「天国と地獄」

~君はそんなに不幸だったのかね~
1963年 東宝 黒澤 明監督



現在、シャンテシネにおいて開催中の黒澤明生誕百年記念特別上映。月曜は飲み会があったのだけど、「ヨコハマメリー」のドキュメンタリーで観た伊勢佐木町の風景や1960年代初頭の横浜を、敏ちゃんこと三船敏郎の渋い重役姿とともに大スクリーンで観たくなり、あまり乗り気でなかった飲み会はけっぽって敏ちゃんの権藤さんに会いに行くことにした。シネ2の客席はほぼ9割埋まっていた。しかもオヤジサラリーマン率が通常より高い。シネ2は殆ど傾斜のない床なのに、目の前にムスク系のニオイをぷんぷんさせた大仏みたいにでっかいオジサンに座られてしまい、ああぅ、スクリーンが一部欠けちゃうじゃない、小さくなってよ!と思ったが左横が空いていたので本編が始まる前に1つずれてどうにか観賞体勢を整えた。思わぬところに落とし穴。いまどき傾斜のない床なんてチッチッチ!でも本編が始まったら、次第にオヤジの頭も気にならなくなった。

「天国と地獄」は数年振りの観賞。久々の観賞が劇場で、というのはオツな気分だ。
敏ちゃん演じる権藤さんの住まいは浅間台の高台の一軒家だったのだなぁ、と改めて認識した。犯人の住まいはその足元に広がる町だ。住所でいうと横浜市西区浅間台界隈という事になる。思い出すと、横浜に居た頃によくクルマで通った三ツ沢から浅間下に至る道路は非常に急で長い坂道だった。坂道を降りきって新横浜通りをまっすぐ走れば桜木町に出る。権藤社長の邸の窓から見える港は、今のみなとみらいのあたりだろうか。左手に高島屋のロゴなども見えた。

登場したての敏ちゃんは株を買い占めて会社の実権を握ろうとしている不敵な男で、倣岸である。少し肉付きがいい感じなのが、恰幅のいい野心家の重役という雰囲気にピッタリ。短く襟足を刈り上げた髪も精力的なムードを出している。この映画での敏ちゃんは働きざかりの少壮重役なので、シャワーを浴びて白いバスローブ姿で現れたり、パジャマに絹のナイトガウンを着た姿などで現れたりするのだが、そのがっしりとした背中の厚みに男盛りの頼れるお父さんのパワーが漲っているのを感じる。何があっても絶対に守ってくれる、ライオンのような雄々しいお父さんの背中だ。

そんな敏ちゃんは、高台のガラス張りのリビングから下界を見下ろし、野望に目をギラギラさせた自信満々の様子から一転、運転手の子の為に命よりも大事な金を投げ出すか否かで煩悶し、結局、一晩悩んだ挙句に身代金を用意するのだが、それまでの経緯が舞台劇のような緊迫感を持って描かれ、敏ちゃんの演技は見事の一言に尽きる。野心を語り、部下にハッパをかけていたのが、突然の脅迫にショックを受け、誘拐されたのが息子じゃないと分かって安堵したのも束の間、もっと厄介な事態に陥った事を知る。そして、尋常ならざる犯人の悪意により、他人の子の為に大金を投げ出すか否かの決断を迫られるまでを、絶えず動きまわりつつ(ライオンが檻の中をウロウロしているみたいな感じ)見事に演じている。権藤金吾という男になりきっていた。



そして有名な身代金受け渡しのシークェンス。敏ちゃんは特急の中での緊張したギリギリの様子も真に迫っている。特急の窓辺で、運転手の子供を確認してその名を絶叫するシーンの声の必死さ…。
これはアドレナリンが噴き出るよねぇ権藤さん。

金は絶対に出さん!と言っていた敏ちゃんの権藤さんが、その金を入れるバッグに細工をするため、ナイトガウンの袖をまくってリビングの床にあぐらをかいてカバンの皮をはがし始めるシーンは、前からとても好きなシーンだ。ガウンの袖をまくるとにゅっと出る太い腕がたのもしい。たのもしいと言えば、息子役の男の子(江木俊夫)をひょいっと(本当に軽そうに)片手で抱き上げてスタスタと部屋を出て行くシーンの、全身に漲るパワーも見逃せない。頼れるお父さん、責任をがっちりと背負って闘うお父さんの存在感に思わず目を細めてしまう。
敏ちゃん、苦悩さえも頼もしいお父さんぶりがステキングだ。

