「ナイル殺人事件」 (DEATH ON THE NILE)

~ドロドロの愛憎と壮大な風景と~
1978年 英 ジョン・ギラーミン監督



昔、何曜日のだったか忘れたけれど、TVの懐かしい洋画劇場枠で何回か観た本作。
でも、その折はさほど面白いと思わなかった。でも、このつどBSのアガサ・クリスティ特集で再見。久々に観たら、ほほぉ、なるほど悪くなかった。今回の特集では「アガサ 愛の失踪事件」や「オリエント急行殺人事件」なども高画質で録画しなおす事ができて嬉しかった。(こういう機会を待ってましたのよ)また、未見だった「地中海殺人事件」も捕獲したし、一挙に大漁節って感じである。
前にTV放映されたのを観てからもう随分たつので、ワタシにとってはちょうどナイスなタイミングの放映だったのかもしれない。例のデヴィッド・スーシェのTV版ポワロ・シリーズも長編として「ナイルに死す」があるので、それと頭の中で見比べつつ再見してみた。

まず、ワタシはピーター・ユスティノフのポワロというのが、昔はどうもダメだったのだけど、今回観たらそこそこ愛嬌があってちくちく嫌味もあって悪くないな、と印象が良くなった。ちょっと太りすぎで、やはりカーネル・サンダースっぽいと思わないでもないけれど、以前ほどノンノン、という感じではなくなった。


なんですと?

TV版はスーシェのポワロは良いとして、その他のキャストがTV俳優たちで貧弱にならざるを得ないのだけど(でも、殺される美人で驕慢な女相続人をエミリー・ブラントが演じている)、映画版の何がいいかというと、「オリエント急行?」以降定番となったオールスターキャストで、とにかく脇役陣がゴージャス。デヴィッド・ニーヴンだのジョージ・ケネディだの、オリビア・ハッセー(懐かしい)だの続々と登場するが、やはり真打ちは大貫禄のベティ・デーヴィス。いじわる婆さんなら任せとけという、この気持ちよいばかりのハマリっぷりはどうだ。それに仕えるコンパニオン役でマギー・スミス。彼女とジェーン・バーキンは続く「地中海殺人事件」でも続投するのだが、久々に観るとマギー・スミスが良いですね。この2本はプチ・マギー・スミス特集という感じでもあった。殊にちょっと干からびたマニッシュという感じのコンパニオン役はいじわる婆さんベティ・デイヴィスとの毒づき合いが面白い。(「地中海」では元コーラスガール同志、ホテルの女主人と客という形で昔のライバルと陰険なあいさつを応酬する)


マギーのマニッシュ・ルックとベティさんとの掛け合いを見ているだけでも飽きない



クールなマギー ディートリッヒばりじゃないですの ふふ

魔女健在 出てくるだけで嬉しいベティ・デイヴィス

西洋の金持ち婆さんは秘書兼話し相手のような連れ(コンパニオン)を連れて出歩くものなのね、というのは「レベッカ」で初めて知ったのだが、ベティさんが演じる金持ち婆さんバン・スカイラーは、マギー演じるコンパニオンに言いたい放題を言い、相手にも言いたい放題を言わせつつ、最終的にはマギーの嫌がる事を企ててそれに従わせる事でいじめつつそれを楽しみ、無用に長生きしそうである。コンパニオンの方も、婆さんに憎まれ口を利きつつも、辞めてやる、と言いながらなかなか辞めない。きっと婆さんが死ぬまで仕えちゃうのだ。そういう回り合わせなのである。マギー・スミスのマニッシュ・ルックはどのシーンでもスマートでキマっていた。細身で長身で姿がいいので、当時のヴォーグの表紙に登場するモデルのようにサマになっていた。

久々に観たデヴィッド・ニーヴンも軽やかで良かった。改めて持ち味や立ち居振る舞いがフレッド・アステアとよく似ているな、と思った。この二人は親友らしいけどさもありなん。アンジェラ・ランズベリーが女流エロ作家をエグみ一杯に演じていた。この人ってパグに似てる気がする。「クリスタル殺人事件」ではミス・マープル役だった。そして忘れちゃならない赤毛の粘着ストーカーを演じるミア・ファーロー。痩せの赤毛で執念の塊。そして、この頃大人気だっただけあって、物静かな面差しのオリビア・ハッセーはやはり、いかにも清楚な雰囲気が日本人好みだなぁと改めて思った。


