「狂った果実」

~夏と海と殺意~
1956年 日活 中平康監督



オレサマ都知事・石原慎太郎原作の映画化で、言わずと知れた太陽族映画の代表作。オレサマ都知事の出世作「太陽の季節」の映画化は長門裕之の主演で、これで太陽族とか言われてもねぇ…という感じらしいが(まぁちょっと資質的にムリがあるわね)、これは本家本元、原作者の弟で太陽族の空気をスクリーンにそのまま持ち込んだ石原裕次郎のヤンチャクレでハツラツとした姿と、なんといっても日本の誇るクール・ビューティ北原三枝の魅力を存分に堪能するための映画である。そしてフランスのヌーヴェルヴァーグにも影響を与えたというスタイリッシュな中平康の演出。この作品には、他の同時代の日本映画に共通な、貧しくゴチャゴチャした日本古来の土着的な風景や雰囲気が全くない。戦後僅かに11年。まだまだ戦争の影を引き摺っている筈の時代に、湘南の有産階級のこの脳天気はどうしたことか。
ワタシ的には、石原裕次郎だけだったら、まぁ、確かに脚は長いけど台詞はど素人だし、顔もアレだしね…というぐらいなものだっただろうけれど、ヒロインの恵梨を演じているのが北原三枝であることが本作が気に入っている理由の第一。彼女の存在がこの映画の魅惑を格段に増している。


ヤンチャクレ小僧そのままの石原裕次郎 確かに脚は長い

別荘族が集う夏の葉山。富裕な実業家の息子である滝島夏久(裕次郎)と春次(津川雅彦)の兄弟も夏休みを別荘で遊び暮している。太陽族で不良の兄・夏久に対して、弟・春次はピュアな美少年…という設定なのだが、この弟役はこれがデビューの津川雅彦。美少年ねぇ…とドっと引いて眺めてしまうのはワタシだけだろうか。時代劇ならともかくも太陽族映画で津川雅彦~裕次郎や北原三枝の日本人離れのした長い体を引き立てるだけのような日本人的矮躯に、若い頃から変わらない鷲鼻。他にいなかったかしらねぇ美少年。…う~む。



自分は大層もない男前だと思っているらしい津川雅彦。兄の長門裕之とはよくも悪くも確かに全然似ていないと思っていたのだが、兄弟というものは高齢になってくると、若い頃は印象が違う顔でも、一族の特徴のようなものが顕著に出て来て結局同じ顔になるらしく、昨今は長門・津川の兄弟は兄弟以外の何ものでもない程によく似ていると思う。二人揃ってオジサンの加東大介にそっくりになってきている。血の不思議という事をふと思ったりする。


美少年か~

この弟に言いたい放題に言われながらも夏久が笑ってそれを許しているのは、弟のピュアな魂と美貌の稀有さを認めているからでもあろう。そして、厳しい家のお嬢さんを装う洋妾の恵梨が年下の春次に感じるのは、自分もかつては持っていた、失われてしまったものへの郷愁である。だから春次は重要な役なのだが、う~む、津川雅彦ねぇ…。

美少年は難しいが美青年なら登場する。この頃の日活映画に裕次郎の脇でよく登場していた岡田真澄である。日本人とアメリカ女性との混血でフランクと呼ばれる夏久の友達役。モテモテだがいつも寂しそうな気配を宿すフランク。彼の生母が故国に帰ったのは戦争ゆえ。この作品での戦争の影は、フランクの存在に唯一窺われるのみである。ファンファン岡田真澄は存在感は軽いがヨーロッパ臭の漂う美貌で、ほっそりした美青年が大好きなビスコンティに「山猫」への出演をオファーされたが断ったというエピソードを持つ。結局ドロンが演じたタンクレディ役。出てれば良かったのか、出てなくて良かったのかは誰にも分らない。