日和見でずるっこい子分役の三橋達也もいい味を出している。この人も一応二枚目なのだけど、こすっからい奴など色のついたキャラをよく演じ、二枚目というよりは性格俳優の色合いが強い。
野心と保身でコロコロと出方を変える様子がイタチのようでハマっていた。
また、今回の仲代は敏ちゃんの為に犯人を逮捕しようと奔走する警部補の役。これも勿論ハマリ役でしたね。


敏ちゃんと三橋達也(右)

劇場で他の観客と観ていると、コメディリリーフの効き具合などが如実に分るのも劇場観賞のいいところ。劇場で一番受けていたのは、江ノ電の音を聞き分けられるという沢村いき雄の鉄道員。甲高い声でしゃべりはじめた途端に笑いを取っていた。テンション高いし、巧いし、愛嬌があるものね。次に受けていたのはゴミ焼き場の真っ黒けのオヤジに扮した藤原釜足。ブツクサ怒りつつ、一応刑事の質問にも答えるのだが、こういうオッサンて居そうである。「ブリキは燃えねえってんだヨ!」
何度も聞いている台詞なのに、ワタシもついつい受けてしまった。


まっくろけの藤原釜足

彼ら以外にも、要所要所に味な脇役が全員総出のように顔を出している。うるさがたっぽい新聞記者で三井弘次。同じく記者役で千秋実。千秋と同じ七人の侍つながりの木村功と土屋嘉男は刑事役。志村のおっちゃんと藤田進は捜査本部の責任者役。藤田進は殆どセリフらしいセリフもないのにご苦労様である。そして今回もやっぱり登場した東野英治郎。1シーンでも確実に浚って行く。山茶花究と西村晃は債権者役で嫌味に登場。ふふふ。これらの俳優たちが出てくると、出てきたよ!という空気が画面に漂ってニヤニヤしてしまうのも劇場ならではだろう。DVDで観ているよりも、なぜか彼らの登場が鮮やかにくっきりと認識できるのだ。そんなこんなで、ありとあらゆる人が顔見世のように出てくるのも嬉しいが、意外にも左卜全の姿が見えなかった。

このへんで山崎努と参りましょうかね。この不気味な存在感。不気味でいながら苛々と不安定な男。暑熱の夏の朝まだき、谷底の貧民街のアパートから見上げる高台の権藤の邸宅。山崎演じる銀次郎の語られない生い立ちに興味が湧き、疑問も湧く。とりあえずインターンになってもう一息で医者になれるのに、何をそこまで根深く僻んで面識もない人を陥れ、人生を頓挫させなくてはならなかったのか。何でそこまでねじくれてしまったのか。みんな貧乏が悪いのか、暑すぎる夏のせいなのか…。若くて暗くて根深く僻んだ果てに完全犯罪を企むキャラクターという点で、「天国と地獄」の山崎努は「太陽がいっぱい」のアラン・ドロンと双璧かもしれない。モノクロでも伝わってくる山崎努の顔の青白さ。彼がかける黒いサングラスの一部がいつも無機質な光を浮かべているのがクールさと不気味さを際立たせている。そして、この銀次郎を水先案内人として、観客は横浜の夜の顔、裏の世界へと足を踏み入れていく。背景を船の行き交う山下公園から伊勢佐木町へと煙草をふかしつつ移動する銀次郎。港から繁華街へ。ここでも描かれる横浜の表の姿と裏の姿。
伊勢佐木町では街角と根岸家でロケを行っている。


サングラスをかけて根岸家に入る銀次郎(山崎努

ここでは、1960年代初頭の根岸家の様子がありありと窺われて非常に興味深い。(当時の根岸家でロケをしたのだと知る前は、けばけばしいセットだろうと思っていた)赤いカーネーションを胸に挿した銀次郎が奥のカウンターに陣取る。近づいてくるパンパン嬢は売人なのだが、この顔はなんか凄い。女優じゃ出せない味である。こういう顔は昨今あまり見かけなくなったけれど、昭和30年代までの日本女子にはわりに居たんでしょうかね。ヤクを買った銀次郎が向かうのは更なる奈落。廃人寸前のジャンキーがたむろする黄金町の路地裏だ。このシーンはセットだと思うけれど、荒んで澱んだ空気は地獄の一丁目か二丁目か、というような気配が窺える。迷路のような路地裏にハングル文字はなぜかよく似合う。ジャンキーのやさぐれ娼婦役で菅井きん登場。昔から同じ顔だ。常田富士夫も地廻りのヤクザでちらっと登場。なんか、かわいい。

