「シェリ」 (CHERI)

~美しかった女が老いた時~
2009年 英/仏/独 スティーヴン・フリアーズ監督



「危険な関係」(1988)で冴えた腕を見せてくれたスティーヴン・フリアーズ監督が、またも仏文学の映画化に挑んだ作品であるという事よりも、観てきた友達が「良かった」と言うのでチェックしてみたら、そういう作品である上にミッシェル・ファイファーが主演だったので、俄然、食指が動いた。この秋冬はあまり封切り作品で観たいものがないワタシなのだけど、たまに食指が動くとシアターは渋谷だったり新宿だったりする。…むぬ~。
で、今回は渋谷。ル・シネマで映画を観るのはいつ以来だろう、というぐらいに相当に久々なBunkamuraでの観賞となった。
コレット女史の原作「シェリ」を映画化した本作。ミッシェル・ファイファー演じる主人公レアの職業はココット。ココットというのはいわゆる椿姫。高級娼婦である。
20世紀初頭、ベル・エポックを謳歌するアール・ヌーボー華やかなりしパリに、王侯貴族の愛人稼業で一財産築き、若さの終わりを自覚してからは悠々自適の引退生活に入った女が、同じようにココットの足を洗って優雅な引退生活を送る友人の19歳の息子と陥った恋愛とその帰結を描く。

冒頭、ココットの何たるかを紹介するために、実在した有名なココット達の写真が紹介されるが、やはり魅力のある女性たちであるなぁと納得する。それらの写真のあとに「絶世の美女」としてファイファー演じるレアの写真が登場すると、少し見劣りする感は否めないのだが、そこはまぁご愛嬌。

それにしても美術がいい。ロケもいい。撮影が素晴らしい。建物や美術ばかりでなく、風景も、人も、透明感のある映像で美しく捉えられている。20世紀初頭の衣装も、大きな帽子にスリムなシルエットの服で実に優雅。この時代の服や帽子には、確かに真珠のネックレスがよく似合う。



ヒロイン・レアの元同業者にキャシー・ベイツ。遣り手婆そのもののありようや、太った体躯を生かしての怪演ぶりがきっちりとツボを抑えて心ニクイ。このキャシー・ベイツ演じるマダム・プルーの郊外のお屋敷の内装がのっけから目を奪う。レアには「ガラクタ屋敷」と陰口をきかれる屋敷だが、女を磨き、女を売って、ここまでの邸宅を手に入れて、なお有り余る資産を抱えて悠々と暮らしているとは見かけによらず大した甲斐性だなぁ、とパンパンに膨れ上がったキャシー・ベイツ演じる元高級娼婦を眺めた。アール・ヌーボー美術の展覧会のような家具調度。植物に囲まれたコンサバトリーでの優雅なティー・タイムなど、まさに目の保養になる映像が次から次へと映し出される。まぁマダム、なんてスバラシイお宅なの。観ているだけで目が喜んじゃうわ。



しかし、女性客にとっての目の保養となれば、「シェリ」ことフレッド・プルーを演じるルパート・フレンドということになるのだろう。この人は「プライドと偏見」でミスター・ウィッカムを演じていたが、顔を観ただけではさっぱり気づかなかった。髪の色などが違うと本当に印象が違うものだ。しかし、長い髪にいつも薄化粧をしているような美青年っぷりに加えて無駄毛も無駄肉もない植物的な体つきも大いに役のイメージに合っていた。



シェリことフレッドは、高級娼婦の私生児として生まれ、すぐに里子に出されて孤独に育った。美貌と環境が揃って、なるべくして放蕩者になってしまったシェリ。放埓が過ぎて僅か19歳で、こんな生活からは足を洗わねば、と自ら思ってしまうぐらいに頽廃を極める青春を送っていたシェリは、昔から知っている母の友人レアに誘われて旅を共にし、その場限りの関係のはずが、ぱたりと放蕩もやんで、レアと6年も続くステディな関係になる。19歳から25歳までレアと気儘に暮らしてきたシェリだが、やがて母からもたらされた結婚話を一応承諾し、それを母からレアに告げさせる。シェリの母、マダム・プルーから、やはり元ココットである昔馴染みの女の18歳の娘と結婚させることにした、と聞かされたレアは、それを余裕の笑顔で受け止めるが、内心の衝撃はいかんともしがたい。

