「男ありて」

~昭和の家族、昭和のオヤジ~
1955年 東宝 丸山誠治監督


レアな小品ながら、志村のおっちゃん(志村喬)の主演ものに敏ちゃん(三船敏郎)が付き合って、ごく普通の男を演じているのが観たくて、東宝がレンタルビデオを出さなかった時期に仕方なく旧作ビデオを販売する東宝の会員制クラブに入会してVHSを買った作品。弱小野球チームを率いる島村は野球野球で家庭を顧みない男だが、熱意も虚しく今季のチームは低迷している。そんなチームに期待の新人ピッチャー大西(藤木悠)が入ってくるが、昔堅気の島村とソリが合わない。妻(夏川静江)はハラハラと気を遣うが、島村の頑固はますます嵩じ、チームはますます低迷するが…というわけで、敏ちゃんは監督の右腕を務める、監督思いの温厚なキャプテン・矢野を演じている。頑固で融通の利かない監督をカバーしつつ、見えないところで気を遣い、監督の作った人間関係のほころびを裏に廻って繕う。温厚なオトナの男の味わいが自然に醸し出されていてさらっと素敵だ。


ユニフォームもなかなかお似合いですの

この映画が作られたのは昭和30年(1955年)で、その頃というのは、戦後最初のプロ野球ブームが激しく燃え上がっていた時期らしい。そんな時代を背景に書かれた菊島隆三のオリジナル脚本に、志村喬がたいそう入れ込んで主演に立候補したという作品。

人生の全てを野球に捧げた男・島村だが、志村のおっちゃんが演じていると、さほど野球、野球で家庭をないがしろにして顧みない、という感じはあまり強力ではない。(でも、顧みないんだけど)
この島村の年頃の娘役に岡田茉莉子。夫婦はけっこういい年なのに下の息子はまだ小学生だったりして。そういう家族って多かったのかな。岡田茉莉子は父が勝手に下宿させたチームの新人・大西(藤木)と恋仲になり、反対する頑固オヤジに反発してヅケヅケと物を言う娘で、この時期の岡田茉莉子にはピッタリ。
そして、なんといっても黙って家庭を支える妻役の夏川静江が、日本の妻、日本の母さん、という風情を小柄な体から醸し出している。こういう役は夏川静江か田中絹代でしょうね。



今回、随分久々に観賞してみて、敏ちゃんの出演シーンがけっこうある事に気付いた。敏ちゃん演じる矢野は温厚で人望もあり、監督としてのセンスも実は島村より上なのだが、全てを野球に捧げたような島村を尊敬している彼は、常に島村を立ててその補佐に専念している。移動のバスや電車、また遠征先の旅館などで、二人はチームについて相談しあい、ちょこっと雑談もする。矢野の断片的な家庭の話を聞きながら、自分がいかに家庭をないがしろにしてきたかについて気づかされる島村。


息の合った二人 敏ちゃんは控えめに志村のおっちゃんをサポート


さりげに若い二人の相談にも乗る、頼れる兄貴分の敏ちゃん 左は岡田茉莉子、右端は藤木悠

女房に連れて来られて知った、というお好み焼き屋でとつとつとしゃべりながら、お好み焼きを焼く敏ちゃん。
「女房が体が弱いもんで、僕は時々お勝手もやらされるんですよ」なんて照れくさそうな笑顔を浮かべられると、なんだかその手料理が食べてみたくなっちゃうというものである。敏ちゃん演じる矢野選手は30代前半という設定だろうか。戦後のニュー・ウェーブであるマイホーム・パパの走りなのだろう。妻と子供を愛しつつ、仕事もきちっとやる男である。敏ちゃん、責任世代の入り口に立って、含羞のある笑顔を浮かべる男の雰囲気がえもいわれない。


