着やせのダンディズム 「007カジノロワイヤル」



「見よ、この男ぶり。どこがuglyなのか、とくと説明してみてほしいもの」

別に男は「筋肉」と思っているわけではないが、無論、無いよりはあった方がいい。
ダニエル・クレイグは、本当に散々な誹謗中傷を受けながらも、自分のスタンスを守って見事にそれに背負い投げを食らわせてみせた。何しろ「ボンドじゃない」、「ジェームズ・ブロンド」あたりまではともかくも、極めつけは「Daniel Craig is ugly」とまで言われたのだ。
uglyですよ。なんたる失敬。なんたる罵詈雑言。事実無根の悪口雑言である。
uglyだなんて、ねぇ。
時折、光線の加減で「微妙」になってしまう時があるだけだ。

まあ、こういう有象無象を黙らせるためにも、タフな撮影に耐えて可能な限りのアクションを自ら行うためにも、屈強な筋肉で身も心も鎧う必要があったわけだろう。
ワタシ個人としては、ちょーっと筋肉つけ過ぎじゃないのかな、これは、と思わないでもないのだけど、「ボンド役」を担うことによる、あらゆるプレッシャーに耐えて跳ね返すにはあのぐらいの厚みが必要だったという事なのだろう。

でも、よくもここまでハードに締まった外見を作ったな、と思う。
なんせ、あの最初の製作発表会見。(あれが些かまずかったんだと思う。今見ると却って新鮮な感じもするが、とにかくあまりにもフツーって感じ過ぎたのだろう)髪は長めだし、地味なスーツに勤め人みたいな赤いネクタイで、ほんとそこいらの会社でウロウロしてる事務系のおとなしいサラリーマンみたいな印象だった。そこそこハンサムではあるけれど、何よりもひ弱そうに見えたのがまずかったのだろう。後ろからどつかれたらヘタヘタと転びそうな雰囲気であった。



ともあれ、さまざまな紆余曲折は経たが、結果はごらんの通りである。
めでたい。ご同慶の至り。ダニエルも会見時の頼りない羊から孤高の豹へと変貌を遂げた。トレーラーを初めて観たその日から、ワタシもすっかりダニエルさんの虜である。
そしてどこでも言われているのが、あのものすごい筋肉をどこへ隠してしまうのかと思われる服(ことにタキシード)を着た時の着やせっぷりである。

この衣装で表現された成長するボンド君については、パンフレットにも語られているが、読まなくても観客にもちゃんとそれがわかる。
登場した当初はマッチョで凶暴で強引な「ウル・ボンド」。アロハにチノパンの姿で、服の上からもその屈強な筋肉がうかがわれる。
次の「オーシャン・クラブ」あたりから、少しだけスマートになってくる。ここで着ている半袖の白いシャツは涼しそうだ。任務のために人妻も口説くが、功名心にはやっている為、情報をゲットするや空港へと猛ダッシュ。人妻は置いてきぼり。据え膳を食わないボンドも新機軸だ。(この時の、床の上のラブシーンでのダニエルボンドのさめた目つきにご注目。あくまでも「仕事」でやっているが出来れば省エネで済ませてぇなという顔だ)
そして、ついに列車のシーンにスーツ姿で登場。
(メニューが配られるまでの短い間、一人で窓の外にふっと目をやったりしている横顔が、とってもナイス。個人的なツボである)
ここで、初対面のヴェスパーに「スーツも似合わないことはないけど、イヤイヤ着ているわね?」と喝破される。確かにスーツよりはTシャツの方が板についている気配ではある。ポロシャツもワイルドでいい。ワタシは殊にヨットの上で着ているグレーのTシャツ姿が好きだ。Tシャツというのに、下の筋肉をあまり感じさせない。すーっとスマートなのだ。

そしてそして、ついに真打のタキシード登場となる。
このタキシードにまつわるヴェスパーとのやり取りも微笑ましい。
もちろんブリオーニの仕立ておろしだから、ラインも綺麗に出るように服も作られているのだろうが、とにかくモリモリと膨れ上がったりせず、スーっとスマートなシルエットで、堂々の伊達男っぷりを披露してくれた。
これにてボンドのダンディズムは完成形を一応迎えるわけだけど、人間ボンド君としてはまだまだ血気にはやっている。大負けするや、ナイフをひっつかんでル・シッフルを刺しにいこうとするなど、まだまだな「途上」っぷりも描かれる。それがこの映画の面白いところでもある。



余談だが、ワタシの父は、コネリーボンド世代である。子供の頃、テレビでコネリーボンドの映画を見ながら、「ほら、あんな胸毛ばりばりのごっつい体なのに、スーツ着るとすーっと痩せて見えるだろ?これが日本人と違うとこなんだよ」と解説してくれたのを覚えている。
今回、ダニエルが着用しているのも中身のカラダが貧相だととても着られたものじゃないタイプのタキシード。肩幅と胸板がないと、とても着こなせない服なのだ。だけど、着ている時にはその下のもの凄い筋肉をほとんど感じさせない。(ほとんど感じさせないが、微かに感じるところがミソ)これを伊達と言わずして、何を伊達というべきか。そして何度も血まみれになりつつも、このタキシードだけはけして汚れないのは何故なのか。

そうそう。光線の加減でダニエルの顔が微妙になってしまうのは、眉毛が逆光で消えてなくなる、または薄くなるからというのが主な理由だと私は思っている。
そこで、ワタシなりにちょっと遊んでみた。
微妙に、印象が変るように思えるけど、いかがでしょうか?



別に何もしなくたって、ダニエルはダニエルだからいいようなものなんだけど、
ついつい、ね。
余計な世話を焼きたくなってしまうのも、惚れた弱みでございます。

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