「隠し砦の三悪人」

~姫の笞(しもと)に打たれたい~
1958年 東宝 黒澤明監督



敏ちゃんこと三船敏郎の出演する黒澤作品の中でも、けっこう好きな部類に入る本作。ご贔屓敏ちゃんは開始から20分を経ないと登場しないが、登場するやいなや映画全体をピリっと引き締める。その上、崖の上から仁王立ちで姫が登場して更に映画が引き締まる。ワタシは「ヒューマニズム」というテーマに真っ向微塵に取り組んだり、ロシア文学に対してドン・キホーテのように立ち向かったりしている黒澤作品はどうもいただけないと感じるクチ。なんのかのといっても娯楽性の強い映画において、一番真価を発揮する監督であると思う。
というわけで戦乱の世に、姫と金塊を守って敵陣を突破し、隣の領に抜けようとする武将と彼にこき使われるひょうろくだまの二人組みを描いたこの作品などは、力まず作った面白味が出ていて良い。敏ちゃんが良いのはいわずもがなだが、なんといっても姫役の上原美佐に尽きるかも、な作品でもある。

最近は同姓同名の若い女優がいるようだが、ワタシにとって上原美佐といえば隠し砦の姫以外にはいない。上原美佐はこれ以外には出演作は無いのかな、と思っていたが、数ヶ月前、日本映画chで彼女の現代劇を放映していた(何となく見逃してしまった)。引退するまでの短い間に数本の映画に出ていたらしい。(「独立愚連隊」などにも出ていたのね、知らなかった)人気も出て話題にもなったが、本人が自分の才能に見切りをつけてさっさと女優を引退してしまった。「隠し砦」では台詞がダメだというのは結構言われてきたような気がするが、再見してみて、男勝りの姫らしい感じがよく出ていると思ったし、何しろ黒澤にああいう風に話せ、と言われて声を限りに台詞を言っていたに違いないので頑張ったのだね、と微笑ましく感じる。







彼女は何より小柄で細身なその体躯と(ワタシは目測で身長・体重を計るのが得意なのだが、155,6cmで40kgぐらいと推察する)、キリっとして濃い眉毛の似合う顔ながら、鼻や口元の上品な感じが姫らしく、その容姿は現代の目で見ても魅力的で古く感じない。加えて動作のキビキビした、常に背筋のピーッと伸びた姿がまさしく雪姫であり、彼女をキャスティングした事がこの作品の命をさらに輝かせたと言える。
尤も、ズブの素人がいきなり映画で重要な役をやったわけなので、黒澤には随分しごかれたらしい。アグラをかいたり、仁王立ちをしたりしなければならないのに、あのブルマーみたいな、短く切った袴のようなものの下に下着をつけてはいけないと言われて泣いてしまったというエピソードを何かで読んだ。才能はあったと思うのだけど、自ら辞めてしまったのは性格的に女優に向いていなかったからかもしれない。長くやっているよりも後に残る作品で印象的な姿を残してパッと辞める、というのも潔くていいかもしれない。

本作では上原美佐演じる男勝りの姫と、お家再興のために彼女と金塊を守りぬかねばならない侍大将・真壁六郎太との関係性が面白い。ごむたいな姫は完全なS性格。その姫に黙々と仕える六郎太は勇猛な武将だがM性格。16歳の華奢な姫にこづかれたり怒鳴られたりしながらも、いかめしい表情の下で妙に嬉しそうだったりする六郎太。…妖しい。姫は吊りあがった眉で六郎太を自在に扱う。姫の身代わりで死んだ妹について「お役に立ちました」という六郎太を「たわけ!」と一喝し、「ええい!その忠義づら、見たくもないわ」と笞を振り上げる。かと思えば、ラストで甲冑に身を包んだ六郎太に「男振りが上がったぞ」などと言って、照れる六郎太を見て面白がったりする。姫、大の男を手の平の上で転がしまくりである。