本作に登場するのは、有産階級の不良大学生ばかりである。誰も生活のために必死だったりはしない。食うに困らないので若さとエネルギーを持て余してやたらに退屈している。1980年代の映画だったら陳腐かもしれないが、1956年には衝撃的だったと思われる。僅か11年前まで、空襲に怯え、みんなもんぺや国民服で「欲しがりません、勝つまでは」なんてやってたというのに…。生きる事に退屈できるのは、食うに困らない人間の特権である。石原慎太郎が風俗作家として世間に投げつけたのは「退屈する若者」という概念だ。それは、それまでの日本には存在しない概念だった。「乾いた花」の冴子(加賀まり子)も、この退屈した有産階級の女である。それは怒れる若者でもなければ、反抗する若者でもない。退屈して、生きる事に飽いた若者である。


退屈する若者

本作では夏久たち退屈しきった学生が横浜のナイトクラブ「ブルースカイ」に車で乗りつけるシーンがある。多分、外観は当時のブルースカイをそのまま撮ったのだろう。もしかすると内部もロケかもしれない。こういう昭和30年代的な景観を眺める事も、昔の映画を見る楽しみの1つだ。


この頃の横浜で夜遊びがしてみたかった…

そして北原三枝。何といっても彼女あってこその「狂った果実」である。アッサリした少年のような顔にハツラツと長い手足。クールな佇まいだが挑戦的な眼差しや不敵な口元に鋭いエロティシズムがあり、熱っぽいものが陽炎のように立っている。こういうタイプのクール・ビューティもそれまでの日本にはないニュータイプだったと思うし、その後このラインを踏襲した女優もいない気がする。彼女のビジュアルからすると少しあとの「俺は待ってるぜ」の方が魅力的なのだが、映画としては断然「狂った果実」の方が良い。


クールでホットな北原三枝

若干二十歳で海千山千の年増女のような感慨を抱き、弟春次には郷愁を、兄夏久にはもっと実際的な肉欲を抱いて、兄弟を翻弄する女・恵梨。春次とパーティを抜け出した恵梨が葉山の誰もこない月夜の浜辺で抱き合うシーンがある。このシーンで津川雅彦をリードする北原三枝の腕、指の動きの手なれた感じはさすがの一言。また、その手は無遠慮な兄の夏久を激しくひっぱたきもする。裕次郎は日活に入る前から北原三枝のファンだったらしいから、二人の共演や結婚は予定調和といえるかもしれない。恵梨に夢中になっている夏久はそのまま、北原三枝に夢中になっている裕次郎なのだろう。



ボーイッシュであっさりした顔と、すらりとした長身の長い手足で、折々どことなく成熟した色気を閃かす、そのアンビバレンツな個性が北原三枝の魅力である。余談だがこの作品の彼女の衣装は売り出し時期の森英恵が担当している。北原は水着からサマードレス、パーティドレスと、とっかえひっかえでナイスボディを引き立てる衣装で現れる。



ワタシは子供の頃から昔の映画がやたらに好きで、TVの邦画枠で生まれる前の映画などをあれこれと見ていて、北原三枝もまずスクリーンの姿を先に観たので、石原裕次郎が倒れた時の記者会見か何かで、結婚と同時に女優を引退してずっと引っ込んでいた北原三枝が公の前に姿を現したのを初めて見て、椅子から落ちそうになった事を思い出す。化粧気のない地味な顔に、長い髪を三つ編みで両脇に垂らした彼女は、かつて銀幕を彩った日活黄金期のスター女優とは思えない風貌で、譬えると、山の中から出てきたネイティヴ・アメリカンのおばさん、という感じだった。闘病する夫に付き添っている最中なんだから、髪振り乱しているのは当たり前だとしても、意識して構ってないと元女優でもこういう事になるんだねぇ、という歳月無残系の感慨を抱いた事は事実である。その変貌は、彼女がONとOFFとをはっきりと切り変える人であるという事の現れかもしれない。


月夜の葉山の美しいショット

有夫の身で体は兄に、魂は弟に惹かれて、いつかはそんな関係も清算しなければと思いつつも、兄弟の情熱に引っ張られる恵梨。そんな関係がいつまでも続くわけはない。無論、夏の洋上で骨肉のカタストロフはやってくる。
朝焼けの海を疾走するモーターボート。
夏の海と若者の殺意はいつだって取りあわせがいい。



