「赤線地帯」

~女性専科・溝口健二の遺作~
1956年 大映 溝口健二監督



これもやはり随分昔に民放の邦画枠かNHKで最初に観たのだろうと思う。一般的にミゾケンの代表作といえば「西鶴一代女」か「雨月物語」という事になるのだろうけど、ワタシ的にはミゾケンといえば「赤線地帯」または「祇園囃子」である。奇しくも双方に木暮実千代若尾文子が出ているのは偶然か必然か。若尾文子のみならず、京マチ子木暮実千代三益愛子…みなそれぞれに泥沼の中で人生の悩みや問題を抱えた女を達者に演じていて、そのアンサンブルも見事。彼女たちのストラッグルをつき離したタッチでドライに描く溝口演出。 86分、息もつかせぬ人間模様が展開する溝口健二の遺作。
売春禁止法施工前夜の吉原。遊郭「夢の里」で働く、それぞれに事情を抱えた女たち。京マチ子若尾文子木暮実千代三益愛子…。女郎屋の主人(進藤英太郎)は、国会で議論されている売春禁止法のゆくえに一喜一憂している。そそけたようなその女房(沢村貞子)はそんな亭主の機嫌を取りつつ、女どもの尻を叩く。ししゃものような顔の沢村貞子。こういう女将役はうってつけ。


遊郭の“お父さん”進藤英太郎 と“お母さん”沢村貞子

吉原といっても昭和30年代初頭ともなればてんめんたる情緒はなく、キッチュな外装の建物が安いネオンをギラギラと光らせている。「夢の里」の女たちもNo.1の稼ぎ頭でしまり屋のやすみ(若尾文子)や、稼ぐのも稼ぐが浪費家で借金だらけのミッキー(京マチ子)から、年中お茶っぴきのゆめ子(三益愛子)まで様々だ。みな、住込みの娼婦だが、所帯持ちの通いの娼婦ハナエもいる。ハナエを演じるのは艶ぼくろの熟女・木暮実千代だが、本作では黒ブチのメガネをかけ、所帯やつれのした通いの娼婦を演じている。でも、声にはやっぱり艶があるし、どこかおっとりした味わいがあり、生活に疲れた地味な娼婦を演じていても光っているのはさすがに木暮実千代。歩きながら腰を叩いたり、座ると両膝の間がかなり開いてしまう様子など、ハナエの心身ともの根深い疲れがさりげなく表現されている。ハナエが所帯持ちで幼い乳飲み子を抱えつつも遊郭などに身を落としているのは、役所勤めをクビになった亭主があまつさえ結核になって働けないからだが、この生活力のない亭主は女房の稼ぎに頼っていながら、娼婦などをする女を内心では軽蔑し、女房を遊郭まで迎えにきた帰りに入った支那ソバ屋で早々に自分の分を平らげ、妻の食べ残した分まで臆面もなく平らげる。そんなに食べられるなら何かして働いて女房を助けんか!たわけ!
なまじ所帯を持って、こんな生活力のないダメ男に掴まったら最悪である。


ダメ亭主と乳飲み子を養うハナエ(木暮実千代

この蛇蝎のごとき亭主が自殺を企てたのを押し止めて、ハナエは宣言する。
「私は死なないわよ。死ぬもんか。
生きてこの目で見てやるのよ。
淫売に堕ちてもやっていけない女がこの次は何になるか、
生きてこの目で見届けてやるのよ!」

このハナエの宣言は、「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラのセリフ
「神様。私は誓います。
盗みをしても、殺しても、二度と再び飢えません」
に通じる迫力がある。たとえどんな状況にあろうと、生きる事から逃げないと決めた女の迫力である。このシーンの、怒りに満ちた木暮実千代は圧巻の一言。


戦前に満鉄職員と結婚して息子を産みながら夫に死なれ、引き揚げてからこのかた、田舎に預けた息子を育てるために娼婦になったゆめ子(三益愛子)は、年齢的にもうこの稼業も限界だし、売春禁止法が決まったら「夢の里」を出て工員になった息子と住もうと夢見ていたが、母の稼業を知った一人息子はその存在を全否定し、縁切りを宣言する。戦前の満洲での日々が生涯の幸福だったゆめ子は、折々その頃に流行った歌を十八番にして口ずさむが、息子に捨てられて発狂したゆめ子がこの歌を突如歌い出すシーンは、狙った感がアリアリながらも、そくそくとしたものの哀れが漂う。


