「ハート・ロッカー」 (THE HURT LOCKER)

~今日もどこかで爆弾が…~
2008年 米 キャスリン・ビグロー監督


もともと今週は本作を観に行く予定だったのだけど、作品賞を取っちゃったから混雑は必至ゆえ、前日に早めに席を押さえた。その時点で既に8割がた埋まった状態。むろん当日は満員御礼。
あら、ここはジャパンプレミアで「慰めの報酬」を観た5番スクリーンじゃないの。
キャスリン・ビグローの作品は、実に今は亡きパトリック・スウェイジが妙に哲学的なサーファーの銀行強盗を演じた「ハート・ブルー」(1991年)以来。これもある種、不思議な爽快感のある映画で、命ギリギリのスリルに取り憑かれた男達が描かれていた。今回の作品賞は元夫婦対決と言われたが、へぇ、キャスリン・ビグローってジェームズ・キャメロンの奥さんだったのねん。あれ?リンダ・ハミルトンも元妻じゃなかったっけ?ジェームズ・キャメロンて何回結婚してんの?と脱線したところで、そろそろ本題に戻りましょうかね。

梗概:2004年夏、イラクのバグダッド郊外。アメリカ陸軍ブラボー中隊の爆発物処理班では、任務中に殉職者が出たため、ジェームズ二等軍曹を新リーダーとして迎え入れることになる。かくしてサンボーン軍曹とエルドリッジ技術兵を補佐役とした爆弾処理チームは、任務明けまで常に死の危険が孕む38日間を共にしていくが、向こう見ずとも思えるスタンドプレイで爆弾処理にあたるジェームズに他の二人は戸惑い、衝突しながらも日々任務を遂行するうちに次第にチームワークも生まれてくるが…。

というわけで、冒頭、殉職するジェームズの前任者でガイ・ピアースがちらっと登場している。あら~これってガイ・ピアースが主役の映画だったっけ~などと思っていたら、すぐに殉職なさってしまった。代わりにやってきたのが命知らずの爆弾処理のプロ、ジェームズ軍曹。彼が本編の主人公。演じているのはジェレミー・レナー。ワタシはこの作品で初めてお目にかかった。通常だと主役タイプじゃない雰囲気の俳優だが、この作品のこの役にはとてもハマっていたと思う。もう少し渋くなるとあの「コンバット」のサンダース軍曹チックな味も出てくるだろうか、どうだろうか。


ガイ・ピアース


いま風サンダース軍曹という感じのジェレミー・レナー

アメリカにはイラク戦争以降、映画の中にもまざまざとアラブ恐怖症のような空気が流れるようになったが、アメリカ人でないワタシにも、なんだか中東というと、キナ臭くて面倒臭くて、宗教が鬱陶しくて、いつでもろくでもない事が起きている、というイメージが染み付いてしまった。例の「アッラーフアクバル」という祈りの声などが流れてくると、何か不吉な事の前兆のようにも感じてしまったりする始末。やれやれである。本作の中でも、爆発物処理をするジェームズの背後にさりげなくコーランが流れたりするのだが、なんだかそれが妙に不吉な事の起きるサインのような気がしてソワソワし、わ~、そんな乱暴にコード引っ張っていいの~爆弾が入ってるかもしれない車のトランクを蹴っていいの~などとハラハラしてしまうわけである。

ジェームズ軍曹はこの道のプロで、一つ誤ったら命がない現場を幾多となく潜りぬけ、今日までに800個以上の爆弾を処理し、爆発を未然に防いできたツワモノだ。彼は自分が外した起爆装置をコレクションしているが、彼が処理したものだけでも籠一杯のコレクションができるほどに第3世界は爆弾で溢れているのである。ジェームズ軍曹を演じるジェレミー・レナーの手つきが素早く、熟練しているという雰囲気がよく出ているのが良かった。
あちこちに仕掛けられた爆弾で、毎日誰かが死んでいる。日本では脇腹などをぽりぽりと掻いて、満腹したり不平を言ったりアクビをしたりして人々は過ごしているが、紛争地域では毎日どこかに爆弾が仕掛けられ、誰かが死に、どこかに埋もれた爆弾を命がけで誰かが処理しに行く。それはイタチごっこのようにいつ果てるとも知れず続くのだ。



