「007カジノ・ロワイヤル」におけるMとボンドの新しい関係性



今回の「カジノ・ロワイヤル」はキャスティングが味わい深くて、それも何回も見てしまう理由かもしれない。
ダニエルは言うに及ばず、エヴァちゃんもよかったし、マッツさんもなめくじのようなヌメヌメ感と、卑怯でずるっこい上に、なんだか知らんが体も弱く、テロリストにおびえるへちょへちょぶりが妙な味わいを醸していた。(強くない敵というのも面白い。)そんなへちょへちょ野郎のくせに陰湿な拷問などは嬉しそうにやってしまうのである。これ、演っててけっこう面白い役だったんだろうね。演じどころいっぱいだし、キャラも作りこんで遊べるし。マッツさん、結構楽しんでる気配だ。今回はいろんな人に似てると言われているが、ワタシは平幹二郎に似て蝶だと感じた。
このキャスト陣の中でもMのジュディ・デンチが続投になったのは、ことのほか効果的に作用したと思う。
(Mはおぢーさんになったショーン・コネリーにやってもらうのがベストという意見がある。それはそれで、私も激しく観てみたい。)

しかし今回はデンチのM。あの、やんちゃくれでちょっと目を離すと何をしでかすかわからないキャラのダニエル・ボンドだからこそ、Mも登場シーンが増えたのだ。いつも涼しい顔でジョークばかり言っているブロスナン・ボンドではMの出番も作りようがない。(今回、監督にちなんでゴールデン・アイを辛うじて観ただけなのでブロ・ボンドについてはこれ以上語りませんが)

私がことに好きなのは、Mの自宅に勝手に入って、これまた勝手にMのノートPCを観ているシーン。こんなことされたらMならずとも激怒する。ワタシだって怒るよ。
ここで、立っているMに対して座っているボンドは終始上目遣いである。この上目遣いがミソなのだ。ジェームズ・ディーンの昔から、上目遣いは年上女を攻略するツボと相場が決まっている。しかもその上、その目は青いと来ている。 ニクい。



大使館爆破の件、情報を聞き出すだけの犯人を射殺した件、それらを全部監視カメラに撮られていた件、(そして抜けぬけと自分の家に押し入っている件)につき、ガミガミと怒るMに対して一向に反省の色もなく、「そんな、ギャアギャア喚かれてもさ」みたいな顔をしているボンド。ふてぶてしいけど、どこかにMへの甘えがある。雷を落としても結局は俺のこと、許してくれちゃうんだろ、…だろ?ってな感じである。
その傲慢さを抑えないと真のプロにはなれないと諭すMに、どう綺麗ごとを言おうと所詮、殺しは殺しじゃないかってわけで、「半分僧侶、半分殺し屋になれってことですか?」とナメた表情のボンド。

あまり抜けぬけしいので、ついにMは怒り心頭。
考えなしに勝手放題やってると、容赦ないマスコミの餌食になって骨まで食い荒らされるわよ。ってか食い荒らさせてやるわよ!!とばかりにブチ切れる。
ここで、立ち上がってMを振り返ったときの、逆光の中の寂しげな表情がワタシ的には大のツボ。
「ここには二度と来ないでちょうだい」と言うMに「わかりました」というときは、もういつものふてぶてしい表情に戻っている。エレベータの中でじっとMを見ている不敵な面構えも大変にGOOD。
だからこそ、ふとMに突き放されて一瞬見せる寂しげな表情がとても印象に残る。ボンドの孤児の魂が表に出てきてしまう瞬間なのだ。うまい、ダニエル。痺れるね。

この映画、Mとボンドが絡むたびに微妙に関係性が変わってきて、やんちゃくれ小僧を怒る教師から心配する母へと徐々にMの心理的なスタンスが変わってくるのがいい感じである。東京タワーならぬ「ロンドンブリッジ -おかん(M)とボクとMI6」って感じだろうか。

クレイグのボンド、見た目はハードでマッチョで体育会系だが、実は母性本能刺激型ボンドという点でも新境地を開拓しているといえる。何かとニクい奴である。

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