「孤高のメス」 

~そして、受け継がれていくもの~
2010年 東映 成島出監督



今年に入ってから新作の日本映画を劇場で見たのは「今度は愛妻家」以来2本目。日本映画好きのワタシとしては低調だが、とにかくどれもこれもサッパリ食指が動きませんで…。当初、これもあまり関心はなかったのだけど、ふと観てみようかしらという気になったので、観てみることにした。経験的に、そういう思いつきは大事にした方がいいと分かっているので。
原作は自らも医師である大鐘稔彦の同名小説。現実の医療現場を知り、自らもその道を行く者として、こういう医師があらまほしい、という願いが籠もっているのだろうか。でも、こういう(主人公のような)人、いますかね。1万人に1人ぐらいはいるのかな…。

孤高のメス・当麻鉄彦(堤真一)。彼は金にも名誉にも関心がなく、ひたすらに地域医療のおさむい現実をささやかにでも変えていくべく、海外で修行してきた腕を、田舎の陽の当らない市民病院で揮う外科医である。まさに医者とはこうあらまほしき存在だが、気負ってもいないし、妙な悟りを開いてもいない自然体。そういう雰囲気が堤真一でよく出ている。医師としては熱いのだけど、存在感は風通しがいい。これをもし織田裕二なんかが演じていたら、暑苦しくて観ているだけで呼吸困難になり、「もっと酸素を!」と言いたくなったに違いない。



冒頭、火葬場から映画はスタート。海の傍の寂しいお骨焼き場。亡くなったのは現役の看護師・浪子。彼女を送るのは一人息子(成宮寛貴)と隣人の村井(余貴美子)のみ。勤務する病院内で倒れたのに救急車で搬送され、たらいまわしになった挙句に亡くなった浪子。息子は母の遺品を整理していて、1冊の日記帳をみつける。その表紙には「1989年」と書かれてあった…。

というわけで、物語の時代設定は1989年。なぜその時代かといえば、日本において脳死者からの臓器移植が法的に認められていなかった時代がメインのお話だからである。1997年に臓器移植法が制定され、脳死者からの臓器提供が可能になったが、それまで日本では非合法だったので、高い医療費を工面して海外で手術を受けたり、国内で生体肝移殖を行って失敗したりなどという事が、幾度かニュースにもなっていたのを覚えている。

看護師・浪子(夏川結衣)はシングルマザー。5歳の息子を育てつつ、海辺の市民病院で働いているが、仕事に嫌気がさし、ストレスフルな暗い毎日を送っている。近所の大学病院から来ている、プライドばかり高く、マインドの低い外科部長の判断ミスや執刀ミスで、今日も助かる筈の患者がより深刻な状況になり、よそに廻されていくハメになる。仕事にモチベーションを持てない浪子は根深く疲労していた。そんな折、スーツケースひとつをゴロゴロと押しながら、アメリカ帰りの医者がすすけた海辺の市民病院にやってくる。彼は的確な診断と正確な手術で、来るなり誤診でたらいまわしにされようとしていた患者を鮮やかに救い、腐りかけていた浪子のマインドをも救う。



フテ腐って、手術道具を手荒く扱い、何もかも投げやりになっていた浪子や、まともな手術もした事のなかった若い医師たちの前で、淡々と大手術をやってのける当麻。彼の仕事ぶりを見るうちに浪子が仕事へのモチベーションを取り戻して行く様子がよく分る。どんな現場でもそうだが、上に立つ人間の能力やマインド次第で、現場の空気は天国にもなれば地獄にもなる。人の上に立つ人間にはそれなりの資質がないと、みんなが不幸になってしまうわけである。

当麻先生が手術室で、オペをしながら聴くのは都はるみ。オペをしながら音楽を聴く、という外科医はけっこういるような…。何かのドキュメンタリーで、ある外科医の特集をしていた時にも、そんな話がちらっと出て来たような気がするし、例の手塚治虫の「ブラック・ジャック」にも、国民が音楽や絵画、映画、演劇、文学などの趣味嗜好を楽しむ事を禁止する国家(いわゆるリベリオン的世界ですわね)の名外科医チン・キ先生が、官憲の手の及ばない手術室の中でだけ手術中に大音量で音楽(確かビートルズだったかしら)を聴く、というエピソードが出てくる。好きな音楽を聴いていると、集中できて指先もよく動く、という人もきっといるのだろう。それにしても都はるみねぇ。映画の中でもスタッフが都はるみの歌に異を唱えるシーンが出てくるが、あのうなりすぎのコブシのせいで余計な力が入ってしまやしないのかしらん、と確かに思う。島倉千代子じゃダメなのかしら。ちあきなおみではどうかしら。

