「ヤギと男と男と壁と」 (THE MEN WHO STARE AT GOATS)

~男たちの旅路 ヤギたちの沈黙~
2009年 米 グラント・ヘスロヴ監督



豪華な顔ぶれによるかなり地味めの映画で、現時点では都内でも3館でしか封切られていないレアな作品ながら、妙な吸引力に引っ張られて、日頃はなるべく避けている渋谷で観賞。(だって他の選択肢はもっとありえないんだもの)
でも渋谷を我慢して観た甲斐はあったと思う。ジョジクル兄貴の"キラキラ眼力"が効いていた。ユアンもこのところの彼のタイプキャスト的役柄ではあったものの、ジョジクル兄貴とのコンビネーションも良く、相変わらずかわいかった。
いやはや。超能力は世界を救うのか。スピリチュアル・ブラザース砂漠を行く、の巻き。
アメリカ軍が超能力を使った部隊の研究にマジメに取り組んでいた、というにわかには信じがたい事実を暴いたノンフィクション『実録・アメリカ超能力部隊』を基に、米軍極秘部隊の驚愕の実態をジョージ・クルーニーはじめ豪華キャストで映画化した異色の実録ブラック・コメディ。(all cinema onlineより)

ということで、にわかには信じ難い?内容(笑)でもワタシと友はタイトルと主な出演者の顔ぶれだけでなんとなく「行こ!」というノリになったので、梗概についてはさっぱり知らずに観に行った。ほっへ?、そんなお話なのね、とビックリしたが、不思議なテイストの映画で、一口に語る事は難しい。あちこちにちりばめられた風刺や諧謔と、出演者の過去作品など、映画をベースにしたギャグの小ネタなどが適宜挿入されて笑いを誘う。が、コメディというわけではなく、反戦メッセージを強く繰り出す、という事でもなく、こんな事も実際あったんだよね?、という事を笑いを交えて淡々と描きつつ、底を貫くのは固い契りの師弟愛だったりする。

2003年。地方新聞の記者ボブ(ユアン・マクレガー)は、取材でアメリカ陸軍内にかつて存在した愛と平和のエスパー戦士部隊の存在を知るが、ヨタ話と思っていた。だが、ひと旗あげようとイラクに取材に行って、かつてその部隊でNo.2のエスパー戦士だった男リン・キャシディ(ジョージ・クルーニー)と出会う。ひそかに指令を受けて目的地に向かうところだと言うリンに、同行させてくれ、と押しかけ同行者になるボブだったが、それは多難で奇妙な旅の始まりだった…。



エスパー戦士部隊は「新地球軍」と呼ばれ、エスパー戦士は「ジェダイ戦士」と呼ばれるのだ、と語るリン。ジェダイ・マスターのユアン(=オビ・ワン)に対して自らジェダイ戦士を名乗るジョジクル。このように映画系の小ネタがあちこちに出てくる。例えば、「新地球軍」の中の黒ヒツジ的役廻りでケヴィン・スペイシーが登場するのだが、沢山ある引き出しの中からひとつを選び、その中身を透視するテストの際には「K-9の箱の中身を当ててくれ」と指示されたりする、という具合。他にもあちこちに小ネタが振りまかれていたが、それは観てのお楽しみ。


K-9の中身はなんだ?

それにしてもアメリカ人て超能力が好きである。警察の捜査などに超能力者が協力して、何年も発見されなかった遺体をみつけたり、失踪した人や、潜伏している犯人を捜したり、という話は聞いた事があったが、確かにそういうパワーを軍が利用しようと思わないわけもないな、という感じではある。しかも、軍事関係の事柄に映画にちなんだ名前をつけるのが、これまた大好きと来ている。「スターウォーズ計画」とかね。だから、エスパー達を「ジェダイ戦士」と呼んでいたのはさもありなんという気がする。きっと呼んでいたに違いない。

ジェダイ戦士たちの集まり「新地球軍」を創設したのはヴェトナム帰りの兵士だったビル(ジェフ・ブリッジス)。この作品はいつ撮影したのか分らないが、ちょっと太って瞼も体も重そうだった。ヴェトナムで夢のお告げのような奇妙な幻を見た彼は、そのメッセージの意味を追求するべく行動し、戦場から戻ったのち、あらゆるスピリチュアルな行為やその集団に参加した結果、「新地球軍」構想を上層部に提出し、受理される。白髪交じりの長い髪を背後で三つ編みにしたブリッジス。老いたヒッピーっぷりが妙に役の雰囲気に合っている。この人もやっぱり上手いのね、と改めて感じた。
それにしても太ってたなぁ。最初は誰か分らなかった。



ビルが目指したのは「闘わずして勝利する愛と平和の戦士たちを育成すること」というわけで、少しでもエスパーな素質があると思われた兵士は「新地球軍」に配属され、訓練を受ける事になる。リンもその一人だった。そしてビルの教えに骨の髄まで浸り、至福の日々の中、能力を開花させた彼はNo.2の実力の持ち主になる。

