「月に囚われた男」 (MOON)

~ピースマークの涙~
2009年 英 ダンカン・ジョーンズ監督



監督のダンカン・ジョーンズはデヴィッド・ボウイの息子さんだそうな。その昔、父が主演したのは「地球に落ちて来た男」。息子が演出したのは「月に囚われた男」。
邦題もちゃんとその関係性を踏まえてつけられているのね。ふほ。
ほぼ一人芝居のサム・ロックウェル。彼の独壇場のようだけど、声だけの出演ながらしっかりと印象に残るケヴィン・スペイシーは、やはりさすがの語り口。
総体に低予算ぽい造りなれども、長さも展開も程が良かった。
月の裏側でただ一人、そこでしか採掘できないクリーンエネルギー・ヘリウム3の採掘と地球への出荷作業を行うサム。実際のところ、採掘は採掘機が行うので、彼は容器が一杯になったころを見計らって採掘機まで容器を取りに行き、基地に戻ってからそれをスポンと地球に向けて送り出すのが役目だ。それ以外は、トレーニングをしたり、ミニチュア模型を作ったり、古いTVドラマ(なんと「奥様は魔女」!)を観たりして過ごしている。月面基地と地球とは通信機能が故障してダイレクトに通信できないというので、会社にビデオレターで報告を送り、妻からのビデオレターを繰り返し見ている。



3年もの間、一人で単調な作業に従事する彼を支えるのは人工知能のガーティ。常に落ち着き払った声でサムと会話するガーティの感情表現は小さなモニタに表示されるピースマークの喜怒哀楽である。ワタシは、このガーティの声についてなんら予備知識は無かったのだけど、暫く聞いているうちに、あ?ケヴィン、あなたの声以外のなにものでもないわよね、とニヤリとした。人口知能の声にケヴィン・スペイシーを持ってくるというだけでもナイスなセンス。


顔文字状態

その他、暗黒の宇宙にぽっかりと浮かぶ地球の絵面に被るモーツァルトの軽やかな「フルートとハープのためのコンチェルト」も絵と音が素晴らしくマッチしている。

ひたすら3年の年季奉公があける日を待ち詫びるサム。至れりつくせりで気を使うガーティの鉤爪の手をはらいのけたりして、苛々を発散しつつも、作業に励むサムだったが、ある日採掘機に容器を取りに行く途中で事故を起してしまう。気を失ったサムが目覚めた時には診療台の上に横たわっていた。まだ早いと止めるガーティを欺いてサムは事故現場に赴く。事故を起こした乗り物のハッチを開けて中に入ると、そこには意識を失ったままの自分が居た…。



というわけで、ハッチを開けたあたりから、もう一人の自分とサムが体面するのだな、という展開は読めるのだが、二人のサムが自分が何者かを知り、葛藤を乗り越えてシンパシーを抱き合うあたりから、ラストの展開はいい意味で予想が裏切られる。もっと救いのない不条理なものを想定していたのだけれど、ふぅん、そう来ましたか。
基本的には会社の廻し者で、サムの目くらましをする役目をそれこそ機械的に遂行するだけだろうと思われたガーティの意外な守護天使ぶりにささやかに安堵し、いつも冷静なガーティが一瞬見せるその涙が味わい深い。

物語としては「アイランド」とか「星に魅せられて」などのニュアンスを部分的に感じたりする。サムは地球に帰りたがっていて星に魅せられてはいないけれども、暗黒の宇宙にぽっかりと浮かぶ基地で、生き変り死に変わり、永劫一人で作業を続けるかのようなサムの姿の背後には果てしない孤独が揺曳している。



なぜ3年間なのかという説明はない。3年目で必ず事故に遭って古い体は死に、新しい体が目覚めるようにプログラムが組まれているからなのかもしれないし、多分3年たつと寿命が来るようになっているのだろう。しかし、それを言っちゃオシマイかとも思うが、生身にせよ分身にせよ、あの作業に人は必要だろうか?という根本的な疑問もある。だって、ガーティは容器に入った燃料を地球に送り出す作業を行えるのだ。基地の全てをコントロールしているのは彼なのである。燃料の採掘は採掘機が行う。採掘された容器をオートマティックに基地へ運ぶシステムさえ出来れば、ガーティが万事、そつなく取り仕切るだろう。あれしきの仕事に、どうしてわざわざ多くのスペアの体を用意して、人を基地に置かねばならぬのか。どう見てもそんな必要なさそうなんだけど…という根本的なハテナ?を脇へ置けば、きゅっと短い間にうまく話を転がしているし、サム・ロックウェルの二役演技も達者で、(目覚めたての元気な方と弱ってヨレヨレになってきている方の演じ分けが鮮やかで、当初は反発しあいながらもシンパシーを抱いていく過程がとても自然だった)見ていて飽きなかった。



