「野良犬」

~敏ちゃんの青二才刑事~
1949年 東宝 黒澤 明監督



これも、デビュー間も無いうら若い敏ちゃんを観賞できる作品なのだが、何せ敏ちゃんの役は直情径行の熱血刑事で、ちょうど「太陽にほえろ!」の融通の効かない新人デカみたいで何かと言えば突っ走っていて単純で暑苦しい上に、映画としてもやや冗長なので、黒澤×三船コンビ作中、さほど好きな作品というわけでもないのだけど、この程、日本映画専門チャンネルで放映されたので捕獲、久々に観賞してみた。終戦後4年目の日本(東京)の風景がなんともいえない。真夏のうだるような湿度の高い暑さが全編に漂っている。スリ係のベテラン刑事でちらっと登場する河村黎吉がいい味を出している。また、敏ちゃんの上司・中島警部を演じる清水元が厳しいようだが若者を愛情をもって鍛えようと見守る部長をいい感じで演じている。志村のおっちゃんについては言う間でもない。いつもと雰囲気を変えた木村功の、あの凶悪な顔。そして、やっぱり若い敏ちゃんは暑苦しい役でも綺麗であった。


中島警部に諭される村上(敏ちゃん)

物語は徹夜明けで疲れ切った村上刑事(三船敏郎)が、射撃訓練の帰路、満員のバスの中でポケットのコルトをスラれてしまうところから始まる。7発の実弾が装填されたままのコルトを探し出そうと躍起になる村上だが、やがて彼の銃を使った強盗事件が起きてしまい、村上はますますデスパレートになるが…。

というわけで、銃をスラれた村上が最初に頼って行くスリ係のベテラン刑事石川を演じる河村黎吉がとてもいい。リアルにこんな雰囲気の、こなれたベテラン刑事っていそうな気がする。銃をスッた箱師(車内専門のスリ)のお銀に話を聞くため、二人がポンポン船で隅田川を渡り、向島のあたりのどじょう屋に行くシーンがある。渡し船に時代を感じる。どじょう屋の細い縄のれんごしに見える涼しい敏ちゃんの白い背広姿。のらりくらりと話をかわすお銀に「こりゃダメだろう」という表情の石川。しかし熱血村上は「何とかします!」と言って走り出す。呆れながらも出口の2つある建物に気をつけろ、とアドバイスする石川。若者の熱血に苦笑するベテランの飄々とした味わいがいい。村上の熱血追跡に根負けしたお銀がヒントを与えたあと、ドカンの上に寝転がって星空を眺めてキレイだねぇ、と感嘆する。
「わたしゃ、お星さまなんていいものがあるのを、ここ20年ばかり忘れていたよ」
…わたしゃ、こんなシーンがあったのをすっぽりと忘れていたよ。


スリの目星をつけるベテラン石川(河村黎吉)と村上

ポンポン船で川を渡って下町へ

お銀を追って下町を歩きまわる村上 向こうに見えているのは清洲橋

とにかく、この頃の日本はまだGHQの支配下である。食糧も配給制で、米穀通帳というものを一人一人が持っていて、それが身分証明書の代わりにもなった時代だった。本作中でも、米穀通帳が金銭代わりに闇の銃売買の代償として通用している。それを持って行けば米を貰えるので金銭代わりになったわけだ。この米穀通帳というのがいつまで存在したのかハッキリとは知らないが、1960年代の植木さんの無責任シリーズの中で米穀通帳を身分証明書として銀行の預金通帳を作るシーンがあるので、60年代までは存在したものとみえる。


野球場にて

敏ちゃんは夏のスーツに白いハンチング、白い靴というイデタチで、引き締まった面差し。とにかく熱血若手デカなのでキャラは暑苦しいのだが、姿はキリっとして涼しい男前っぷりである。が、盗まれた銃は闇に流れて盛り場で取引されると聞き、復員兵姿で上野界隈を歩きまわるシーンでは、中国戦線から復員してきた数年前の敏ちゃんは、まさにそんな姿だったのだろうなぁと思わせる。こけた頬に無精ひげを生やし、目だけが異様にギラついている。そしてただあてもなく闇市を彷徨うのだ。



このシーンに映る日本は人も風景も東南アジアのようだ。日本はとても貧しく、人々は生きる事に必死だったという事が分かる。ただ、この闇の銃売りに声をかけられようと復員兵姿で盛り場をうろつくシーンは異様に長く、少しくどい。背後に流れるジャズアレンジされた当時の流行歌は時代色を表していて雰囲気は出ているのだが、とにかく長すぎる。余計な思い入れが入っている感じ。黒澤もまた熱血で青臭かったのだろう。

ピストル屋のヒモという役で千石規子が、またこれでもかのヤサグレ演技を見せる。志村のおっちゃんに貰った1本の煙草に目の色を変え、浅ましいまでに吸いつける様子が鬼気迫っている。完全にジャンキー状態。こういう役をやらせたら千石規子以上に上手い女優はいないだろう。



