「マイ・ライフ、マイ・ファミリー」 (THE SAVAGES)

~家族がほんとうに家族になるとき~
2007年 米 タマラ・ジェンキンス監督



フィリップ・シーモア・ホフマンローラ・リニーの顔合わせで描くファミリー・ドラマ。日本未公開作品ながら、この顔合わせにそそられてDVDを観てみたら当りだった。ずっと疎遠だった父親が認知症になり、独身でそれぞれに生活していた息子と娘は否応なしに好きではなかった父親と向き合うハメになる。兄にホフマン、妹にリニー。こういうテーマは国境を飛び越えた普遍性を持つ上に、女性監督タマラ・ジェンキンスのきめ細かい視線が等身大の物語に極めて日常的な細かい襞を与えていて、演出も脚本も秀逸。
これを観て、ワタシはますますフィリップ・シーモア・ホフマンが好きになった。
デブちんだけど知的でとてもキュートだ。
フィリップ・シーモア・ホフマン演じる兄のジョンは大学教授。専門は演劇だ。
ローラ・リニー演じる妹は派遣で仕事をしつつ、劇作家を目指している。つまり、揃って演劇に取り憑かれた兄妹なのだ。兄妹の父レニー(フィリップ・ボスコ)は子供たちとはずっと疎遠で、遠く離れた町で老齢の内縁の妻と暮らしていたが、その内縁の妻に先立たれた上、彼自身にも認知症の兆候が出て、兄妹はイヤでも父の面倒をみざるを得なくなってしまう。

たとえ、どんなにかわいがられて育っても、認知症になった親の面倒を見るのは心身ともにしんどい事だろうと思うが、この兄妹は子供の頃にいい思い出がひとつもなく、産みの母は男を作って出て行き、父にはしょっちゅう暴力をふるわれて育った。家族としてロクな思い出がなくても、老いた親への責任はいやおうなしに降りかかってくる。

兄と妹はしょっちゅう会ったりはしないものの、基本的に仲は悪くない。とにかく殆どのシーンをフィリップ・シーモア・ホフマンローラ・リニーでもたせているのだが、二人とも自然な演技が上手いうえに、コンビネーションが良く、全然似ていないのにちゃんと兄妹に見えるから不思議だ。

横暴な父親に殴られて育ったわりには、二人とも特に性格は歪んでいないが、兄は大学教授をしながら長続きしない刹那的恋愛を楽しみ、妹は戯曲を書きながら不安定な仕事をしつつ、同じアパートに住む既婚者の薄毛のオヤジと時折の性的な欲求を満足させるだけの関係を続けている。揃って愛情関係に問題アリ、という感じだ。ローラ・リニーが一目でウィッグと分るブルネットの妙にセットされたような髪で出てくるのがちょっと違和感があったが、兄も妹もそれぞれの人生の問題を抱えつつ、見ていてシンパシーを感じてしまうかわいげのあるキャラクターに描かれていたのが良かった。


泣き笑い顔のローラ・リニー 改めて上手い女優であると思った

かわいいフィリップ・シーモア・ホフマン この目を見て

フィリップ・シーモア・ホフマンの気儘なインテリぶりが自然にはまっていた。自分のやり方で分類した本を扱う仕草などにも、それらしい雰囲気が漂っていた。素のフィリップ・シーモア・ホフマンて、育ちがよくてインテリだろうな、という気がする。こういう役はとても自然で良い。憎まれ役や悪役をやっている時とは目の表情が根本的に違う。知的で人の良さそうな目元がいつも柔和な光をたたえていてかわいかった。妹とテニスをやって首を捻り、家で水袋を錘にして簡易の牽引をするシーンなど、ユーモラスで笑ってしまった。ローラ・リニーも演技を離れて笑っていたような気配がある。


笑わずには見られない牽引シーン


兄と妹はそもそも別に生活しているし、お金に余裕があるわけではなし、父をどちらかの住いに引き取るわけにもいかないので、兄は自分の家の近所に認知症の老人を受け入れてくれる保険のきく老人ホームをみつけて申しこむ事にする。妹は、いかにもなその施設を見てショックを受ける。厄介になった親を適当な施設に放り込んで口を拭う人でなしの子である、という自責の念が、その飾り気のないホームによって余計に掻き立てられるからだ。「私たちはひどいわ。ひどい子供よ。鬼子供だわ!」と泣きじゃくる妹を兄は無言でなだめる。鬼ったって、現実問題、家で自分たちがずっと面倒を看る事はできないんだから仕方が無いのである。もっと小ぎれいで体裁のいい施設の面接を受けたがる妹に兄は言う。お前は立派な施設にオヤジを入れる事で自分の罪悪感を誤魔化したいだけだ。それはお前の自己満足に過ぎないよ、と。

