「乾いた花」

~松竹ヌーヴェルバーグのニヒリズム~
1964年 松竹 篠田正浩監督



随分昔にTVの深夜枠で放映されたのを観たきりだったのだけど、ふと思いだして観賞。
モノクロの映像と演出、編集がスタイリッシュで、小悪魔盛りの加賀まり子と、ニヒルな中年ヤクザを演じる池部良のコンビネーションが映画的な魅惑に満ちている。一応、盆ござの上の賭博がハイライトなのでそういうシーンもふんだんに出てくるのだが、東映映画のそれとは異なり、丁とか半とかやってても妙にクールで浮世離れしている。映画全体のムードは限りなくフレンチ・ノワールに近い。原作はオレサマ都知事・石原慎太郎の作家時代の短編小説。なお、篠田作品にはかならず出演しているという印象の岩下志麻は、結婚前だからか、ふさわしい役が無かったからか、本作品には出ていない。



篠田正浩も当り外れの激しい監督だと思うのだが、本作は彼の代表作の1本でもあるだけに、シャープでスタイリッシュでアンニュイ。全編に漂うニヒルな空気がえもいわれない。

かつては対立していたものの、互いに生き残るために手を結ぼうとする2つの組織の親分に、それぞれ東野英治郎と宮口精二を配し、賭場を仕切る若い代貸しに髪の毛がたっぷりある若い杉浦直樹が登場するなど、キャスティング的な面白みもある。東野と宮口の演じる親分二人のシーンもニヤニヤしてしまう。小柄で痩せた二人だが、妙な凄みを醸し出すのが役者の腕。レストランの個室で会食しながらズルズルと音を立ててスープを啜る東野親分に宮口親分が「おい、マナーが違うぜ」とたしなめるシーンなど観ていて顔がニヤニヤしっぱなし。


毛が多~い杉浦直樹 でもヘアスタイルは同じ




仲良しこよしの親分二人

第3勢力の関西組織がクリフサイドに手を出してきた、と親分たちが眉をひそめる。クリフサイドというのは横浜・山手にある有名なナイトクラブ(現在はレストラン)。ちょろりとセリフに出てくるだけでも60年代の空気が滲み出す。本作の横浜ロケではシルクセンターが映っている。様々な映画の中で見る60年代の横浜というのは、なんとなく今よりもずっと魅力的に見える。シルクホテルのロビーで煙草をふかす池部良は、いやがうえにも絵になっている。



出所してきたヤクザ村木(池部良)のモノローグで始まる本作。池部良は爽やか二枚目のイメージが強いが、実は影のあるニヒルな男も得意で似合う。その手の彼の主演作を最初に観たのは渋谷実監督の「現代人」だったが、これについては昨今亡くなった井上ひさしも、「あの二枚目の池部良が死んだサカナのような目をして云々」と語っている通り、ちょっと異色な作品だった。だが、ニヒル系の池部作品ではワタシは「現代人」よりも断然、この「乾いた花」が良いと思う。この時、46歳だが、常に実年齢より10歳以上は若く見える池部良は30代後半ぐらいな印象。小顔で右肩をやや落としたなで肩の細身の立ち姿に妙な凄みを湛え、襟脚を刈り上げた髪に、黒いサングラスが似合っている。登場した刹那から虚無的なムードを湛え、目使いや、独特の動作のタメなどに村木というヤクザの持ち味が出ている。憂鬱そうに座っていながら、立ち回りになると映画的な型でないケンカの動きがシャープでサマになっている。伊達に長年俳優をやってはいないのだ。




サングラスをかけたニヒルな池部良 手塚キャラの「ロック」に似ている

そして、なんといっても加賀まり子。現実なのか幻なのかさだかでない存在感はこの時期の加賀まり子ならではだろう。小悪魔というよりも、この作品では妖精系である。まり子演じる冴子はオープンカーを乗りまわし、鉄火場に出入りする正体不明な若い女である。出所した村木は組のシマうちの鉄火場で、やたらに度胸よく勝っても負けても大張りをするこの娘に惹きつけられる。冴子の素性は結局謎のままなのだが、若くして、生きる事に退屈して火花のようなスリルを求めている、「一見お嬢さん風でいながら、わけありなバックボーンを抱えていそうな女」または「100%のお嬢さんでいながら、魂がそこに収まりきれない女」というのはオレサマ都知事が好んで描く女性像でもある。(「狂った果実」で北原三枝が演じたエリは前者のキャラだ)


