「七人の侍」

~百姓と野武士と侍と~
1954年 東宝 黒澤明監督



日比谷シャンテシネでの黒澤明回顧上映では、どうも都合が合わずに見送った本作。これと「用心棒」はチケットの出足が早くて、なおかつ、上映後にトークショーなどのある回はネットで席を売り出す前から完売みたいな状態だったので殆どお手上げだった。今回は日本映画専門チャンネルの黒澤明生誕100年特集の放映で、実に久々の観賞。有名なわりに、ワタシ的には黒澤作品の中でも非常に観賞頻度の低い作品である「七人の侍」。前に観たのは80年代末のNHK-BSでの放映だったと思うが、その時が初で、今回が二度目となる。とりあえず録画しておいて、ようよう観賞した。
何しろ今回はハイビジョンでの放映なので、以前BSで観た時よりも、映像はさらに鮮明になっている。裏山の中で、勝四郎(木村功)が野菊の中に横たわるシーンなど、野菊の上を吹き渡るそよ風や、木々の間を洩れてくる太陽の光、森の中の木立の陰翳や葉のそよぎなどが殊更に美しく感じられた。最近、デジタル化された古い映画を非常にクリアな映像で観る時、リアルタイムでの上映時よりも数段鮮やかな映像を目にしているのではなかろうか、と思う事がある。つまり、今の時代まで待たなければ観られなかった映像、という事になるのかもしれない。



3時間半もある長尺。インターミッションもがっちりと入る。黒地に白文字で「休憩」と出てくる画面が骨太の黒澤映画らしい。最終形が3時間半。当時としては破格の制作費をかけ、約1年にもわたる歳月を撮影に費やして出来た作品だけに、編集もさぞかし大変だったろうし、話の展開も非常に丁寧に作られているが、序盤の野武士の襲来に嘆く百姓が侍をスカウトに行くまでの下りは、やや冗長に感じる。宿場町での侍スカウトのあたりからテンポが出てきて面白くなってくる。村から宿場町に出てきた百姓達の前をよぎって行くエキストラ同然の侍役で駆け出し時代の仲代達矢が一瞬画面を通過していくのは有名だ。また、誘いを断る侍の役で山形勲が1シーンだけ登場したりする。

「七人の侍」の中で誰のファンか、というのはそれぞれに意見が分かれるところで、それぞれの侍にファンがいるだろうけれども、ご承知の通り敏ちゃんファンのワタシだが、侍たちの中で一番好きなのは宮口精二演じる久蔵であって、菊千代様ではないのである。ワタシが「七人の侍」を殆ど見なかった理由は、この作品における三船敏郎はいつもチンパンジーのようにウホウホと騒いで動き回り、かつ、いつもサウンドトラックも裂けよとばかりに喚いたり叫んだりしているので、なにがなしウザったいのである。それと、長尺であること。そして、たびたび観る種類の映画ではなく、何年かに一度観て、ささやかに新しい発見をするのが楽しい、という映画としてワタシの中で分類されているからでもある。


殺気みなぎる宮口精二

花とサムライ

で、宮口精二の久蔵はシブい。実にシブい。痩せ枯れた全身からみなぎる殺気。シシャモのような顔や体全体から自己鍛錬に全てを賭けた男の厳しい生き様が漂ってくる。口数は少ないが、行動は素早く、無表情で何にも関心がなさそうだが、実はとても情けに厚い。カッコいい。カッコ良すぎる。七人の侍の中で一番カッコいい儲け役であることは間違いなく、本人も「私が一番いい役をやらせてもらった」と恥ずかしそうに敏ちゃんに語っていたそうである。なんでもこの久蔵の役を、黒澤は当初敏ちゃんに振る予定だったのを、宮口精二に変更したらしい。正解だと思う。この久蔵の凄みは、あの非力そうな宮口精二が演じてこそ際立つのだ。陽炎のように立つ殺気は、あの針金のような細い小さな体から発されて、初めて絶大な効力を発揮するのである。宮口精二は当時、馬にも乗れなかったし、剣道などもサッパリだったというのだが、独特の構えから空気を切り裂くように大刀を抜きはなつ仕草など、実にキマっている。さすがに役者というべきだし、侍など演じたこともなかった役者に剣豪の役を振った黒澤の慧眼も冴え渡っていたというべきだろう。宮口精二は面差しも淡々と枯れていながら凄みがあり、どの作品で観るよりも男前に撮られていたと思う。一人で敵の真っ只中に淡々と入っていって、夜明けに種子島(火縄銃)を携えて飄々と戻ってきてのち、銃を渡すと黙って少し離れた大木の幹に凭れて眠ろうとする。勝四郎が喜色満面で飛んできて「あなたは素晴らしい人です。私はずっとそれを言いたかったのです」と手放しで賞賛するのを聞き、無表情を少し崩して苦笑のような照れ笑いを見せる。…カッコ良すぎる。


