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「早春」

~ささやかでも、退屈でも、まわり道があっても~
1956年 松竹 小津安二郎監督



日本映画黄金期の前髪パラリ系二枚目と言えば、松竹の佐田啓二と東宝の池部 が双璧だ。その池部 が東宝から松竹の小津作品に他社出演したのがこの「早春」。ワタシは小津作品では「麦秋」が一番好きだけれど、小津の王道世界ともいえる「麦秋」と並んで、やや異色な「早春」も好きな作品だ。ヌボーっとしてるだけなのになんだかモテる既婚のサラリーマンを池部 がさらりと演じている。倦怠期で気持ちがすれ違いつつある妻に淡島千景池部がつい火遊びしてしまう若いタイピストに 恵子は水際立った容姿で目を引く。映画が制作された時代においては尚更だが、今見てもこんなOLはそうそう居ない気がする掃き溜めの鶴っぷり。垢抜け度合いが時代を超越している。

池部はこの翌年にあの「雪国」で再び共演する。
池部 っていつも 恵子に惚れられていながら、つれない男の役である。



時代は昭和31年。もはや戦後ではないところに向かいつつあるが、戦争の尻尾はまだ人々の中に残っている時代だ。池部 演じる丸の内のサラリーマン杉山は戦争に駆り出された世代。生きて戻って、会社勤めをしているが、判で押したようなサラリーマンの日常をただ惰性でこなしているだけの日々だ。


杉山の通勤仲間 そう若いわけでもないのに、何かといえばツルんでいる(左から3人目が 恵子

杉山を取り巻く第1の世界は、蒲田から東京に満員電車で通勤するうちに、仕事も会社も別々ながら自然にできた通勤仲間のグループ。男女混成の通勤仲間は昼は皇居の堀端でランチに集い、休日にはハイキングなどにも出かけたりする。この通勤仲間のうちで「金魚」と呼ばれる発展家のタイピストが 恵子。髪をアップにして無造作な白いブラウスにシンプルなタイトスカートなのに、とても垢抜けて見えるのは、細身でスラリとした、戦前生まれとは思えないプロポーションのせいもあるし、 恵子が天性持っているファッショニスタの空気感のせいもあるだろう。スカートからスーッと伸びた脚が綺麗だ。

 時代を超越する 恵子の魅力

彼女が金魚などと呼ばれて(煮ても焼いても食えないから)、美人なのに仲間うちから少し軽んじられているような気配があるのは、直情的で、好きになったら相手が既婚者だろうとお構いなしに気持ちを抑えずに進んでしまう、お尻の軽い恋愛体質のせいなのだが、彼女の関心が杉山(池部)に傾きだすと、通勤仲間がいち早く気づいて小意地の悪い中傷や査問会と証するイジメなどをする様子がいじましく、ひねこびている。それを一人で受けて立ち、干渉を突っぱねる岸 恵子の金魚。いいですね。杉山の通勤仲間の男どもというのはいい年をして何かといえば集って、ウジウジと会社の愚痴だの人の中傷ばかりしているウダツの上がらない連中だ。人の事なんかウダウダ構っている暇に、自分の尻を拭きなさいと言いたくなる冴えない男ばかりであるが、その中にあって食いしん坊で無邪気な男を演じる高橋貞二は独特ののほほんとした持ち味に愛嬌があってい。
彼も佐田啓二と並んで松竹を背負って立つ若手俳優だったが、自動車事故により32歳で急逝した。

 高橋貞二

杉山を取り巻く第2の世界は会社である。大会社に席は置いているが、さしてウダツが上がっているわけではない杉山。社内の出世レースに破れた上司( 智衆)が地方に飛ばされた煽りで、微妙に風向きがよくない日常でもある。元上司のと同期で数年前に脱サラをして喫茶店を始めた男に山村 山村演じる脱サラマスターの人生観はシニカルだが、どこかに椅子取りゲームに破れた人間の未練が混ざっていて、それほどスッキリと割り切って喫茶店のオヤジになったわけではない空気が窺える。「脱サラしようがサラリーマンでいようが、今の世の中そんなに面白い事はないよ」「そうだな、そう思ってノンビリ暮すか…」などという負け犬気味な先輩たちの呟きを聞かされては杉山も意気の上がる筈もない。