中平康は全編リズミカルにテンポよく進めつつ、ドライなタッチで退屈する若者と夏の湘南の海の官能を描き出し、単なる風俗映画、青春映画にとどまらないエポックな作品を作り上げた。彼の他の作品では「月曜日のユカ」なども印象的だが、やはりそのスタイルと鮮烈さではこれが一番だろう。
…それにしても石原裕次郎って歯並びがグチャグチャなのね。

コメント

  • 2010/06/27 (Sun) 23:25

    kikiさん、久々の邦画レビュー、楽しく拝見しました!
    めっきり邦画好き(昔の)となったわたしですけど、石原裕次郎はまるでまるで範疇外でした。「西部警察」世代なので、当時もういいおじさんの裕次郎、若い頃の写真を見てもちぃともハンサムとも思われず、絶大な人気があったということがまるでピンとこなくて
    「裕次郎人気」は七不思議のひとつでした(笑)。ですのでkikiさんが裕次郎作品を取り上げたことがビックリで。裕次郎作品というのは本人のアイドル的人気に便乗して作られた、裕次郎ファンの為のものだとずっと思っていましたが、kikiさん評を読むとなかなかどうして見捨てておけない、雰囲気のある作品なのかも、と考えを新たにしました。ぜひ見てみたいと思います! 以前、「太陽の季節」を読みましたが(ジャニーズの滝沢秀明主演のドラマで興味を持って)、この主人公って結構なワルだけど魅力的で、ドラマや映画にするならば翳りのあるイケメン俳優が演じるのがぴったりな感じがしますが、映画はなんと長門裕之だったとは!!!ある意味見たいとも思わせるけど、う~ん、なんだかなあという感じですね(笑)。それこそ椅子からずっこけそう。
    津川兄弟と加東大介はいとこ同士なのですね。知らなかった。
    「歳月無残系」の表現に大いにプププっと笑わせていただきました。わたしもうっすらと当時の裕次郎夫人の素の姿を思い出しました。本作を見たらきっとわたしも「あ~、歳月無残系・・・」と感じるかもしれませんね(笑)。
    裕次郎のことを正直好きになれないのは、敏ちゃん・裕次郎主演の「黒部の太陽」をDVD化するのを石原プロが許可しない、ということがあります。これとっても見たい作品のひとつでして、何年か前に黒部ダムを訪れたことがありますが、あの巨大ダムを完成させるのにどえらい苦労があったということを聞きました。その映画化に際して、敏ちゃんと裕次郎が共演するにあたり、当時の五社協定などでこれまた様々な苦労があったとかで。敏ちゃんもこの作品にはえらく力が入っていたそうですね。作品として良い出来なのかどうかも分からないけど、見ないことには始まらないので、どうして石原プロが拒み続けているのか理解に苦しみます。裕次郎本人の指図なのかどうか知りませんが、こういうこともあって、なんとなく抵抗があるわたくしではありますが、kikiさんレビューで興味を持ったので(単純ですね~)いずれ「狂った果実」観賞したいと思っています。ね、一度出来上がった作品というのはもう製作者云々の手を離れてもうパブリックなものだと思うんですよね。それをどういう権利、思惑があって再上映、観賞の機会を奪うのか、もやもやとして許せない思いです(怒)!小市民は怒っているのです。プンプンと。

  • 2010/06/28 (Mon) 07:12

    ミナリコさん。おまちどおさま。久々の邦画です。本作を取り上げたのは裕次郎作品ということではなく、本文でも書いている通り北原三枝が出ているからです。ワタシも「太陽にほえろ」世代なので膨れた中年になってからの石原裕次郎から知ったわけですが、何がいいんだろう?と思ってました。いまだに何が良いのかは分らないし、別に好きな俳優でもありません。ただ脚は長いなと思うけれどね(笑)裕次郎の出演作の大半はミナリコさんのイメージ通りのものだと思いますが、これと「幕末太陽伝」(主演はフランキー堺)だけは見る価値のある映画だろうと思います。他は見なくてもいいんじゃないかな。プログラム・ピクチャーが殆どですしね。

