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「フェアウェル さらば、哀しみのスパイ」 (L'AFFAIRE FAREWELL)

~私は世界を変えられる~
2009年 仏 クリスチャン・カリオン監督



これも封切りを首を長くして待っていた1本。
冷戦終結の裏側にあった一人のスパイの物語。というわけで当然、実話がベース。
そうか…人知れず、こんな事実があったのね。

機密情報をフランスのDSTに流すグレゴリエフ大佐

最近、封切りが楽しみな作品はどうも渋谷のシネマライズ一館上映だったりすることが多いのだけど、これもそうなので、気が乗らないけど渋谷もやむなしか…と思っていたら、なんと加入しているビデオ・オンデマンド・サービスで、映画館での上映開始とほぼ同時に有料配信が始まった。現在劇場で封切られている新作を自宅にいながら観られるというのは画期的だ。料金的にも割引料金+α程度だし、劇場で観なければ意味がない作品とか、醍醐味半減、というものなら劇場へ行っただろうけれど、これはおうちシアターで観ても特に問題なさそうな作品なので、渋谷に行かずに自宅で寛ぎつつ観られる方をチョイスした。限られた地域の限られた劇場でしか上映されない映画、または単館系で東京先行上映ののち全国の限られた都市で各々1館上映、などという映画の場合、劇場封切りと同時に映画をオンデマンド配信するというのは、いい方法かもしれない。ワタシのように東京に居てさえ、渋谷や新宿にはあまり行きたくない、という手合いや、または東京やよその都市までわざわざ観に行くわけにもいかないのでDVD化まで待つ、などという他府県在住の人にとっては、こういう方法で自宅にいながら新作が観賞できるというのは嬉しい事だと思うし、配給会社にとっても、ビデオ配信サービス会社にとってもメリットはあるだろう。誰にとっても損のないいいアイデアだと思う。…と長い前置きになってしまったけど、そろそろ本題に。

1981年のソビエト。画面にボルグとマッケンローの試合のTV中継が現れる。あぁそうか、あのへんの選手が活躍していたのは80年代初頭だったのね、と妙に懐かしい気分になった。中継を観ているのはソビエト駐在のフランス人技師ピエール。彼はフランス国土監視局(DST)の協力者である上司に頼まれてKGBの情報内通者から情報を受け取る仲介役を引き受ける。ど素人の家電メーカー技師であるピエールに当初は呆れる情報源グレゴリエフ大佐だが、ノーマークの素人であるピエールの方が逆に人目に立たないと気付き、またフランス好きな彼は、いつしか思うさまフランス語で語ることができる相手として仲介役をピエールに限定する。


凄いご面相だな、と思うのだが、時折ひらめかす愛嬌が人間くさい

グレゴリエフを演じるエミール・クストリッツァ(基本的には映画監督らしい)はあまりに人相が悪いので感情移入できそうもないなぁ、と当初は思うのだが、観ているうちに、その陰険な牛のような、不細工な大型犬のような風貌になんとなく親しみを覚えてくるように撮られている。それは技師ピエールがこんな役目は迷惑だと思いつつ、段々にグレゴリエフに馴染んでいく過程とシンクロしている。容貌怪異だが、不思議な愛嬌があるグレゴリエフ。対するピエールを演じるギョーム・カネは、技師でなければジャーナリストか大学の講師とでもいった雰囲気で、メガネの奥の目が柔和だ。グレゴリエフがピエールを気に入ったのも何となく頷ける。



だが、ごく普通に生きてきた、何の訓練も受けていない一般人が、突如、重量級の国家機密を仲介する役目なんか負わされたら困惑至極だろうし、夫が何をさせられているか知ったら妻だってパニくるのもムリはないとは思うけれど、こういう時に半狂乱になって「別れる」だの、「あんたのせいで大迷惑」だのと泣き叫ぶ女を見ると(実際には特に何もまだ迷惑は蒙っていない)、ええぃ、鬱陶しい。旦那だって仕方が無くやってるんだからヒステリーをぶつけてどうするのか。せめて泣き叫ばないで冷静に一時別居の相談でもしたらどうか、と思ってしまう。ワタシは自分だけの感情に溺れてウジャウジャと泣き叫ぶ女が嫌いらしい。