というわけで、やはりこの映画はミッシェル・ファイファーなくしては作りえず、語れないという作品だろう。遠目にはまだ美しいが、寄ると年齢は争えない。枯れ残りの姥桜の美しさはあるが、その顔はもう決定的に若くはない。そう、まだ美しくはあるが、何をどうしても、もはやけして若くはない、というところがこのレア役の肝である。そして、ミッシェル・ファイファーはそういう自分をよく知っていて、その年代にしか演じられない役を気負いもなく、開き直りでもなく、さらりと、しかし一抹の気品と哀愁をにじませて演じていたのがよかった。今の自分が今の年齢で演じるのにふさわしい役であるという事をしっかりと踏まえている雰囲気が女優としてプロだという気がする。同年代でも、デミ・ムーアやシャロン・ストーンのようなギラギラした女たちが妄執のようにしがみついている、不自然な、人工的な若さとは対象的な、ミッシェル・ファイファーの自然な年齢の重ね方がこの役にしっくりと馴染んでいたと思う。枯れかけた自分を見せる、というのも女優のあり方だ。



互いに褒め殺しを応酬する姥桜の元ココットたちだが、マダム・プルー(キャシー・ベイツ)がファイファー演じるレアに「まぁ、あなたとてもいい匂い!」と晴れやかに言ってから、「年を取って肌に張りがなくなると香水がよくしみこむのよね」と落とす。失礼極まる発言だが、ある意味、この物語の核心を衝く台詞でもある。この強かなマダム・プルーは、意識的にか、無意識的にか、昔からの仲間であるレアの運命の糸を引く存在である。


強かな提灯フグ

一人でベッドを占領して寝られるのは至福よ、と語るレアのベッドは絵に描いたような金のアール・ヌーボー装飾のベッドで、実に20世紀初頭のムードに満ちみちている。街中のレアのこぢんまりとしゃれたタウンハウスの佇まいも実にシックで素敵である。
「こんなふうに早めに引退して、素敵なおうちに住んで、先の事など何の心配もなく、若い男と蝶よ花よと恋愛するなんてステキ。ステキすぎる!」とはワタシの友人の弁だが、生活の事など考えなくていいならば、人間の考える事はもっぱら、食べる事か、浮いた浮いたで恋をして暮らすこと、になるのだろう。



効成り名遂げて引退生活を楽しむ百戦錬磨のレアが不覚にも恋してしまったのは、元朋輩の息子。今までの誰とも違う、予測不可能な彼の言動に惹き付けられるレアだが、25歳になったシェリは巣立ちの時を迎える。表面はにこやかにオトナの女の余裕で送り出すレアだが、内心は未練でいっぱい、涙でいっぱいである。だが、いつまでも滅入ってはいられないと、新婚旅行に出かけたシェリを尻目に、レアもココットの猟場である南の海辺の保養地に出かける。一流ホテルに滞在し、青い海を眺めて癒されようと思ったレアだが、思いがけず新しいカモも引っ掛かってくる。そんなこんなでレアの保養地への滞在は長くなる。ところへ興味索然の新婚旅行から戻ったシェリは、ひたすらレアが懐かしく、後悔でいっぱいになって彼女の姿を求めるが、レアは一向に長逗留の旅先から戻らない。シェリの新婚生活は早くも形骸化し、新妻は愛のない生活に焦れて口論が絶えなくなる。シェリは遂には家を出て、パリでホテル住いを始めてしまう。そして夜毎日毎、思うのはレアの事ばかりだ。
一方のレアも旅先で若い貴族の青年に思いつかれてかりそめの関係を結ぶが、シェリの時のようにしっくりと来ない。ただの気休めにもならない。そして、思い出すのはやはりシェリの事ばかりである。新婚旅行から戻ったシェリが新妻を置いて家を出た、と聞いたレアは保養地を引き揚げてパリに戻る。
今度こそ、シェリは自分の元へ帰ってくる、と確信するレア。
そしてシェリはある夜半に、唐突にレアの邸を訪れる。

