修羅場の弥勒菩薩  藤 純子



久々のMy favorite Stars、その第7弾はついに、というか何と言うか、藤純子で参ろうと思います。
この人を知ったのは、小学校の3年か4年かそのあたり。親戚が集まったおり、オジサンたちが女優談義を始め、「いや?、藤純子はよかったよねぇ」などと噂していたので、フジ ジュンコって誰だろう?と思ったのがその名の聞き初めである。実際にTVで映画を見たのはそれから1年ぐらいしてからだと思うのだけど、日曜の午後にフジ系でやっていた邦画劇場の枠で、かの有名な「緋牡丹博徒」ではなく、平行して撮っていたシリーズの「女渡世人」という作品で、お初にお目にかかった。(その後、この枠で緋牡丹博徒シリーズも殆ど観た)この枠は前にも書いたが、植木さんの無責任シリーズや加山雄三の若大将シリーズ、勝新太郎の「兵隊やくざ」および「座頭市」シリーズ、市川雷蔵の「眠狂四郎」シリーズ、大映の「大魔神」シリーズ、はたまた日活無国籍アクションなど、いわゆるシリーズもののプログラムピクチャーをよく連続放映してくれていた、なかなか貴重な枠だった。そんなレアな枠を毎週見ていた小学生なんて、ワタシぐらいなものだったかもしれない。

話を藤 純子に戻すと、10か11かそこいらの子供だったワタシだが、この「女渡世人」における藤純子の姿には何か異様な感銘を受けた。ことに今でも覚えているのは、柳の木の下で、黒っぽい着物の女渡世人・純子が木暮実千代に何か語り掛けるシーンで、画面にUPになった七三の横顔、瞼を伏せたその顔の、眉のラインや、高からず低からずで筋の通った鼻、下唇がふっくらとした花びらのような艶やかな唇、なかんずくその額から眉、鼻にいたるラインは仏像にも似て、理屈抜きに「きれいだなぁ」と思い、強い印象が残った。
のちに、中学生になって教科書で弥勒菩薩の半跏思惟像を見て「あ、藤純子だ」と思った。一番最初に見た時に印象に焼きついたその横顔は、弥勒菩薩にとてもよく似ていた。弥勒菩薩は女性ではないが、女である自分を抑え込んで男として生きようと決意した緋牡丹お竜が一世一代の当り役である藤純子のキリリとした姿-お竜以外の女渡世人を演じる時も男柄の着物に博多帯を締めたすっきりとした姿勢のいい姿が目に涼しく、それは伏し目になった美しい斜め顔とともに弥勒菩薩を想起させる容姿だった。


この角度からの表情が弥勒菩薩のような藤純子

藤純子の顔で特に印象的なのはその目元である。眉のラインと常に美しい半円を描く大きな二重の黒目勝ちの眼である。くっきりと濃いが太過ぎないその眉は、ぱっちりと見張った目の上でえもいわれぬカーブを描いている。そして、渡世人を演じるときにはその髪は夜会巻に結っているのだが、その縦に長いシルエットの髪型が、藤純子にとても似合っていて、菩薩のイメージとかぶるのだ。スっと立てた背筋、動作の端がスッキリと決まっていて、任侠映画での純子は、何かいつも端然としていた。この人には「美」があったのだと思う。姿のみならず、動作や存在のかもし出す空気感など、とにかく美しかった。女優になるまでは着物も着たことがない普通の娘だったという彼女。父親が東映のプロデューサー(俊藤浩滋)だった事もあり、東映に入社することになった。


