「インセプション」 (INCEPTION)

~副意識という迷宮~
2010年 米 クリストファー・ノーラン監督



デカプーことレオナルド・ディカプリオ渡辺謙が出ている事以外、特に何も情報を入れずに観に行ったので、続々と気になる俳優が出てきて非常に得した気分になった。マリオン・コティヤールはそういえば出てたんだったわね。あれ?エレン・ペイジじゃないの! お?ジョセフ・ゴードン=レヴィットも出てたのね。あら!トム・ハーディだ!ちょっと太ってオジサンになったけど、目立つところに出てきたのねぇ、なんて喜んでいたら、キリアン・マーフィは出てくるわ、どっかで観た顔の爺さんだと思ったらトム・べレンジャーだったり、押えにマイケル・ケインまでちょろりと出演。出てくる出てくるワンサカと。俳優の顔ぶれだけでも何だかそそられるクリストファー・ノーランの迷宮世界。
何のリメイクでもなく、原作があるわけでもなく、クリストファー・ノーランのオリジナル脚本というのが最もいいところだろう。つい先日、DVDでこの人のデビュー作「フォロウィング」 (1998)を観たが、低予算ながらもモノクロ映像で独特の世界を造り上げていて面白かった。「メメント」の前駆的作品で、このセンスにビッグ・バジェットが与えられると、無重力だの三重の副意識だのという世界を目の当たりにできる事になる。

梗概:相手の夢の中に入り込み、潜在意識の中の価値あるアイデアを盗み出す一流産業スパイの男を主人公に、彼と彼のスペシャリスト集団が夢の中で繰り広げる最後にして最も危険なミッションの行方を、複雑かつ巧みなストーリー展開と驚異の映像で描き出していく(all cinema onlineより)


冒頭、渡辺謙演じるサイトーの夢のシーンで、奇妙な海辺の崖の上に建った天守閣つきの城の中で、格天井だの金襖だのがこれでもかと画面に溢れ、その後、畑の中を走る新幹線だの、東京の都心だのが映って、この調子でずっと日本が舞台で推移するんじゃないわよね…と新幹線映像にうっすらと気を揉んだが、無論そんな事はなかった。(ワタシは「バットマン・ビギンズ」のヒマラヤ修行のくだりが浮いてる感じであまり好きではなかったので、そのテイストがまた展開されるのは勘弁よ~と思ったのだった)それにしても「俺は京都で降りる」と言って席を立ったデカプー(役名はコブ)であるのに、次のシーンは都心のホテルの一室で、あれ~京都はどうなったの~と早くも狐につままれた気分になった。



CGをこれでもかと使った特殊視覚効果の部分は、まぁ、いかにもそういうものでしょうね、という感じなのだけど、面白かったのは、現実の世界で無重力の状態に置かれると、夢の中の世界も無重力になるので、無重力状態でさまざまな妨害と闘ってこれを排除し、あらかじめ立てた計画通りに物事を進めるため、宙を泳いで奮闘しなくてはならないのだが、この無重力シーンが本作の斬新な視覚効果といえるだろう。その他、エッシャーのだまし絵的世界も取り込まれたりして、なかなか芸が細かい。
ここで一人奮闘していたのがジョセフ・ゴードン=レヴィット。「(500)日のサマー」で、ゾーイーに翻弄されていた草食系のボクが、今回は面目一心、青白い顔で軽快にアクションをこなしていた。



このクールで生真面目なジョセフ・ゴードン=レヴィット(役名はアーサー)と対照的なのが、常にとぼけた味わいで、飄々としてユーモアを忘れないトム・ハーディ(役名はイームス)だ。彼は「偽装師」と呼ばれるプロで、他人の夢の中で、ある筋書きに導くための様々な人物になりきるのが仕事。夢を設計する段階で、精神科医のようにターゲットの深層心理を推察して登場人物を設定し、それになりきるかと思えば、アクションもスピーディにこなす。本作でのトム・ハーディ、かなり目立っていた。