自己を解放するんだ!と言われて当初かじかんでいたビルが自分の内部でダンス解禁してタコ踊りを始めるシーンや、念力で雲を移動させる、といって”キラキラ眼力”を放ちまくるシーンなど、とにかくジョジクル兄貴がいい味を出している。ジョジクル演じるリンはビルと出会って魂の解放を実感した。子供時代に音楽に合わせて踊る事を「オカマみたいな真似」だとして父親に厳しく禁じられた事がトラウマになっていた彼は、ビルの一言でその長年の呪縛から解放される。その時の感動に溢れた様子をジョジクルが上手く表現している。「運命を変える人」というのは異性とは限らない。生涯に一人出会えるかどうかのソウルメイトに出会う事はまさに至福であろう。リンにとってはビルが運命の人だった。ヨガだの、ダンスだの、焼けた石の上を素足で歩く訓練だの、ソフトなのかハードなのか分らないスピリチュアルな新地球軍での日々を送りつつ、めきめき頭角を現した彼はそこにいながらにして遥か遠くの行った事もない場所をくっきりと見られるようにまでなる。自在に世界中を頭の中で旅できるようになったのだ。


あぁ、なんという至福…

だが、そんなビルとリンの至福の時も長くは続かない。能力もない癖に小頭だけは良い邪悪な黒ヒツジが部隊に入ってきたからである。というわけで、その黒ヒツジのラリーを演じるのはケヴィン・スペイシー。とにかく上手いので役にもぴったりとハマっていたし、やや増量していたので、嫌味なキャラを演じて余計に冴えていた。が、ちょっと見ない間に一段とオッサンになったなぁ、と驚いた。顔がボトックスでも入れたようにパンパンで、妙な肌艶が人工皮膚みたいでちと不気味だった。スペイシーとブリッジスの二人は暫く見ない間に太って老いた、という印象が強かった。また別の映画では別人のような姿で現れたりもするのだろうけれど。


みんなの中の黒ヒツジ ケヴィン・スペイシー

軍の医療実験のために動物の脚を撃って、それを治療する訓練をしていたというシーンで、当初は犬が使われていたが、犬を撃つのを兵士が嫌がったのでヤギに代えた。兵士はヤギには同情しなかった、というのがいかにも人間のエゴがよく現れている。(捕鯨をヒステリックに批難する連中も、こういうメンタリティなんじゃなかろうか。鮫なら黙ってたりしてね)ヤギは「新地球軍」の実験にも使われることになる。銃を使わずに敵を殺す訓練に使われたのだ。啼かないように声帯を潰されたヤギたちは暗い部屋に集められ、音もなく静かに死ぬ日を待つだけだ。 …あぁ、ヤギたちの沈黙。
それもこれもラリーの奸計により、ビルが部隊を追われたからである。そしてリンの至福の日々は終わってしまった…。

砂漠を二人で珍道中しながら進む間に、新地球軍について語るリン。ユアンのポジションは観客とイコールで、「そんなバカな…」と思いつつ、半信半疑でリンについていく。旅の途中で思わぬ災難を分かち合った事から知合ったイラク人男性が印象深かった。なんとかよい暮らしをしたいと頑張っているだけなのに、事態は悪くなる一方。商談で出張中に略奪にあって家は荒らされ、妻は男を作って出ていってしまった…。そんな話を聞きながら、荒廃した家の中で黙ってぼそぼそと夕飯を食べる男三人。翌日男はどこかからボロ車を調達してきてくれ、乗り込むリンとボブをずっと見送る。その姿をしみじみと映すカメラの目線に、この映画を制作している人々のイラクへのささやかな贖罪の気持ちがにじんでいる気がした。

車は何度も事故に遭い、二人とも怪我にまみれた多難な旅の中、その目的もさだかではないボブだが、ダッチロール状態のように見えつつも、リンは着実に目的地に迫っていた。そこには彼の生涯の恩人である運命の人が待っていたのだった…。

というわけで、行かなくてもいいところに乗り込んで行き、武器弾薬をこれでもかと使いまくり、物量にモノをいわせてドンパチやるだけ、のように思われるアメリカ軍が、念力で平和のメッセージを送って相手の戦意を喪失させる、というような目的の元に人類みな兄弟たるべく「新地球軍」なるものを密かに発足させたというのが、ギャグのようだが事実だというのがアメリカらしいというか、何と言うか…。(発足の目的は違うかもしれないが、超能力部隊があったのは事実らしい)復興イラクで儲ける事だけを考えるハイエナのようなアメリカ人ビジネスマンが登場したり、アメリカという国に対しての風刺が随所に効いている。が、作品を始めから終わりまで貫いているのは、魂の奥底で深く結びついたスピリチュアル・ブラザーズの固い結束と、その一途でサイキックな師弟愛である。
ジョジクル兄貴の一途な気持ちがいとおしい。
そんな、いく時は一緒、の固い契りの義兄弟たちと、星を継ぐ者。


弾け飛ぶクルーニー兄貴

「成せば成る」、「やろうと思えばたいてい出来る」(いや、でもあれは出来ないけど)という言葉を久々に思い出したラストシーンだった。クルーニー兄貴が笑いを織り交ぜつつ、生と死の狭間にあって、自分が半生を捧げたものを守りきろうとする男を力演というのでもなく熱演というのでもなく、自然体で、けれど、アツく印象的に演じていた。笑いを取りつつもシリアスなシーンはシリアスに、リンという男をブレずに演じていた。演技者として一皮剥けましたかね。「マイレージ・マイライフ」に引き続き、とってもナイスだった。ユアンもそれなりに良かったけれど、彼はいつまで若者ポジションの役をやらねばならぬのか?アップになるとあんなにも深い皺が刻まれているというのに…。

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