「ハナレイ・ベイ」

~その魂のさすらうところ~
村上春樹著 新潮文庫(東京奇譚集 所収)



村上春樹の作品には、会話が独特のリズムを生み、独特のユーモアを醸し出す場面がある。「ハナレイ・ベイ」は、このハルキ特有の会話の妙味と、全体にさらりと乾いたタッチ、主人公サチのキャラクター、文体のリズムの心地よさと歯切れの良さが好ましい作品だ。 そして、ハワイ、カウアイ島のノースショア。
ハルキ的会話のリズムですぐに思いだすのは「ダンス ダンス ダンス」で主人公の僕を参考人に引っ張っていくコンビの刑事、「漁師」と「文学」の会話だ。リズムとユーモア。ことに「文学」のキャラに作者が愛着を抱いている感じが伝わってくる。

サチは息子を亡くした母親。カウアイ島のハナレイ・ベイでサーフィン中に鮫に襲われた息子は片足を食いちぎられたショックで溺れ死んだ。19歳だった。サチに夫はいない。ろくでなしのミュージシャンだった夫は随分前に他の女の部屋でオーバー・ドーズで死んだ。サチはピアノが弾けたので、夫の生命保険と銀行からの融資で六本木にピアノ・バーを出し、そこそこ成功している。そして、仕事に打ち込んで息子をスポイルし過ぎてしまったと後悔もしている。息子はろくでなしだった。サーフィン以外にはなんら熱を入れる事もなく、甘いマスクで手当り次第に女の子と遊び散らかし、何事にもいい加減な奴だった。おそらく息子はロクでもないところも、甘いマスクも父親似なのだろう…。サチは、自分でもあまり認めたくないながらこの息子を人間的にはどうしても好きになれなかった。が、それはそれとして息子として愛してもいた。きっと、とても愛していたのだろう。ろくでもない夫を愛していたように…。

サチは息子が死んでから、秋の初めに3週間だけ休暇を取って、一人でハワイはカウアイ島のハナレイ・ベイに来るようになる。砂浜に終日座って海を眺め、一人で食事をし、時折、街のレストランで趣味的にピアノを弾く。3週間滞在すると帰る。もう10年以上それを繰り返している。そんなある時、ハナレイで日本人のサーファー二人を道で拾う。この二人はいかにも頼りない日本のおバカ大学生。「ずんぐり」と「長身」だ。一方が「ずんぐり」ならもう一方は「のっぽ」とでもすれば良かったのに、「長身」というのが座りが悪い感じがするが、この二人組とサチの会話に、例のハルキ独特のユーモアとリズムが波打っている。サチは歯切れよく、辛口の話し方をする。ハナレイで行きつけのレストランでピアノを弾いている時に、でかい白人の男にリクエストを受けろと絡まれた時にも、堂々とクールにこれを撃退する。本作を映像化するとしたら、六本木でピアノ・バーを経営している事や、人生の達人的なイメージから捉えると夏木マリ、人生経験から来るシワをにじませた雰囲気でいくと倍賞千恵子あたりがサチを演じるといいような雰囲気だ。

また、サチはピアノを弾く事が好きで絶対音感もあるが、模倣はできてもオリジナリティに欠けるという設定になっている。一度聴いたものはすぐに覚えて再現できるが、自分独自の表現ができないため、彼女はプロの演奏家になることを諦める。(自分の店でピアノを弾くのも、セミプロの演奏家といえば言えると思うけれど…)この、才能のレベルについて、プロとアマを隔てるもの?ある程度までのラインとそこを超えるもの?について、鋭く分類するのもハルキのお得意。また、彼の作品世界には経済的に困窮した人が出て来ない。何か危機に見舞われても経済的にはスルっとそれを潜り抜け、暮らしに困ったりはしないどころか、そこそこ上手くやっている、という手合いが登場するのもハルキ作品の特徴。苦節や貧乏はハルキ・ワールドには存在しないのだ。

ハナレイ・ベイで、「ずんぐり」と「長身」の頼りないおバカ大学生コンビが、二度ほどサチの息子を見かける。右足が途中からすっぱりと無い、自分たちと同年代ぐらいな日本人のサーファーが、赤い大きなボードを持って浜からじっとこっちを眺めていたんですよ、と語る二人に、サチは激しいショックを受ける。彼らはそれがサチの息子とは知らない。また、その息子が10年以上前にその浜で鮫に襲われて死んだ事も知らない。

ここに描かれるのは二重の不公平だ。鮫の出る海でサーフィンをして、間抜けな二人組は襲われなかったのに、サチの息子は足を食いちぎられて溺れ死んでしまった事。また、その息子の姿が、間抜けな二人には見えたというのに、サチには見えないという事だ。息子が立っていたのは、サチがいつも座っている場所からいくらも離れていない木陰だった。もう10年以上も、息子が亡くなった時期にその浜に来ているのに、サチの前には何故、息子は一度も姿を現さないのか…。息子がサチの目には見えず、間抜けな二人のサーファーにだけ見えたというのは、どういうことなのか。
息子がサチに見えないのは、サチがまだ息子を奪ったこの島を心から受け容れていないからなのか…。それとも?

カウアイ島には随分前に一度行った事がある。別名ガーデン・アイランドと呼ばれているとかで、花が沢山咲いている、とても穏やかな島だった。その時は、名物のシダの洞窟が大嵐でへちょへちょになった後だとかで、オニヒトデに食い荒らされたような無残な状態だったのを覚えている。でも、総体にツーリスティックなホノルル(オアフ)に較べるとのんびりとしてリゾートっぽく、日本人も少ないし、穏やかな風景や、整然と並んだ椰子の林や、泊まったホテルの庭に孔雀が放し飼いになっていた事などが印象に残っている。そんな穏やかな島と鮫のいる海というのがあまり結びつかないのだけれど、この作品が好きな理由のひとつに、舞台がカウアイ島だという事もあるかもしれない。

サチの、毎年秋のハナレイ巡礼は、この先もずっと続いていくのだろう。
いつか、彼女の前に息子が姿を現すその日まで。
…ハナレイ・ベイ。

コメント

  • 2010/08/23 (Mon) 08:15

    kikiさんも春樹ファンでしたか。
    いわゆるフィクション小説はもう何年も読まなくなりましたが、時々村上春樹だけは読みたくなります。
    「東京奇譚集」は2年前に読んだ本で、取り上げられた「ハナレイ・ベイ」はカラッとした味わいが春樹らしいとお気に入りの1編でした。

    >夏木マリ、・・・倍賞千恵子あたりがサチを・・・

    雰囲気は確かに。
    本のエピソードだけだと、1時間のTVドラマくらいにしかできないかもしれませんが、なんとなく想像したくなるのがハルキ・ワールドでしょうかねぇ^^

  • 2010/08/23 (Mon) 21:53

    十瑠さんも春樹ファンでしたか。何となく春樹人気の根強さを改めて実感いたした次第(笑)
    ここ10年ぐらいの短編の中では、これと「タイランド」(神の子供たちはみな踊る)が好きです。なにがどうというわけでもないけれど、なんとなく好きですね。 

    カラっとしているのが春樹らしいのかどうかは分りませんが、「ハナレイ・ベイ」は淡々とした中に人生の色々な面が顔を出しているという感じで好ましい短編でした。読んでいて頭の中に映像がきっちりと出来上がってるんですよ。そのまま撮ってドラマにしたい感じ。

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