レアとシェリは互いに似たもの同志で、似合いの好一対である。互いに求めるものを与え合え、他の誰との間にも感じられない居心地の良さを共有できる。しかし、彼らにとって不運だったのは、シェリが生まれてくるのが遅すぎた、という事だ。装いを凝らし、夜の灯りの下では紛れているレアの年齢も、朝の光のもと、素顔のままでは文字通り白日のもとに曝される。魔法はとけてしまうのだ。旅から戻ったレアの元へ情熱とともに駆け付けたシェリだが、妻の若さを捨てる気はない。また、そんなムシのいい両天秤を許すレアでもない。互いに生涯最高の恋愛だったと分っているが、とけた魔法はどうにもならない。



お話の筋は別に珍しくもない、ありふれた年齢差恋愛の破綻であるが、この物語のテーマは、「女が若さを喪う時」という事だろう。普通の女だって自分が若くなくなった事を自覚するのはしんどいわけだが、ましてや美貌を謳われ、蝶よ花よともてはやされ、女力を揮う事で贅沢に飼いならされて、人と違う人生を生きてきた高級娼婦が自らの老いを若い男によって否応なく目の前にさしつけられたら、どうするのか、どうなるのか…。
レアが庭の薔薇に顔をよせて香りをかぐシーンがある。香りに陶然とするレアだが、薔薇はレアの手の中であっという間にこぼたれてしまう。象徴的なシーンである。



ミッシェル・ファイファーは、自らの失われだした若さから目をそむけずに、しかも力まずに向き合って、見事にこの役を体現していた。
ラスト、衰えを自覚したレアが自らの顔を鏡で見入るシーンで幕となるが、この衰亡に茫然とするヒロインのアップで幕となる構成は「危険な関係」のグレン・クローズのアップで幕引きとなる構成(この場合は主に権力の衰亡)を踏襲している。ミッシェル・ファイファーのラストのアップは、枯れ始めた花の萎む寸前の風情であって、まさに今の時期のミッシェル・ファイファーにふさわしい役であり、顔だった。
このアップを撮らせたというだけでもアッパレな女優魂だと思う。

悲劇的なラストにも関わらず、観賞後の印象はベル・エポックの優美な美術や衣装、美しい撮影、ところを得た俳優たちの演技によって、いっとき芳醇なお酒の香りに酔ったように、浮き世離れた恋物語を楽しんだ、という気分が残った。

コメント

  • 2010/12/01 (Wed) 19:16

    おぉぉ、これ見たい!と思ったら終わっていました(涙)
    そのうちDVDになるかも知れませんが、こういう豪華絢爛さはやっぱりスクリーンじゃないとねぇ。そのうちギンレイホール(飯田橋)あたりでやらないかしらん。

    ミシェル・ファイファーは「The Fabulous Baker Boys」が大好きです。キャシー・ベイツも「Dolores Claiborne」という地味めの作品が好きなんですが、いかんせん例のアノ映画の印象が強すぎて、何を見ても足首を折られそうで怖い(笑)そういうところは執事役のアンソニー・ホプキンスを見ても突然ご主人に齧りつきそうで怖いのと同じかも。“当たり役”というのは俳優にとっては諸刃の剣ですね。JakeもアメリカではBBMのイメージを振り払うのが大変なんだろうなぁ、と思ったり。
    今週は仕事でちょっと疲れ気味なので、週末は筋肉王子のDVDを借りて見ようかな、と思ってます。

  • 2010/12/01 (Wed) 23:56
    Re: タイトルなし

    xiangさん.。ワタシは当初これはノーマークだったんですが、観たらなかなか風情があって良かったです。哀しい話ではあるのに、何故か観終るとラグジュアリーな気分になる、不思議な映画でした。ミシェル・ファイファーはやはり「The Fabulous Baker Boys」ですわね。ワタシもあの作品の彼女が一番好きです。“当たり役”は本当に俳優にとっては諸刃の剣ですね。巨大な当り役のイメージにずっと縛られて抜け出る事ができなかった女優の最たるものはヴィヴィアン・リーかな、と思いますね。
    ともあれ、疲れ気味な週末には、脳天気な筋肉王子は持ってこいだと思います。癒されてくださいまし。
    それと、xiangさんの日記にコメントさせていただこうと思ったんですが、cookpadの会員になれとか、ああだ、こうだと注文がつき、ついには混みあっているので後にしてください、というメッセージが出てしまいましたので断念しました。そのうちにまたトライしてみまするね。(笑)

  • 2010/12/02 (Thu) 17:07

    kikiさま
    こちらでお返事いただけただけで十分ですよ!ありがとうございました。

    アーカイブを読んでいたら、懐かしい「てなもんや商社」を発見。
    これは後に映画化されたのですが、ご覧になりましたか?
    主役は小林聡美さん、王課長は何と渡辺謙さんという豪華キャスト。本木克英監督(“踊る”本広克行さんじゃありません。“ホルモー”の方)のデビュー作なんですが、これがなかなかの佳作で。
    レンタルでもあまり見かけませんが、機会がありましたらぜひぜひ!