パッチリと鈴を張った大きな目がトレードマーク


縦長いシルエットが美しい夜会巻き

任侠映画という特殊なジャンルの映画に主演しているのに、彼女は常にそこはかとない品があり、一抹の憂いを秘めつつ、阿修羅の道を一人行く者の孤独を抱え、どんなシーンでもキリっとして美しかった。その美しさは、たとえば花札賭博のシーンでさえも、花札をあやつるゆっくりとした手つきに所作と呼びたいような不思議な品があり、肩から半纏をかけて内側で繰った花札を袱紗の陰に隠してそっと盆の上に置く仕草、その袱紗を開いて、花札をめくる仕草など、博打のシーンとは思われない優美さがあった。その優美さは、さいころの丁半賭博で立て膝をしてツボを盆の上にスポンと降り降ろす時にも変わらない。
そんな姿をしても下品に見えないなんて、誰にでも出来る芸当ではない。
前にも書いたが、藤 純子にはふんだんに備わっていた「美」や「品」などの特性は、彼女の血を分けた娘(寺島しのぶ)にはまるきり受け継がれなかった。しかし、母とは全く異なる個性を逆手にとって女優として世に出た娘の根性もそれなりにアッパレかもしれない。


純子だけをみていると博打のシーンとは思えない

そして殺陣。彼女は殺陣も巧かった。時代劇の本場・東映でデビューし、女侠を演じるからには殺陣がグダグダでは話にならないが、運動神経が良かったのだろう。ゆっくりとしたしゃべり方と裏腹に動作は機敏で、着物で走り、馬車にひらっと飛び乗るシーンなどもあるが、とにかく小太刀を構えた姿が常にビシっと絵になっていて、女の殺陣にありがちなモタモタ感や、なんちゃって感が微塵もないのが目にすがしい。着物を着てあんなにもキビキビと動けるものかどうか、真似だけでも颯爽と大の男を投げ飛ばしたりできるものかどうか、一度でも着物を着てみたことのある人なら想像がつくと思うけれど、あんなに動けるものではない。それと、いくら激しく動いても崩れない着付けはさすがに東映の衣装部。プロの技が冴えている。毎回、自毛で綺麗な夜会巻きを結っていた純子だが、殺陣にも乱れないこの髪も東映の結髪さんの仕事である。さすがに長年の時代劇で鍛えられた東映京都のスタッフ。蓄積されたいぶし銀の技術が、そういう些細な部分にも活きている。


キッと見栄を切る藤純子

男を投げ飛ばした後のポーズが見事に決まっている

そういう東映京都の気難しいプロの職人たちが好素材を得て1作ごとに磨きに磨いた結果が、藤純子という大輪の花として結実した。彼女は東映任侠映画の枠だけに収まらない、日本映画史に残るスター女優になった。花の純子に対して、男も役者が揃っていた。健さんに文太に鶴田。はたまたトミー若山(若山富三郎)などなど。また、任侠映画は時代設定も明治中期から昭和初期あたりが主流で、そういうクラシカルな背景の中で、しがらみに生きる任侠世界の男と女のいきざまと苦悩が描かれるわけである。ことに、純子主演ものにあっては健さんや文太や鶴田と、純子は手も握らない。心の奥底で互いにほのかに想い合い、そっと視線を交わすだけである。そして男はお竜さんの渡世上の決着に助太刀をして、必ず命を落とす。手も握らないままでいて、その女の為に死ぬ、というのは究極のプラトニック・ラブ。抑えに抑えて抑えた挙句に最後にほとばしるのは鮮血なのである。


明治中期の浅草を再現したセット 関東大震災で崩壊した浅草の凌雲閣が聳えている
(「緋牡丹博徒・お竜参上」)

お竜ファンの間で語り継がれる名シーン“雪の今戸橋” 右手奥に浅草十二階(凌雲閣)が見える

流れ者(背中は菅原文太)とお竜の淡い交流

何事も、そんなに抑えちゃ体に悪くてよ、というほどに抑えるのが東映任侠映画の特徴であり美学である。ギリギリまでガマンを重ねて、最後に炸裂するのだ。様式美と言えば聞こえはいいが、筋立てはどれも決まりきったようなもので形骸化しているので、筋立てよりも主役の魅力を明治や大正といったクラシカルな背景や時代色の中で楽しむのが任侠映画の楽しみ方のような気がする。変に真面目に観ていると、主役の流れ者=正義の人という設定になんとなく疑問を覚えてくる。まっとうな堅気の道を歩む事ができない(あるいはその道を捨てた)から無職・渡世(ぶしょく・とせい)の裏街道を歩いているのに、あまりに正し過ぎる主人公の姿に、博打が身過ぎ世過ぎの渡世人が人に説教をしたり、人助けなんかできるもんであろうか、という根本的な懐疑が拭えなくなったりするわけである。


