「今そこにある危機」 (CLEAR AND PRESENT DANGER)

~大統領の陰謀~
1994年 米 フィリップ・ノイス監督



映画チャンネルで放映されたのを録画しておいて、かなり久々に観賞。
これはジャック・ライアン物の映画化作品の中でも一番出来がいいし、ハリソン・フォードが彼らしい良さを放っていた最後の作品だったような気がする。この前年があの「逃亡者」。H.フォードは95年以降は生彩を欠いていくように感じているのだが、93年?94年はキャリアの最後のピークだったかもしれない。特にファンだったわけでもないが、このあたりまでのハリソン・フォードは良かったと思う。ついでながら、ウィレム・デフォーもまだ顔のシワが浅い。
梗概:南米の麻薬カルテルの一味に、大統領の友人一家が洋上のクルーザーで皆殺しにされる。殺された大統領の友人が麻薬カルテルの資金洗浄係だった事が判明し、大統領ベネットは私的な復讐のために非公式に麻薬カルテルへの攻撃命令を出す一方で、友人がカルテルから掠め取っていた莫大な闇金を政府で没収しようと企む。CIA情報担当副長官として、イヤイヤながら事件の渦中に巻き込まれていく“ボーイスカウト”ジャック・ライアンだが…。

原作は読んでいないのだが、映画だけ見ていても十分面白い。他のライアン・シリーズは観なくても、これ単独で面白いし、逆にこれを見れば今のところ他のライアン・シリーズは観なくてもいいかもしれない。

とにかく、配役がどれもこれもピッタリとはまっていた。なかなか腹黒い大統領の役にはドナルド・モファット。小頭のいい小悪党という感じのCIA工作担当副長官リターにヘンリー・ツェーニー。陰謀のお先棒担ぎをやりつつも、うっすらと諦念のようなものを漂わせる大統領補佐官カッターにハリス・ユーリン。ライアンの上司であるグリーア提督にジェームズ・アール・ジョーンズ。あの体格ゆえ全然末期がんには見えなかったけれども、グリーア提督が膵臓癌で亡くなってしまうのはちとショックだった。


大統領のドナルド・モファット

補佐官のハリス・ユーリン

病床のグリーア提督とライアン

また、CIA工作員ジョン・クラークをウィレム・デフォーが印象深く演じている。原作ではもっと年配の設定らしいのだが、表舞台から身を引いても裏の世界で暗躍する人物の雰囲気が出ていた。ウィレム・デフォーってなぜか派手な柄のシャツに帽子が似合う。



麻薬王の相談役コルテズを演じるヨアキム・デ・アルメイダも印象的な俳優。色々な映画にラテン系の目立つ役で登場しているが、ワタシが彼を観たのはこの「今そこにある危機」が最初だと思う。“ラテン系の男”というのはバレンチノの昔から、アメリカ女性にとって魅惑の対象らしいのだが、コルテズは情報を取るためにFBI長官のハイミスの秘書をたぶらかす。"ロマンス"にうっとりするハイミスを抱き寄せて醒めた目であれこれと計算している表情が後ろ暗い男の雰囲気を醸し出していた。アルメイダ演じるコルテズは直情径行の麻薬王を葬って後釜を狙おうと画策する男。下半身だけではなく脳も活発に活動している。



用のなくなったハイミス秘書を小旅行に誘って「始末」してしまうシーンで、ラテン男に夢中の秘書を演じているアン・マグナソンが、ヨアキム・デ・アルメイダに胸を触られるのがイヤだったのか、顔だけはウットリしながら、さりげなく何回もその手をはらいのけているのがちょっと面白かった。


FBI長官の秘書にスキのあるハイミスなんか配置してはいけません

***
殺された大統領の友人が麻薬カルテルの資金洗浄係だったという推論を述べたために、それを確認しに行け、とコロンビアに行かされたライアンが、FBI長官とともに出口を塞がれた通りで狙い撃ちに遭うシーンは今見ても迫力がある。ビルの上からロケット弾なんかお見舞いされてはそうそう助からない。ジャック・ライアンしか助からない。
この物語の核は、伏魔殿のワシントンの中枢で、腹黒い陰謀のただ中に踏み込んでしまった“ボーイスカウト”ジャック・ライアンと、大統領を中心とする限りなくグレイな価値観との闘いである。「世の中は黒と白じゃないんだジャック、グレイなんだよ」とリターは言う。腹黒い陰謀に気付いたライアンが肩を怒らせて去っていくのを、背後からじっと見るリターの視線は勝ち誇ってもいず、嘲ってもいない。ライアンの青臭さを憐れみつつも、そんなキレイ事じゃ渡っていけない世の中なんだからしょうがないじゃないか、とでも言いたげだ。リターを演じるヘンリー・ツェーニーが上手い。



リターも、彼と共謀する補佐官のカッターも、共に宮仕えの身の悲哀みたいなものを、腹黒い作戦を遂行しつつも漂わせるのがミソだ。彼らは所詮、便利に使われている手先に過ぎず、手を汚さない悪党はホワイトハウスの奥深くに鎮座している。そんな腹黒い爺さんの思惑で、若い兵士たちは極秘のミッションに狩り出され、その勝手な都合によりジャングルのただ中で交信を切られて放り出されてしまうのだ。

