの岡田に踏みにじられつつ、どこか奴隷根性の抜けない不幸体質の女・美代(中北千枝子)、○○の深情けでふて腐れながらも松永をじっと思い続ける女・ぎん(千石規子)、絵に描いたようなヴァンプ・奈々江(木暮実千代)、そして清純無垢で意志の強い美少女(久我美子)である。今回、再見して、もったりとした不幸体質の女を演じる中北千枝子の、妙な色気を醸し出すダルそうな演技と、深情けの女を演じる千石規子のうまさが印象に残った。
黒澤明は女優使いもうまいのだ。脇役も、ぎんの雇い主の飲み屋のオヤジに殿山泰司、真田の級友で大きな病院の院長に進藤英太郎、松永の親分に清水将夫など芸達者が要所要所を締めている。

 
左から、飯田蝶子、中北千枝子      久我美子

タイトルの「酔いどれ天使」というのは志村喬の演じる医者の真田をさしているのだが、三船敏郎演じるヤクザの松永のことだと思っている人も多いかもしれない。元は医者の存在を際立たせるためのキャラクターだったヤクザ松永が、三船敏郎の肉体と感性を与えられて猛烈な輝きを放ったため、撮影中に主客が逆転し、医者が副主人公になってしまった、と黒澤自身が述懐している。
ともあれ、黒澤と三船、この作品での2つの才能の火花散る出会いは、世界映画史に名を刻む名コンビの発祥となり、コンビによる数々の名作を生み出す原点になった。
全てはここから始まった。
そして「酔いどれ天使」は今もなお、新鮮で鮮烈な輝きに満ちみちた作品であり続けている。

コメント

  • 2010/04/08 (Thu) 00:05

    おっ!kikiさん、ついに真打登場ですね!!

    わたしは敏ちゃん作品では本作がいちばん好きです。
    黒澤×三船コンビDVDはほとんど持っておりますが、敏ちゃんが出てるシーンだけわ~っと見ることもままあるなか、本作だけは始まりから終わりまで、早送りすることなくじっくり見るのが常となっています(笑)。
    ラストシーンの敏ちゃんの死にっぷりがいちばん好きですが、わたし的には最初から見てからこそここのシーンに至って毎回じ~んとくるようです(笑)。

    留学時代にローマ一人旅を決行した折、フランス以外の国への一人旅は初めてで、前日になってどうにも不安で不安で仕方なくなりました。「飛行機落ちたらどうしよ~」とか、「誘拐されたらどうしよ~」とか、結局は要らぬ心配でしたが、もしも無事帰ってこれなかったら、もう敏ちゃんも見れなくなるなあ、とそんなことを考え、出発前夜にこの作品を見納めかのように鑑賞して出発したという、今では失笑な思い出の作品でもあります。
    本作のイタリア版DVDのジャケットはとってもかっこよかったです。このブログの1枚目の写真の眼光鋭い敏ちゃんの顔のアップが真っ赤な背景にドン!と印刷されたものでした。

    刹那的で、画面からはみださんばかりに獣のごとき敏ちゃん演じる松永のことが見る度に可哀そうで仕方なく、自分も辛くなってしまうのですが(笑)、時々無性に見たくなりますね。

    敏ちゃんの出現って当時ほんとにすごいことだったんでしょうね。
    当時の世間は、当時の婦女子の皆さんはどんなふうに受け止めたんでしょうね。
    きっと「きゃ~」という黄色い歓声が起こっていたことは間違いないですよね!