常に余裕綽綽でワンマンショーのように爆発物処理をしてのけるジェームズだが、身勝手なようでも人間味が薄いというわけではない。狙撃が任務の同僚サンボーン軍曹が銃を構えたまま身動きできないときに、自分も咽喉が乾いているのに、ストローをさした飲料をサンボーンに飲ませてやったり、基地にDVDを売りに来る現地の少年をやたら可愛がったりもする。国に帰れば出来ちゃった婚の妻も息子もいる。常に自信満々で自分を見失うという事がない彼でも、時としてその人間味ゆえに取り乱し、仲間を危険にさらすような余計な行動に走ったりもしてしまう。いつ、顔見知りや近しい人が目の前で爆弾の犠牲になって吹っ飛んでしまうかしれない戦場。…どうでもいいような事を言いながらも、やりきれなくなると国に残した女房や子供の声を聞くジェームズ軍曹。

だが、任務が無事に明けて国に戻っても、そこは彼にとって居心地のいい場所ではないのだ。
馴染めない。平和な状態に馴染めない。女房と子供と、平凡だが何も起らない日々をマイホームパパとして過ごしていても、心はそこに無いのである。彼が見知らぬ町で買い物をする旅行者のような顔つきで、自分の住む町のスーパーの通路を歩くシーンが印象深い。
こんなところで、俺は何をしているんだ~ここは本当に俺の居るべき場所なのか~
女房にシリアルを買っておいて、と言われてシリアルのコーナーに行くと、そこには驚くほど沢山のメーカーも種類も異なるシリアルがびっしりと並んで彼を立ち往生させる。どんなにヘビーな爆弾の前にもずいずいと出ていって処理する男が、たった1つのシリアルを選ぶのに呆然と立ちすくんでしまうのだ。



彼を鷲掴んでいるのは使命感だろうか、スリルだろうか。その両方だろうか。
常に命ギリギリの戦場で、毎日生きて帰れた事が奇跡のような日々を潜り抜けているうちに、スリルが日常になり、アドレナリンの吹き出ないような状況では生きている気がしなくなってしまうものだろうか。彼の同僚サンボーンは違う。心底任務に疲れ果て、アラブが100%嫌になり、任務を終えて国に帰ったら、彼はもう二度と爆弾の前には戻って来ないかもしれない。しかしジェームズのような男は、アドレナリンがドーパミンに変わるような日々を繰り返していると、時にはいくら疲れて嫌になることがあっても戦場を離れては生きられなくなるのだ。
「戦争は麻薬」なのである。
心身ともに疲れた頃に任務が明けて、国に帰る。暫く休暇で家族と過ごす。平和な日常を送りながらもたまらなくスリルが恋しくなる。スリル・ジャンキーである。それはただのスリルではない。彼が勇躍、任務を遂行することで、誰かの命が救われる事になるのだ。達成感もある。使命感もある。そんな意義のある事をどうしてやめることなどできようか。そうしてやる気満々になった頃、また次の任務が始まるのだ。それはいつ果てるともなくイタチごっこのように繰り返される。いつの日か、ジェームズの命運の尽きる時まで。
それは今日だろうか、それとも明日だろうか…。

キャスリン・ビグロー、男世界のうっすらと敵意の混ざった友情や苛立ちなどの微妙な心理(あの殴り合いなど、さもありなんという感じだった)を描かせたら昨今ピカイチの監督かもしれない。本作も女性が撮った映画というニオイが一切しないのが潔い。男前な監督の男前な映画だった。

どこかに出ているらしいと聞いていたレイフ・ファインズが、砂漠のような荒地で登場して、あら、あなたったらまた砂漠ね~とニヤリとした。このたびのレイフはよく陽に焼けて引き締まり、なかなか良い男っぷりだった。オヤジになってもまだまだいけそうである。彼も友情出演のようなノリなので、いい感じで出て来たと思ったらあっという間に出演シーンは終了してしまった。くだけきったアメリカ軍の英語との対比で、彼のイギリス発音の英語は一段とエレガントに聞こえた。この映画は歌舞伎の天地会のように、日頃主演級の人がちょっとした脇で登場し、脇役系の俳優が主役を張って頑張っているという面白さもあった気がする。



…それにしても、こうして映画を観てきて感想を書いている間にも、紛争地域のどこかで爆弾が爆発しているのかな…というような事をとてもリアルに感じた。日本などに住んでいると、どこかで紛争をしているとニュースで聞いてもそれは他人事の最たるものだったのだけど、こうしている間にも、どこかの国のどこかの路上に胴に爆弾をまきつけられた人がいて、それを外そうと躍起になっている人がいるのかもしれない。そして、そういうギリギリの現場でさまざまなものを観てしまった人が、何も起らない場所に戻って来ると人として死んでしまうという事の皮肉を感じた。人間はつくづく因果な生き物であるなぁ、という事を改めて認識させられる映画だった。

