ずっとあなたを愛してる (IL Y A LONGTEMPS QUE JE T'AIME)

~私は、ここにいる~
2008年 仏 フィリップ・クローデル監督



なんだか、ついこの前2009年が明けたと思ったら、瞬きする間に師走も晦日になりましたねぇ。…早い。
毎度の事ながら、夏が終わるとあっという間に暮れが来る、という感じ。さて、今年劇場で見る映画は、テアトル銀座にて「ずっとあなたを愛してる」で締めくくり。地の利を活かして、初回の空いた劇場でノンビリ観ようかなんて師走の銀座一丁目に降り立ったはいいが、いざ劇場に行くと「残り20席となりました。末尾の方はお入りになれない可能性がございますぅ」なんて係員が叫んでいる。え?、そうなの?今年の仕事も終わってほっと一息、ちょうどサービスデーだし、銀座でランチや買い物の前に映画でも観ようじゃないか、という人がワタシ以外にもたんと居たってことですね。チケット購入の列に並ぶ人の数を数えて、とりあえず入れそうだなと分かったのはいいけど、最前列で映画を見るなんていつ以来かしらん。

自分の息子を手にかけて15年の刑に服していたジュリエット(クリスティン・スコット・トーマス)。出所した彼女を引き取るのは年の離れた妹レア。姉妹は英仏の混血。両親は事件を起こしたジュリエットの事を極力封印し、妹にも姉はなきものと思うように強制してきた。ジュリエットは裁判の時もそれ以降も、誰にも自分の犯行について一切語らずに来た。実の妹との再会にも疲れ切ったおざなりな笑顔を向けるだけのジュリエット。彼女はなぜ実の息子を手にかけたのか、果たして彼女は再生できるのか…。

というわけで、とにもかくにもクリスティン・スコット・トーマスありきの映画。
冒頭、空港で妹を待つ彼女は疲れ果て、夢も希望もないすがれ果てた表情である。からからに乾いて逆さにして振ってもカサカサとした乾いた音しかしないだろうという感じだったのが、妹の家で暮すうちに徐々に和らいでくる変化がとても自然だ。年の離れた妹役を演じるエルザ・ジルベルスタインも柔らかくていい感じである。フランスのナンシーで自分なりの人生を築いている妹。妹はここで学位も取り、夫とも出会い、今は地元の大学で文学を教えている。居心地のいい家に夫とその父、そして二人の子供と暮す妹の元に刑務所から出てきた姉が同居することになる。

自らの手で息子を殺した女と、いかに妻の姉であっても同居したくないという夫の当初の気持ちもごもっとも。この夫の父は、一度倒れて以来口が不自由になり、常に微笑んで本を静かに読んでいるかわいい爺さんだ。この、妹にとっては舅にあたる爺さんの可愛らしさがナイス。こういうお爺さんは世界中どこでも好かれるでしょね。裏を返せば、老いたら何もかも分かっていながらニコニコと黙って見守っているのが一番だ、という事になりそうだけど…。

心を閉ざしていたジュリエットが徐々に、妹の家庭とその周囲の環境や交友関係の中で癒されていく過程を丁寧にじっくりと追っているので、非常に等身大な感じがした。静かな学園都市で、居心地のいい住いの雰囲気が見ていてよく伝わってくる。民生委員に「迎えてくれる家族がいるのは幸運な事、あなたは運がいいのよ」と言われるジュリエット。妹の築いている家庭は誰の眼にも平和で穏やかなものだが、不妊症でもない妹夫婦の子供はベトナムから迎えた二人の養女である。子供を産みたくなかったという妹の心理には、明らかに姉が起こした事件が影を落としている。だが、その妹の無意識のトラウマの結果である養女のプチ・リスが、ジュリエットと周囲を繋ぐ結び目になるというのも、また運命の皮肉。自分がいかに恵まれた出所後の生活を与えられたのか、~ひとえに妹の愛情によって~という事にジュリエットが気付くまでの物語。
自分を呼ぶ声に「私はここよ、ここに居るわ」と答えられるようになるまでの物語だ。
クリスティン・スコット・トーマスがハマリ役。この人の為に書かれた脚本のようでもある。



彼女が知性と教養のある女性(前身は医者だった)で、特に精神的に異常なわけでもないので、息子をあやめた動機についてはかなり早い段階で察しがついてしまう。というか、最初から大体そういう事なんでしょ~と分かるような感じだ。まぁ、物語は予測される通りに家族というものについて、その大事さ、ありがたさをしみじみと訴えている作品なので、そういう意味では予想の範囲を一歩も出ない。がスコット・トーマスの演技力で、じわじわと妹の与えてくれた環境の中で自分を取り戻していくジュリエットの姿を観ているのが心地よい、そういう映画である。ただ、観ていてイマイチ説得力に欠けたなぁと思ったのは、年が離れた妹が、両親にも姉は無かったものとして生きるように仕向けられていながらも、姉をけして忘れず、枯渇した顔で出所してきた姉を無限の懐深さで受容する愛情の根拠がいささか説明不足であるという点だ。ただ血の繋がっている姉だから、幼い頃に一緒にピアノを弾いたから、というだけではあんなにも深い受容の根拠としては薄弱に感じる。


彼女の痛みを漠然と察する男性にも出会う

何から何まで、全ては妹が無限の愛で姉を包み、懐に迎えてくれたお陰で、姉は残りの人生に曙光を見出す。妹の愛は血縁ゆえかもしれないが、幼い頃に姉と過ごした時間の記憶が彼女の行動を支えたのかもしれない。姉が妹の家に行くことにしたのも、幼かった妹の記憶が脳裏にあったからだ。そして、妹夫婦は血の繋がらないベトナムからの養女を実の子のように慈しんで育てている。この血の繋がらない東洋人の姪が、殻に籠もったジュリエットと彼女を取り巻く世界を再び結びつける。ベトナムからの養女の存在を配置することで、家族とは血縁の有無ではなく、一緒に生活し、かけがえのない時間や記憶を共有するものである、というメッセージが底に流れている事が分かる。そして、そういう記憶がある限り、人はどんな絶望的な状況からでも再生できるのだ、という事だろう。テーマは言い古された事であるが、それを心地よく見せることに成功している映画だな、という感想だった。ただ、姉妹愛を描いた作品としては、「私の中のあなた」の方がワタシにはもっとズーンと来た。


さて、初回を見てシアターを出てくると、次の回もソールドアウト寸前になっているようで、今日はテアトル銀座、フル回転だなぁと思いつつビルの外に出ると、銀座通りの街燈には旗が飾られていた。
冬晴れの旗日の銀座。2009年の暮れ、とりあえず日本は平和でございます。

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