デカプーの出演作を劇場で観たのは「アビエイター」以来。年々歳々人相が悪くなっていくような感じがしていたが、本作ではそういう感じも控えめで、映画の世界と他のキャストとの中にしっくりとはまりこみ、浮きも沈みもしていなかった。デカプー一人が目立ってもいないし、食われているわけでもないという具合でバランス良く存在していた。それにしてもデカプー演じるコブはかなりのエゴイストだ。自分が子供の元へ戻りたいからって、一歩間違えば永久に副意識下の囚人になってしまうような危険なミッションに黙ってメンバーを誘い込むなんて、けっこうとんでもない奴である。



マリオン・コティヤールはデカプー演じるコブの妻モル。この妻モルがもはやこの世の人でない事にはかなり早い時点で気付く。台詞として出てくる前に気付くのだが、モルはコブの潜在意識の中に奥深く住んでいて、折々コブの夢にふいに登場し、そのミッションを脅かす。最も愛する者が最も危険な存在になる潜在意識の世界。モルは迷宮の囚われ人だ。



渡辺謙も、自分の目的の為に金にモノをいわせてデカプー演じるコブをメフィストのように危険な仕事へと誘う金と力を持つ男サイトー役を好演している。彼はコブの命運を握る男である。冒頭、80歳は越えたかと思われる老人メイクで登場するが、この老人メイクが凄かった。目に霞がかかったような、老人特有の目の濁りまで再現されていて、最新の老人メイクが、また一段と技術的に進んだ事を示していた。このサイトーの老いた姿はもう一度、ラスト間近に登場する。このシーンはしんしんと恐ろしい。自分の潜在意識の無限地獄に堕ちるということ。何もなさず、ただ後悔だけを抱いて一人年老いるということの怖さ…。

サイトーの目的の為に、ターゲットにされるロバートにキリアン・マーフィ。大実業家の御曹司役で、キリアンの演じどころは最後の最後にしかなかったような気がするが、しっかり印象に残るのはさすが。鮮やかなブルーの瞳の透き通ったガラスのような美しさが際立っていた。

エレン・ペイジは夢をデザインする「設計士」。
彼女にピッタリな役で、彼女が登場した途端にわ~い、と嬉しくなった。



この作品を観ていて思うのは、潜在意識とはその人間のもっとも弱い部分、柔らかい咽喉元のようなものなのだな、という事だ。心の奥底深く秘めた、誰にも言わない自分だけの執着や妄念があれこれと影響を及ぼす副意識下の世界で、他人の夢に入り込み、ある概念を植え付ける(インセプション)事は、実に危険極まりない行為だ。インセプションは一歩間違えば、相手を「夢の世界の囚われ人」にしてしまうのである。他人の潜在意識の中に入ると、その世界に入った人間の心の動きは複雑な形で夢の世界に反映される。ミッションに関わる人間がみな、一人の夢の中に入って世界を共有しなくてはならないゆえに、根深いトラウマを抱えた男がその中に混ざっていたら、全員の危険度たるや等比級数的に増大するのである。

そして、やっぱり究極的には人間にとって家族がこの世で一番大事なものなのだ、というメッセージも伝えている。良きにつけ悪しきにつけ、人の心の奥底に深く大きく存在しているもの、それは親や子や配偶者という家族への想い、家族との絆という事になるのだな、と改めて感じたことだった。

夢の中でまた夢に入り、そのまた下の意識の階層に降りる、という複雑な構成ながら、観ていてワケわからん、という感じにもならず、ダレもせずスピーディに話が展開しつつも、人の心を扱っているからには、副意識下に秘められた想いの方も横糸として巧みにストーリーに織り込まれている。クリストファー・ノーランは007映画の監督をするのが夢だそうだが、資金問題がクリアになって制作が再開されたら、是非、彼のメガホンで007を観てみたいものだと思う。複雑な構造の中でドラマとアクションをバランスよく見せるクリストファー・ノーランとダニエル・クレイグが組んだらどういう007が出来上がるだろうか。興味深い。