含羞のある笑顔がとってもナイス

何かと癇に障るので期待の新人を試合に出さない島村だが、ある日、審判と喧嘩になり出場停止を喰らってしまう。毎日が日曜日になった島村はそれまで気づかずに来た2つの事に遂に気づく。
1つは自分の代理を鮮やかに務める矢野の采配ぶりの見事さ(自分を上回る監督としての矢野の才能)、もう1つはそれまでずっと留守にしてきた自分の家庭、その家庭を根底から支えている妻の存在の大きさについて、である。

矢野の話を聞きながら、何一つ女房孝行をしてこなかった自分を反省した島村は、古女房を少女歌劇と、お好み焼き屋に連れていく。


突然のささやかなサービスに、しみじみと喜ぶ妻だったが…

謹慎を喰らう前の頑固オヤジっぷりよりも、謹慎を喰らってから、しみじみ人生を顧みて反省したあとの穏やかな様子のほうが、やはり志村喬には似合っている。
引退をほのめかす島村に、妻は「仕事をしているあなたが好きだ」と笑って現役続行を促す。
つれあいは最高の理解者なのだ。
長い結婚生活で初めてささやかに妻の労苦に報いた島村。
だが、二人の時間はもうあまり残されてはいなかった…。

長く連れ添った夫婦は先に逝ったもの勝ちかもしれない。亭主族はみな、1日でも妻より先に逝きたいと思っているのではなかろうか。妻が残る場合は往々にしてみな長生きで後家さんは元気だが、女房に先立たれた男というのは、あまり長生きしない気がする。そういえば昔、さだまさしが♪俺より先に死んではいけない と「関白宣言」で歌っていたっけ。亭主関白な男ほど、女房に先立たれるのは堪えるのだろう。

志村喬は終盤に近づくにつれて志村喬らしい味わいが沁み出してくる。前半のセルフィッシュなおとっつぁんとしては、いささか頑固っぷりがソフトかな、という印象もなきにしもあらずだけれど、やりたくてやりたくて演じた役だけに乗ってるな、という気配はとても感じる。



そんな志村のおっちゃんを横からしっかりと、しかし目立ち過ぎずにサポートする敏ちゃんのさりげなさも三重丸。何しろこの頃は「妻の心」などと同時期で、敏ちゃんは三十路の男盛り。穏やかで分別があって、含羞があって、色々な面でバランスのいい、雰囲気のいい男を地に近い感じでさらりと演じているのが好感度大。もちろん、こういう小品の敏ちゃんを素敵に感じるのは、黒澤作品での大活躍があってこそで、それとの対比で、こういうのもいいじゃない、という印象になるのだという事はあるのだが、英雄・豪傑でない敏ちゃんも、また捨てがたくいい味わいなのである。





淡々とした流れの中に、昭和の家族の肖像がスケッチされ、そのいかにも昭和日本的な熟年夫婦のありようが、向田邦子的な世界観をかもし出してもいる。映画としては佳作という類の作品になると思うけれど、昔の、のどかな野球場や、試合のシーン、志村のおっちゃんや敏ちゃんのユニフォーム姿など、珍しいものが観られるという点でも希少価値な1本。

コメント

  • 2010/04/14 (Wed) 17:41

    kikiさん、うわ~、これ観たいなあ、観たいです!
    1955年というと敏ちゃんは35歳ですね。「妻の心」もよかったし、30代半ばの敏ちゃんてほんとになんちゅうカッコよさでしょうね!!「どん底」敏ちゃんもそのお年頃ですね。(「どん底」けっこう好きなんです。)
    スーツ姿もあな麗し、ですね。お好み焼きを焼く敏ちゃん、想像しては目がハートになります(笑)。

    kikiさんが指摘されているように、黒澤監督の大作の合間にこういう佳作・小品にもちょろりと顔を出し、豪傑なイメージばかりではないところを見せてくれていたのですねえ。
    黒澤作品あってのこういった小品も際立つのでしょうが、黒澤作品を観尽くしてしまった今、こんな穏やかな敏ちゃん演じる市井の人をもっともっと見たかったです。

    kikiさん評を読むと、実際の敏ちゃんもこの矢野さんのようなお人柄だったのでは、と思います。
    先輩を立てて、自分が表舞台に立つのは照れ臭いというような、おもはゆさを持った人だったのでは、と。
    実生活において、志村さんのことも「志村のおっちゃん」と慕っていたのでしょう?