もちろん芸者姿もツヤツヤ。歌舞伎屋の奥さんになるだけあって日本舞踊も巧かった

さて、お竜さんを始めとする女侠を演じている時には抑え気味になる色気や愛嬌を、芸者や町娘を演じる時にはここぞとばかり出そうとするので、キリっとした純子が好みのワタシには、そんなにクネクネしなくていいんだよ、と舌打ちしたくなるような時もある。ただ、男を投げ飛ばす強い女を演じているのではない純子の役で、「日本女侠伝 侠客芸者」以外に印象に残っているのは「日本侠客伝 昇り龍」で高倉 健の助演で演じた女ツボ振りのお京さん役。「昇り龍」はあの有名な火野葦平の「花と龍」の映画化の1つで、健さん演じる玉井金五郎(ギャグみたいな名前だけどギャグじゃありませんよ)が襲われたのを助けたお京。ツボ振りであるだけでなく刺青師でもある彼女は、頼み込んで金五郎の背中に昇り龍を彫るのだが、命がけで惚れてしまった金五郎には妻がいた…というお話。このお京さん役、凄絶なほどの色気があって、哀しくて良かった。純子も女盛りの花盛りで、まさに絵に描きたくなるような凄みのある女っぷりだった。純子本人も、過去に演じた役の中でBEST3に入る好きなキャラだと言っている。ごもっともです。


一目で金五郎(健さん)に惚れたお京は彼への想いを刺青に籠める

凄味をました色気


尾上菊五郎とは緋牡丹博徒で女優として金的を射止める前に、1966年のNHK大河ドラマ「源 義経」で菊五郎(当時は菊之助)の義経に対する静御前で共演し、ドラマもヒット、自らも恋に落ちた。業界に入って極めて早い時期にこれ!と思う男性に出会ったわけである。以降は、音羽屋の御曹司との結婚も視野に入れつつ女優業でもスターダムへと駆け上がって行くわけだが、この人ぐらい順風万帆に女優としても女性としても幸運の金色の雲に乗ったような軌跡を歩んだ人はそうそう居ないだろうと思う。何かの女優名鑑にも彼女についての解説の末尾に「幸運な人」と書いてあったが、まさに幸運な人である。幸運なだけじゃなく、むろん折々の賢い身の処し方というものがあって、その幸運もキープされてきたのだろうと思われる。彼女の引退のセリフ「散ってこそ花、散らない花なんて造花です」は名言だが、「散り際こそ肝心」というのは、あまたの任侠映画に出演するうちに身に付いた美意識だったかもしれない。

彼女が映画界を去ってしまうと、70年安保と足並みを合わせて隆盛を極めた東映任侠路線は崩壊し、否応無しに実録物へと向かう。そこでまた「仁義なき戦い」などのエポックな作品が生まれるわけだが、それはそれとして、一人の女優の引退が一時代を作った任侠路線を終焉に導いたというのは特筆すべき事だと思う。立役者たち、高倉健、鶴田浩二、菅原文太、町田京介らはまだ現役バリバリで残っていたにも関わらず、任侠映画は男だけでは成り立たない世界だった。それらの金看板の男どもをどんと受け止めてなおかつ自らもパーっと輝ける花なくしては成立しない世界だったのである。藤純子が去ったあと、誰にも彼女の代わりはできなかった。