映画の中とはいえ、産業スパイの情報戦も、ついに人の副意識下に潜入するというところまで来たか、と思いつつ、人が頭の中で空想する事は殆ど実現可能なのだという話をちらっと聞いた事を思い出した。映画の中の世界だけではなく、そのうちに、こうして人の副意識下に潜入して心の病を治したり、事件を解決したり、秘密を盗み取ったり、ある概念を植えつけたり、なんて事が実際にも出来るようになるかもしれず、そんなオソロシイ世の中は来ない方が世のため、人のためであろうなぁ、などとも思った。一歩間違えば廃人。人の心の奥底には迂闊に侵入してはならないのだ。

そんな世界に侵入してしまったコブ達6人。
果たしてサイトーの課したミッションは成功するのか。そして、コブは断ち難い妻への妄執を断ち切り、子供たちが待つ家に帰る事ができるのか。 ロバートは三層の副意識の迷宮の果てに何をみつけるのか…。

“一緒に飛んで、若い姿でまた会おう”

ラスト間近の、このコブの言葉が何故か妙に心に残った。

コメント

  • 2010/07/30 (Fri) 00:26

    kikiさん、面白かったようですね。
    私はノーラン監督狙いで見て来ました(一応、渡辺謙もね)
    冒頭からフルスピードでストーリーは進んでいきますね、息つく暇がないくらい。何層もの夢を進むうちに、果たして彼ら(コブ達)はもとの世界に戻れるのか? ドキドキしながら観てました・・・と言いたいところなんですが、実はわたし不覚にも睡魔に襲われ途中跳んでるシーンがあります・・・トホホ~。
    正直話についてゆこうと必死で、余裕ありませんでした。次回はもっと集中して観たいと思いますわ。今度は前の晩早く寝て体調整えてね!
    そんな中でも気になったのは、アーサー役のジョゼフ・ゴードン=レヴィット(彼のアクション、なかなかよかった)、エレン・ペイジ(ようちゃんの情報によると、新作でダニエルと共演ですと!)
    渡辺謙、出演シーンは多いものの、何だろう、このちょっと物足らない感じは。演技も英語も申し分ないと思うけれど、かれの良さが生かされてないような。それとあの老人メイクは、ちょっとやり過ぎのようで不自然な感じがして、私は頂けなかったんですよ~。
    音楽は今回も ハンス・ジマーでしたね。

  • 2010/07/30 (Fri) 08:09

    ジョディさん。今回はいつになく映画館に行くのが早かったですね。
    これはけっこう面白かったです。ただ、二度は観なくていいかな、という感じではあります。ジョディさんは次回は睡眠たっぷりで捲土重来ですね。
    エレン・ペイジ(「JUNO」も良かったですよ)もジョゼフ・ゴードン=レヴィットもハマってましたね。アメリカではレヴィット君はこれで大ブレイクしているらしいです。クリストファー・ノーランはいい俳優を適材適所で巧く使いますね。
    で、謙ですが、ワタシは特に渡辺謙に過剰な期待はしていなかったし、別に「カッコイイ謙さん」を観たいなんて気もなかったので、あんなもんで良かったのではないかと思います。あの老人メイクは過剰かもしれませんが、コブも同じく三階層目にいるのに、サイトーだけが何故老人の姿になったのか?というところに何か投げかけがありそうですね。睡眠薬を飲んだ状態で夢の中で死ぬと意識が元に戻れなくなる。永遠に出られない潜在意識の迷宮の中を一人孤絶して彷徨うという事の恐怖感を出すために、夢の中で死につつあるサイトーを過剰に老人にしたのかも。ワタシは、ラスト間近のあのシーンはけっこう肝だと思ったので、渡辺謙が出た甲斐もなくはないと思いました。ただ、当初メフィストだったのに夢の世界に入ったら急に同志になっちゃって、あらら、というのはありましたけどね。運命共同体になるからムリもないか。
    ハンス・ジマーの音楽はいつもながら外れなしですね。

  • 2010/07/30 (Fri) 08:54

    kikiさん、こんにちは。
    私は27日に観に行きました。
    うちのブログにも書いてますが、感想的にはジョディさんに限りなく近いです。
    作品自体にはあまり期待していなかったのですが、渡辺謙の役どころには期待していたのでちょっと肩すかしくらった感がありました。
    振り返ってみるとけっこう面白い映画ではありましたけど、もう一回観るのは疲れそう。