一方の六郎太は利かん気の姫が、16歳の姫ゴゼの身でお家再興の使命と責任を背負わされ、その重責に内心は喘いでいる事を知っている。身代わりになった妹の事で六郎太の忠義づらに因縁をつけたのもそういう鬱憤のガス抜きなのだと分かっている。同じ年の若い娘が身代わりに死んだ事も遣り切れないのだ。そんな事で自分に当って少し気が済むなら、幾らでも怒鳴られもするし、小突かれもしよう、と彼は思う。そして、自分に八つ当たりをする姫の、自分への信頼からなる一種の甘え、のようなもの、が六郎太の心にもほの甘いのである。この二人の関係性は、「エリザベス」でのエリザベスと忠臣ウォルシンガムに近いかもしれない。ウォルシンガムが武将で男前だったら六郎太になるのだろう。


つながり眉毛のメイクでも、その男っぷりは小揺るぎもしない敏ちゃん

この映画のデコボコ・コンビのコメディロール、太平(千秋実)と又七(藤原釜足)が、ルーカスの「スターウォーズ」のロボット・コンビ、C3POとR2D2のヒントになっているというのは今や定説。滅ぼされた国(星)から姫を守って逃げ出すという大枠の設定も本作の影響を受けているのかもしれない。でも、スターウォーズがどうこうなんていうのは、ワタシにはとんと興味がない。どうでもいい感じだ。このデコボコのコメディロールも、確かに効果的だが、前半20分を彼らだけで繋いでいる部分はやや冗長に感じる。話の構成としてはむしろ彼らの方が主役のようなものなのだけど、歌舞伎でいうチャリ(笑わせ役)のような役割をきっちりと務めていてくれればそれでいいのであって、それ以上でもそれ以下でもない。金塊を運ばせるための人足として六郎太は彼らの欲を釣り糸に都合よく利用しようとするのだが、こき使われながらもスキあらば六郎太を出し抜こうとするデコボコ・コンビの抜け目なくこずるい百姓気質が話に起伏を与えている。オシだという触れ込みで同道している姫を、姫と知らずにチョッカイを出そうとするデコボコ・コンビのシーンなどはなかなか笑える。


愛嬌のあるデコボコ・コンビ

また、常にコワモテであまり機転など利きそうにもない六郎太が、いざとなると咄嗟に機知を閃かして窮地を逃れるシーンが幾つかあるが、とんちを利かせて関所を通るシーンはニヤニヤするし、火祭りの焚き火の中に金塊を仕込んだ薪を荷車ごと突っ込ませるシーンは鮮やかな印象を残す。そんな六郎太を、折々姫が頼もしげに見ているのがまた、うふふ、な感じ。この火祭りでヤァ!ヤァ!ヤァヤァヤァ!!と叫びながら踊るシーンで、上原美佐は動きが滑らかでそれなりにサマになっているのだが、手を繋いでいる敏ちゃんは、前に出たり、後ろに下がったりしているだけで、殆ど踊りにも何にもなっていないのがご愛嬌。これは六郎太の性格的に踊りなどを起用に踊るというタイプではないからそういう風にしているのだろう。


踊っているらしい六郎太と姫

敏ちゃんは勿論、運動神経は抜群である。だから、武将としての見せ場はテンコモリにある。中でも敵の侍に薪を積んだ荷車を包囲され、言い抜けはできなさそうだと見るや、あっという間に数人を切り、注進に戻ろうとする連中をパーっと馬で追いかけ、全力疾走する馬の上で手綱から手を離して大刀を両手で振りかぶって進むシーンなど、やはり今観ても凄い。いつ観ても凄い。何度観ても凄い。考えたら彼と馬上で斬り合う侍役の人も、同じように馬上で槍を振り回して頑張っているのだが、この人はスタントマンでしょうね。