どことなくシニカルな負け犬臭の漂う先輩たちと杉山 (右から山村  智衆池部 

杉山の同僚で、地方から出てきて憧れの丸の内のサラリーマンになったのに、肺を病んで闘病中の男がいる。彼が初めて観た丸ビルについて病床で語るくだりは、どこか丸の内のサラリーマンに対して憧れを持っていたのかもしれない小津の無邪気な本音のようなものがほの見える気がする。この同僚は結局亡くなるのだが、「若くして死んで残念だったが、果たして生き残った我々は彼より幸せだと言えるだろうかね」と山村演じるマスターは徹頭徹尾シニカルである。そんなに諦め目線で世の中斜めに見なくたってよろしくてよ、と言いたくなる。ワタシは基本的にオプティミストなもんですから…。


小津が切り取る丸ビルはこのアングルが多い

杉山を取り巻く第3の世界は家庭である。杉山夫婦は数年前に赤ん坊を死なせてしまい、以来、なんとなく夫婦仲もしっくりとは言い難い空気になっている。小津の演出もあるのだろうが、淡島千景のセリフも投げ出すような感じで柔らかみが無くポキポキしている。杉山の妻は、妙に澄ましてクールな雰囲気。夫の通勤仲間などとも殆ど付き合わないが、出は五反田界隈のおでん屋の娘である。おでん屋の娘にしてはお高い。このおでん屋のおっかさんに浦辺粂子。粂子がおでんのようにいい味を出している。妻はおっかさんのおでん屋に何かと言えばちょくちょく帰っている。
杉山夫婦は互いの存在が当り前になってしまってタカを括り、互いに歩み寄ろうとしない。惰性だけで日々が流れていくうちに、夫は発展家で積極的な金魚とつい遊んでしまうのである。


淡島千景が演じるクールな奥さんもなかなかいい

杉山を取り巻く第4の世界は、戦友たちの世界である。死なずになんとか故国に帰っては来たものの、生きて帰った甲斐のある人生だろうか、とサラリーマンの杉山も思っているし、自営業の戦友たち(加東大介、三井弘次)も感じている。国も亡くならず、命の危険も無くなったが、人生における灼熱の軸も消えてしまった。折角戦争を生き延びたのに、俺はこんな風に人生を消費していていいものだろうか…。サラリーマンは自営業の自立を羨み、自営業はサラリーマンの安定を羨む。この戦友たちのシーンには、いわゆる戦中世代の虚脱感のようなものがうっすらと漂って見える。

杉山の浮気は、こういう状況に取り巻かれて、ふっと出来心で発生してしまったものだ。
お好み焼き屋でデートして大森海岸あたりのしけた旅館で一夜を過ごした翌日、金魚は鼻歌まじりだが、杉山には後悔が兆している。会社なんか休もうと言う金魚だが、杉山は応じない。遅れそうだから先に行く、と言って、取り縋る金魚を振り離し、連れ込み旅館に女を一人残してさっさと出て行ってしまう。チッチッチ!男としてそれはダメなんじゃないの?杉山さん。そりゃダメよ。あなた。最低よ。でも、金魚はめげない。再び鏡台の前に戻ると自分の世界に浸って鼻歌を歌い始める。お尻は軽くてもさっぱりしていて強靭でいい。

二人だけでランチに行ったときに、金魚が杉山に言う。
「奥さん、怖い?」
杉山は亡羊とした笑顔を浮かべて「怖いよ」と答える。
金魚は笑いながら「怖い方がいいのよ、奥さんは」と言う。