彼女は暫くしてブラウン管に復帰する。「3時のあなた」の司会である。これはフジのホストっぽいアナウンサーとおばさん女優の組み合わせが特色だった午後のワイドショーだが、80年代にこれを見たワタシはこの寺島純子の司会っぷりにひっくり返った。一言彼女がしゃべるたびに「ひ-、やめて-」と言いたくなった。まぁオットリした歌舞伎屋の奥さんという感じでいきたかったんでしょうね。気持ちは分るがお竜ファンの身にもなってくれぬと…とため息が出た。その後、子育てが一段落した彼女は銀幕に復帰する。向田邦子原作の「あ・うん」である。映画そのものは坂東英二を水田役に起用するなどユルい出来でもあったが、高倉 健との共演という形で古巣の東映でカムバックした彼女を、東映のスタッフは総出で撮影所に迎えたという。目に浮かぶような光景だ。よそ者をなかなか受け入れない東映スタッフは、生え抜きのスターには永劫変わらぬ敬意を表する。藤 純子にとって、任侠映画でスターになったという事は必ずしももろ手を挙げてOKという事ではないようだが、それでもカムバック前だったか、何かのトークショーに確か菅原文太と出て(父親の俊藤プロデューサーも一緒だったかもしれない)、昔の任侠映画の映像を観ながらふと感極まって涙した事があった。翌日の新聞の芸能面見出しにハンカチを目元に当てている写真付きで「純子なぜ泣く」と出ていたのを覚えている。いい見出しだった(この「なぜ泣く」のニュアンスをお分かりいただけるであろうか)。純子にとって、任侠映画で一世を風靡した過去は、時を経てようやく甘酸っぱく懐かしい思い出になったのだろう。


「あ・うん」で高倉健と古巣での久々の共演 聖路加病院のシーン

富司純子となった彼女については、折々の姿を静かに見守るという感じであるが、最近では「空気人形」での老婆役で、役柄もあるけど随分お婆さんになったなぁ…と感慨深く眺めた。カムバック後の純子の仕事で「あ・うん」以外に記憶にあるのは、80年代中頃か90年代初頭のNHKのスペシャルドラマで、フランス貴族と結婚して城に住んでいる女性を演じたものがあり(残念ながらタイトルなど失念)、ミステリアスなキャラでロングドレス姿が美しかった。このドラマを見ながら、任侠映画には偏見のある母が「やっぱりこの人は綺麗ねぇ」と言ったのを覚えている。純子は1945年の生まれで吉永小百合と同年なのだが、いつまでも若さに固執しているような小百合と(最近やっと母親役が増えてきた)、そろそろお婆さん役に向かおうかという純子は、還暦を越えてから対照的な女優としてのスタンスを歩みつつある。ワタシとしてはあまりお婆さんになった純子は見たくないかも…な気分ではあるけれども、この先、富司純子が田中絹代のように老境に入ってから代表作を出せるかどうか、今後も静かに注目していきたいと思う。

コメント

  • 2014/04/28 (Mon) 16:11
    藤純子 素敵だね~

    以前、「無法松の一生」でコメントを投稿したuenoです。
    最近、「緋牡丹博徒」を観て、改めてその美しさを再認識。藤純子で検索すると貴女のブログに再び出会いました。小学校の頃からのお気に入りのスターさんとか。ちょっとおませの女の子だったのでしょうか、私は東映、博徒・侠客映画を見たのは大学生の頃でした。高倉健がその筆頭、鶴田浩二、池辺良などが居ましたね。そんな中、「緋牡丹博徒」の藤純子、女渡世人役 お竜は大好きでした。立ち回りが恰好よく。着物が醸し出す色気がたまりません。腰をかがめたり、腰を落とす所作に痺れたもんです。批評を読むと男の私の視点と違い、女性の目で見た繊細な気付きに感動です。弥勒菩薩、成程と納得です。
    髪型「夜会巻」、あのうなじに惹かれます。
    日本の美学「忍ぶ恋」、究極のプラトニック・ラブとは言い得ています。

    三船敏郎もそうですが、時代が生んだスターなのでしょう。
    彼女のような女優、もう見かけることが出来ません。
    和服の魅力を体現した女優でした。
    動きづらい和服・着物であればこそ、立ち回りが綺麗に見えたのかも。
    ちらっと見えたふくらはぎの色気にぞくっとします。
    男のファンとして記憶に残る「お竜」です。