凄いの一言に尽きる


それと、捕らわれの身から逃げ出す時、走る馬の上から手を伸ばして、後ろに村娘を引っ張り上げて馬に乗せるシーンがあるのだが、こういうシーンを観ると毎度、引っ張り上げる男も凄いけど、引っ張られてワンアクションで馬に飛び乗る女の方も凄いな、と思うわけである。
ジェイクの「プリンス・オブ・ペルシャ」にも筋肉王子が馬の上から片手で姫をポンと後ろに引っ張り上げるシーンがあって、タイミングとかを合わせれば案外ひょいっといけるのかもしれないが、女の方がよくあんなもんで馬に飛び乗れるなぁと妙なところに感心したりしていた。


走りながら引っ張り上げる

「さぁ、乗るなら早くしろよ」

もっとも、敏ちゃんやジェイクのようなオノコに馬の上から手を差し伸べられたら、ワタクシだって飛び乗る自信はなくても飛び乗っちゃうけれどね。ふっほ。

また、火祭りのシーンのプリミティヴな迫力は、いかにもな感じだけれど黒澤のもつダイナミズムがいい方向に出ていると思う。中央で勢いよく燃える炎も迫力と生命力があり、絵的にも美しい。



敵方の侍大将・田所兵衛役で藤田進が登場。けっこういい味を出している。侍も仕え甲斐のある主君に仕えられれば幸せだが、主に恵まれないと不作であるという事を体現する田所兵衛。姫の器にほれ込む兵衛と、彼を心酔させて寝返らせ、家臣にする姫。
じゃじゃ馬姫、なかなかじゃのう。



さて。藤田進は敏ちゃん登場前の黒澤映画のヒーローだったわけだが、敏ちゃん主演の作品にも、ちょこちょこっと小さな役でよく登場している。黒澤が敏ちゃんとコンビを組まなくなってから、敏ちゃんはどんな形でも二度と黒澤作品に出ることはなかったわけだけれど、この藤田進のようなあり方を黒澤は敏ちゃんには求めなかったのだろうなぁと思う。それは敏ちゃんがビッグになりすぎて、小さな役でカメオ出演などというノリではなくなってしまったからというのもあるだろうし、他にも理由があるのかもしれない。いずれにせよ、二人は「赤ひげ」のあと、それぞれの道へと進んで行くのである。敏ちゃんは黒澤から声がかかれば、どんな小さな役でもきっと出たと思うけれども…。


いつ観ても、何度観ても、いい顔をしている 世界に誇る日本の男の顔である

黒澤没後の変な潮流として、無駄というもオロカなしょうもないリメイクが安易に作られるという傾向があり、これも、目を覆うばかりなリメイクが作られたようだ(観なくてもいかにしょうもないかは想像がつく)。リメイクを見たであろう若い世代の大半がオリジナルを知らないのは不幸だが、そんなシャビーなリメイクで満足している観客にはその程度の作品でいいのだろうと思う。オリジナルの存在を示唆する必要も薦める必要もない。リメイクで飽きたらない人は自らオリジナルを観るだろうし、観ない人はそれまでの事なのだ。