この「怖いよ」と答える池部 の声と笑顔がいい。
このシーンを観ていると、素の池部 がとてもモテた理由がなんとなく分るような気がする。


「怖いよ」

妻(淡島千景)の友人で浮気亭主に先立たれてから一人で働いて生きている女性を演じた中北千枝子がいつもながら上手い。杉山の隣家の主婦を演じる杉村春子も、がちゃがちゃした毎度お馴染みの下町風なおかみさんで彩りを添えている。その夫を演じる秋刀魚のような宮口精二がステテコ姿でおかかをかくシーンもいい感じである。そういえば家で鰹節などを削ることは、とんとなくなって久しい気がする。
また昭和30年代の丸の内界隈の風景や丸ビル、クーラーなどなかった時代の昔のオフィスの様子なども興味深いし、夏の暑さに、人々は家に帰るとすぐに服を脱いで下着や浴衣になったらしい事も窺われて微笑ましい。

そうこうするうち、杉山に地方転勤の話が起り、煮詰まっていた夫婦の間にも新たな転機が訪れる。左遷のような転勤も、受けてみればプラスに作用する部分もあるかもしれない。同じ事の繰り返しに倦みながらも、人生は流れて行く。同じ事の繰り返しが、過ぎ去ればいとおしく感じられるのも、また人生なのだろう。
ささやかな事に悩んだり、行き詰まったり、脱線したりしながらも人は日々を生きていく。
時にシニカルに人生の節目を見つめる目線も作品に陰翳を与えていて、まったりとしたいつもの「小津調」とはまた少し異なる味わいがあっていい。道に迷ったり、道草を食ったりする時があってもいいのだ。
平凡な人の営みや、月並みな人生がいとおしく感じられてくる一篇。

コメント

  • 2010/02/22 (Mon) 22:36

    kikiさん、こんにちは。
    今、邦画にとってもはまっているわたくし、「晩春」「麦秋」と立て続けに見ましたが、「早春」もとってもよさそうですね。tsutayaにGO!ですね。
    池部さんは「サラリーマン忠臣蔵」しか見たことないんですけど(アララ・・)、スマートな雰囲気がいいですね。
    淡島千影さんもとっても愛らしいお顔立ちですね。「晩春」「麦秋」での原節子のおキャンな友人役、可愛かったです!
    山村聡さんも、最近「山の音」を拝見したのですが、あんなお義父さんだったら(そしてあんな身勝手な夫だったら)、嫁もそりゃあかいがいしくお世話しちゃいますね。すっかりファンになってしまいました。
    そしてそして、加東大介さんが出演しているのですね!大介ファンとしてはこれはやはり見逃してはなりませんね!
    kikiさんの「道に迷ったり、道草を食ったりする時があってもいいのだ」という人生哲学、個人的にじぃ~んときました(あれ、ちとシリアスぽくなっちゃいました??)。

    それと、今ふと思い出したんですけど、我が家ではずっと毎日新聞を購読しておりますが、もう10年以上も前になるかと思うんですけど、日曜日朝刊の文化的別紙の1コーナーに毎回楽しみにしてたエッセイの連載があってました。確か池部良さんのものだったのではないかと。とてもこなれた文章で、「池部良」という俳優は当時全く知りませんでしたが、日曜の朝が随分と楽しみだった記憶があります。池部さんじゃなかったかなあ。

  • 2010/02/23 (Tue) 00:20

    ミナリコさん、ハマられてますねぇ邦画に。(笑)邦画はたまに新しい映画にも面白いものはありますが、やはり昔の作品の方が俳優も魅力があるし、作品も質が高いので、渉猟しだすとどんどんハマっちゃいますよね。(最近の映画はちょっとでもTVドラマ的なセリフ廻しや演出があると、もう白けて観る気がなくなってしまうんですわ。そんなのTVでやれって感じで)池部 良は敏ちゃんと同時代に東宝の看板だった二枚目スターですが、東京っ子で、洒脱で、昔の人にしては体のバランスも良いんですよ。それに、とにかくモテてモテてモテまくったらしいです。また、飄々とした味のある文章を書く人なので、年を取ってからはエッセイストとしても活躍していて、何冊も本が出てます。その新聞の連載も彼のエッセイだったのだと思いますよ。敏ちゃん、佐田啓二に次いで好きな俳優です。
    「山の音」ご覧になったんですね。あれもいいですよね。ラストに上野公園の風景を見ながら「見通し線っていうんですって」ともう義理の親子ではなくなってしまった原節子の嫁が舅の山村聡に言うシーンがなんとなく好きです。「山の音」では上原 謙がイヤな奴にけっこうハマってましたね。加東大介は「早春」での出番は多くないけれど、相変わらず丸まっちくてかわいいですよ。「早春」はお約束のローアングルで、確かに小津の映画なんですが、どことなく他の小津作品よりニヒルな空気が漂っているのが醒めた感じで好ましいです。けれど全体には割に明るい印象の映画なんですわ。あ、そうそう、ちょろっと東野英治郎も顔を出してるんですよ。考えたら、昔の監督は贅沢にいい俳優をじゃんじゃん使えたもんですわね。「早春」、TSUTAYAにあると良いですが…。見ると、迷い道も道草もあって人生だな、という気がする映画です。