宇宙に行った飛行士は月の上であらぬものを見たり経験したりして、地球に戻ってから鬱になったり、宗教に入ってしまった人もいたとか聞くけれど、この映画のように月の裏側に一人で何年も居たら、どんな人でも幻覚だか超常現象だかわからぬものを四六時中見たりするようになるかもしれない。アポロの飛行士達は、一体その目でどんなものを見てしまったんだろうかしらん、と、ふと興味が湧いたりした。

コメント

  • 2010/12/22 (Wed) 00:51

    kikiさん、これ、デヴィッド・ボウイのご子息が監督していると知り、気にはなっていたのですが、どうもSFものが苦手なので、躊躇しているうちに上映が終わってしまってました・・。
    でもなんだか面白そうですね。評判もよかったようなのでぜひDVDで観賞してみたいと思ってます。
    わたしは本作の詳しい内容は知らなかったのですが、kikiさん評を読んでいて、ボウイの名曲「Space Oddity」を思い出しました。月に行ったMajor Tomが地球管制塔に向けてメッセージを送るというもので、孤独感満載の歌詞で、宇宙にゆらゆらと浮かんで「地球は青く、僕にできることはなにもない」という。「ポーの一族」の未来永劫大人になれないとんでもない哀しみのようなもの、circuitが壊れちゃって地球に戻れそうになく宇宙にたったひとりぽつんと浮遊してるたいそうな孤独感、両者に通ずるものがあるようにふと思いました。
    ご子息は絶対「Space Oddity」をご存じのはず。作品のシチュエーションを考えると、きっと引き合いに出されるって思ったのではないかと思うんですけど、そういうテイストでは作らなかったようなので、これはこれでいい作品のようですね。
    なんだかまとまりのない文章で何が言いたいのか分からなくなってきましたが、久々に「Space Oddity」を、ボウイのあの切ない歌いっぷりを思い出してちょっとだけ感慨にふけったわけなのです(笑)。

  • 2010/12/22 (Wed) 01:14
    サム聞いたことある名前

    こんばんは~

    検索したら出てきました。「グリーン・マイル」のいかれた変態のサムが。正直あのキャラがキモ過ぎて、生理的に受け付けなかった人。だけども、これは観よう。早速予約を入れました。

  • 2010/12/22 (Wed) 01:36

    ミナリコさん。ワタシもこれ、上映時にはスルーしちゃったんですけどね。DVDになってみると、面白そうだなという気配がしてきて観てみたんですわ。面白かったです。サム・ロックウェルも妙なかわいさがあって良かったし。
    ボウイの「Space Oddity」ってワタシは聴いた事ないのだけど、きっと息子さんはそれを聴いていて物語のアイデアが湧いたのに違いないでしょう。ただ、そのままなぞったらベタだから息子さんなりの物語を展開したんじゃないかしらん。ダンカン・ジョーンズはいい監督になりそうですね。ジェイソン・ライトマンもそうだけど、出来る人は処女作からして既に出来上がってるんですわね。ダラダラ長くないのも良いです。「ここにいる自分は一体何なのだ?」という投げかけは宇宙においてはより一層深い陰翳をもたらすような。
    ケヴィン・スペイシーの声も、なかなかですわよ。

  • 2010/12/22 (Wed) 01:44

    mogomogoさん。サム・ロックウェルはけっこういろんな映画に印象に残る役で出てきますね。この作品は特にはまり役だったんじゃないかしらん。ずっと一人で出ずっぱりだし同じ人間だけど二役だしという役で演じ甲斐もあったと思います。

  • 2010/12/22 (Wed) 12:20

    こんにちは。

    『source cord』の記事を読んでいて、D・ジョーンズ監督がD・ボウイの息子さんと知ってビックリしました。D・ボウイがお父さんって……すごいなぁ(笑)