細身で粋な身ごなしやテイルコートの着こなしがアステアと共通するニーヴン

久々に観ると、やっぱりキレイだったなと思うオリビア・ハッセー

アガサ・クリスティのポワロ映画の特徴として、エキゾティックでゴージャスな旅の最中に事件が起きるという設定がある。浮世離れた旅先の風景や、豪華客船の一等船室や高級列車の一等車両、また限られた客しか滞在しない孤島のホテルを占領する客たちが全て容疑者になるという設定。裏ではギラギラ、ドロドロした恨みつらみや愛憎などの人間関係がくろぐろと渦巻いているが、うわべは優雅なシチュエーションでコーティングされているというあたりがミソだろうか。しかし、なんたって1930年代という時代設定がその魅力の最も大いなる部分だというのがワタシの変らぬ見解だ。何しろこの時代の衣装風俗や文化的な側面は、とにもかくにも優雅で優美なのである。家もインテリアも車も調度品も、男も女も帽子を被って絵になる時代だ。ナイル川クルーズの客船の内装やら家具調度やらが画面の中に映っているのを観るだけでも楽しいのが、1920?30年代を設定した映画を観る醍醐味だ。


客船のラウンジの内装などもさりげに渋くゴージャス


恋人達は頂きを目指す…エキゾティックかつロマンティックなロケ映像も欠かせない

映画版とTV版のもっとも大きな違いは脇役陣の顔ぶれと、エジプト・ロケのスケール感だろうか。その神殿や遺跡の壮大な空間は同じサイズのTVの画面で観ても映画の方がより壮大に感じる。TV版もTVドラマとは思えないほど、毎回きちんとした時代考証をして、見事なロケやセットで完成度の高いシリーズなのだが、スケール感が違って見えたのは構図の切り取り方の差かもしれない。 ジャック・カーディフのカメラは、やはりひと味違う。どのサイズの画面で観ようとも映画は映画であるし、TVドラマはTVドラマだ、という事だろうか。そして、昔観たきりの映画を最近になって見なおすと何故か印象がよくなる事が多いのは、デジタル時代の恩恵で、映像の質が昔観た時よりも格段によくなっているという事もあると思う。それと昔はあまり知らなかった脇の俳優などについて知る事が増えてくると、以前とは違う角度で映画を楽しむ事ができるから、という事もありそうだ。


このアングル さすがなり

神々の足元にジャコーンと登場 女はコワイよ



ただ、ストーリーの細部などはTV版の方がじっくりと作られていて、中核を成す二人のカップルがいかに経済的に追い詰められて貧しい状況にあったか(サイモンは仕事をクビになったばかり、ジャクリーンはかつては裕福な家に生まれたが今は一文なしという状況)などが、もう少し分り易くなっている。エジプトのナイル・クルーズで同行することになる面々のキャラ設定も、映画とドラマではところどころ違う。当てはめた役者によって、そのキャラに合うように変えているのだろうと思われる。例えば、金持ち婆さんに付いているコンパニオン(ドラマでは姪)のキャラと三流女流作家の娘のキャラが、映画とTVで入れ替わっている感じ。原作は未読なのでどちらがどうなのかよく分らないのだが、多分、TV版の方が原作に近いのだろうと推察。


TV版の「ナイルに死す」

お馴染みデヴィッド・スーシェのポワロ

美人の女相続人リネットを演じるのはエミリー・ブラント

映画では謎解きにこだわるあまりに、そこまでの犯罪を犯した二人(ことに女の方)の心情を掘り下げる視点が欠けているキライがある。ただストーカー的な部分の執拗さだけがクローズアップされていた。それにしても、男の方は間抜けな役割だ。男は駒に使われているだけであって、持てる女と持たざる女との因縁の闘いに巻き込まれた生贄、という感じである。金も力もない色男は辛い。
それにしても、お話とはいえよくもこんな事を企てたもんですわね。みんな貧乏が悪いのか。殺されたリネットがちっとぐらい驕慢だったからといっても死に値するほどの罪とは思えない。気の毒な限りである。


付きまとわれて殺されて…踏んだり蹴ったりなリネット

アガサ・クリスティ物の映画を観ていていつも感じるのは、横溝正史も真っ青な、そのグチャドロの情念の世界である。というか、横溝正史がクリスティを踏襲したのかもしれないが、舞台を欧州に移しただけで、本質的には「犬神家の一族」的情念が渦巻く世界であるなぁ、という印象は昔からずっと変らない。誰もが動機があり、誰もがチャンスがあったという設定のもとに展開されるトリックなどの部分を除くと、骨子はドロドロの情念と愛憎である。一連の事件後に、関係者一同を集めての、探偵のとくとくとした謎解きパフォーマンスのあとで、結局最後の最後に犯人を死なせるという形で捕らえ損なうという点(ドラマ版では、ポワロは女の意図に気付いていたが、武士の情けで黙認する)でも、横溝正史はアガサ・クリスティ的である。底を流れるものが共通している。ハンサム亭主の愛想尽かしに苦しめられただけあって、アガサ女史、内面はグチャドロの阿修羅状態だったのかしらん、などと推察してみたり。