ローラ・リニーの妹が、殆どベッドだけのホームでの父のスペースを飾るべく、あれこれとチープな雑貨を買ってくるのだが、妹が良かれと思って買ってきた赤い枕を、父は気に入らない。ムリに頭の下に入れようとすると父は怒って払い除ける。自己満足と病人が本当に望む事とは別なのだ。また、内縁の妻と住んでいた町から兄妹の住むNYに父を飛行機で連れて帰る妹の大変さも、見ていていちいち、あぁ、そうだろうね、こりゃ大変に違いないわよ…と頷けた。細かいところがとても上手い。



妹は自分たちを鬼子供だ、と泣くのだが、子供時代にロクな思い出もないわりにはこの兄妹は父親に対してよくやっていると思う。というか、殴られた記憶しかないような父親が老いてボケたからといって、ここまで一生懸命にその問題に関わろうとするだろうか、とちょっと首を捻った。妹は当面、兄の家に泊まりこむ事になり、兄妹はほぼ毎日のように施設のベッドで寝ている父親の元に見舞い(面会)に行くのである。何がそこまでさせるのか…。 ただ、それまでバラバラだった家族が、誰かの病気などをキッカケに家族らしい連帯感を取り戻す、という事は確かにあるようで、ワタシの友人の家でも、親が元気だった時にはそれぞれアサッテの方を向いて好き勝手に生き、家族は気持ちもバラバラだったのだが、リタイアした父親が倒れたり、母親が転んで骨折したりすると、バラバラだった親子やきょうだいはしっかと気持ちがひとつになって、助け合ったり譲り合ったりするようになったらしい。子供の頃には一度も家族揃っての旅行や外食などしたことがない家だったらしいが、今は全員揃って夕食の食卓を囲んでいるとか。「今が一番大変だけど、今が一番家族らしい感じがする」と友人は笑っていた。家族やきょうだいというのはそういう有機的で不思議な共同体なのかもしれない。
そして、苦難や試練はけしてマイナス面だけを齎さない、という事なのかもしれない。



まだらボケが始まった父親を演じるフィリップ・ボスコも上手かった。そういうオヤジの雰囲気がよく出ていたと思う。冒頭近く、内縁の妻の介護に来ている介護士が、トイレで排泄物を流し忘れたこの父親にかなり厳しく当るのを見て、離れて住んで、知らないところで、もし自分の親がこんな風に扱われていたらどんな気分になるだろう、と思うと暗澹とした。また、もっと先にいって、自分が老境に入った時、頭も体もずっと健康でいられるといいのだけど…とも切に思った。
誰もが願う事だろうけれど、自分の親にも、その日まで心身ともに健やかに日々を過ごして欲しいし、自分自身も願わくば誰の世話にもならず、誰にも面倒をかけず、自分の事は最後まで自分でできる状態でありたいものだと改めて思った。

*****


兄と妹は、時にいたわり合い、時に喧嘩をしつつも、父親を近くで見守り続け、そして来るべき時を迎える。
そして、その時を乗り越えたあと、それぞれに人生の次の一歩を踏み出して行く。
ラストの爽やかな映画っていうのは、やっぱり良い。
折々の兄や妹の気持ちの襞や、状況の描き方がとても自然で等身大。
多分、というかほぼ間違い無く監督の実体験が描かれているのだろうな、と思った。

コメント

  • 2010/09/17 (Fri) 10:58

    kikiさん

     私はこの映画はまだ観ていないのですが、是非観たいという
    気持ちになりました。kikiさんの解説だけで身につまされました。
     ほぼ似たような状況を私も経験してきましたので。
    (あ、現在は落ち着いておりますよ)アメリカも日本も普通の人の
    普通の生活に違いはないんですね。
     ホフマン族の大元締めのF.シーモア.ホフマン、なんとなく好きな俳優です。
    ロビンウィリアムズのパッチアダムスで初見でしたか。
    デブチンはどうも好きではないのですが、ホフマンは別格です。
    しんどい役でも彼だとなんとなく暖かい気持ちになれるし。
     ローラリニーはどうでしょう。ヘレンハントとかが苦手なので
    こちらの系統の女優さんかと思ってましたが。
     まずはDVD探してみます!