伊勢佐木町ロケでは、町角の靴屋のウインドウの前で煙草を吸いながら靴を見ている権藤さんに気づいた犯人が、顔を知られていないのをいい事に、わざと彼に煙草の火を借りにいくシーンがある。犯人の嫌味な性格を表現するシーンなのだが、ワタシはそれよりも、ひとり、無心に靴を見る権藤さんが印象深い。権藤さんは破産し、借金まみれで、会社も追われた状態だ。そんな彼が一人、伊勢佐木町をそぞろ歩き、靴屋のウインドウを佇んで眺めている。熱心に靴を見ているのだが、なんだかしんと寂しい。退位させられた王様の寂しさがちらと漂う。その寂しさが美しい。これも昔から好きなシーンの1つだ。

折々垣間見える横浜の風景と並んで、本作では江ノ電周辺の湘南風景も興味深い。昔の湘南には殆ど人が居ない。平日とはいえ道路もがらがらに空いている。夜の横浜の繁華街から、月明かりが海を照らし、庭に白い花(はまなすだろうか)が揺れる湘南の別荘地へ。ロケ撮影が効果的に映画を盛り上げている。夏の海辺の夜。花の向こうからにゅっと顔を出すサングラスの山崎努。サングラスにいつも浮かんでいる無機的な光。



黒澤の演出も、前半の権藤邸での静かな中に緊迫感の漲るところと、身代金受け渡し以降、画面に俄然動きが出てくるあたりで、前半と後半の静と動の切り替えも鮮やかだ。サスペンスとしても面白いし、人間ドラマとしても面白い。よく出来た脚本と、登場人物のその時々の精神状態を的確にあぶり出す演出。
この時期の黒澤は本当に素晴らしかったと思う。文句のつけようがない。
冒頭から、あの無常観漂うラストまで間然するところがない。
ヒューマニズムは控えめに表現され、巨大なアイロニーが全編を覆っている。
ラストの対面シーン。必死に痩せ犬の遠吠えを繰り広げる犯人に、金網ごしにいたましげな視線を向ける権藤さん。敏ちゃんの目の色がガラスを反射して半透明のように見え、その目は潤んでさえいるように見える。
「君は、そんなに不幸だったのかね~」という権藤の問いかけは、そのまま観客の銀次郎への問いかけでもある。


つくづくといい顔をしている三船敏郎 このシーンでは瞳の色が印象的だ

久々にこのシーンを見ながら、小さな口ひげの下の引き締まった綺麗な唇や、いわくいいがたいニュアンスを含んだ瞳でじっと銀次郎を見る敏ちゃんのアップを見ていて、今更になんていい顔をしているのだろうと感嘆した。彼の顔は、国籍も時代も超えて「いい顔」であり続ける顔だと思う。

対する山崎努の、負け犬を運命づけられた男の悲哀と怨念が噴き出すようなビリビリした表現力のすさまじさ。銀次郎が面識もない権藤に、なぜここまでの憎悪を抱くに至ったのか、これという説明はない。それゆえ余計に不気味で不可解でもある。だが、彼が谷底から鬱勃とした憤懣を抱えながら見上げていた権藤の屋敷は、けして裕福な生まれでも何でもなかった権藤が見習い工から叩き上げて手にしたものなのだ。だからこそ、彼は高台にあたりを睥睨するような家を建てた。それは彼にとっての勲章だったのだ。権藤さん的には目立たせて何が悪いんだ、というところだろう。その彼の自己満足と自己顕示が、存在も知らなかった相手に日夜激しい憎悪を燃やさせる元になるという皮肉。この物語の大きなポイントは、権藤が代々受け継いできた財産の上にあぐらをかいているような苦労知らずの大金持ちではない、というところだろう。彼は成り上がりで、刻苦勉励して重役にまで昇ったのだ。だから高台に目立つような家を建てずにいられなかった。
そして因果なことに、それが僻んだ男の関心を引いてしまったのだ。
この権藤さんの高台の家の内装なども、なかなかシンプルかつ重厚で、昭和30年代としては相当なものではなかろうかと思う。美術は村木与四郎。さすがの仕事ぶり。