典型的な「男は年に片頬」っぷりを見せる この苦笑気味のテレ笑いがえもいわれない

敏ちゃんの役は、百姓に生まれ、悲惨なだけの百姓の人生を捨てて侍として生きたいと願う菊千代。なんでも好きにやれ、と言われて犬の真似をしたり、わめいたり、とにかく思い着いた事をなんでもやったらしい。木村功に「酔っ払って、二日酔いだってなんだって出来る(役だ)からいいじゃないか」と羨まれたそうである。敏ちゃん自身も「(七人の中で)一番楽でしたよ」と言っているが、勝手にやっていい、と言われるのが実は一番大変だろうと思う。


時に山犬のように、時にチンパンジーのように、野性の魂で暴れまくる敏ちゃん


ついつい百姓仕事に楽しげに手を出してしまう菊千代をひょうきんに演じる

でも、ロマンス部分を請け負って、それなりに儲け役だったのは敏ちゃんよりも若侍の勝四郎を演じた木村功の方だろう。野菊の中で村娘(津島恵子)とたわむれるのは勝四郎だけなのだから。この勝四郎は、同時に観客の目線を代表するキャラでもある。先ほどの久蔵を賞賛するシーンなど、ちょっとあざといほどそういう演出意図が見える時もあるが、前髪の若侍は永遠に新鮮な儲け役だ。その他、亡羊としてコミカルなキャラの平八を演じる千秋実も飄々とした持ち味がよく出ているが、彼が七人のうちで一番最初に死んでしまう侍だった事はすっかり忘れていた。


勝四郎の背後に映る野菊や山の中の景色が、常に非常に美しかった


飄々とした味わいが場をなごませる千秋実

今回、再見して初めてステキだわ、と思ったのは稲葉義男の五郎兵衛。昔観た時は若かったので他の目立つキャラばかり観ていて、五郎兵衛などは見落としていたのだけど、今回は、常ににこやかで落ち着いていながらも冷静で、志村のおっちゃん演じる勘兵衛のいい補佐役になっている五郎兵衛がとても好ましく映った。オタオタ、ワサワサする百姓たちの右往左往の後で、志村喬の勘兵衛が鮮やかに登場し、その勘兵衛のオーラに導かれて色々な侍が集まり出す中、野武士と闘うという事やその理由よりも、勘兵衛の人柄に惚れたので一緒にやる事に決めた、という五郎兵衛の出来た感じに目が細まった。



また同様に、昔は気付かず今回しびれたのは加東大介の七郎次。彼だけが勘兵衛と昔馴染みで、負け戦の際、落城する城から落ち延びた生き残りなのだが、昔の上司である勘兵衛が命を賭そうとすることなら、それだけで理由は聞かずとも同行する、というその信頼の揺るぎなさと、「今度こそは死ぬかもしれんぞ」という勘兵衛の言葉に、無言でニヤリと笑ってみせるシーンである。さんざん命がけの戦場を潜ってきた二人の間に、今更よけいな言葉など要らないのだ。この加東大介の七郎次の凄みを湛えた微笑に、一番強く「侍」を感じた。侍とは義のために死ぬるもの、であると。