  • 2014/04/29 (Tue) 09:19

    uenoさん、お久しぶりです。
    「緋牡丹博徒」ご覧になったんですね。日本映画専門チャンネルですよね。ワタシも一応、録画しておきました。「緋牡丹博徒」シリーズは割に見かけるんですが、「女渡世人」シリーズはあまり放映されないので、そちらが見てみたいなぁ、という気が時折します。
    ワタシが藤純子を知ったのは、彼女が引退したあとの事で、うちに親戚の集まりがあった時、おじさん達が彼女の引退を惜しんで話をしていたのを聞いた時でした。余談ですが、なぜ、その話に耳が止まったかというと、おじさんの一人がワタシを指差して、この子が大きくなったら藤純子みたいになるよ、と言ったからです。もちろん、なりませんでしたが(笑)でも、藤純子ってどんな人だろう?と興味を持ったキッカケになりました。
    それでなくても、普通の小学生は興味を持たなさそうな無責任シリーズや、座頭市シリーズなどがTVで放映されると好んで見ていた奇妙な子どもだったので、東映任侠映画シリーズもレトロチックな画面に惹かれてTVでよく見ました。藤純子は任侠映画の中で、いつも鶴のように美しかったです。
    藤純子は徹頭徹尾、着物の人で、洋服を着ると着物姿ほどの輝きは無いんですが、岸恵子や岩下志麻は着物も洋服も等しく似合い、どちらの衣装でも輝いている希有な女優だと思います。藤純子は着物に特化した良さが特徴ですね。

  • 2014/05/07 (Wed) 20:33
    また投稿しました。

    kikiさん返信有難うございます。貴方の返信内容を読んで、コメントをする気持ちがわいてきましたので再投稿しました。悪しからず。
    貴方の映画批評、あの淀川長治さんにも匹敵するくらい興味が湧きます。

    小学生で植木等の「無責任シリーズ」、勝新の「座頭市シリーズ」、「兵隊やくざシリーズ」、加山雄三の「若大将シリーズ」、市川雷蔵の「眠狂四郎シリーズ」、大映の「大魔神シリーズ」などを!私が青春時代に見ていた映画を見ているのがブログにおける批評に懐かしさを感じさせます。

    女優・小暮実千代などは子供の頃、電気洗濯機のポスターで知った女優です。当時家にあった電気洗濯機がその製品でしたので記憶に残りました。小さいながらも艶っぽさを感じたものです。
    クレージーキャッツ、テレビ「大人の漫画」で夢中になりました!あの無責任さに笑いを感じたものですが、責任を大事にする時代背景があればこその笑いでした。
    勝新の座頭市、その切っ掛けになった「不知火検校」を観ています。悪知恵、悪巧みで出世する検校に凄みを感じました。確か武家の奥様役?で中村玉緒、金でだまして貞操を奪う場面がありましたが「ワル」そのものでした。市川雷蔵はほかに「若親分シリーズ」「陸軍中野学校」などが好きでした。眠狂四郎、バテレンの合いの子の設定、演出で髪の色を茶色にしたことなど記憶にあります。若親分では南条武がいいですね。海軍エリート士官からやくざの世界へ、このギャップが面白くしています。若大将シリーズよく観ました。青大将の田中邦衛のコンビが良かった。スミちゃんの星由里子、ワンパターンだけど楽しい物語、脇役有島一郎、飯田蝶子も面白い。勝新、ほかに今東光「悪名」での田宮二郎、彼自身犬シリーズを持っていましたね。猟銃自殺のニュースには驚きました。いい俳優だったのに。大魔神では高田浩吉の娘、高田美和が主演していたような記憶が。

    最後に貴方が、男を投げ飛ばしたポーズが見事に決まっているといわれましたが、当時、合気道部にいた私としては立ち回りの動きに惹かれましたが、殺陣とはいえ体捌き、軸ブレのない身のこなし身体能力が高いと思わせるだけのものがありました。膝を開かず腰を落とし残心をとる写真を観るとつくづく思います。
    写真も適切な掲載ですね。