権藤は試練の中で謙虚さを取り戻し、振り出しに戻る。ひたすら僻みと恨みの中に自らを閉じ込めてしまった銀次郎は恨み節のまま処刑されることになるのだろう。元は同じような貧困のうちに育ったのかもしれない二人だが、自分を高みへ上げようとする人と、ひたすらに怨念で沈んで行く人の世界は一瞬交錯して、永久に遠ざかっていく。大詰めになり、もはや取り繕いきれなくなって泣き叫び始めた銀次郎と権藤の間にガラガラと下りてくるシャッター。 そしてエンドマークまでのあの「間」。 見事。まさに見事の一言に尽きる。


閉じられたシャッターの前で、権藤は何を思うのか…

ついでに言うと、昔の映画はエンドマークが出たらそれでスパっと終わり。
ダラダラとエンドクレジットが流れないこの潔さも、昔の映画の良さの1つだと思う。

コメント

  • 2010/03/31 (Wed) 21:38

    そうかあ、kikiさん飲み会ほっぽって「天国と地獄」見に行ったのねえ、さすが敏ちゃんファンは違う!うふふ。私もこの間「三船」にてもっと敏ちゃんの映画を見ておれば、メニューもより楽しく読めたんでしょうにね、と思ったりしてました。おいしかったね!それはそうと、「天国と地獄」。黒澤超ド素人の私が見ている数少ない映画ですが、とってもおもしろかったですね。良く出来ているし、ほんとに丁寧に作られているなあというのが、見てて伝わってきますけど、あの特急から見える家だっけ?あれもなんか逸話とかあったよね?忘れたけど。黒澤魂系の逸話。映画館に通うのはなかなか時間の関係で難しいが、日本映画チャンネルを狙ってみようかしらん・・・。

  • 2010/03/31 (Wed) 23:18

    そーなのよ。けっぽっても差し支えない飲み会だったから、この際、敏ちゃん優先だわ、と(笑)「天国と地獄」はご覧だったのね~、Sophieさん。これ黒澤作品の中でもかなり好きな方なのよ。そうそう、特急から見える民家がどうしても邪魔なので、それをどけさせて貰って、撮影が終わってから、また元の場所に戻したか建て直したかした、という逸話ね。「黒澤天皇」時代だから、なんでもアリだったのね(笑)あと本文には今更書かなかったけど、カバンを燃やした赤い煙りがそこだけパートカラーで映るのもミソよね。あら~、あなたったらワタシよりは昼間の時間が自由に使えるのかと思ったけど、そう思いたって映画に行くわけにもいかぬのね。日本映画専門チャンネルだったら5月から順次、黒澤作品のハイビジョン放送があるので、録画チャンスなりよん。
    「三船」、おいしかったね。また行きましょう。

  • 2010/04/03 (Sat) 23:51

    kikiさん、またまたコメントさせていただきます。

    この作品も一時期よ~く見てました。
    前半での、権藤さんが誘拐の電話を受けてから一晩たった次の朝、警察に自分の考えを述べるくだりから奥さんが現れて、激しいジレンマに揺れる自分の苦しい胸の内を語り、片腕の三橋達也が登場すると激して吠えるところにかけて、この一連のシーンが迫力があって、権藤さんの苦しさ、怒りが非常に伝わってきて、ここばかり何度見たかしれません(笑)。

    この作品のDVDをフランスで購入したのですが、あの有名な桃色の煙のパートカラーであるべきところがなんと白黒のままだったのです!ショック・・・
    芸術の都、パリを擁するフランスよ、どうしてどうして・・・。

    わたしもkikiさん同様、最後の刑務所での対面シーンの敏ちゃんは瞳の色が見えるようでした。白黒なのにどうしてでしょうね。茶色い瞳をしているように感じられてなりません。
    このシーンでの敏ちゃんはほんとにキリリとしてていい男っぷりですねえ。惚れます!