志村のおっちゃんの勘兵衛については、それこそ今更なにをかいわんやである。
ただ、黙ってその練れた智将ぶりをみつめていればそれでいい。


おっちゃん、ステキよ…


百姓代表は藤原釜足に左卜全、土屋嘉男など。藤原釜足は百姓のシタタカさを、左卜全は百姓の情けなさを、それぞれ体現している。土屋嘉男は怒りの権化である。黒澤作品では、いつも女房を悪漢に取られて悶々としている若い百姓を演じている気がする。また、長老役といえばこの人という感じの高堂国典は村長的な最長老の老人を貫禄をもって演じている。どこの国のどんな村にもこういう長老が一人は居そうだ、と思わせるようなザ・長老っぷりが揺ぎない。


ザ・長老 高堂国典

それにしても左卜全の顔というのは、能の翁の面にそっくりである。翁の面を被って芝居しているみたいだ、と時折思ってしまうぐらいに翁面顔である。そして、左卜全が黒澤映画の中で歩いたり走ったりしているのを観るたびに思い出すのは、この人が左脚に脱疽を抱えていて、普段は松葉杖なしには歩けなかった、という事だ。脱疽というのはその部分に血がいかなくなり、やがては腐ってくるという病気である。脱疽になった部分は間断なく激痛にさらされる。医者には切断を薦められたが、俳優は体が資本。脚を切ったら飯の食い上げである。卜全は痛みに耐えながら脱疽と共存する道を選ぶ。


翁の面にそっくりな左卜全

それまでは映画に出演しても、大体チョイ役だったので出演時間も拘束時間も短く、なんとかこなして来たのだが、幸か不幸か巨匠に気に入られ、長時間立ちっぱなしだったり、何度もテストをさせられたりする黒澤組に参加する事になった。中でも時には全力で走らされたりもする「七人の侍」の百姓・与平役は、左卜全としては肉体的に拷問に近い、非常にキツイ仕事だっただろう。でも黒澤天皇の現場に参加していて、脚が痛いから走れませんなどと言えたものではない。脱疽があることは勿論世間には秘密にしていたから、激痛を堪えて、左卜全は懸命に走った。火事場の馬鹿力のような事だろうか。撮影現場に常に付き添っていた卜全の妻は、祈るような思いで懸命に走るその姿を見守り、夜は人知れず膿の出た脚の包帯を代えた。


野武士に追われるシーンで必死に走る左卜全

卜全は、その飄々とした姿や、独自の生活スタイルから業界では奇行の人と呼ばれ、普段の松葉杖も奇行の一種で身障者を装っているのだ、と噂されたりした。この世ならぬ痛みを堪えて仕事をしているのに、身障者の振りをしているのだ、などと言われては我慢できない、と怒りを抑えられない妻だったが、卜全は「そういう噂で助かってるんだよ。役者に病気があるなんて知られて同情なんかされたら致命傷だ」と言って笑ったという。その話を知ってから、卜全が映画の中で歩いたり走ったりしているのを観ると、あ~、凄く痛いのに頑張ったのね…といつも思ってしまうワタシである。


敏ちゃんとの絡みも多く、出演シーンも多かった「七人の侍」

自身もかつて野武士に襲われた村の出身である百姓の小倅・菊千代が百姓のズルさと強かさについて涙ながらに喚くくだりは迫力がある。そして百姓がそんな風にならざるをえなかったのは、そうしないと生きて来られなかったからだ、誰よりも侍が百姓をそうさせたのだ、という言い分も激情とともに伝わって来る。が、今も昔も、このシーンは台詞が聞き取りにくい。このシーンばかりでなく「七人の侍」では全般に敏ちゃんの台詞は聞き取りにくい。敏ちゃんについて、不器用で台詞のまずい役者だと思っている人は、この作品でしか彼を観た事がない人かもしれない。



だが、台詞廻しはともかくも、本作でも、当時の日本人としては破格の筋肉質の体で、手足と尻を丸出しにして雨の中を駆け回る菊千代は、肉体のダイナミズムが炸裂している。(文字通りふんどし一丁の姿も披露してくれる)野生動物のような敏捷な身のこなしも随所に見ることができる。車軸を流すような雨の中、菊千代はお尻丸出しで息絶えるのだが、この引き締まったお尻とそれに続く腿がまた、なかなかセクシーなのである。海外の女性ファンにはこのへんもアピールするところであるようだ。敏ちゃんの男前度やセクシーさについて、ちゃんと分かっていないのは日本人だけかもしれない。ともあれ、クライマックスの雨中の決戦シーンを撮り終えたあとは、さすがの敏ちゃんも精魂尽き果てて人間ドックに入り、1週間こんこんと眠り続けたという。