身を売って育てた息子に捨てられるゆめ子(三益愛子

♪わたしゃ16 満洲娘 春よ三月雪解けに 
 インジュホワが咲いたなら お嫁に行きます隣村
 ワンさん待っててちょうだいね

最初にこの映画を観た時から、何故かこの歌が凄いインパクトで耳に残り、「赤線地帯」というと、ワタシは女優たちの演技とともに、三益愛子が一本調子で歌うこの歌を思い出すのである。

大阪から流れてきたアプレのミッキーを演じるのはダイナマイトボディの京マチ子。なんかもう、プリプリのパチパチという感じ。菅原謙二演じる女衒に「アプレのプレプレでさぁ」と紹介される。悪ぶっているが、母親をさんざん泣かせた父親の女遊びがその人生が捻じ曲がった原因だったりするのが案外かわいいところでもある。その父親が「夢の里」に彼女を迎えに来るが、それをはねつけるミッキーの啖呵及び行動は、その威勢の良さとは裏腹に、深く傷ついて膝を抱えたままの少女がいまだにミッキーの中に住んでいる事を窺わせる。


「うち、ビーナスや」 アプレのプレプレ京マチ子

かくして、みんな男の身勝手や、薄情さや、無能さによって傷つけられ、人生の渦に捲かれて底辺を流されるだけの女たちの中で、一人痛快に異彩を放っているのが若尾文子演じるやすみだ。が、彼女とても疑獄事件に巻き込まれた父親の保釈金のために苦界に身を沈めた女である。「僅か20万の金のために、私の人生はめちゃくちゃよ!貧乏なんか大嫌い!」と吐き捨てるやすみの中に渦巻いているのも、やはり人生への復讐心と怒りなのだろう。彼女は計算高く、男どもを手玉に取りながら着々と貯金を増やし、仲間に小銭を用立てる小金貸しのような事もしている。甘い男からは徹底的に絞り上げ、絞り上げた金を茶筒の中にしまっている。アップに結い上げた髪に、耳から長いイヤリングを垂らしているのが水商売然とした佇まい。


ちゃっかり屋の計算マコちゃん やすみ

やすみはドライで計算高い。綺麗は綺麗だが、どことなく品がない感じも若尾文子が(あるいは溝口健二が)計算して出しているのだろう。娼婦をしている時には仲間うちにはニコリともしないやすみだが、彼女のせいで夜逃げしたふとん屋の身代を乗っ取って娼婦の足を洗い、遊郭相手のふとん屋を開業してからは誰にもまんべんなく愛想を振りまく様子がこれまた計算高い。足を洗ったら地味なひっつめ髪で、もちろんイヤリングなどはなし。プチ成功者のやすみだが、あれこれと男の恨みを買っているので、先行きは剣呑な気配もする。1回ぐらいは刺されそうだ。やすみのその時々の状況により、自在な表情や態度の変化を見せる若尾文子は腕の見せどころ。彼女を見ているだけでも飽きない。


借金を返し、足を洗ってふとん屋稼業を始めるやすみ

溝口の目線は、どの女にも親身には寄り添わない。少し離れたところから客観的に淡々と眺めてはらわたをえぐり出す。変に感傷的に描くよりも、女たちの悲哀や怒り、底辺に喘ぎながらもめげないバイタリティがずっと鮮烈に伝わってくる。一方、溝口作品に登場する男は、どれもみな情けない、しょうもない男ばかりだが、これは溝口の生い立ちに起因しているとも言われている。家や家族を助けるために身を犠牲にする女がよく登場するのは、妾奉公で家計を助けた溝口の姉の存在が投影されているとも言われている。本作に登場する男たちの中で、唯一バイタリティがあって生彩を放っていたのは「夢の里」の主人(進藤英太郎)である。彼は、自分たちの稼業が必要悪であることをよく知っている。男にとっては必要不可欠でもあろうし、こういう商売がなければ生きていけない女たちもいる。国が行き届かないところを、俺たちがカバーしているんだ、いわば慈善事業だよ、と胸を張る主人。論理は飛躍気味だが、どこやら頷けない事もないではない。必要悪はなくならない。キレイゴトの法律で禁じても、結局は形を変えて残ってしまうだけなのだ。太古の昔からある、一番古い商売。どうしたって根絶することはできないのだ。