    この作品、警察官の教育用(?)教材として今でも署内で上映されているとかいう話をなにかで読みました。納得。捜査結果の報告の場面も「ふ~ん、こんな感じなんだ」と分かるし、誘拐事件に挑む警官としての心得的なものも感じられますし。

    そうそう、山崎勉が麻薬受け渡しのためにパンパン嬢と踊るシーンでのこのパンパン嬢、なんか見たことあるな~と常々思っていたのですが、「用心棒」でベルさんとこのブサイク嬢たちが三十郎を前にズンチャカ楽器を演奏して踊るシーンで一番前に座ってる彼女と同一人ではないかと・・・未確認ですが。


    カーディガン姿の敏ちゃんも素敵でございましたね。
    また見たくなったなあ。

  • 2010/04/04 (Sun) 08:05

    ミナリコさん、何度でも大歓迎でしてよん。ワタシはけっこう黒澤映画の中でもこの作品は好きな方なんですよ。映画自体も良く出来ていて面白い事に加えて、ワタシの興味は昭和30年代の横浜の風景と、山崎努の不気味さと、頼れるお父さんとしての敏ちゃんの姿です。香川京子の奥さんが犯人の声を聞くために電話に出ている敏ちゃんの背中にかじりつくシーンがありますが、そういう理由がなくてもかじりつきたくなっちゃうような大黒柱としての敏ちゃんの背中には魅力を感じます。最近、再見して、そこがとみに魅力的に感じるようになりました。奥さんと一緒になって「あなたなら一文なしになっても出なおせるわ」と言いたくなっちゃいますねぇ。権藤さんが窓辺をライオンみたいに行ったり来たりしつつ、運転手が「到底お願いできないけれども、お願いします!」と頭を下げるのを苦しげに退けるあたり、真に迫ってましたね。他にもっと金持ちはいっぱいいるのに、こんな時に何故俺が!という血の叫び。敏ちゃんの演技力について、改めて素晴らしかったのだなと再認識できるシークェンスです。

    あらら、フランス版DVDはパートカラーの部分がモノクロに?ウッカリしちゃったにしてもそれはダメダメですね。ちゃんと意識して製造してくれないとね。映画愛が足りませんわね、それは。

    そうそう、あの面会のシーンでの敏ちゃんは、カラーで映したら目の色が鳶色に見えるのかしらん、なんて思って見てました。非常に透きとおった感じの目の色でしたね。中年になってからの敏ちゃんはどことなくロナルド・コールマンにも似てくるんですが、この作品では口ひげを蓄えていたせいもあって、そういう風情が出ていたショットでもありましたね。とにかく、美中年ですわね。

    この映画は刑事ドラマとしてもリアル感があってよく出来ていると思います。あの捜査会議のシーンなんてドキュメンタリーみたいでしたね。同じく刑事の丹念な捜査を描いた「砂の器」よりも刑事ドラマとして出来が良かったような気がします。だから教材に使われるというのも頷けますね。

    あのパンパン嬢、「用心棒」にも出てましたか?ふ~ん。そう言われてみるとあんな顔つきの女性が居たような気もしますね。凄くインパクトのある顔だちだから、黒澤が気に入っていたのかも(笑)ミナリコさん、DVDがすりきれる程ご覧になっている気配。愛ですね。「天国と地獄」も、また是非ご覧になってください。

  • 2013/04/17 (Wed) 22:46

    Kikiさん、はじめまして。WENと申します。

    この年になって初めて三船さんの映画を知り、Kikiさんのブログを拝読するようになりました。(少し前に「白と黒のナイフ」について書いていらっしゃいますね、私も映画は好きで、10年ぐらい前まで、こういう映画もバッチリ、見ていたのですが、三船さんの映画はひとつも見たことがありませんでした。)

    三船さんのこと、彼の映画について書いてあるブログは多くありますけれど、Kikiさんのブログは内容の濃さがずば抜けていて、そして、三船さんへの「愛」の大きさに圧倒されました!というわけで、お礼の気持ちもこめて、コメントさせていただきます。

    先月、ふとしたきっかけで「日本のいちばん長い日」を見て、色々な意味でショックを受け、「三船さんの映画を見なくては~!」となったわけなのです。まだ「天国と地獄」「悪い奴、、、」「椿三十郎」「キスカ」「大盗賊」ぐらいしか見ていないので、手探り?状態ですが、彼がこんなに素晴らしい俳優さんだったとは(そして、こんなに麗しい方だったとは…)、全然知りませんでした。人生のなかで、三船さんの映画に出会ったことを、感謝しています(危ないところでした~)。

    これから少しづつ見ようと思っている映画の数々を考えるだけで、興奮してしまいます。Kikiさんのコメントを参考にさせていただきながら、順番を考えています。有難うございます!