「もう朝なんか来なくてもいいわ。私、こんな悪い夜が好きよ」

レートの高い博打場で儲けた冴子が横に村木を乗せて、深夜の首都高を飛ばすシーンがある。この映画が作られたのは1964年。東京オリンピックの年である。首都高も作られ始めて間も無い頃。まして深夜となれば貸し切り状態だったろう。




貸し切りの首都高を飛ばす

池部演じる村木は、宮口精二演じる親分の配下なのだが、宮口親分は相棒の東野親分ともども安逸な日常生活をむさぼる事しか念頭になくなり、覇気を失っている。そんな親分の要請で第3勢力の組織の幹部を殺ることになる村木。そんな「つまらない事」でまたも刑務所行きを覚悟する村木だが、当日、偶然現れた冴子に、自分の殺しの現場を見に来い、と誘う。そして、今は「賑やかな心持ち」だと言い、「本当に自分に繋がっている」と言う。生きる事に倦みながら、そしてまっとうな生き方が出来ない自分を嫌悪しながら、人殺しや高額レートの博打場でしか生きていることの昂揚感を味わえない村木。常に命ギリギリのスリルを求める冴子に自分の殺しの現場を見せることは、村木の冴子への究極の愛情表現なのだ。



クライマックスの暗殺現場までの長い道行き、そして現場の店の造り、らせん階段を音もなくのぼる村木の長い影など、実にいいフィーリング。店に入ったところから流れる「Remember me」という歌声など、いかにも狙っているが何故かあざとく感じない。(他にBGMとしては最初の方で村木がボーリング場でヒットマンをかわすシーンに流れている「オー・ソレ・ミヨ」も効いている)

クタっとしていて凄みのある池部良の村木には独特の味があり、この作品を観た東映のプロデューサー・俊藤浩滋が東映任侠映画への出演を熱心に要請した、というのは有名な話。そこでポスターの名前も写真も小さくすることを条件に池部は出演を承諾し、それがあの「お伴さしてもらいます」の昭和残侠伝シリーズ(風間重吉役)としてお目見えするのだが、ワタシはこの東映で健さんものに付き合った風間役よりも、やはり、乾いてニヒルな松竹ヌーヴェルヴァーグにおけるヤクザ村木としての池部良の方が好ましく感じる。モノクロのスタイリッシュな画面の中で、池部良の物憂いニヒリズムが陰翳深く刻まれている。



ちなみに最後の最後にちらっと登場してすぐに池部良に刺されるのは山茶花究。
また、中国との混血の不気味な殺し屋・葉を演じる藤木孝の不気味な存在感もなかなか。
今回再見して予想もしないところでチラっと若い竹脇無我が出てきたのに驚いた。



村木にとって冴子とは何だったのだろうか。二人は同じ「乾き」を共有する同志的な存在。村木にとって冴子が特別な存在である証左として、二人に肉体関係は生じないのである。ただヤクザを生業としている村木よりも、冴子の方が存在の根本で根深く退屈し、乾いており、そのためにより激しい刺激とスリルを求めて、易々と村木よりも際どい「果て」に近づいてしまいやすい性質を持っている。それゆえ冴子にとって村木はいっとき関わった男にとどまるのだが、村木にとって冴子は、生涯捉えることのできない永遠の女となるのである。
冴子の素性が最後まで明らかにならないのも効果的に作用している。村木にとってそんな事がどうでもいいように、観客にとっても、そんな事はもはやどうでもいいのである。