溝口演出はワンカットの長廻しで、粘って粘ってのダメ出し道場。リハーサルの繰り返しで朝から1カットも撮らずに終わってしまうという事も多かったそうだが、「違います」「気持ちが反射してません」「もう一度やってください」などと、ずーっと言われ続けながら、どこをどうしたらいいのかハッキリとは分からず、溝口もハッキリと指示はせず(どうしたらいいか考えるのは役者の仕事です。ボクは監督だからそんな事はわかりません。あなたは役者でしょう?役者の仕事をして下さい)、手探りでOKが出るまで何回も同じシーンの演技を続ける役者も大変だったろうと思う。この作品などは86分と短いし、テンポもいいし、役者の演技もみな生き生きして上手いが、まむしのように粘られてダメだしをされつつも、よくもこんなテンポが出るものだと今更に感心する。溝口映画は、究極のところまで役者を追い込んでエッセンスを絞りだす監督の粘りと見極め、そしてその粘りに応える役者のポテンシャルなくしては成り立たない世界だ。



この頃の各映画会社は團伊玖磨や黛敏郎など当時の新進気鋭の音楽家をこぞって使っていた。東宝作品の團伊玖磨はきちんと作品に合った曲を作って作品世界を盛り上げていたが、黛敏郎はやたらにアヴァンギャルドで音楽だけが悪く浮いてしまうという事が多かったような…。これもそのサンプルのような音楽がついているが、変な音楽が却って脳裏にしみついて映画とともに印象に残っているという妙な効能もあったりする。

色々な逸話を読むにつけ、毀誉褒貶の激しい人物であった溝口健二は手放しで好きとも言えない監督ではあるのだが、こういう小品のような作品にも紙背に徹する人間観察が貫かれていて、やはりさすがだなと思わざるをえない。もうちょっと寿命があったら、まだまだどんな作品を撮ったか分らないのだが、白血病により50代で亡くなった。溝口を師と仰いでいた新藤兼人が病床の溝口を京都の病院に見舞った際、その死期の近いのを感じて、病院を出たあと近くの街路樹に身をもたせ、「溝口健二が死んでしまう…」と大きな喪失の予感に震える場面は新藤本人が「小説田中絹代」の中に描いている。溝口健二といえば、田中絹代との秘められたロマンスも有名。でも、ワタシは絹代を主演にもってきた作品よりも、それ以外の作品の方が好ましい気がする。その溝口の遺作という事を抜きにしても、「赤線地帯」はやはり傑作だと思う。

コメント

  • 2010/07/31 (Sat) 00:35

    kikiさん、「赤線地帯」、とっても面白そうですね。溝口作品は数本しか見たことがなくて、本作は小品のようですが(時間も短くて)豪華女優陣の競演で興味深々です。最近「女系家族」を観たんです。京マチ子と若尾文子の(二人ともよかったですが、ワタシ的には鴈治郎と浪花千栄子がスゴかったです)。最近このふたりお気に入りなんですよ。作品にどちらか一方が出てるだけでも面白そうと思うのに、二人とも出演とあればいやがうえにも観たくなるってものですね。そのうえ木暮実千代も見れるとあればこれは外せませんねえ。女性の苦労モノ、結構好きです。でもTSUTAYAには無さそうでした・・。
    溝口監督の良さとは一体どういうところなのでしょうか。「西鶴~」「雨月物語」しか見たことないのですが、いまひとつピンときません。ゴダールが好きな映画監督を三人挙げろと言われ「ミゾグチ、ミゾグチ、ミゾグチ」って答えたそうですね。好みなのでしょうがわたしは「???」です(笑)。しかしながら女優陣と作品の内容的に本作はぜひ見てみたいところです!
    沢村貞子って加東大介のお姉さんなんですよね。「大番」見てますよ。今三本目です。ギューちゃんのお母さん役を貞子さんが演っていて「わ、似てる~」って思いました!加東大介はほんとにまるまっちくて可愛いですね。あと、増村監督の「氾濫」という映画に出ておられ、佐分利信の妻なんですけど、船越英二にチヤホヤされたあげく、その後けちょんけちょんに女としてのプライドを傷つけるようなことを言われるのを見て「むごすぎる・・」とどんよりしてしまいました。とっても救いがなくてもう見たくないです(笑)。若尾文子は可愛かったですが。
    相変わらず邦画三昧の日々ですが、最近は勝新と雷蔵モノに手が伸びております(「兵隊やくざ」「悪名」「好色一代男」、どれも気に入りました!)。市川雷蔵ってハンサムでしょうか??素朴な疑問。わたしはそうは思わないけど、なんていうかどういうわけか作品を観たくなる魅力をじわっと感じております(笑)。