恒例の関係者一同を集めての「謎解き劇場」で得意満面のポワロ

たまたまドラマ版も手元にあったので、あちこち見比べながらの再見で、映画版の映画なりの良さも再発見することができた。

こういうオールスター・キャストの場合、ビリングの順で、誰が犯人を演じているのか分かってはまずいから、そういう点でも随分と制作サイドは気を使うんだろうなぁ、なんてエンドロールを見ながらふと思った。

コメント

  • 2010/09/13 (Mon) 01:21

    そうそう、ゴージャスですよね。ポワロものの映画化は。「オリエント急行」も「ナイル」も「地中海」も観てますが、「死海」だけは観れてません・・・。NHK-BSよ、プリーズ。
    で、この「ナイル殺人事件」。ピーター・ユスティノフがねえ・・・もう、ポアロとは別物ですよね。だって、ポアロって小男だけど、ユスティノフは巨大だもの。で、たまにチャールズ・ロートンと混同します・・・。体つきが(爆)。
    デビッド・ニーヴンがアステアに通じるものがある、には全くもって同感。身のこなしがエレガントですよね。英国紳士、って感じがします。ベティ・デイヴィスは・・・好きだわー。なんて意地悪な役が似合うのかしら(笑)。

  • 2010/09/13 (Mon) 07:31

    「死海」ってユスティノフ版の最後のやつですよね。一番ショボいやつですね(笑)ちょっと前にどこかの映画チャンネルでやってたような気もするのだけど、そそられなくてスルーしちゃいました。そのうちBSで放映するかもですね。で、ユスティノフ。前に観たときはダメなり、と思ったのだけど、今回見なおすとそこまで酷くはないなと思いました。もっともっと大きいと思ってたんだけど、案外背は低いんですね。もっと縦横にドカーンと大きいイメージでしたが。
    ワタシはスーシェのポワロで映画一本作っておくべきじゃないかなと思うんですよ。それこそ、今のオールスターキャストで思いっきり衣装や時代考証にお金かけたゴージャスで品のいいポワロ映画を観たいです。誰か企画しないかな。

  • 2010/09/15 (Wed) 20:21

    おほほほ。オールスターキャストのクリスティ作品私も好きで昔はよく見ましたがもうすっかり忘れてます・・・。最近オリエント急行をやっていて久々に見た位。ホント今クリスティ特集やってますよね。
    ポワロは昔々に見ていた事もあってなんかデービッド・スーシェのしかも熊倉さんでしたっけの吹き替えじゃないとなんか見た気がしないような。あのペタペタした英語にもまあ慣れてはいるんですが。マギー・スミスはもう私が一時期ちょっといいなと思っていた息子トビー・スティーブンスの顔と若い頃は瓜二つですね。
    ちなみに、クリスティーつながりで9月28日のBS(だったと思う)のミス・マープル3「無実はさいなむ」には私の現在のご贔屓さんリチャード・アーミティッジが出演ですのよ。ほほほ。録画録画。

  • 2010/09/16 (Thu) 23:08

    Sophieさん。
    ワタシもこのところのクリスティ特集は、高画質での再録画が目的って感じで、観たのはこの「ナイル~」と「地中海~」だけざます。「地中海~」以外は前に観た作品ばかりだしね。その後デヴィッド・スーシェのポワロの新作長編も放映してるけど出来はどうなんだろ。一応録画はセットしてるけどまだ全然観てないざますわ。そして、マギー・スミスの息子って見た事ないわワタクシ。でもああいう顔なのね。なんか想像はつく感じ。ちとC3POっぽい?
    で、ほほぉ。最近のご贔屓さんがマープルに出るざんすか。あのちらっとG.バトラーに似て蝶の人ね。ふふふ。ちょろっとチェックしてみよかしら。それにしてもあなたったら、マシューはどうなったのなり?あれだけシューシュー言ってたのに。(ってワタシも人の事は言えぬわね。殆どの場合すぐ飽きちゃうから。にょほほ)

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