趣味に走ってすみませんが、敏ちゃんのお尻四連発







見事に引き締まってますね…眼福。 以上。

舞台になる村のオープンセットはどこかの山の中ではなく、東京世田谷の砧撮影所近くの空き地に作られたものらしい。昭和29年ごろと言えば砧界隈は空き地か田んぼしかないようなところだったのだろう。広い場所が確保できるから東宝が砧に撮影所を建てたのだ。その頃の世田谷はおハイソな住宅地などではなく、東京郊外の田舎だった。マムシなども出てきたという。決戦シーンなどは冬の寒い時に撮ったので、勘兵衛などは時折白い息を吐いているのが見えるが、そんな寒い中で、殆ど半裸のような、ふんどしの上に胴当てをつけただけの菊千代様はさぞ寒かった頃だろう。衣装や髪など百姓も侍もヨレヨレの黒澤リアリズムの権化的作品ではあるが、最後の頃には、着ているものも本当にボロボロになり、お互いに臭かったらしい。


クライマックスの雨中の死闘

そして、幾多の血の流れた死闘の果て、
「勝ったのはあの百姓たちだ。わしたちではない」とラストに勘兵衛が言う。
どんなに血が流れても、多大な犠牲を払っても、秋になれば実りはもたらされ、
春には喜々として田植えに励む百姓たち。
侍は義のために死ぬるもの、そして百姓は地を這って生きるものである。
したたかな草の根の民の生命力が最後に全てを凌駕する。
侍は滅び行く種族なのである。



黒澤作品としては、ワタシはやはり「用心棒」の方が好きである、という事には変りないけれど、これだけの役者が揃って、当時としては破格の予算と期間をかけて仕上げた日本映画の精華として、やはり「七人の侍」は特筆すべき作品だろうと思う。
1年もの期間をかけて撮って、1本分のギャラしか貰えなくても、キャストからスタッフまで、参加した全員がお金の事など考えずにカツドウヤ魂を極限まで発揮して死に物狂いで作り上げた、活動屋的情熱の最後の結晶ともいうべき日本映画、それが「七人の侍」なのである。

コメント

  • 2010/10/11 (Mon) 02:55

    いいですよね~。「七人の侍」。私の邦画No.1でございます。DVDも持ってます。たぶん、作品的には「用心棒」の方が上なのかもしれませんが(私未見なんですけどね・・・)、海外で圧倒的に人気なのはこの作品ですよね。やっぱり七人の侍のキャラが一人一人立ってるからですよね。先日「十三人の刺客」を観てきたのですが、十三人を一人一人描き切れてなくて、クローズアップされるのは数人。おかげで、戦のシーンも「こいつ誰だ」状態でした(爆)。

    私が七人の中で一番好きなのはやはり勘兵衛なのですが、久蔵も渋いですよね。職人、という感じ。あと、五郎兵衛の補佐役ぶりも。これって「荒野の七人」でいうところのマックィーンみたいな役どころですね。しかしこうやって思うと、「荒野の七人」はうまくできてますね。リメイクじゃなく、オマージュなんですけどね。

    で、世界のミフネこと三船敏郎。菊千代が実は百姓だったとわかるシーンはインパクトありますよね。ひょうきんな菊千代の中にある葛藤が垣間見えたシーンでもありました。そして、菊千代の存在が百姓と侍をつなぐ架け橋でもありましたね。

    ちなみに、とっても好きな作品ですが、セリフが聴きとりづらいのが残念です。私の耳が時代劇慣れしてないのか・・・。特に冒頭の百姓たちの会話。何と言ってるのかわからず(爆)。字幕が欲しいぐらいでした・・・。