米ソの首脳はそれぞれ、レーガンとブレジネフという時代。そんな折、フランスの大統領にミッテランが就任する。アメリカが思うさま増長していた時代だけに、新任の仏大統領ミッテランの内閣に共産主義者が混ざっている事でレーガン側からイチャモンがつけられたりする。内政干渉をやんわりとはねつけるミッテラン。干渉させない代わりにグレゴリエフからの情報をアメリカにシェアする。日本は何事も唯々諾々とアメリカ様の言うなりだった時代(ロンとヤスなんつって馬鹿じゃないの~全く)。フランスぐらいな気骨はあらまほしいところだ。フランス制作の映画だからという事を割り引いても、冷戦時代に超大国だったアメリカが同盟国に押し付けていた圧迫の度合いや、それを内心は苦々しく思いつつ、受け入れたり流したりしていた同盟国の様子が窺える。


何かといえば三流俳優だった自分の昔の出演作ばかり観ている米大統領とその側近(老いたハッチ)

ソ連は西側諸国の主要なポストに、スパイを多数持っていた。それらのスパイから多種多様なかなりの重要機密がソビエトに洩れていた。スペースシャトルの設計図からエアフォース・ワンの構造、ホワイトハウスの体制まで。殊に科学技術などは、西側諸国の情報を盗む事で開発費用を大幅に削減し、どうにか技術的に西側に追いついていた。それらの事が全てグレゴリエフの情報から明らかになった。情報源グレゴリエフはDSTに「フェアウェル」というコードネームを付けられる。もしも発覚した場合に、CIAとの取引だとソ連当局に思わせるための英語のコードネームだった。

グレゴリエフ大佐から受け取る情報の内容があまりに重大なので、自分の関わる世界ではないと思う家族持ちのピエールは、早く受け渡し役を誰かに代わりたいと思っているが、前述した理由でグレゴリエフは「君と私と二人で成し遂げよう」とピエールに言い、仲介者の交替を拒否する。息子が小さかった頃数年パリに駐在していた時期が、グレゴリエフの人生の黄金の日々だった。折節、自宅で彼が観ているのはパリ時代に撮った家族の8mm映像だ。少し色あせた音のない8mmの中で、パリを背景に彼の妻も息子も幸せそうに輝いている。…あの日々には、もう戻れないのか。彼はフランス贔屓ではあるが、祖国を嫌いなわけではない。むしろ愛国者であるがゆえに将来を憂えたのである。既に破綻している共産体制の元で凝り固まって枯渇していく祖国の行く末を憂い、せめて息子(の世代)には自由な体制の中で人生を送らせたいと切実に願うのだ。それには現体制を崩壊させる必要がある。そう考えた彼は売国奴になる決心をした。ソビエトをフランスのように自由に人生を楽しめる国にするために…。だから彼は何も見返りを求めない。亡命も望まない。ただ、祖国にいては入手が困難な西側文化のほんの一端を、ピエールに頼んで入手するのみなのである。

グレゴリエフが息子のためにソニーのウォークマン(大型の原始的な初期モデル)をピエールに頼むシーンは、二人の心の距離が縮まるのが目に見えるようで微笑ましい。息子は父がピエールを介して入手したウォークマンで、同じくピエールを介して入手したクィーンのテープを聴く(挿入されるコンサートシーンで凄く久々にフレディ・マーキュリーを観た)。どんなに禁じても文化は国境を越えて侵入する。誰にもそれを止める事はできない。 We will, we will rock you.
思い切り好きな音楽を聴く事すらままならない世界に住むというのがどういう事なのか、日本に暢気に暮らしてきたワタシたちはこういう映画の中で見聞するだけだが、第二次大戦後に日本をソ連が占領していたら他人事ではなかっただろう。アメリカと半分づつ占領なんて事になってたら、近所の半島国家と同じ事になってたわけだし、その点ではアメリカの占領でまだしもだったという事なのだけど。