    ちょいと話はそれますが、先日小津監督の「お茶漬けの味」を見ました。木暮実千代という女優さんはヴァンプ女優と言われていたとのことですが、この作品でも前半はヴァンプな雰囲気を少々醸しつつ、しかし最後はとっても可愛い奥さんになって、夫役の佐分利信とふたりで慣れない台所に立つシーンが微笑ましくて、小津作品ではこれがいちばん好きかもしれません。鶴田浩二も出演してて「ノンちゃん」なんて呼ばれて、若くてハンサムでとってもいい具合でした。

    中北千枝子、久我美子両氏はプクプクしてますね。
    わたしとしては、おふたりともこの作品で初めて拝見したので、のちにホッソリした姿を見たときビックリしたものでした。

    敏ちゃんが素晴らしいのはもちろんですけれども、志村喬もとてもいいですよね。「生きる」なんかもいいのでしょうが、わたしは本作、「醜聞」「野良犬」の志村さんが好きですね。

    今この作品を見たら、大仰なシャドー、笠置シヅ子のブギ、敏ちゃんのダンス、ペンキまみれの格闘シーンなど、「ぷっ」って笑ってしまう人が多いのかも・・・とも思うんですけど、それでも全編通してみなぎる敏ちゃんの凄みや哀しみ、そういったものは通じるはず、とわたしは思うんですけど、「なにこれ~」って友人に言われるのが悲しいので、ひとりひっそりと敏ちゃん・松永に心寄せるワタクシです。


  • 2010/04/08 (Thu) 07:14

    ミナリコさん。これは黒澤×三船作品の中でも、特別な1本だろうと思います。何かね、特別なものを持ってますよね。今回久々に観てそれをひしひしと感じました。敏ちゃんのヤクザは、本当になんともいえないですね。若い身空で死に急いでねぇ…。そうそう、志村喬もとてもいいですよね。ああいう性格のお医者さんの感じがとてもよく出てました。そういえばこの映画は夏のシーンなのに、志村さん、時折息が白いんですよね。あ~、そういえば寒い時に撮影したとか読んだ事があるなぁ、と蚊を追い払う芝居をしつつ白い息を吐いている志村喬を眺めました。「醜聞」の志村喬はどんな役をやってたのか覚えてないなぁ。「野良犬」では何故か河村黎吉が印象に残ってます。

    あはは。ローマ旅行前に見収めになるかも、と思って観賞した作品なんですね?まさに特別な1本ですね。殊更に忘れ難いですわね。そのイタリア版DVDは購入されたんですかしら?

    当時の観客の視線になって画面をみると、本当に敏ちゃんの出現には凄く驚いたんじゃないかなぁという気がしますよね。きっと館内がどよめいたんじゃないかと。当時の観客は今よりももっと娯楽に飢えていて、もっとリアクションが大きかったんじゃないかな、という気がします。この作品の敏ちゃんは、特に従来の日本の俳優の枠からはあらゆる意味で飛び出してますよね。そして、松永の死に様はなんとも言えませんね。物干し台への扉を開くところで音楽が被ってくる、あのあたりからえもいわれない空気が漂って。漂白されたような真昼の死。
    …詩のようなシーンですね。犬死にだけど何か綺麗なのね。

    「お茶漬けの味」ご覧になったんですね。自分の亭主を「鈍感さん」とか呼んで、あの奥さんも相当なもんですが、でもなぜか木暮実千代が演じていると、いいとこの奥様というよりも、どことなく玄人っぽく見えてしまうのが面白いというか(笑)ワタシは木暮実千代の出演作品では「祇園囃子」(溝口健二)が一番好きかな。色っぽい姉さん芸者の役で、いいですよ。「お茶漬けの味」での鶴田浩二は、確かになかなか爽やかですよね。佐田啓二がやってもよさそうな役でしたね。

    で、「酔いどれ天使」に戻りますが、確かに、今この作品を全く興味も関心もない人が見たら、ところどころどういうリアクションが出るか予測もつきませんが、それでもきちんと観ようという気持ちがあれば、作品のメッセージは伝わるだろうとも思います。でも、あまりその気のない人がムリに見るよりも、何かでこの作品が気になって自発的に観たい!と思った人が観た方がいいし、やはりそういう人には時を越えて強くアピールする作品だと思います。だからお友達にも特には薦めないでおいた方がよさそうですね。興味があれば、どういう経緯ででも必ず自発的に見ることになるでしょうから。