  • 2010/12/02 (Thu) 21:40

    xiangさん。「てなもんや商社」ご存知でした?原作が凄く面白かったので、本を読んでから数年して映画があることを知り、レンタルして見てみましたよ。小林聡美はいかにもな配役でしたし、悪くはなかったのだけど、原作にあった絶妙のユーモア感が映画では薄らいで感じられましたね。というのは、主人公はナニワのド根性女で、あの会社も原作では関西の会社ですよね。あちこちに出てくる関西弁とあいまって、中国人に対抗しうるバイタリティと押しを持つ大阪人でないと、中国を使った貿易なんかできないだろうねぇ、と東京っ子のワタシは原作を読んで大笑いしつつも、しみじみ思ったんですよ。映画は東京(横浜)の話になってたでしょ?泥臭さが落ちて幾分スマートになっちゃったかな、と。あのゴリガンなバイタリティは、やはりナニワを舞台にしないと出ないだろうな、と思ったのが一番強い印象として残ってますのよ。

  • 2010/12/02 (Thu) 23:25

    私は趣味で中国語を勉強してまして、中国人の友人知人も何人かいるのですが、確かに!中国人と大阪人は似てます。日本にいる中国人もそう言ってます(笑)
    あのパワーにまともに巻き込まれるとエライことになるので、そっと壁の陰からのぞいて「笑い話」程度の距離を保つのが正解かと。
    本で読むなら小田空さんの「中国いかがですか?」がおすすめ。
    ひぇ~~(仰天)と思いつつ、なぜかホコリまみれの中国の田舎へ行きたくなります。漫画(というには、あまりに情報量が多いですが)が苦手でなければ、ぜひ。

    ちなみに私も梁朝偉ファンです~。

  • 2010/12/03 (Fri) 00:31

    xiangさん。中国語を勉強されてるんですね。それでHNが「xiang」なわけですね。ワタシは日本在住の中国の方かしらん、とか思ってました(笑)そう、大阪人と中国人は似てますね。大阪人は日本の中の中国人だと思います。三重列駐車とか平気でするあのメンタリティでないと、中国人には対抗できぬでしょう。東京の人間には絶対にムリですわ。すぐにウンザリしてどうでもよくなっちゃいそう。ワタシは中国の歴史と文化には基本的に敬意は持ってますが、共産党独裁体制の今の中国には100%嫌気です。昔は天山山脈の麓を走る列車に乗って旅してみたいなぁ、とか思ってましたが、トイレの汚さとか聞きしに勝るらしいので到底ムリかも、と思うようになりました。(笑)それはそうと、xiangさんもトニーのファンでらっしゃるんですね。トニー、またウォン・カーウァイと映画を撮るとかいう話だったけど、その後どうなったのかしらん。

  • 2010/12/04 (Sat) 10:05

    映画とは全く関係ない話題で横入り、失礼致します。
    中国のトイレの話に引っかかったので・・・来年の夏あたり、ベトナムに行こうか思案中なのですが、ハノイのトイレ事情はいかがなものでしょう?

  • 2010/12/04 (Sat) 23:34

    おぉ、Rikoさん。遂に来年、ハノイに行かれますのね?ハノイのトイレはノープロブレムでしたよ。観光客が行くようなところのトイレは綺麗だと思います。安心して旅行に行ってください。ハノイといえばついこの前、BS日テレのクラシックホテルの特集で「ソフィテル・メトロポール・ハノイ」が取り上げられていて、あぁ、またハノイに行きたいなぁと思っていたところでした。今度は絶対ソフィテルに泊まろう!と思ってます。中国は15年ぐらい前までは列車のトイレとか田舎のトイレとか凄かったらしいんですが、今は列車なんかはマシになってるんじゃないかな。

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