    また、楽しくも面白い映画批評を楽しみにしています。

  • 2014/05/08 (Thu) 21:57

    uenoさん こんばんは。
    再度の投稿、ありがとうございます。淀長さんを引き合いに出していただくとは恐縮至極。

    私が小学生の頃に、日曜の昼下がりの邦画枠で毎週楽しみに見ていた各社のプログラムピクチャーは、その頃は既に過去の遺物で、懐かシネマ状態でした。私と同年代の小学生などは、そんなシリーズが存在することも知らなかっただろうと思います。私はナツメロや古い映画の好きな奇妙な子どもだったので、偶然、それらの中のどれかの映画を見た時に面白く感じ、予告を見ては、次は「○○シリーズかぁ、ふふふ」などと毎週楽しみに見ていました。

    勝新の「不知火検校」については、座頭市の前にそういう映画があったんだよ、と両親から聞いた覚えがあります。
    雷蔵は素顔は地味なんですが、声がいいですよね。「ぼんち」なんかも良かったです。
    若大将シリーズは、無責任シリーズと同じ頃に東宝が作っていたので、脚本や監督が同じなんですよね。だからこの2つのシリーズには全く同じ空気感が感じられます。脳天気で明るくて元気一杯、という感じの空気が。
    私は田宮二郎はちょっと苦手なんですが、彼の出た映画ではなくドラマでは、「白い巨塔」よりも「高原へいらっしゃい」の方が印象に残っています。

    純子の投げ飛ばしポーズ、確かに膝を開かずに腰を落とす、というのは実際にやろうとすると、なかなか難しいかもしれませんね。そういう1つ1つの動作がきびきびしていて、しかも決めのポーズがいい格好でピタっと決まるんですよね。やっぱり顔だけでなく身のこなしも美しかったんですよね。

    昨今、日本映画についての記事はなかなか出せない感じですが、また、いつでも気が向かれたら遊びにきてください。

  • 2015/09/05 (Sat) 10:10
    刺青

    kikiさん、こんにちは!
    また、コメントさせてください。
    最近、小生のブログで「刺青」について触れました。
    子どもの頃に、見た和彫りの「刺青」の印象をベースに感想を綴ったものですが、書いている最中で、高倉健の唐獅子牡丹、藤純子の緋牡丹博徒シリーズで魅せた刺青を思い出しました。昨今、テレビなどで洋彫りのタトゥーを観る機会が増えていたことが書く切っ掛けでした。それと比較すればするほど、刺青に見えてくる日本人の感性がいいなと思えてきたのです。

    藤純子が映画で魅せる、刺青が印象的です。
    技巧も洋彫りに比べれば、彩もよく繊細で美しいですね。
    しかし、藤純子だからそんな強い印象を持てたのでしょう。
    片肌脱いで、刺青を魅せる場面でこれほど「凛」とした印象を出せるのは藤純子だからこそと再認識しました。
    今では、「刺青」は忌避されるものとなっていますが、美人で素敵な人に彫られたものは美しい印象となりますね。
    素敵な女優さんです。

  • 2015/09/06 (Sun) 21:25

    uenoさん こんばんは。

    「刺青」について書かれたんですか。谷崎の小説についてじゃないんですね?
    洋物のタトゥは、色が青一色とか黒だけ、とかで、日本の刺青とは趣が異なるものですよね。
    日本の刺青、感性がいいですか?ちょっとおどろおどろしくないですか?(笑)
    藤純子の「緋牡丹博徒」は、片方の肩から背中に牡丹の刺青があまり大幅でなく入っていて良いですよね。藤純子は、どんなシーンでもなぜか品位の失われない希少な個性を持つ女優だなと思います。壺振りをやっても、片肌脱ぎをやっても下品に見えないなんて、この人だけではなかろうか、と。藤純子は素敵な女優ではありますが、刺青はなくてもいいか、と…(笑)

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