本庁の熱血デカ村上は、所轄のベテラン刑事佐藤(志村喬)と組んで捜査を続けるうち、遊佐(木村功)という復員あがりの男にたどり着く。やっとの思いで日本に戻ってきて、汽車の中でリュックを盗まれた事から投げやりになってしまったという遊佐。復員兵で、内地に戻ってリュックを盗まれたというところまでは敏ちゃん演じる熱血村上も全く同様だ。追う側と追われる側は同根異種というわけである。遊佐が身を寄せていた姉の婚家のあばら家っぷり。姉の亭主を演じるのは東野英治郎。苛々とかなづちを使い、義弟をいけ好かない様子がよく分る。「何かと言えば、世の中が悪い、戦争が悪い。日本の不幸を一人で背負ったような顔しやがって」と義弟をこきおろす。お説ごもっとも。

姉の家を出て村上の銃で強盗殺人事件を起こし、ヤケになった遊佐が人生の全てを賭けているのは幼馴染のキャバレーの踊り子ハルミ。演じるのはまだ垢抜けない小娘時代の淡路恵子である。顔がまだ淡路恵子になっていない、ウルの状態。彼女を含むキャバレーのレビューのシーンも、いかにも戦後間もないという感じのシャビーさが漂い、踊り子たちの衣装も、その体格も貧弱、お粗末という感じで、この頃はまだまだ日本も貧困・貧弱時代なのだなぁとつくづく実感する。



捜査ばかりのシーンに一服いれる意図か、ベテラン佐藤刑事(志村)が、家に熱血村上(三船)を連れて行くシーンがある。佐藤刑事はかなりのオッサンなのに四人の子供はみんな幼い。君はアプレゲールだが遊佐はアキレケエルだ、などとつまらない洒落を言う佐藤。オヤジギャグのくだらなさというのは今も昔も変らない。が、こういうベテランの人情デカと直情径行の若手のコンビ、その個人的交流などというものを描いたのはこの映画が最初だろうと思う。今観るとありきたりな構図過ぎてなんとも思わないが、当時はこういう刑事物そのものが、とても珍しく新しかったのだろうなぁと思うのだ。


距離の縮まるベテランと若手

銃による事件が起きるたびに、「僕のコルトでしょうか!」と目の色を変える村上を、ウンザリしながらなだめる佐藤。村上の熱血ぶりや悲憤慷慨、ハムレットかよ、と言いたくなるような深刻な煩悶の様子には、ワタクシちょっと引き気味。いつもまっこうみじんで些か鬱陶しい。まぁ、若い敏ちゃんがこういうストレートな青年を演じるのも、若いうちだけしかできない役なので良かったのかもしれないけれど…。



ラストの郊外住宅地の傍の未開発の草地での汗まみれのチェイス。駅や線路脇を離れて静かな郊外住宅地の傍に走りこむ二人。夏の草地の草いきれ。追いつ追われつのシーンにのどかに被る近所のピアノ音。また何か狙ってるな、黒澤。
眉を薄くしてヤケクソで凶悪な人相を作った遊佐役の木村功。戦地という地獄を潜り抜けて日本に戻った後で、生き方が分れてしまった二人の復員兵、遊佐と村上。手錠をかけられた遊佐の草むらでの絶望の慟哭に被って、近くを通りかかった子供たちが歌う童謡が流れる。



また、あざとい狙いをしかけているなぁ、黒澤。ワタシは黒澤のこういう方向性での「狙ってま?す」的な演出にはけっこう引いてしまう方で、だから全体の暑苦しさもあいまって「野良犬」はあまり好きではない作品の方に入るのだけど、やはり若い敏ちゃんや、あちこちにワンポイントで登場する達者で多彩な脇役たちの演技、そして戦後4年目の東京の風景などは興味深い。野球場でのロケシーンで、巨人戦に満員の観衆が湧くスタンドが映る。今日を生きるのに精一杯でも、人は娯楽を求めてささやかな楽しみに集うんだな、と戦後まもない日本と日本人の姿を興味深く眺めた。