  • 2010/03/15 (Mon) 19:32

    kikiさん、やっと「早春」観ました!小津作品、まだ数えるほどしか見ておりませんが、この作品、kikiさんがおっしゃるようにちょっと冷めた空気感がありますね。
    思えば主役の夫婦、全然笑いませんしねえ。でもとってもいい作品でしたね。
    浦辺粂子と宮口精二が出てたなんて、ちいとも知りませんでした。気づきもしませんでした・・
    「山の音」以来、山村聡さんて気になる俳優さんですが、この頃はほっそりしてらしたんですねえ。
    そして加東大介さんはほんと、まるまっちくて可愛らしいし、中北千枝子は定番な感じですし(ご本人、「アタシいつもこんな役だわぁ、愛らしい役も演れるんだけどな・・・」なんて思ったりはしなかったでしょうかね。要らぬ心配)。
    ほんとに脇役の皆さんが好演ですね。しっかりじっくり見れますね。邦画歴まだ浅いものですから、「あら、こんな俳優さんが出てる!」なんて発見が楽しくもあります。
    池部良、モテてモテてモテまくった、というの分かる気がします。白いワイシャツの腕をまくった姿、こんな人が同僚、上司だったらな、なんて思ったり。いや~、仕事手につかないですね。
    淡島千影さんも最初から最後までクールで、小津作品での明るい職業婦人役、原節子の友人役等からするとすごい変貌ぶりでした。この主役二人、とってもお似合いでした。
    邦画って、面白いですねえ。もっぱら邦画しか見てません、いまのところ。
    また邦画ブログ楽しみにしています。

  • 2010/03/16 (Tue) 00:22

    ミナリコさん。「早春」観られましたのねん。これも良いでしょう?小津作品て、ともすると妙に偽善的な雰囲気が漂わない事もないのだけど(そこが時折う~むと感じてしまうのだけど)これは、ニヒルな目線がそういうキライを弾いているので、他の作品と違うんですのよね、空気感が。セリフも割にリアルで上っ面だけのキレイゴトではないでしょ?脇役の人にみんな味があるのも昔の日本映画の特徴ですが、あれこれ観ていると、東野英治郎がけっこうあっちこっちの映画に登場してくるのに気づきます。凄く沢山出ているのにどの映画でも全く手抜きをしていず、ベースは舞台の人で、劇団運営の為の副業として映画にも出ていたわけですが、やっつけ仕事は1本もなく、映画俳優としてもお見事です。いつからか、何の気なしに古い日本映画を観ていて予期せず東野英治郎が登場すると、なぜか得したような、妙に嬉しい気分になるんですね。あ、出てきた。この映画も当りだわ、なんてね。
    池部良、なかなかいいですよね。さらっとしてるんだけど、なんだか様子が良いんですよ。モテる男っていうのは、そういうもんだろうな、と思います。淡島千景も上手いですよね。映画によって全然違うキャラをきっちりと演じて。この人の代表作はやっぱり「夫婦善哉」だと思うけど、他の映画でもいい仕事をしてますね。そうそう「大番」でもギューちゃんに尽くすおまきさんという女性を演じていて、彼女の定番的な役どころでした。「大番」ツタヤにないかしら。ミナリコさん、絶対にお好きだと思うわ、あの映画。ふふふ、邦画ブログですか。3月は新作の洋画で観たいものが多いから邦画のレビューはちょっと出ないかもだけど、おいおいに邦画記事もまた書きますわね。

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