「マイ・ブラザー」 (BROTHERS)

~兄よ!~
2009年 米 ジム・シェリダン監督



今、ジェイキー・ファンは忙しい。筋肉王子にばかりうつつを抜かしていられないから。
というわけで、この程封切られたジェイキー出演作の第2弾「マイ・ブラザー」をみゆき座にて観賞。

冒頭、寂しい田舎町の景色や、家族持ちのまっとうな兄と刑務所帰りの弟、という設定など、なにがなし「インディアン・ランナー」を思い出した。トビーはいかにも細くて小さいが、温厚で妻と子供をこよなく愛するよき家庭人という雰囲気はバッチリと出ている。久々に基地から家に戻ったサム(トビー・マグワイア)だが、その足ですぐに迎えに行くのはその日仮出所してくる弟のトミー(ジェイク・ギレンホール)。ジェイキーは筋肉王子のために鍛えた体がそのままという感じで、ムショ帰りのはぐれ者のごつさを体現するにはもってこいでもあった様子。だが、正直ジェイキーではみだし者の荒くれた弟、という雰囲気は出るかなぁ、と思っていたのだが、ごつい体と不精髭というルックスの上に、どうやらサム・シェパード演じる父との確執が無軌道の原因らしいと早々に分るので、そういう、やむにやまれず家にいたたまれずに犯罪(銀行強盗らしい)を犯して、というラインなら、ジェイキーでアリだなと思った。とりあえずあちこちにちょろっとTatooも入れてあった。



兄の家で仮出所祝いの食卓を囲む家族だが、一生懸命我慢しているトミーに対してこれでもかと嫌味を言い、露骨に嫌悪感をぶつける父。しつこい。いかんねぇ、おとっつぁん。そういう態度は。ずっと堪えていたが遂にテーブルを叩いて怒りを表す弟。なだめる兄。兄は忠実に期待に応え、弟はレールを逸脱した。今はそうは見えないが、刑務所に入る前は相当に荒れ狂っていたのだろう。それはどうやら、生母が早くに亡くなった上に、父の無理解な態度がそうさせたのだな、と察しがつくが、何故父がそこまで兄と弟を区別し、差別するのかについては少し説明が足りない気がした。
期待に応えない事が重なって~そんな事だけで~

何はともあれ、不出来な弟が出所してきたかと思うと、入れ替わるように“英雄”の兄はアフガンへと出征していく。



兄のサムには元チアリーダーの妻グレース(ナタリー・ポートマン)と幼い二人の娘がいる。妹がかわいく、姉がちょっとブサ子で内向的で複雑、というのは「男が女を愛する時」のメグ・ライアン演じるアル中主婦の娘たちを何となく思い出す。下の娘は無邪気でカワイイが、姉を演じる子役の少女が大層もなく上手だった。繊細な感受性が表情や佇まいから伝わってくる演技派で、事実、この子(テイラー・ギア)の演じどころはなかなか多かったと思う。



戦地へ赴いたと思ったら間もなく届くサムの訃報。
海兵隊からの使者が訃報を伝えに来た時、その姿を見ただけで夫の戦死を知って涙が溢れ出すポートマンは、なかなかリアルな感触だった。葬式の日、喪服を着たくないとゴネる娘たち。喪服など着たくない、そして誰よりも泣きたいのは自分なのだが、グレースはそっと娘たちを抱きしめる。そして、嫌われ者だった弟トミーは、使い勝手の悪い兄の家の台所をリフォームし、娘たちと遊んでやり、兄を失った家族のために精一杯自分に出来る事をする。ここらへんはもうジェイキーですので、素のままでもOKという感じ。マギー姉ちゃんの子と遊んでいる時はきっとこんなんでしょうねぇと思いつつ微笑ましく眺めた。



アイススケートに行く途中、無邪気にはしゃぐ妹を見ながら姉娘が言う。
「みんなイジー(妹)をかわいがるのよ。あの子は可愛いから」
その一言で、トミーは姪の屈託を察する。もっとも身近なきょうだいと較べられる辛さ。
それは、散々自分が通ってきた道なのだ。トミーはマギー(姪)の肩を抱いて言う。
「もっと自分を好きにならなくちゃいけないよ」
この時、一挙に救われたような表情になる姉娘マギー。表情の変化がうまい。

かくして、死んだ兄になり代わるように兄の家族に溶け込んでいくトミーだが、戦死は誤報で兄は生きていた事が分かる。かくして幽鬼のように窶れ果て、痩せさらばえた兄サムが家族の元に戻ってくるが…。

確かに鬼気迫る演技といえば言えるのだが、やはり兄の役はトビーのような小柄で貧弱なタイプよりも、「インディアン・ランナー」のデヴィッド・モースのように大柄で、包容力があり、温厚なタイプ(だから戦地で地獄を見て変容してしまう落差が強烈になる)のほうが良かったのではあるまいか、と思えた。海兵隊の大尉というには、やはりトビーは小さくて線が細すぎるすぎる気がしたし、これはトビーのせいというより演出や脚本のせいかもしれないが、戻って来てからの兄が内面の葛藤に苦しんで別人のようになっている様子が何か観ていて物足りない。もっともっと家族が唖然とするような落差がないと衝撃に繋がらない。トビーの別人度はソフト過ぎる感じがした。掘り下げ不足、描写不足といえばアフガンでの地獄の体験シーンについてもそうなのだが、身を苛み、精神を苛むおそろしい痛苦や不安と緊張、いたたまれない程の焦燥感や絶望感などがあまり観ていて迫ってこないのである。これは演出の問題かもしれないし、ワタシの感じ方かもしれないけれど、通り一遍な印象だった。う~ん。いまひとつ足りない。



「兄の死」というファクターをきっかけに、互いに惹かれだす兄嫁と弟の間は、ある程度描かれていたと思うのだが、それでも描きこみが足りない感は否めず、3人の関係性やそれぞれの想いについて、もっとえぐり込んで描かないと表面をなぞっただけに終わってしまう。戻ってきた兄が弟と妻の間を疑って執拗に問いただすシーンなども、やや迫力不足、異常性不足、粘着力不足の感が否めなかった。

ただ物語として、国の思惑でしなくてもいい戦争に行かされた結果、通常のドンパチとは別なところで戦場の地獄を潜り抜けて戻ってくる兵士という設定は、昨今の意義の曖昧な、大義名分のもはやでっちあげようもない局地戦で、ただ意味もなく消耗させられるだけの兵士の悲哀とその家族の悲哀を雄弁に語ってはいる。たとえ五体満足で帰っても、精神が病んでしまったら元のままのその人ではなくなってしまうのである。そのトラウマが癒える日は来るのか。どうせ生きて帰れるなら、元のまま返して欲しかった。
国はどうやってそんな兵士とその家族に償いをするのか。
そもそも、償いなどできるのか…。



ところどころに非常に良いシーンがあったにも関わらず、肝心なところで掘り下げや突っ込みが甘く、いまひとつな印象が残ってしまった作品。
いい俳優を使ってるのに、ちょっと勿体ない気がした。
消化不良気味な幕切れに中途半端な気分で劇場を出ながら、これはオリジンのスザンネ・ビアの「ある愛の風景」(2004年/デンマーク)を是非観てみなければ、と思った。

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