コメント

  • 2010/04/18 (Sun) 23:18

    ふむふむ、kikiさん、これも面白そうな作品ですね。
    出てる俳優の名前を聞いただけで、とても興味をひかれます。
    池部作品は「サラリーマン忠臣蔵」「早春」しか観たことないのですが、本作はまたガラリと違った役柄のようで、ニヒルな池部さんもかなりしっくりきてそうな感じですね。万能選手だったのですね。
    いわゆる「二枚目」ではないかもしれないけど、かっこいい、とkikiさんが言われるのも分かる気がします。

    今日たまたま本屋で高峰秀子の写真集の類を立ち読みしてましたら、池部さんが寄稿していて、デコさんのことを「年下の大先輩」と書いてました。
    撮影所でデコを見かけたときに、以前に一度会っただけではあったけど、気軽に気さくに声をかけれる可愛い女優さん、くらいに思って「よう、デコちゃん!」みたく声をかけたそうです。そしたら、デコが「あんた新人だろ、気安く呼ぶんじゃないよ、10年早いよ!」と言われたとか。ひぃ~。
    デコさんて、ほんとガラッパチなんですねえ。ジェントルマン池部氏、かなりビックリだったことでしょうね。
    わたしはデコ好きではないけども、自伝なんかを読んでると、彼女の人生模様にはかなり興味をひかれます。あっけらかんとしていて湿っぽくないのがいいな。
    デコさんも池部さんも名エッセイストですね。

    思うに、池部作品てあまりレンタルショップになさそうな感じです。本作、ぜひ観たいと思いますが、あるかなあ~。

  • 2010/04/19 (Mon) 07:23

    これは面白いというか、雰囲気のある作品ですね。池部 良は造作的に言うと佐田啓二や敏ちゃんみたいな男前じゃなくて、なんかモニャっとして、いつも多少むくんでいるような感じなのだけど、ある程度の年齢になっても「重鎮」にならない存在の軽やかさが身上かな。この人は顔より姿がいいんですよ。大正生まれとしてはかなり今風の体のバランスだと思います。共演の加賀まり子もこの作品が中年になってからの「泥の河」と並んで彼女のベストかな、と。「乾いた花」は日本映画関係が充実しているビデオ屋にはあると思いますよ。DVDも出てるしね。ツタヤなら在庫検索ができるから調べてみては?
    池部 良もジェントルマンというよりは江戸っ子的気質の人みたいですが、ガラッパチのズベ公・デコの迫力には吹っ飛ばされてしまいますね。(そんなデコがおとなしく尽くしている松山善三って大した男かも) 池部氏は原 節子がはしご段を上っている時に下から大きなお尻をからかうような事を言って、節ちゃんのキックを胸に喰らって吹っ飛んだ事もあるそうです。いろいろやらかしてる(というかやられて)ます。
    そういえば、デコの写真集にも「妻の心」の敏ちゃんは良かった、と書いてあったでしょう。そして「無法松」は敏ちゃんも頑張ってたけどやはりバンツマだ、とも書いてますね。自分ではあの未亡人の役は好きな役のようだけど、「あなたも頑張ってたけど、あれはやっぱり園井恵子さんが決定版よ」とデコさんに言いたい気もちょっとしますわ。(笑)

  • 2010/10/14 (Thu) 23:30

    kikiさん、万年青年・池部良、逝ってしまいましたねぇ。
    軽く百歳までは~、と思ってたのに。

    この「乾いた花」の記事を読んで以来、これ以上にないニヒルな池部良を是非見てみたい、とずっと気にはなってたんですけど、残念ながらなかなか機会がなくて。CSで追悼記念特集とかあったら、放映してくれないものかと思います。