    そして、敏ちゃんが素晴らしいことは恐らく間違いないとして、志村さんもよさげですね。こういう役ってピッタリ!な感じがしますね。
    「野良犬」の志村さんが新米刑事敏ちゃんを自宅に連れていってビールを飲むシーン、三人のちっちゃなこどもたちが布団の上でゴロンゴロンと逆さまになって寝入ったところを「まるでカボチャ畑」だな、とお父さんの笑みで敏ちゃんに見せるくだり、「ああ、いいパパだな」と思える安らぎのシーンなんですけど、いい父親役もぴったりだし、本作や「醜聞」のダメな父親役もぴったりな、朴訥としてるけれどもやはり万能なうまい役者さんだったのでしょうね。

    志村喬と敏ちゃん、素晴らしいコンビですね。

  • 2010/04/14 (Wed) 23:01

    ミナリコさん、これは普通の敏ちゃんが観たい人には希少価値な1本だろうと思います。
    志村のおっちゃんファンにとってもそうかもしれませんね。
    昭和30年代というのは、まさに敏ちゃんのゴールデン・エイジですね。男盛りでキャリアも頂点を極め、人生が輝ける絶頂期にあった10年だろうと思います。昭和20年代、30年代、40年代と大活躍した彼ですが、とりわけ30年代の敏ちゃんは東宝のみならず日本映画界を背負って立ってたので、黒澤、岡本、稲垣組以外の映画にも海外作品を含めて随分と出ているのですが、本当に寝る間を惜しんで八面六臂の奮闘をした時期ですね。中でも昭和30年代前半のこういう佳作に出演している彼は、本当にいいなと思います。もっと普通の男を演じている彼が観たかったし、まだ未見の作品もあるので、機会を捉えて是非とも観ていきたいと思ってます。
    実際の敏ちゃんもお酒が入らなければ、この矢野選手のような人だったんじゃないかしらと思いますね。物凄く周囲に気を遣う人だった、律儀な人だった、照れ屋で優しい人だった、というのは異口同音に語られてます。志村のおっちゃんとも、私生活でも仲が良かったんだろうと思います。本当に、この二人はいいコンビですよね。

  • 2010/09/20 (Mon) 00:04

    kikiさん、ついに見ました!!
    豪傑・英雄でない役柄の敏ちゃんのこの普通さ加減のかっこよさ、なんなんでしょうね(笑)。出番は多くないのかなあと思いきや、ほんとちょいちょいと出てきては矢野さんのお人柄の良さと魅力をふりまいていますね。
    小品ながらホロっとするいい作品ですね。志村のおっちゃんもよかった。じぃ~んときました。全く家庭を顧みない仕事男かと思いきや、kikiさんのおっしゃるようにソフトな面も持ち合わせており、わたしは好感度大でした。
    また敏ちゃんに戻りますが、この作品では終始髪がオールバック状態ですね。整髪料つけない状態だとどんな髪型だったんだろうなあとふと思い至りました。思えば現代劇では本作のように髪をなでつけ、時代劇ではちょんまげで、どちらにしろデコを見せ通し。仕事してないときの敏ちゃんの髪型は一体どうセットされていたんでしょうかね。素朴なファンの疑問です(笑)。
    本作は1955年の制作ですね。敏ちゃんは35歳。その歳のときに「生きものの記録」で75歳の老人を演じたわけですから、こんなさわやか野球中年から頑固じじいまで、敏ちゃんの振り幅は結構デカい?
    仏で買った「生きもの」のDVDに特典映像がついてて、上映当時の映画評の記事がチラリと写ってまして(日本の記事)、どなたか映画評論家が敏ちゃんの老人ぷりを「ルイ・ジューヴェにも匹敵」とかなんとかうんぬん書いてました。ルイ・ジューヴェはよく知りませんが多分ジャン・ギャバンと並び称されるフランスの名優ですよね。
    「生きもの」が苦手とおっしゃるkikiさん、これでちょっと興味持ったりしましたか??敏ちゃん演じる中島老人、愛すべきキャラです、わたしにとって。脱線しまして、ごめんなさい(笑)。