コメント

  • 2010/03/13 (Sat) 19:38

    観に行きました。
    あるシーンでドキリとし、やるせナスな面持ちで。
    ガイ・ピアーズの吹っ飛ぶシーンは、なぜか美しかった。

  • 2010/03/13 (Sat) 23:27

    吾さんも観ましたかいな。ドキリとしたシーンてあそこかしら。ふほほ。
    ガイ・ピアース、爆発と距離がありそうだったのに殉職されちゃったわね。

  • 2010/03/14 (Sun) 00:50
    男前なビグローさんお見事!

    kikiさん同様、私もあのジュースを部下に飲ませるシーン、おぉ~と思いました。
    だけど、あんな風に近寄っても、遠隔操作されたら、即効アウトという
    大バクチで、もう想像を絶する世界だな・・・と思いました。
    しかし、一体元をただせば爆弾をしかけないといけなかった理由って?!
    と堂々巡りしてたなぁ・・・。見てる間中。
    レイフ、意外とガッチリしてるんで、驚きました。似合ってたよね。
    ビグローさんが95年に撮ったレイフ主演の”ストレンジ・デイズ”
    マイカルト映画の一つです。レイフも超美麗なのよ~。

  • 2010/03/14 (Sun) 08:02

    acineさん。あのジュース、てっきり自分が飲むとみんな思ったよね。いい演出でした。
    現場での命ギリギリの緊迫感がよく描けていたから、妻や子の待つ国に帰っても、よその町や、よその家に短期間いるだけ、みたいな感じの軍曹の心理状態もよく分る気がしたし。ワタシはあの一時帰国のシーンがとても印象的でしたわ。どーっと並んだシリアルの棚の前で呆然と佇む姿は忘れ難いわ。
    レイフの「ストレンジ・デイズ」は未見だけど、95年ならまだ若くて綺麗よね。何かの折に観てみるわ。

  • 2010/03/31 (Wed) 00:36

    観たくてたまらなかったこの映画、先週やっと鑑賞してきました。
    面白かったですね。緊迫感溢れる映像、そしてジェームズの暴走振り。
    ジェームズ、アウトローなヒーローでカッコいいですよね。 そして人間的なところも見せて。ジュースのシーン、ベッカム少年との絡み、本当はいい奴なんだってところなんでしょうね。でも私はちょっとお尻がこそばゆい感じがありました。ちとカッコよく描きすぎ? いっそのこともっと非情な男に徹して描いたらどうだったんでしょうね。 人間ドラマの部分ははずして。そしたら本当のドキュメンタリーになっちゃうか・・・。
    強く印象に残ったのは、爆弾処理をしつつ、それを傍観する市民の中の誰かがテロリストなのかもしれないと猜疑心を持ちながら銃をかまえる米兵達・・・怖い、異常な世界でした。
    その修羅場に嬉々として再び戻っていくジェームズが一番怖いんですよね。
     
    カメオ出演にしては、レイフ・ファインズ結構いい役でしたね。ガイ・ピアースはもっと絡ませてほしかったなあ。それとビグロー監督、私はあの逞しい”二の腕が”気になって仕方なかったわ~(笑)



  • 2010/03/31 (Wed) 07:04

    ジョディさん。いかにもお好きそうなジャンルですよね、これ。観て来られましたのねん。良かった、よかった。この役はほんとうにジェレミー・レナーで大当たりでしたね。ただ、彼が今後順調に主演ものを撮り続けていかれるかどうかは、微妙な感じではありますが…。ジェームズをあまり非情な男に描くと観ているほうもしんどくなっちゃうんでは?と ビグローさんが懸念したのかもしれませんね。でもオレさまキャラのように見せかけて実は仲間想いだというシーンがあって、ワタシは良かったと思いますわ。あと、処理している時に、影響する範囲内で誰かが携帯を使ったりしたらそれでボーンといっちゃうというのもコワイですね。そういう人がいたらただちにやめさせなくてはならないので市民を見張ってないといけないんでしょうね。レイフ、妙に目だってましたね。ガイ・ピアースはあんなもんで良かったのでは?あまり出てくると観客の注意がそっちにいっちゃうし。(笑)ビグロー監督、自分でもハンディカメラを持って撮ったりするから腕も逞しくなるのかも。それにけっこういいトシだしね(笑)でも監督としては美人じゃないですか?スカッとしててなかなかいいなと思いましたよ。

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