  • 2010/10/11 (Mon) 22:46

    mayumiさん。
    ほんとに、一人一人のキャラが鮮やかに立ってますよね。加東大介の七郎次は冒頭の「ニヤリ」以外にこれという見せ場はないのだけど、それだけで十分に印象に残ります。久々に観ると、実に丁寧に作られているな、と感心しますね。あらゆる意味で、この時代でなければ出来なかった作品だなぁとつくづく思います。

    勘兵衛もよく出来たキャラですね。この勘兵衛のキャラはきっと黒田官兵衛なんかのイメージかな、と。有能な軍師って感じ。そして五郎兵衛もかなりナイスな役ですよね。ああいう具合に、いかなる時にも莞爾と微笑んでいたいものだと思うんですが…ムリ。でも、一番ステキ・キャラなのはやはり久蔵じゃないかと思うんです。黒澤が七人の侍の俳優たちに脚本を見せて「この中でどの侍を演じたいか?」と聞いたら、みんな久蔵がやりたい、と答えたそうです。そりゃそうよ、猛烈にカッコいいもの。黒澤はこのカッコいい久蔵役を振らなかった代わりに、腕力自慢で暴れん坊で愛嬌者の百姓の倅・菊千代役を敏ちゃんに振ったわけですが、これも重要な役ですね。おっしゃる通り侍と百姓を繋ぐ存在。百姓というものを骨絡みでよく知っている人間が一人はいないとね。お互いに生きるスタンスが違うから永遠に分り合えない齟齬がそのままになったところでした。で、「荒野の七人」ですが、ワタシ、物凄い子供の頃に淀長さんの洋画劇場だかで一度だけ「荒野の七人」を観たような気がしてるのだけど、全く覚えてないんですよ。だからマックィーンの役どころとか、ブロンソンの役どころとか、誰にあたるパートをやっているのかサッパリ(笑) ただ、ブリンナーは勘兵衛かな、と。

    そして、敏ちゃんだけでなしに、全編にわたって台詞が聞き取りづらいですね。この頃の録音機材やサウンドトラックの質が低かったんだろうと思うけれど、モソモソしゃべられるとお手上げだし、敏ちゃんみたいに喚いているのもサッパリ聞き取れない。よ~く聞けば、あぁそういう事を言ってるのね、という感じだけど、パッと聞き取れないところは外国の映画を観ているのと変らないですね。確かに冒頭、百姓たちがぼそぼそとしゃべっているのも聞き取りにくい。まさに字幕モノかも (笑)

    「七人の侍」は作品のスケールなどからして世間的な評価は「用心棒」より上だと思います。黒澤の最高傑作と誰もが思っているのは「七人の侍」でしょう。群像劇とスーパー・ヒーロー物という違いもあるしね。でもワタシは黒澤ファンでなく敏ちゃんのファンなので、個人的な好みとして「用心棒」の方が好きなんですわ。 桑畑三十郎にぞっこん惚れているので。ふほ!

  • 2010/10/13 (Wed) 23:50

    kikiさん、ついに「七人」の登場ですね!
    わたしもkikiさん同様、この作品は通しで見たのは3回くらいです。菊千代・敏ちゃんは大好きながら、敏ちゃんばかりを追うのでなく、全編通して見ねばなるまい、というくくりの作品なので(わたくし的に)長尺ゆえなかなか頻繁には見れないですね。
    思えば、まるで邦画に興味もなかった頃に、「日本映画の金字塔」とかなんとかとにかく見とかないといけないんではないか、と最初に見たのはまだDVDなど存在しない頃、VHSをレンタルして見たのでした。しかし、kikiさんはじめ多くの人のご指摘通り、台詞がちっとも聞きとれず、わたしはどうにもそれが気になって仕方なく、ちっとも集中して見れなかったのを覚えています。これのどこが「金字塔」なの?ってサッパリ分からなかったです。侍のみなさんも千秋実、加東大介、稲葉義男の区別はとんとついていなかったです(苦笑)。こんなわけで、わたしの「七人」との出会いは苦々しいものだったのですね。そして二度目に見たのは留学中のリヨンの映画館にて。これは仏語の字幕付きだったんですね。字幕に追いつけない部分もあるけれど、わりと意訳されているので日本語の台詞を聞くよりも字幕が助けとなってようく分かりました。映画館のスクリーンで観れたのも幸せな体験だったなと思います。二度目は面白かったですねえ。ちっとも長さを感じなかった。そして「三船敏郎ってカッコイイ・・・」ってジワジワきました。今はDVDも日本語字幕付いてると思うので台詞の聞きとり辛さはさほど気にならないと思うんですけど、これ字幕なかったらかなり「えっ、なに??」ってストレスになりそうですね。それがためにわたしのような不幸な出会いをして作品の価値にたどり着けてない人がまだまだいるとしたら大変に残念なことだなあと。
    左朴全エピソードは知りませんでした。奇行の人とは聞いていたけど、そんな病気を抱えてたんですねえ(涙)。
    久蔵役が敏ちゃんだったらと思うとそれはそれで見たい気がしますが、kikiさん的にはウザいのでしょうが、敏ちゃんはやっぱりこの山猿・菊千代がぴったりですね。「羅生門」のエロチック野性とはまた違う動物的野性、お尻丸出しであっちへこっちへ駆け回り、コミックリリーフ的役割もあって微笑ましいのです、うふふ。
    じっくりと時間をとってまた見たくなってきました。