コメント

  • 2010/07/11 (Sun) 16:33

    kikiさん。「青二才熱血ハムレット刑事」言い当てていてちょっと笑えますね。こんな悩める敏ちゃん、まあ他では見れないですよね。それだけに希少価値大ですね。
    わたしは復員兵姿でうろつくシーン、とても好きなんですよ。眼光鋭くギラギラした獣の目で汗臭そうな敏ちゃん。無条件に敏ちゃん崇拝者なものですから、客観的視線を持ち合わせておりません(笑)。15分くらいありますかね、このシーン。「長い(長すぎる)!」っていう意見が多いようですね。わたしは一向に退屈しないのですがね(笑)。
    淡路恵子って、kikiさんが言うようにこの頃まだ顔が出来上がってなくて、最初全く分からず、わたしも当時知識もなかったものですから、「恵子」という名前だけで、「七人の侍」の津島恵子と同一人だと思ってました(恥)。「なんだか似てないけど昔の人だしね」なんて訳の分らぬ理屈で無理やり同一人だと納得してました。アホですね~。「七人」の津島恵子は可愛いとか思わないけど、小津作品ではとっても可愛くて(「お茶漬けの味」)、淡路恵子と間違えてスミマセン、と思いました(笑)。
    川村黎吉とのやりとりのシーンもいいですよね。いい具合に力の抜けた老練デカ。対する青二才敏ちゃん。「何とかします!」「なんとかねえ」。三等重役シリーズにも出演してたってことでしたよね。他の作品での俳優ぶりも見てみたいなと思わせる人ですね。
    それと「遊佐の弾だ」の係長もいいですね。こんな上司の元で働きたい!
    木村功との最後の対決シーンも好きですね。腕を撃たれた敏ちゃんの指先からポタポタと血が滴るのを見て、敏ちゃんの指って綺麗、と思いました。二人とも泥まみれになって本気で揉み合って、鬼気迫る敏ちゃんの表情、そして遊佐の慟哭に声もかけれずに茫然とする敏ちゃん。敏ちゃんだけでなく、木村功もよかったなあと。同情しちゃいます。
    大変につまらないことなんですけど、清水将夫の奥さんが殺されて、庭に植わったトマトを潰して号泣するシーンで、清水将夫の靴下がシマシマ模様なんです。スーツ着てるのに。あれれ、と思っていつもそこに目がいってしまい、シリアスなシーンなのに「靴下しましまなんだよね~。」と思いだしてしまい、責任を感じて思いつめた敏ちゃんの表情を見ても「しましま」に気を取られてどうもすんなり見れない「野良犬」です(笑)。いえ、大好きなんですけどね。基本的に親父ギャグは好きなんで、志村デカの「アキレケエル」もかなりツボですよ。ふふふ。あ、それとゲイっぽい千秋実も必見ですね!

  • 2010/07/12 (Mon) 00:28

    敏ちゃんのハムレット状態といえば、「静かなる決闘」あたりもそんな感じだったかもですね。一度しか観てないのであまり思い出せないけれど。テーマ的にもハムレット系な気配ですわね。で、ワタシも復員兵姿でうろつくシーンは嫌いじゃないですが、いかんせんちっと冗長ですね。もうちょっと頃合のところで切らないと折角のシーンがダレる感じがしちゃってねぇ。やっぱり長いでしょう。あの半分でいいわよ。ただ、あの復員姿でギラギラしながら歩くところは中国から引き揚げてきてすぐの敏ちゃん本人を思わせますね。きっとあの感じそのままで、この先どうやって生きていこうかと考えつつギラギラしながら歩いてたんでしょうね。ワタシは敏ちゃんが出てれば無条件にOKというわけではなく、好きな俳優でも映画やキャラによって、どうしても好きになれない作品もあるんですのよね。敏ちゃんに限らずどの贔屓俳優でもそうですが。また、大体において黒澤作品も無条件にOKってわけじゃなくて好きなものはとても好きですが、臭みが鼻についてどうにも好きになれない作品も割りにあるんですのよ。
    津島恵子は、わりに平凡な丸顔で、どこがいいのかなぁという感じも無きにしもあらずですが、昭和20年代には絶大なアイドル的人気があったそうで、田中絹代に始まる平凡顔の可憐系アイドル女優の系譜ですかね。その人気絶頂期の作品が彼女の「お父様!」のひと声で有名な「帰郷」ですね。津島恵子は日本人が根本的に好きなタイプで、これが断続的に時代ごとに連綿と来て松田聖子(アイドル時代)に至るって感じがしてますのね。対する淡路恵子はとにかく日本一煙草のサマになる女、という印象があったので、この垢抜けない小娘時代の顔などはけっこうなインパクトでしたわ。あららら~という感じで。河村黎吉の「三等重役」も一度観たんですけどね。ちょっとのんべんだらりとした映画という印象だったかな。ほのぼのしたサラリーマン喜劇ですね。またそのうち放映されると思いますよ。そういえば日本映画専門チャンネルも少し番組編成が変って新しめの映画が増えちゃいましたね。この5月ぐらいまでは古い映画の方が多かった気がするのだけど…。ちょっと再編成を考えてほしいところですわね。
    さて。最後の二人の元復員兵同志の対決。あそこは木村功の見せ場ですから、ここぞといい芝居してますよね。あのシークェンスでの、撃たれた手で敏ちゃんの手が綺麗って思われましたのね。ワタシは用心棒で長持ちから這い出して壁を伝う時に映る敏ちゃんの手を観て、あぁ綺麗な手だわ、と思いました。自分では無骨な労働者の手だ、と言っていたそうですが、とんでもない。敏ちゃんは男子の手としては理想的な、綺麗な手をしてると思います。敏ちゃんは自分の美点についてあまりちゃんと把握してない人だったような気がしますね。そこがまた良いのだけど…。
    清水将夫の靴下がシマシマなんですの?それは気付かなかったかも。そうそう、千秋実、文士系長髪でキャバレーのマネージャーか何かで出てきますね。この人、のらくらした役が専門職って感じがありますわ(笑)

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