冷戦時代のソビエトに異国人が暮すという事は、監視され、尾行され、盗聴されながら生きるという事なのだなぁと改めて知らされる。集合住宅への出入りの時間も記録され、夫婦の寝室には盗聴器が仕掛けられている。夫婦仲が冷えていると、夫に利用価値がある場合は、懐柔するために女性が送り込まれたりもする。
その一方で、雁字搦めの体制の中で生きているグレゴリエフの周辺でも、ストレスが溜まるせいなのか、日頃なにかと抑圧が強いせいなのか、不倫が横行している。妻も彼の同僚と不倫しているし、グレゴリエフも同僚の女に手を出してしまう。グレゴリエフの不倫はあまり必要なかったような気もするけど、まぁいいか。

自分がいつまでも機密の運び人を止めないので妻のパニック度合いが嵩じてくるのを持て余し始めたピエールに、グレゴリエフからこれが最後だと最重要機密が手渡される。自分たちが安全に逃げるだけでなく、グレゴリエフ一家も無事に国外に逃がしたいピエールだが、DSTは彼を逃亡させることを確約はしない。そうこうするうちにグレゴリエフの情報で東側のスパイが一網打尽になり、折からゴルバチョフ政権に代わったソ連ではペレストロイカの機運が高まる中、どこから情報が洩れたのか、グレゴリエフはKGBに捕えられてしまう。
なんとかグレゴリエフを助けたいと微力ながら奔走するピエールだが、そんな彼にも危険が迫る。家族を連れて車で国境を越えようと考えるピエールだが、果たして家族とともに無事に国境を越えられるのか。 そしてKGBに捕えられたグレゴリエフの運命は…。


雪道を進み、車での国境越えを目指すピエールだが…

というわけで、俳優俳優した人は、ウィレム・デフォーぐらいしか出ていなかったので、全体にとてもリアルに感じた。拳銃が派手にぶっぱなされるわけでもなく、アクションなどないけれど、実録スパイ物としての重さがふんだんにある。機密を怪しまれずに持ち出せるぐらいにエリートだったグレゴリエフ大佐が身を賭して願った自由な世界。彼は自分と家族が単に自由世界に逃げ出すのではなく、国全体を変えたかった、国民全員を自由にしたかったのだ。そして、そのためとはいえ国を売った以上、最初から生き延びる事は考えていなかった…。

フランスが制作しているという事もあるが、見終ると「だからアメリカは嫌いなんだ」というアメリカ嫌いが昂進した。この汚さ、手前勝手さの、なんという醜さ。表むき自由を標榜し、世界警察ヅラをしているだけに、余計にはらわたの臭味が鼻を衝く。

色々な政治家のそっくりさん俳優が登場したが、レーガン役の俳優は他の映画でもレーガンを演じていたのを観た気がする。ミッテラン役は余り似ていなかったが、ゴルビー役の人は群を抜いて猛烈に似ていた。また、デヴィッド・ソウル(「スタスキー&ハッチ」のハッチ)がレーガンの初老の側近役で登場。クレジットを見なければ全然分らないほどに太って爺さんになっていたのに驚いた。


ゴルビーのそっくりさん

それにしても、どうしてグレゴリエフのコードネームは「フェアウェル」(さらば)だったのだろうか。
国の体制が大きく変る時には、グレゴリエフのような人が現れ、犠牲的行動の果てに人知れず消えていくものなのかもしれない。日本の明治維新でも、本当に維新の原動力になった人はみな明治新政府ができる前に若くして死んでしまったように…。

ピエールから、ずっと体制の犬だと思ってきた父の行動とその真意を知らされて愕然とするグレゴリエフの息子。面会に行った息子とひしと抱き合うグレゴリエフ。最後の最後にやっと分りあえた父と息子。息子は生まれ変わったロシアでどんな風に生きているのだろうか。父が願ったように、自由な選択肢の中から自分の意志で道を選んで生きているだろうか。モデルになった実在の人物の、家族のその後がとても気になった。

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