    私は「敏ちゃん」とは一生呼べないような気がしますが、(愛のこもった、すばらしい呼びかけだと思います~♪)家人や友達には「三船さん」と言い、心のなかでは「三船伯伯」(= 三船のおじさま)、とお呼びしています。

    これからも、時々、出没してお話させていただいてよろしでしょうか?よろしくお願い致します。

  • 2013/04/18 (Thu) 21:05

    WENさん 初めまして。

    敏ちゃんの映画をご覧になって、どんどん興味を増されているんですね。それは素晴らしい。
    「日本の一番長い日」は、確かにあらゆる意味でショッキングですが、敏ちゃんはどんな瞬間のポーズもサマになっていて、ああいう決然とした行動を取る男を演じると似合うんですわね。軍人が似合い過ぎるので一時期、軍人ばかり演じていた時期があったような気配も…。
    そうそう。爺さんになってからの印象しかないと、彼があんなにもハンサムマンであることは分りにくいですわね。ワタシも初めて彼の若い頃の映画を見た時には椅子から落ちました。あまりのハンサムマンぶりにたまげて。でも、何度見てもやはり「いい顔」だなと思います。

    ワタシは勝手に馴れ馴れしく「敏ちゃん」と呼ばせてもらっちゃってますけれども、そう呼ぶ事で、彼を知らない人や興味がない人、あるいは昔の俳優だと思っている人、名前は知っているけどよく分らない、という人などに、彼に対する気持ちの敷居を少しでも低くしてもらいたいという狙い(?)も、ひそかにあるんですわね。って、まぁ、手前勝手な理屈ですが…。

    ともあれ、何か彼の映画を見て、そこでピピっと来るものを感じた人は、その稀有の才能と存在感にどんどんハマってしまうのだと思います。最近、敏ちゃんに興味のある方が増えてきているような気が、ワタシはしているんですよね。
    またいつでも遊びに来て、コメントしていってください。楽しみにしています。

  • 2013/04/22 (Mon) 23:42

    Kikiさん、大変あたたかいお言葉をいただきまして有難うございます!嬉しかったです。
    「天国と地獄」のコメントとして書き続けてよいのか迷ったのですが…、お返事なので、今回はこちらに。

    はい。「日本のいちばん長い日」は確かに色々な意味でショックを受けたのですが、同時に大変興味深かったです。(3月にアメリカで ”Emperor”を見たのがきっかけで、「日本のいちばん、、、」を見たのでした。)原作も読んでしまいました。三船さんは大変凛々しく、ご立派でした。海相の山村聡さんに散々言われて、怒りのあまり頬をひくひくさせているところも、、、(どうやるんだろうと思って、やってみましたが私には出来ません!葉巻吸ったりしてるとできるんでしょうか)。

    ところで、Kikiさんのお言葉にも励まされ、週末は川崎で『羅生門』を見て来ました。初めて、大画面で三船さんを見るので、緊張しました! 面白かったです~。同じ一つ事について話しているのに、全然違う話が出来上がる、っていうのは、コトの大小を問わず、人生では多々、ありますから、、、途中まで、「これは森雅之のための映画ではないか?」と思いつつ見ていましたが(深く沈んだ瞳があまりにも美しくて、、、)、その彼さえも最後には「まだ死にたくない」なんて言わされてましたものね。

    三船さんは、まだMIFUNEになっていない、まさに、「敏ちゃん」と、私でさえお呼びしてしまいたいような、可愛らしさ! 色々、偉そうなことは言うのに、志村喬語るところの京マチ子に「Be a man!」みたいに怒鳴られて、ツバまで吹きかけられちゃって、「エッ?」ていう感じに眉をひそめ、ちょっと眼を三角にしちゃうところなど、感情の微妙な揺れが、すばらしく新鮮でした。すぐ転ぶし、、、私には、西洋人が騒いだという三船さんのセクシーさ、云々よりも、乱暴な姿の裏に見え隠れする、無防備で、気弱げな、繊細さがよく見え、そのほうが印象的でした。どうしてでしょうね。