    篠田正浩が13日の読売の朝刊に寄せていた追悼文からですが、池部良をこの主役に選んだ時は周囲から猛反対にあったそうで、というのは、その頃彼は初めての舞台演劇でセリフに詰まって舞台で立ち往生、降板させられた大変なさ中だった、というわけです。
    出演のオファーに「僕をヒヤカシにきたのかね」。それに対し篠田は「池部良の容姿の美しさはどんな巧みな俳優でも作れない。「青い山脈」「暗夜行路」「雪国」「破戒」などの名作の監督らは、他の追随を許さない映画俳優としての類い稀な資質に惚れたのだ」と応じたのだそうですよ。
    kikiさんは知ってましたこの話? そういう俳優としての苦悩があったなんて、ちょっと驚きでした。いろいろあっての飄々ぶりだったんですかねぇ。まあ、戦時中に大変な体験をしてるのは知ってましたけど。
    それから、今ニューヨーク映画祭で篠田正浩特集をやっていて、トップに「乾いた花」が上映されたそうです。マーチン・スコセッシは以前から「乾いた花」に心酔している、とも書かれてました。

    もし既に読まれていたなら、ごめんなさい。
    なんだか淋しくなっちゃいましたね。

  • 2010/10/15 (Fri) 22:57

    ジョディさん。 遂に逝ってしまいましたねぇ。
    年齢に不足はないようなものだけれども、池部良ほど老いや死というものが似合わない人もそうそう居ないでしょうね。80を越えてからはさすがにお爺さんぽくなっていたけれども…。
    その篠田正浩の追悼文は読んでいませんが、「乾いた花」の殺し屋を池部良に振るというのは、当時はかなり奇想天外なキャスティングで、難航したであろう事は想像できます。でも、ちょうどその頃、舞台でそんな失態を演じた失意の時期だったという事は知りませんでした。池部良は生粋の映画俳優ですからね。舞台の人じゃないものね。板付きの芝居でそらぞらしく「おぉ、あれを見よ!」なんて声を張り上げるタイプの役者じゃないんだもの。舞台という事でかなりナーヴァスになってもいたんでしょうね。
    篠田正浩も最後の頃は随分冴えなくなったけれど、「乾いた花」の頃は冴えた監督でした。追悼特集ではどうも「青い山脈」あたりがチョバーンと出てきそうな予感がしますが、そんなのばかりでなしに、「乾いた花」あたりを放映してくれると良いですね。あれはなかなかどこのツタヤにも置いてある、という作品じゃないので、この機会に沢山の人が観賞できるといいのですが…。ワタシは追悼特集があるなら、ぜひ「暗夜行路」をお願いしたいですわ。彼の時任謙作を、あのデコが褒めたらしいですからねぇ。あのデコが。
    池部良は「褒められた」と嬉しそうにエッセイに書いてます。デコは共演した全ての俳優にとって印象の強烈な辛口の「師匠」だったみたいですねぇ。ともあれ、ワタシも出来ればデジタルリマスターのキレイな映像で、「乾いた花」を再見したいものだと思っています。

  • 2015/04/22 (Wed) 16:09
    最初に、手本引きを見た映画でした

    これは公開は松竹ですが、製作はにんじんクラブで、大船ではなく柿の木坂にあった教配スタジオで撮影されました。できると「あまりに反社会的」とのことで、勲章を貰いたかった城戸四郎が反対して1年間お蔵入りされました。
    石原慎太郎以下の篠田の友人が日生劇場で有料試写会をやった。
    その途中で、新聞記者が一人、また一人と出て行く。
    篠田は作品がまずかったのかなと心配した。
    ところが、その日、小津安二郎が60歳で死んだのです。
    公開すると、同時封切りの安藤昇映画の効果もあり、大ヒットになったのです。
    この映画のタイトルで、我々は初めて、手本引きを見せられました。もちろん、誰も知らないので、本物の博打打が来て指導したそうです。

  • 2015/04/23 (Thu) 22:48

    さすらい日乗さん
    これ、1年お蔵入りだったんですか。知りませんでした。有料試写会の当日に小津が亡くなったんですね。それも初耳です。
    ともあれ、篠田正浩にとっても、池部良にとっても、この映画が大ヒットして良かったですよね。今見ても、ちっとも古さを感じない、魅力的な映画です。
    手本引き。ワタシが映画の中で最初に見たのは、TV放映された東映任侠映画のどれか(多分、藤純子の主演もの)でだったと思います。あの東映の任侠映画と、この映画は、同じ博打シーンがあってもフィーリングが全く異なりますね。

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