    横レスですが、ジョディさん、
    エレン・ペイジとダニエルの共演の話ですが、記事はシネマトゥデイのもので、本文にはまだ相手役は候補としてあがっている段階との記述となっています。私はそれを受けて、もしエレン・ペイジが相手役になってくれればいいなと言う意味で書いていたのでした。読み返してみると確かに誤解を招く書き方でした。すみません。

  • 2010/07/30 (Fri) 22:18

    もうご覧になったのですね!私、見たいんですがなかなか行けずにいます。ディカプリオ、若い時は全く良いと思わなかったのですが、年々良い感じになってます、私的に。タイタニックの時とかどこが良いのか全く判らなかったのですが、「ワールド・オブ・ライズ」なんてかなり良かったです。まあ、惚れませんが・・・
    マリオン・コティヤールは大物の相手役が続いてますよね。特に「NINE」の彼女は綺麗でした。

  • 2010/07/31 (Sat) 00:29

    ようちゃん、こんばんは。
    ようちゃんとジョディさんの感想が似ているのは渡辺謙に関しての部分が大きいようですね。ワタシは渡辺謙について思い入れなど無いので、あれでいいんじゃない?という感じです。

    ダニエルが「ミレニアム ドラゴンタトゥの女」のハリウッドリメイク版に主演が決定したというのは数日前に映画系ニュースサイトで見ました。このニュースで、却ってワタシはオリジナルのスウェーデン版にちょっと興味が出てきたかな。

  • 2010/07/31 (Sat) 00:32

    Rikoさん、そうなんですよ、観てきましたわ。これは何度か劇場でトレーラーを観ているうちに気になってたもので。
    デカプーについては、若い時も今も、特に関心のある俳優ではないのだけど、最近の彼を見ると「タイタニック」の異常人気に晒された後、苦闘しながらその影響や余波を乗り越え、新たなキャリアを開拓し、ポジションを獲得してきたんだねぇ、という感慨はありますね。マリオン・コティヤール、「NINE」は未見ですが売れてますね。今回はジョセフ・ゴードン=レヴィットがズガーンと出てきたなって感じでしたよ。ワタシ的にはトム・ハーディの飄々とした味が良かったですわ。

  • 2010/08/12 (Thu) 13:08
    007 !

    kikiさん 私もやっと見てきましたわー。
    ”ダークナイト”もそうだったけど、皆主役張れるクラスの
    人がバンバン揃ってて、豪華な顔触れだったね~。
    正直、階層の仕組とか、わかったよーな、全然わかってないなー(笑)
    と思いつつ、テンポいい展開が、訳わからないままでも面白かったです。
    007!私もノーラン監督に一票!
    バランスいいし、品はいいし、スタイリッシュでほどよく人間くさく、
    ダニエルと相性よさそうだと思う。
    実は、渡辺謙の役は日本人役でなければ、
    ダニエルでもいいよなーなんて思いながら見てました。
    うーん。私もダニエル+ノーランで見てみたい!

  • 2010/08/12 (Thu) 22:46

    acineさん。ご覧になったのねん。
    ほんと、色々な俳優がジャンジャン出てきて、アンサンブルが面白かったですね。現実世界で無重力になると夢の中でも無重力になるのかぁ?などと思いつつもダレる事なく観ましたわ。
    そうそう「007」。ノーランが撮りたがっているんだから、ダニエルがあまりにオッサンにならぬうちに制作の目処がついて実現されるといいよね~。きっとエポックな作品になるだろうのにねぇ…。でも、ダニエルは棚上げの007は置いといてさっさとミレニアム・シリーズへの出演契約をしちゃったみたいだけど(笑)ま、それはそれで面白そうですが。渡辺謙の役がダニエルでも可だと思った、というのはacineさんならではなご意見かも。ワタシはクライマックスの渡辺謙の老人シーンが凄く印象に残りましたわ。何もなさぬまま年を取るって事の怖さを視覚的にアリアリと見せられた感じ。彼に対するコブの台詞もとても印象的だった。

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