    北原三枝は、うちの母によると、当時M型女優と呼ばれたそうです。MというのはMANの事でボーイッシュだという意味らしいですわ。ただボーイッシュなだけではなく、シンプルな顔立ちやすらりとした体型は目に涼しく、そういうベースの上にきゅっとした鮮烈な色気があるというのが全盛期の彼女の良さでしょうね。今見てもなかなかカッコイイなと思いますよ。でも、引退して人前に出なくなり、ヤンチャ亭主のお守ばかりして年を取ると、あんなアンデスのインディオかネイティヴ・アメリカンみたいな感じになっちゃうのだねぇ…と思いましたね。あまりにいつでも、どんな時にも自意識過剰に女優でございます、と一筋の髪の乱れもなくバッチリと化粧して出てくるようなのもどうかと思うけれども、顔や身なりにかまわな過ぎるのも元スター女優としてはいかがなものか、とも思いましたわ。程よきルックスでいて欲しいもんですね。

    で、加東大介は長門・津川兄弟のいとこじゃなくおじさんに当るんですよ。彼らは加東大介や沢村貞子の甥という事ですね。芸能一家です。

    そして「黒部の太陽」は当時まだ厳然として効力を発揮していた五社協定に阻まれて、東宝所属の敏ちゃんが会社に止められて映画に出演できなくなりそうになったりして、制作の裏側ではかなりゴタゴタした作品らしいです。敏ちゃんが出られないと企画そのものがぽしゃる為、石原プロを率いる裕次郎としてはかなりの苦境に立たされたみたいです。それを自分が脇から助太刀をして敏ちゃんが出演できるようにした、みたいな事をオレサマ都知事が得々と「弟」に書いてますので、図書館でその部分だけ読まれてみては?敏ちゃんについて臆病だの気が小さいのと言いたい放題を書いているので、気分を害する可能性大ですが…(笑)

  • 2010/06/28 (Mon) 22:48

    kikiさん、オレサマ都知事の「弟」、以前ちらっと立ち読みしたことがあります。そう、kikiさんのご想像通り、とっても憤慨しましたよ!敏ちゃんは気が小さいのではなく、周りの関係各社の人たちの立場をおもんぱかり、様々に気をまわし、身を粉にして奔走していたのだと敏ちゃんファンとしては信じています!その真面目さゆえにいい加減な物言いもできず板挟まれていたのだと。
    脱線して恐縮ですが、立て続けに若尾文子作品を観賞しました。「女は二度生まれる」「鴈の寺」。正直わたしにはちと難しいキライがありましたが、前者は結構好きでした。あのラストはどういうことなんだろう・・と色々考えますが、感覚としてはなんとなく希望というか前向きな姿勢を感じました。あそこで二度目の誕生をしたということなのかな??後者はさらに難しく、あの少年僧の存在はなんぞや??鴈は何の象徴??とか難度高しです。
    でもやっぱり若尾文子って好きだな~。色っぽくて男性陣を悩ますけど、役柄によって天真爛漫というか、裏表のないキャラの可愛さが憎めない感じです。しもぶくれ気味のお顔もとっても可愛いなあと。

  • 2010/06/29 (Tue) 07:09

    ミナリコさん。やはり既に「弟」は読まれてましたのね?(そこだけ?(笑))ワタシは他の部分は割に面白く読んだんですが、あの「黒部の太陽」に関するくだりで一挙に不愉快になりましたねぇ。敏ちゃんも当初は出演をOKしておきながら東宝に牽制されたら前言を撤回したりしたので、なんだかんだ言われてもしょうがないってところもありますけど、もう亡くなっている人に対してあの書き方は思いやりがないですわね。だからダメなのよ、オレサマ都知事は(笑)

    で、若尾文子は上手いし、色気があっていいですよね。体はちょっと短いけどね(短さ加減とか顔のサイズとか佐久間良子あたりと体型が似てそう)。計算高い悪女も、モンローみたいな気の良い女も両方できるし。大映時代の60年代に代表作は集中してますが、デコと競演した「華岡青洲の妻」あたりも面白いですよ。嫁と姑でしんねりバチバチと火花を散らしてます。あとは「刺青」や「卍」、「瘋癲老人日記」などの谷崎系も一応ね。

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