夏川結衣はきりりとした看護師らしい雰囲気もあり、一人で子供を育てている女、という幸薄い感じも似合っている。若い頃はすっきりとしていたが、年をとってからは顔も幾分むくみ気味になり、首に刻まれたちょうちんジワもあいまって、どことなくクタビレた雰囲気が漂うが、それがこの役にはよく合っていた。(化け猫とかやらせるとハマりそうな感じもする)

彼女の隣人の幼稚園の先生を演じる余貴美子も、いつも通りの雰囲気だが、余貴美子らしい役柄で好演だった。福祉精神に富む彼女の息子を演じていた男の子も素人っぽいけれど、素朴な良さが出ていた。だが、そんな自慢の一人息子は彼女の目の前でトラックに轢かれ、脳挫傷を起こして病院に運ばれ、脳死と診断される。



一方、こんなしけた漁業の町の市民病院にバリバリの医者・当麻を招聘したのは、品は無いが熱血は人一倍の市長(柄本明)。国民ソウセイとかで各市町村にバラまかれた、あの1億円の予算を使って市民病院の拡充に努める!とぶち上げた直後に倒れて病院に運ばれる。末期の肝硬変。命を救うには移殖しかないが、家族の肝臓が使えず、生体肝移植しか認められていない日本で脳死患者からの移殖を行う事は違法行為になってしまう。そんな時、一人息子が脳死状態になった村井(余)から、息子の肝臓を提供したいという申し出がなされる。これを受けた当麻は職を賭して確率50%の移殖手術を行うことにするが…。

というわけで、手塩にかけて育てた息子が交通事故で脳死状態になり、その「体温のある死」を受け入れられない村井(余貴美子)の前に息子の幻が現れ、母に無言のメッセージを送る。この息子のメッセージを受け取った村井が泣きじゃくりながらうん、うん、と頷くシーンが妙に印象に残った。息子の顔が淡々とした表情だったのも良かった。親子の間をメッセージが伝わったのが、観客にも伝わった。

また、子持ち看護師浪子と医師当麻の間に、なんら男女としてのウジャウジャした感情はなく、互いに仕事を通じて相手をリスペクトしている関係であるのも良い。しかし、浪子にとって当麻は使命感とモチベーションを取り戻させてくれた生涯の恩人でもあったろう。が、この二人はその後会う事もなく歳月が流れた。だが、浪子の体は死んでも、意志は息子に引き継がれて生きている。星を継ぐもの…。生命にしろ、意志にしろ、人から人へ受け継がれていくもの、形を変えて生き続けるものの存在を確かに感じた作品だった。



が、その反面、冒頭で看護師浪子はたらいまわしにされて死んでおり、法律で脳死移殖が認められても、医療現場にはまだまだ未解決な問題が山積しているという事も示唆している。当麻のような医師もいれば、野本(生瀬)のような医師もいる。どこの病院で、どんな医師に診察を受けるかによって激しく明暗が分れる時代でもある。健康でもいつ何時、何があるか分らない。いざという時にとんでもないところに運ばれて泣きっ面に蜂な事にならないように、日頃から医療機関についてある程度サーベイをして見当をつけておくべきだなと思った。黄色いドナー提供カードも確か持っていたはずだけど、どこへやったかしらん。ちゃんと財布の中にでも入れておかなくちゃである。

それにしても、平田満(院長役)を久しぶりに観たなぁ。松重豊が当麻の友人役で登場。隆大介が物凄くちょろっとだけ刑事役で出て来て、あまりにちょろっとだけで演じ甲斐もない役なので、何か気の毒になった。

コメント

  • 2010/06/18 (Fri) 00:11

    kikiさん、これも観たい一本。
    一番上のスチール、あまりに「白い巨塔」の田宮二郎に似てるんで
    、最初見たときは堤真一と思えなかったんです。
    まだ詳しくは記事は読めないけど、ヒューマンなドラマで好評のよう。夏川結衣も良さそうですね。
    う~ん、迷うわ(笑)

  • 2010/06/18 (Fri) 00:27

    これ、あまり観る気無かったのに突如その気になって観てきたんですが、重いテーマを扱っているけれど淡々としてて良かったです。タッチが押し付けがましくないのが良いですね。手術シーンがふんだんに出てくるけれど、あまりうぅ~という感じでもありません。(ワタシだけかな)お薦めです。
    シネコンに観に行かれるなら、ついでに終了しないうちに筋肉王子もお薦めしときますわ。楽しく面白く、観終ったあと、スカっとしますわよん♪

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する