ワシントンでの陰謀部分と南米でのアクション部分のバランスが良く、ジャングルの奥地で立ち往生し、「なかった事に」されかけていた兵士たちを救わねば!と南米に一人赴くところはライアンの“ボーイスカウト”っぷりが発揮されているシーンだ。麻薬カルテル襲撃という極秘作戦のために軍から精鋭を集めたクラーク(ウィレム・デフォー)が彼らを「マイ・メン」と呼ぶのが泣かせる。彼は古タヌキどもの勝手な思惑に翻弄されて、自ら選んだ精鋭の兵士たちを救う事ができずにもがいていた。全てはライアンのせいだと聞かされていたクラークが、単身南米にやってきたライアンに怒りつつも、割にサックリと誤解を解くのがやけにあっさりしているなぁ、とは思うのだけれど、まぁいいか。



何はともあれ、そんな事にはど素人のライアンが、クラークとともにチョッパーでジャングルに兵士を救いに行き、モタモタヨロヨロしながらもプロの兵士たちに負けない活躍をするのは映画ですからご愛嬌。ドクター・ライアン、なかなか殴り合いにもお強いのね。
狙撃兵として天才的な腕前を持つ若い兵士シャベスを演じたレイモンド・クルスが印象的だった。また、チョッパーを操縦するよいどれの操縦士がいい味を出していた。


天才的な狙撃兵を演じるレイモンド・クルス

ストーリーなどは今見ても面白いが、なにせ16年前なので登場するPCの古さに時代を感じる。ブラウン管型のごついモニター。94年だからOSもWindows95が出る前か。…うへぇ。 資金洗浄をしていた男の機密文書がFD1枚に収納されていたりするのも、アラ、そんなもんに収まっちゃうような量なのね、と思ったり。記憶媒体も日進月歩なので、10年以上前のものは大昔のツールという印象になってしまう。それでも、ライアンがリターのPCを、技術者にプログラムを組ませてハッキングするシーンなどは、やはりハラハラする。証拠の文書をプリントアウトしようとして紙がトレイに無かったり。ありがちありがち。慌ててるうちにどんどんリターが文書を削除していく。互いに役割の違うCIA副長官として左右に分かれたオフィスの中に座りつつ、熾烈な攻防を繰り広げるライアンとリター。内線電話ではテニスの話なんかしつつ互いにモニターを前に「Son of a bitch!」と罵りあう。まぁ、お二人とも口が悪くてよ。



スクリーン上の夫婦として相性のいいカップルに、ジャック・ライアンのハリソン・フォードとその妻を演じるアン・アーチャーがいる。見ていて非常にしっくりと来る絵に描いたような「お似合いの夫婦」っぷり。アン・アーチャーは、学者やアナリストの妻で、自らは医者などを続けつつ、しっとりした妻であり、母でもある、というような知的でバランスのとれた女性を演じると、とても説得力がある。もう一人、「逃亡者」でH.フォードの殺されてしまう奥さんを演じたセーラ・ウォードもブルネットの知的な美人でフォードと相性が良かった。彼女は「デイ・アフター・トゥモロー」ではジェイキーのママを演じていたが、学者の夫を持つ医者の妻、という役どころがハマっていた。H.フォードはスクリーン上ではそういうタイプの女性と相性がいいのである。実生活はともかくも。


アン・アーチャー(左) セーラ・ウォード(右)

現場に赴いて体を張るCIA副長官は現実にはいないかもしれないが、ホワイトハウスの中でこういう陰謀はいかにも渦巻いていそうである。今も昔も、「掘れば掘るほど汚水がわき出すところ」であるのに違いない。そんなハラワタの臭味を描きつつも、策謀に巻き込まれて貧乏籤を引かされつつあるライアンが、その汚濁から逃げ出したいと思いつつ、病床のグリーア提督のアドバイスを受けつつ逃げずに踏ん張ってその陰謀を闇に葬らせない、そのありようが青臭く浮き上がらずに、シンパシーを感じるように描かれているのは、脚本・演出の良さと共に、この時期のH.フォードならではだろう。大袈裟な演技はしないが、ちょっとした顔の表情でニュアンスを伝えるフォードの演技はケイリー・グラントなどに通じるものがあると思う。



「政界のダンスを踊るんだよ」と罪をなすりつけようとする大統領に「お言葉ですが、私は踊りません」と静かに啖呵を切るジャック・ライアン。ここでも大見得は切らないが誠実な男の心底の怒りが伝わってくる。温厚で物静かな男を本当に怒らせるのが一番怖い。

原作シリーズでは、ジャック・ライアンはその後ついに大統領にまでなってしまうという設定のようだが、「課長・島耕作」が社長にまでなってしまうとなんだかなぁ、という感じがするように、ライアンも大統領にまでなってしまうとどうなんでしょね、と思わないでもない。やはりそんなにまで昇り詰めないところであれこれと苦労しているのがミソなんじゃないかしらん。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する