  • 2010/07/31 (Sat) 23:06

    ミナリコさん。これは昔の批評家にはイマイチみたいにいわれたりした作品のようですが、短い中でエッセンスだけがポンポンと展開する感じで、やっぱり面白いんですよ。底辺で喘ぎつつもどこか力強い女たちの姿など、物悲しさと強かさのブレンドがいいです。溝口健二はとにかく女性をテーマにした作品じゃないと輝かない人で(それも上流夫人はダメで、庶民や水商売の女を描かないとダメ)、その点、骨太な男性映画が真骨頂だった黒澤と対照的ですね。ワタシも特に好きという監督じゃないんだけれど、有名な代表作ではなく、こういう小品を観ていて、う~んやっぱり凄いのか、と思ったりします。人間観察が鋭いって感じがするんですよね。ゴダールが溝口のどこを好きなのか分らないけど、小津や溝口は海外のインテリ監督が好む映画作家ですよね。彼らの目で観ると、俺がやりたいことをこんな形でもうやってる!みたいな事があれこれあるのかもしれません。
    そうですか。最寄のTSUTAYAに無いと、そのうち日本映画専門chでやってくれるのを待つしかないかもですね。こないだ、これBSフジでやってたんですよ。たまにそういう事もありますよ。
    中村鴈治郎と浪花千栄子がお好きとはシブイですね。浪花千栄子はワタシも大好きです。出てくるだけで嬉しいですね。いつも本当に巧いしね。「祇園囃子」ではいやがる木暮実千代の芸者にイヤな客の接待をさせようとする花街で隠然と勢力をふるう女将の役で、アッパッパ姿が絶品です。どのシーンもさすが浪花千栄子って感じでニヤニヤしますよ。
    「大番」シリーズご覧になってますのね。あれ、面白いでしょう?パワーがあって。テンポもいいし。四国から浴衣1枚で上京した男の株屋一代記を通して描かれる激動の昭和史。世相風刺が効いているのが獅子文六原作の特徴で、本筋のストーリー以外にそういう時代背景も面白いんですよ。東野英治郎の「チャップリンさん」も最高でしょ?
    大映の雷蔵&勝新ものにも触手を伸ばされてるんですね。ふふふ。勝新は雷蔵と同じく当初は白塗り二枚目剣士役で出たのだけど雷蔵みたいに売れなくて、「不知火検校」で活路を見出したんですね。二人はいいライバルで、昭和40年代の大映はこの二人が屋台骨を支えたんでしょうね。勝新の3つのシリーズはどれも面白いですね。一時期「兵隊やくざ」けっこう好きでした。「座頭市」は勝新が演じてこそのキャラクター。何故不似合いな俳優でちょろちょろリメイクしたがるのか、ほんとに分りません。動かし難い定番が出来上がっている作品はリメイク禁止、という不文律を作ればいいのにね。雷蔵は素顔はのっぺりして地味な銀行員みたいなんですが、やっぱり声と雰囲気じゃないですかね。時代劇メイクをするとやはり目元が涼しい、という感じで二枚目オーラが出るのが雷蔵の真骨頂でしょうね。ワタシは「眠狂四郎」とかよりも、素顔で出た「ぼんち」とかの方が好きです。