  • 2010/04/08 (Thu) 10:32

    大昔に観たきりで、記憶が曖昧にもなっているんですが、前半で、海辺のような所で、三船扮するヤクザが棺桶に入った自分の死体と対面するシーンが無かったでしょうか?
    この前にベルイマンの「野いちご」を観ていたので、黒澤がベルイマンの真似をしていると思ったんですが、実際はこちらの方が先に作られている。ということは、ベルイマンが真似たのか?なんて、少し誇らしく感じたこともあったような覚えがあります。
    勿論、もっと前にそんなシーンがある作品もあるかも知れないので、誰が真似てるかなんてつまらない事なんですがね^^

  • 2010/04/08 (Thu) 13:19

    kikiさん。イタリア版DVDジャケにはかなり心惹かれましたが、既に日本版を持っていたため、買いませんでした。これはローマで見つけたのではなくて、ベネチアを旅行した際にどこかの広場の移動キオスク的な店で発見したのです。イタリアでの敏ちゃん人気はスゴかったと聞いたことがありますが、「用心棒」で主演男優賞を受賞したベネチアでは今でも殊更に人気者なのかもしれませんね。

    kikiさんがおっしゃるように、敏ちゃんのこの作品での最期は犬死にだけど詩的で美しいですね。ヤクザな松永があの物干し台で浄化されていくようで、可哀そうでたまらないのだけど、同時にちょっとホッとするというのか、もう苦しむことはないんだなあ、などと思えて時折うるっとしながら「今回もああ見てよかった・・」と自己満足を繰り返しています(笑)。

    「お茶漬けの味」の鶴田浩二の役、ほんと、佐田啓二でもぴったりそうですね。さらに爽やか。
    鶴田浩二が佐分利信と一緒にビールを飲むシーンでドイツ語(恐らく)で唄っており、「むむ、歌もイケる!」と感心しました。
    「祇園囃子」観てみたいなあ。でもレンタルしてるかなあ・・・

    「野良犬」の河村さんとは恐らくスリ専門の上司役の人ですよね。
    わたしもこの人いいなあと思ってました。この人との絡みのシークエンスはちょっとコメディぽくもあり、いいシーンですね。敏ちゃんが真剣に小刻みに頷いていて指示を仰いでいるのが好感度大でした。

    そうですね、縁がある人はきっと自ずとこの作品にたどり着きますね。
    下手に宣伝・強要するのはやっぱり止めよう、と思ったのでした。

  • 2010/04/08 (Thu) 22:14

    十瑠さん。海辺でタキシード姿で棺おけを斧で割るのは松永の悪夢のシーンですね。タキシード姿の自分がアロハシャツ姿の死んだ自分に追いかけられる…。あのシーンは夢幻的でヨーロッパ映画の空気が流れてましたね。「酔いどれ天使」は所々に詩的なシーンが入ってくるのが持ち味ですが、この夢のシーンはその最たるものかもしれません。言われてみるとベルイマンと黒澤の作品て、時折ふっと似たような空気を醸し出すことがある気がしますね。黒澤は「第七の封印」みたいな映画を撮っても、それなりに良かったかも。
    真似る、真似ないということではなく、感性の近い映像作家だという事なのかもしれませんね。

  • 2010/04/08 (Thu) 22:18

    ミナリコさん。ベネチアの売店に並ぶ若い敏ちゃんの顔…。なんか、こたえられぬ取り合わせですわね。イタリア人が敏ちゃんを好き、というのは何となく頷ける気がします。敏ちゃんてアメリカよりもヨーロッパの方が似合うし、ヨーロッパの人の方が、より敏ちゃんを好きなんじゃないかな、と。
    それにしても、つくづくと敏ちゃんはグローバルスタンダードな男前だと思います。余談ですが、うちの父が若い頃に秋田を旅行した時、みんないい顔をしているので驚いた、と言っていました。「トラックの運ちゃんとかが、みんな三船みたいな彫りの深い、いい顔をしてるんだよ」とのこと。そういえば敏ちゃんのルーツは秋田ですわね。う~む。秋田、恐るべし。
    で「酔いどれ天使」。 詩情のあるシーンがあちこちに入っている映画ですわね。洗濯物はためく元の松永の死も、彼の夢の中の死の幻想のシーンも、アパートの壁に映る影絵も、泥池のほとりのギターの調べも、実に、なんとも言えません。