    ケヴィン・スペイシーはツボだし、『source cord』の予習として、ぜひ見てみたいと思います。近所のTSUTAYAにあるかしらん。
    ケヴィンは一時、俳優休業宣言したりしてヤキモキしましたが、その後いつの間にか復帰してて嬉しい限り。ゴールデングローブもジェイクとともにノミネートされてますよね。ジェイクかケヴィン、どっちか獲らないかなぁ。でもやっぱりジョニデかしら。

  • 2010/12/22 (Wed) 23:11

    この作品結構好きですよ。
    サム・ロックウェルは芸達者ですね~。ちゃんと演じ分けてましたね。
    そして何と言ってもガーティが可愛かった。
    一瞬HALを思い出し、「もしや・・・」と思ったんですが、”善”のコンピューターでしたね。
    デヴィッド・ボウイの息子である監督。なかなかの佳作を撮りましたね。次の作品も楽しみです。

  • 2010/12/23 (Thu) 00:12

    xiangさんさん。そうそう、「Source cord」の監督はダンカン・ジョーンズでしたね。この映画を観ていて、ダンカン監督はジェイクの持ち味とソリの合う監督じゃないかな、という気が強くしましたわ。「Source cord」ますます楽しみになってきました。きっと出来も悪くないと思われるし、ヴェラ・ファーミガも共演してるし、面白そうですね。「LAOD」よりも期待してますのよ、実は。
    で、ケヴィン、最近お見かけしないわ、と思ってたら、そうか休業宣言してたんですね。でも徐々にまた仕事を始めたんですね。ゴールデングローブは、きっとジョニデに持っていかれるでしょうね。ジェイクももっと強力な作品で候補に挙がっていれば狙えるだろうけど、今回はねぇ。ちょっとムリそうな気配。でもノミネートされたのは結構なことですね。ふほ。

  • 2010/12/23 (Thu) 00:15

    mayumiさん。ガーティ、かわいかったですね。健気というかなんというか。当初は全てをコントロールしようとする奴なのかと思っていたけどそうじゃなかったのも良かったですわ。
    ダンカン・ジョーンズの次回作はジェイクの主演作です。いやが上にも期待大です。ふほほほほ。…にしても日本に入ってくるんだろうかな、という懸念はありますが。

  • 2010/12/23 (Thu) 16:35

    kikiさん
    サムロックウェル、特にファンではないけど、うまい人ですよね。
    でも今回、サムではなく、ジェイクのゴールデングローブ賞ノミネートのニュースが載ってたもので反応しました~すみません、横から。コメディー、ミュージカル部門でノミネートですね。うれしいです。

  • 2010/12/23 (Thu) 22:44

    ふうさん。サム・ロックウェル、なかなか味がありますね。そしてダンカン・ジョーンズのタッチは、ジェイクと相性いいかもしれない、と感じましたよ。「Source cord」はおもしろそうだから日本でも2月とか3月とかに見られるといいですよね。ゴールデングローブはアン・ハサウェイとWノミネートだけど、今回は名前があがっただけじゃなかろうかと。でも三十路に突入したジェイキーへのはなむけとして、さいさきがいい事ですわね。

  • 2011/01/12 (Wed) 14:34

    こんにちは。

    見ましたよ!予想以上の出来でした。感動っ!とかそういうんじゃないけど、しみじみした味わいで。
    監督とか脚本家っていうのは、壮大な物語の風呂敷を広げることよりも、広げた風呂敷をいかに上手に畳むかが才能なんじゃないかと思うのですが、そういう意味ではダンカン・ジョーンズ監督の今後に期待が持てますね。
    クローンとかコピーが当たり前のはずのガーティに、あの場面でほろりと涙をこぼさせるセンスも好き。憂い顔のJakeと作風が合いそうだし、ますます「Source Code」が楽しみになりました。

  • 2011/01/12 (Wed) 22:42

    xiangさん、期待はずれ、とかじゃなくて良かったですわ。
    >広げた風呂敷をいかに上手に畳むかが才能
    確かにそうですね。広げるだけ広げて収拾つかなくなるとか、いかにも予定調和な落としどころになってしまうなど、上手く畳むのは難しいし、そこが腕の見せどころかもしれません。そうそう、ダンカン・ジョーンズ監督はジェイクの持ち味と作風が合いそうですよね。「Source Code」かなり楽しみです。そうそう、「LAOD」も「ラブ&アザードラッグ」という複数形をやめただけのカタカナ・タイトルで封切られるみたいですが、まだ時期はハッキリしないみたいですね。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する