  • 2010/09/20 (Mon) 00:28

    おぉ!ミナリコさん。観られましたのね。
    小品だけど、なんとなくしみじみ、ほのぼのしていい映画ですよね。志村のおっちゃんの演じた監督も、本当はもっと意固地で頑固でニコリともしないようなオヤジという感じなんだろうと思うんだけど、おっちゃんが演じると、なんかソフトで穏やかですよね。
    敏ちゃんが整髪料をつけなければ、例の花形満ヘアになったんじゃないかな。長い前髪がパラリと垂れる髪型でしょうね。仕事に出るときはきっと油をつけてオールバックに撫で付けてたんだろうので、前髪パラリは若い時以外は家のなかでしか見せなかったのかなぁ、なんて思ったりもしますわ。ミナリコさんは「生きものの記録」お好きですねぇ。ワタシはどうも興味が湧かずに未見なのだけど、黒澤特集で放映されたら一応一度ぐらいは観てみることにしましょうかね。レビューを書く、書かないは別として、ね。(笑)
    で、確かに「生きものの記録」の時の敏ちゃんの老人メイクはルイ・ジューヴェ(有名な出演作は「旅路の果て」や「舞踏会の手帳」などですね)と面差しが似ている感じです。まぁ、顔だけじゃなくて演技的にも近いものがあるという評なんでしょうけれどね。敏ちゃんは不器用の代表みたいに言われてるけど、案外いろんな役をちゃんと演じているんですよね。何しろ昭和30年代は敏ちゃんが日本映画を背負って立ってたようなものなんですから。何だって演じられるんですよ。ちゃんとね。敏ちゃんは、むしろ壮年以降にちょっと不器用で一本調子になったような気がします。若い頃の方が演技も役柄も柔軟だったんじゃないかな、と。

  • 2015/04/22 (Wed) 15:32
    久しぶりに見て愕然としました

    先日、CSで放送して録画したのを見て、愕然としました。
    昔、横浜の映画館シネマ・ジャックで見た時には、そうは感じなかったのですが、この映画の志村喬は、自己中なんてものではない、ひどい親父です。
    これは、名作とされてきましたが、今や時代の変化に耐えられない作品だと思いました。
    夏川静江の「42だから、もうおばあちゃんよ」には、美保純はなんと答えるのでしょうか。

    それに1950年で、2リーグになっているのに、1リーグ制らしいのは変だと思う。シナリオ創作時と映画の公開時点の差かもしれませんが。
    私のブログ「さすらい日乗」の4月7日に書きましたので、見てください。

  • 2015/04/23 (Thu) 22:36

    さすらい日乗さん
    志村喬が演じているのは、昔ながらの横暴でガンコな昭和オヤジですね。確かに酷いかもしれないけど、家庭を顧みない仕事だけのオヤジが女房に死なれて…という話だと分かって見たせいもあり、ワタシは別に気になりませんでした。むしろ、志村喬ではややマイルドじゃないかと思ったぐらいで。尤も、ワタシがこの映画を見たのは三船敏郎目当てなので、志村喬は付け足しだったので気にならなかっただけかもですが。
    この映画、名作と言われてるんですか?せいぜい佳作という感じだな、と思ってましたが。
    この時代は40代でもう壮年みたいな感じだったんでしょうね。今は昔の感覚よりも10〜15歳ぐらい世代感覚が若くなってますから、今とは比較できませんよね。

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