    また、多襄丸を見ていて、「影武者」を、違う意味で理解できたように思いました。(三船さんの映画は見たことがなかったのですが、学生時代に「影武者」に感激して、学校をサボって映画館に通いつめ、セリフまで暗記していたほど好きだったのです。)それほど好きだったにもかかわらず、ニセ者の信玄、影武者のほう、彼の性格というか、あまり理解できなかったのですが、黒澤さんは、多襄丸→菊千代の延長のような役柄にしたかったのかな、と、ちょっと思ったりしました。(七人の侍もまだ見ていなくて、色々読んだことから想像するだけですが。)

    三船さんの素晴らしい映画は沢山あるのでしょうが、それでも、数には限りがあるので(もう新しいものは出来ないわけですから)、どんどん見るのは勿体無くて、しばらくは、ちょっと外れたものを見ようかな、と、「西鶴一代女」と「人間の証明」、どちらもネット上にあったので見てみました。西鶴は、出演時間短いですが、水も滴る美男下級武士!チェックの着物もかわいらしい。証明のほうは、、、あんなにメチャクチャな映画だとは知らなかったのでビックリしましたが、三船さんはすてきでした。ドラ息子に「お前は大泥棒だ!」と言われて、ハタ、と椅子の上で座り直す動作が機敏で颯爽としていました。

    次は、、、「1941」に挑戦しようかと思っています。

    たくさん書いてしまってすみません。

  • 2013/04/23 (Tue) 22:05

    WENさん こんばんは。
    とても真面目に映画をご覧になっていらっしゃるんですね。コメントの端々にそういうものを感じます。ワタシはあまり真面目な映画ファンじゃないので申し訳ない限りですが…。
    「羅生門」の敏ちゃんは、なんとなく時折、表情が加藤茶に似ているような気がするんですよね。ああいうひょうきんな感じが中年以降薄れてしまったのが、敏ちゃんのキャラクター的に残念なところだなと思うんですわ。爺さんになってからは常にうなり声で苦虫を噛み潰しているような顔になっちゃってね。多襄丸にセクシーさよりも繊細さを見ましたか。真面目でいらっしゃる。多襄丸を見ていて、「影武者」を理解するというのもあまりない見方ですね。ふーん。
    そして、代表作を急いで見終えてしまわないために、敢ての回り道で「1941」とは…。迂回しすぎという観もなきにしもあらずですが、真面目なWENさんは「1941」からも何事か読み取られるかもしれませんね。ふふふ。

  • 2013/04/24 (Wed) 21:53

    Kikiさん、こんばんは。丁寧なお返事、有難うございます。嬉しいです!
    なにか、三船さんとやり取りしているような、、、うふふ、そんなことないですか、
    私は、真面目なんてことは全然ないんです~ Kikiさんこそ、視点が鋭くて感心します。
    「羅生門」でセクシー!と思えない理由は、三船さんではなく、間違いなく、私にあります。なぜって、裸の男性より、びしっと背広を着てるほうがステキと思っちゃうから。(多襄丸の衣装?は、あれはあれで面白いし、帽子?はカワイイけれど、、、)「天国と地獄」や、「悪い奴、、、」でワイシャツをやや窮屈そうに着ていらっしゃる、首筋から頬のあたりにかけてが、素晴らしく艶っぽく、思えます。首周り太そうですら、ワイシャツは特注だったでしょうね。
    はい、Kikiさんがおっしゃる通り、三船さんの、愛嬌のあるところが、1980年以降の映画には殆ど生かされてないみたいで、本当にモッタイナイ!と思います。段々うなり声になったのも、キャラクター的なこともあったでしょうし(わざとそうしなければならないというような)、お酒と葉巻の影響もあったかもしれませんね~、やや無理して搾り出していたような。。。?でも、1989年にフランスで撮影されたらしい、ちょっとした動画がネット上にありましたが、お声は三船さん独特の、剛毅ないい声でした(若い頃よりはスモーキーで低めにはなってました)、演技のときについ、うなってしまうようになられたんでしょうね。それもこれも、普通の音程?で話せる役がなかったからかなー、あぁ、モッタイナイ。
    若い頃の、ひげの無い三船さんのお口を見ていて思ったのですが(「悪い奴、、、」で)、彼は中国語が話せたでしょう?ひょっとして、この頃は、中国語の感覚で日本語を話していらしたのではないでしょうか?私自身が今、中国語を習っているので思うのですが、中国語は日本語に比べて、めちゃくちゃ口の筋肉を使う言葉で(練習していると、とても疲れます)、三船さんの口の動きがかなり変わってるので(…と私には見えた)、そんなことを感じました。
    あっ、そういえば、宝田明が、彼も大陸出身だそうで、得意の中国語を使って、サラリーマンNEOで物凄く面白いことやってたことがあります。世が世なら、三船さんだって、いい味出せただろうに、、、見たかったな。それとも、三船さんが生きてらした頃の日本では、中国語を話すミフネなんて、許されなかったでしょうか。
    「1941」は回り道し過ぎですか~、そうかな、ふふっ。映画自体は恐らく、気に入らないだろうとは思いますが(洋の東西を問わず、おバカ映画は大好きですが、ジョン・ベルーシーが苦手なので)、三船さんがどんなふうなのか、楽しみです。回り道ついでに「サラリーマン忠臣蔵」(家人が随分前に録画して、そのままHDに入っているので)にも挑戦します!