  • 2010/09/17 (Fri) 23:11

    ふうさん。是非ご覧になってみてください。新しい映画だし、多分ツタヤにはほぼ置いてあると思います。
    ほんと、アメリカも日本も普通の人の人生や生活には何の違いもないんだな、と思いましたよ。そうですか。ふうさんはご経験がお有りなのですね…。フィリップ・シーモア・ホフマンはなんとなく好ましい、という俳優だったんですけど、これで「好きな俳優」の中に入りました。とにかく憎めない可愛らしさと知的な感じがとてもいいですわ、この映画では。ローラ・リニーは好きでも嫌いでもない女優ですが、上手いな、というのだけは前から思ってたんですね。この映画ではちょっとウダツの上がらない感じの女性を嫌味なく演じていて好感を持ちました。
    作品そのものも、けして軽くはないテーマをどんよりさせずに、けれどシンパシーを持てるタッチで描いていて、考えさせられもするけれども、ホワっともする、という感じの映画でしたよ。

  • 2010/09/19 (Sun) 11:34

    kikiさん

    さっそく昨晩鑑賞しました。

     なかなかの佳作ですね。冒頭のおばあちゃんたちのダンス(お遊戯?)
    アメリカ人って年取っても脚は長くてきれいだなあと妙に感心したり、介護士が
    皆黒人やヒスパニックで、日本の現状をふりかえったり。
    (話はそれますが、アメリカ人ってどんな国にいっても自国と同じスタイルの生活
    をするおかげで、郊外の住宅街は毎度既視感があります)
     お父さんの俳優がうまかったです。不安げな、茫然とした表情や動き、よく観察し
    てるなあと感じました。
     ローラリニー、思い出しました。トゥルーマンショーの不自然な奥さん、
    ラブアクチュアリーで可愛いロドリゴ君をふっちゃう不器用なOL役のあの人だったんですね。
    ヘレンハントとは同じアカデミー女優でもまるで違いますね。(汗)
     あのかつらって彼女の自己防衛のあらわれかな?って感じました。
    この映画では鬱陶しい人だなあというのが第一印象。生い立ちが明らかになるにつれ
    無理もないなあとは思いましたが。まあ、親の介護生活が進むにつれ、自分の問題点にも
    向き合うようなっていって、本気で自分の人生に取り組めるようになったのはなによりで、
    うまい女優ではあります。
     これが兄妹の物語でなく、姉妹ならどうだったんでしょう。もっと深刻な暗いものになったかも。
    ともかくいい映画でした。感謝です。

  • 2010/09/19 (Sun) 23:18

    ふうさん。早速ご覧になられたんですね。そうそう、介護士はみな黒人やヒスパニック系でしたね。で、白人の介護士がいるホームに妹が父親を入れようと躍起になったりするわけですね。アメリカの郊外住宅地の感想、なるほどね。やはりそちらにもそんな風景があるんでしょうか。
    父親役のフィリップ・ボスコ、自然でしたね。飛行機の中で娘に手を取られてそろそろと歩くところとか、本当にそういう老人を見ているみたいな感じでした。でも親としては失格っぽくて、「親はあっても子は育つ」状態で大きくなった子供たちが、晩年はとりあえず出来る範囲で面倒をみてくれたんだから、このオヤジさんはラッキーなんでは?
    ローラ・リニーはウザい女をやらせると結構うまい人なんですよ。「イカとクジラ」の母親役なんかも、ふうさんが観たらかなり頭に来そうですね(笑)本作のリニーについて、ワタシは、前に同僚でココリコ田中に凄く似た女性が居て、性格的にもルックス的にも、リニーはこのココリコさんに凄く似てたので、「あら、ココリコさんだ」とか思って見てました。あのウィッグは、もしかすると監督のタマラ・ジェンキンスの雰囲気を出すためかもしれませんね。この妹は監督が自らを投影したキャラじゃないかな、という気がするんですよ、ワタシ。ともあれ、ご期待を裏切らない作品で何よりでした。

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