  • 2011/04/18 (Mon) 23:46

    kikiさん、ご無沙汰でした。
    地震のせいなのか、なんとはなしに意欲の湧かない感じの日々です(地震のせいにしてはダメですね、がんばれワタシ(笑)!)。

    「赤線地帯」ようやく見れました!
    面白かったです!その前に「祇園囃子」も見たのですけど、この二作品でミゾグチ先生を大いに見なおしましたよ。
    kikiさんと同じく、代表作と言われる「雨月物語」や「西鶴一代女」(敏ちゃんが出ているにも関わらず!)よりもずっとずっと面白く、俳優陣(脇のひとたちも含めて)の芸達者ぶりが感じられて、ほ~っと感心しどおしでした。
    木暮実千代、ヴァンプ女優といわれていたなんていうのが嘘みたいに本作での所帯じみた通いの商売女役、ハマってましたね。写真にもあるように膝が開いちゃってたり、着物着てても歩き方がちと下品な感じだったりと、ほんとはすごい演技派??「祇園~」の姉ちゃん役も人情味あふれる女っぷりに惚れました(笑)。
    「祇園~」で進藤英太郎が若尾文子の父親役で出てましたね、病気なのでしょう、手がいつも震えてて。わたし、このおじさん見たの多分初めてで、ほんとにそういう障害を持った方が演じているのかと思ってたらば、「赤線地帯」ではパパ役でビックリ仰天でした。アプレのプレプレ京マチ子もプリップリで、貝殻(?)の中でちょっと踊ってみせるところ、ラブリーすぎて笑ってしまいました。
    ああ、それにしてもほんとに素晴らしい演技の数々を見られてほんとに嬉しく思いました。ますますニッポン映画の作品にはまりこみそうな、嬉しい出会いのミゾグチ作品でした。

    都心でも余震が続いていることと思います。なんと声をかけてよいものか、言葉が見つかりませんが、早く収まって一日も早い復興をただ願うばかり。心のほうの復興も。
    日本人は3月11日という誕生日を同じくする兄弟かもしれない、というような社説を読み、大いに共感。あの日を境に我々は明らかにそれ以前の我々ではないような。もうみんな随分頑張ってると思うけど、やっぱり頑張らなきゃ、と思うこのごろです。

  • 2011/04/19 (Tue) 22:27

    ミナリコさん。お久しぶりですね。
    「赤線地帯」と「祇園囃子」、ご覧になりましたのねん。良かったよかった。
    そうそう、やたら有名な代表作よりも、こういう小味な作品の方が光っているというか、ミゾケンてやっぱり凄かったのか、と思わせられるとこがありますよね。
    木暮実千代は本当に何でもできる得がたい人だったんですよね。主演もいけるし脇でもいけるし、山の手の奥様も商売女もなんでもできる。コメディも悲劇もできる。器用なんだけど小器用と言う感じではなく、大女優の風格もあるしね。いいですよね。
    「祇園囃子」の進藤英太郎が絶品だ、という人も多いようです。あのヨイヨイっぷりは素晴らしい。おとっつぁんの病気はいわゆる中風ってやつですね。昔は羽振りが良くて、さんざん遊んだけれども今は落ちぶれてヨイヨイになっちゃった、と。一抹の哀れを誘う存在ですね。
    若尾文子は「祇園囃子」でこれでもかというほどミゾケンにしごかれたそうです。だから「赤線地帯」の時にはそれが立派に花開いてますね。

    さて、震災。確かに関東地方には忘れた頃に余震が来るので、そう気を抜いても入られませんが、いずれにしても3月の後半ほど不安で宙ぶらりんな状態ではありません。人によっては、もうすっかり3.11が過去の事みたいに感じている人もいます。東北からはかなり遠いところにお住いのミナリコさんがそんなに精神的に影響を受けておられたとは…。最近は首都圏で余震があっても、一瞬電車が止まるもののすぐに動き出すので帰宅難民にもならないし、3月後半ほどには、もう勘弁してちょうだいな、という感じではないですよ。なんとなく通常モードに戻っています。表面的にはね。計画停電も当面ないし。原発さえどうにか処置がつけばいいんですけどね。…まぁ、でもいつ何が来ても不思議じゃないので、あまり油断せずに過ごそうと思ってます。

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