    鶴田浩二は歌手としてヒット曲もあるので、俳優兼歌手という感じかもしれませんね。♪古い奴だとお思いでしょうが…という語りで始まる「傷だらけの人生」が特に有名ですわね。
    「祇園囃子」のレンタルDVDは、けっこうあると思いますよ。

    河村黎吉は「三等重役」シリーズが有名で、飄々とした社長さんが当り役だったのだけど、3本撮ったところで亡くなってしまい、専務役だった森繁が出世して社長になり、それが森繁の社長シリーズの元になる、という流れなんですよ。

    お友達に強要はしないで、DVDのジャケットなどをちょっと見せてみて、あまり興味を示さないようだったらそのまま流し、ふぅん、という感じだったらさりげに薦めてみる、というのもいいかもしれませんね。まずはその存在を知るところから始めないと、ですものね。まるきり知らなければ辿りつきようもないですし(笑)

  • 2010/07/03 (Sat) 06:59

    kikiさん、日本映画専門チャンネルで昨日やっていたのをたまたま見つけ、この機会を逃してはならぬと思い、鑑賞。見られてよかったです。kikiさんの「酔いどれ天使」読んでるし、写真も見てるはずなのに最初医院に入って来た松永を見て、「これは敏ちゃんではないのかな」と思い5秒経過後に敏ちゃんであることに気づきこれまた椅子から落っこちそうになる私。「妻の心」みたばかりなのに、ねえ。でもあまりに印象が違って。いやはや。よくもまあ終戦後3年であんな日本人離れした顔つき、体格、動きの人が現れたもんですねえ。これは映画を見ていた日本全国民椅子から落ちそうになったでしょうね。特にkikiさんも言っているあの背中はすごいね。日本人じゃないみたいだもの。
    これはすごいインパクトでしょうね。「酔いどれ天使」と三船敏郎のやくざっぽい写真だけ印象に残っていたので、あらすじもやくざ同士の抗争とかそういうイメージがあったのですが、お話もよかった。泥池を見て「あれは一体なんだろう」と思ってしまうほど、今の日本とは乖離した状況で、これまた遠いところにきてしまった今の私達を思いましたわ。
    志村喬も私が知っている温厚そうな役柄と違って、よかった。
    他にも色々ありますが、とりあえずおもしろかったです。

  • 2010/07/03 (Sat) 13:27

    お。Sophieさん。機会を逃さず観賞されたのねん。それは何より。観る前に「酔いどれ天使」記事読んでたのね~(笑)でも百聞は一見にしかず、でしょう?ほんと、あの若くて苦みばしった敏ちゃんを見るたびに感銘を受けてしまいますわ。よくもまぁ、こんな人がこんな時代の日本に…ってね。もし自分が映画監督で、目の前にこんな凄い素材が転がりこんできたら欣喜雀躍よね。100年に一人出てくるか来ないかの人材だもの。それも当初はニューフェイスのオーディションに落ちるところだったというんだから、一体、敏ちゃんを落として誰を入れようというのかしらねぇ、東宝の審査員もアホなり。黒澤じゃなくても待ったをかけるところだわ。
    で、この映画は筋立ても哀感が漂っているし、泥池を寒々しい風がさざなみを立てながら過ぎるところなんて、ほんとうに侘しいというか。花の都に身を拗ねて、若い命を散らすやら という大昔の歌の文句が、この映画の敏ちゃんを観ていると脳裏に浮かぶのよね。なんか欧州の映画と凄く近いフィーリングがあって、クライマックスの敏ちゃんの死に様は「灰とダイヤモンド」のチブルスキーの死に様と双璧じゃないかと思ってるわ。ともあれ、良い作品を見逃さずに済んで良かった、よかった。

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