コメント

  • 2010/11/24 (Wed) 20:07

    kikiさん、「隠し砦」、いいですよねえ。時折無精に見たくなり、見ればいつもスカッとします。ラストで姫、敏ちゃん、兵衛の三頭の馬があの音楽にのせてパカッパカッと疾走するところ、「あ~今回も見てよかった」といつも思います。佐藤勝の音楽も本作には非常に貢献していると思うんです。冒頭、あれを聞いただけでワクワクしてしまいます。
    わたしもkikiさん同様、敏ちゃんの手綱なしの馬のシーンとラストの村娘を馬の後ろに引っ張り上げるシーン、惚れ惚れします。本当に本当にリスペクトです。こんな逞しい頼もしい敏ちゃんに全幅の信頼があるからこそ、黒澤さんも自分の撮りたい画がとれ、もしくはそれ以上のものが撮れたのではないかと思います。「ミフネちゃんには端役はさせられない」って言った監督の思いが分かる気がします。やっぱり敏ちゃんは黒澤映画に出るなら主役でないと!端役だったらどんな風に撮ったんだろうなって興味もあるけど、やっぱり黒澤作品では主役の輝きを持った人だろうなあと。
    kikiさんの最後のパラグラフで、シャビーなリメイクに関するご意見がありますが、全くその通りなのでしょうねえ。わたしなんかは敏ちゃんの素晴らしさをもっともっと知ってほしくてついついゴリ押しして人に薦めてしまうんですけど、興味がない人にはいくら熱く語っても心に響くことはないだろうし、作品にたどりつく運命の人は放っておいてもきっと観ることになるのでしょうね。わたしは今の邦画をほとんど観ないので観もしない人があれやこれや批判・批評するのも少々憚られるのですけど、昔の邦画の底力ある作品を見るにつけ、どうしてこういう作品が作られなくなってしまったのか、作れなくなってしまったのかと憂えてなりません。テレビのない時代だったから50,60年代くらいまでの映画は人々の娯楽としてそれは面白い作品ができていただろうという時代背景はあると思うけれども、今みたいにCGとかにお金をかけたいわゆる大作でなくて、純粋に芸達者な俳優の魅力で魅せてくれるそんな作品が観たいです。敏ちゃんのような有無を言わせぬスター不在の今、わたしなんかはどうしても時代を遡ってお宝映画の発掘に余念がありませぬ。
    まあ、そんなことはよしとして、本作の敏ちゃんは本当に素晴らしいですね(わたし的には全て素晴らしいのですけど)。監督の期待に応えすぎるくらいに応えた敏ちゃん、なんちゅうカッコよさでしょうね。はぁ(タメイキ)、うっとり。

  • 2010/11/25 (Thu) 00:03

    そうそう。これ、全てが娯楽に徹してて爽快ですよね。黒澤明はそういう方が良いんだと思います。変にテーマや思想に振り回されない方が。
    佐藤勝は、これとか「用心棒」などでもいい仕事をしてますね。お笑い系の役者の背後に流れる祭囃子みたいな音楽が「用心棒」にも使われてたような感じ。そして、敏ちゃんは馬に乗っても、槍を振り回しても形がサマになっていて、すべからく絵になってますね。殊に馬に乗っているシーンがひときわその身体能力の高さが伺われて、オフには流鏑馬とか稽古してたのよね、きっと…努力家!なんて思いを馳せたり致すわけですわね。格好だけじゃなくて本当にそのように動ける、というところが何より凄いですね。ほんと、毎回、惚れ惚れしちゃいますわね。
    で、確かにね、「ミフネちゃんには端役はさせられない」だろうけれども、70代になった敏ちゃんだったら、脇に重厚な役で出て〆ても良かったかなぁと思わないでもないけれども、黒沢も作風が違っていったので、敏ちゃんが出るようなカラーの映画は撮らなくなってたものね。「まぁだだよ」みたいなユルい映画に敏ちゃんが出ても妙に浮いちゃったでしょうしね。「夢」みたいな映画には印象的なエピソードで敏ちゃんを使う、というのもありだったんじゃないかな、と思うんですけどね。でも「赤ひげ」で終わったのが、やはり正解なんでしょうね。
    今年は邦画の新作で本当に観たいものが無く、たまに観ても何も書く気になれないような映画ばかりで、あぁやれやれ、という気分ですが、ミナリコさんやワタシが観たいような日本映画はもう、この先作られる事はないかもしれませんね。その点に関してだけは「希望は過去にしかない」のかも(笑)殊に時代劇はねぇ…。きっと「隠し砦~」のリメイクは「レッドシャドウ赤影」とか「カムイ外伝」なんかと大差ないノリの映画じゃなかろうかと思いますね。見ないで何のかのと言うのもナンだけれど、観なくても分かるってものもあったりしますのよね。ともあれ、本作の敏ちゃんは三十郎、酔いどれ天使に次いで好きですわ。やっぱり良いですよねぇ、この映画の敏ちゃんは。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する