    池部さん、亡くなっちゃいましたね。ニュースで見たときkikiさんのことが頭によぎりました。92歳、大往生でしたね。池部さんに関してはまた記事を書かれるのではないかと思っておりますが、元気出してくださいね。小林桂樹に続き、とても悲しい報せでした。合掌。

  • 2010/10/14 (Thu) 00:28

    ミナリコさん。やっぱり、そうそう見られないですよね、これ。長いしね。10年に1回か15年に1回ぐらいでちょうどいいスタンスかも。今回の観賞もほぼ20年ぶり2度目って感じですのでね。いろんな意味で、頻繁に観るという種類の映画じゃない気がします。で、やっぱり台詞聞き取れませんでしたか。この映画はそのへんがハンデですね。そうか、苦々しい思い出がありましたのね。昔の映画の中でも特に聞き取りづらいですよね、これは。でもワタシは冒頭の部分以外はしっかりと聞き取りましたよ。時折、菊千代の台詞は「○×Ю△▼д!!!」って感じだったのだけど…。今回、かなりじっくり観たので、この先10年は観なくていいかもですわ(笑)

    そうそう、敏ちゃんはどちらも野性味の強い男を演じているのだけど、「羅生門」の盗賊と菊千代は持ち味が全然違いますね。ワタシは多襄丸には惚れ惚れなのだけど、菊千代はど~もねぇ。時折なんとなくウザく感じられてしまいますのよ。ごめんね。カワイイんだけどね。でも久蔵はやはり宮口精二で正解。敏ちゃんはこの作品では菊千代がハマリ役ですね。

    左卜全は、かなり味わい深い人物のようですわよ。でも外見から受けるイメージ通りといえばイメージ通りな人でもあるな、という感じです。

    池部良についてはお察しの通り、あらためて記事を書こうと思ってますが(でも今日の記事は池部氏についてじゃないの、すみませぬけど)、遂に来たか、という感じではありますね。小林桂樹も亡くなって、今年は訃報が多い気がしますね。それも、昭和20年代から最近まで活躍していたようなご長寿俳優が相次いで他界して、そろそろあの世代の人々がみんな逝ってしまう時期が来たんだな、という気がしています。原節子や李香蘭も今年90歳だものね…。小林桂樹の訃報を聞いた時に、池部良の訃報もそのうち聞くことになるのかなぁ、とふと思ったら現実になってしまいましたわ。

  • 2015/04/22 (Wed) 21:44
    『七人の侍』のトリビア

    『七人の侍』のトリビアを一つ。
    かの古川ロッパは、プロデューサーの本木荘二郎から出演の交渉を受けた。
    その役は、千秋実が演じた平八だった。
    ロッパは、脚本に興味を持ったが、あまりに役が小さいので断った。
    もし、ロッパがやっていれば、殿様役者のロッパと黒澤天皇の対決は見ものだったが。

  • 2015/04/23 (Thu) 22:55

    エノケンも、「虎の尾を踏む男達」で黒澤映画に出てるから、ロッパも何かに出てみれば良かったかもですね。

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