  • 2013/04/26 (Fri) 00:13

    WENさん
    「1941」は、ワタシはどうにもダメでしたが(というか、マトモに見ていないので何を言うわけにもいかぬのですが)、「サラリーマン忠臣蔵」は案外と面白いですよ。特に前半がね。池部良と敏ちゃんが社長同志で友達の設定で、2ショットが多くて、ふふふ、という感じです。

  • 2015/04/22 (Wed) 21:33
    1960年代の黒澤作品では一番だと思います

    『天国と地獄』は、1960年代の黒澤作品では一番良いと思います。これ以後彼は少々おかしくなります。『赤ひげ』は、異常な作品で、主要な人物全員が罪を犯して懺悔する映画ですが、それがヒューマニズムでしょうか。

    戦後の『静かなる決闘』以後、黒澤明には、彼が戦時中に徴兵されず、逆に戦意高揚映画『一番美しく』を作った罪意識があり、戦後の彼の映画に流れているのは「贖罪意識で」すが、『生きものの記録』以後は希薄になり、作品のテーマを喪失してしまいます。
    『用心棒』と『椿三十郎』は、面白いのですが彼の本質に暴力はなく、この2本は菊島隆三映画とみるべきでしょう。後に黒澤は、この2本は嫌いだと言っているそうですから。

    『天国と地獄』の伊勢佐木町も根岸屋も、東宝のロケセットです。実際の根岸屋が出てくる映画には、藤田敏八の『新宿アウトローぶっ飛ばせ』がありますが、1963年当時、伊勢佐木町や根岸屋でロケなんて到底できなかったと思います、危なくて。

  • 2015/04/23 (Thu) 22:53

    さすらい日乗さん
    そうですね。これが一連の黒澤のプライム作品の実質上の最後、という事になるのかもしれませんね。
    伊勢佐木町や根岸屋はロケじゃなく、セットで再現されたものだったんですか。根岸屋はともかく、街で少しロケもしているのでは?全部セットだったら、それも凄いですね。昔の横浜は本当に危ないところだったみたいですね。ちょっとその頃の横浜を垣間見てみたい気もします。

  • 2016/09/13 (Tue) 09:09
    あの女の子は

    根岸屋で山崎務に麻薬を渡す女の子は、モデルで有名な子だったと、某サイトで知りました。
    他の映画にはほとんど出ていないと思いますが。

    伊勢佐木町も多分ロケではなくセットです。
    東宝のオープンに作った大セットで、車も人間も全部撮影所のものです。
    当時はお金があったのですね、東宝と黒澤プロも。

  • 2016/09/14 (Wed) 22:56
    Re: あの女の子は


    伊勢佐木町は、あの怪しい裏通りのところ、魔窟みたいなところがセットなのかな。でも、街角でロケしているシーンもあるような気がしますが、全部セットですかね。まぁ、どっちでもいいですが。
    根岸屋がセットだというのは、前に何かで聞いた事がある気がします。

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