「雪国」(松竹版)

佐田啓二の島村さんで見たかった~
1965年 松竹 大庭秀雄監督



「雪国」の映画化作品は前にも書いたとおり、東宝の1957年版のモノクロ映画と、この松竹の1965年版のカラー映画がある。ワタシが最初にTV放映で観たのは、この松竹のカラー版の「雪国」だった。岩下志麻の駒子である。その後、有名な東宝の「雪国」をじっくりと味わい、そして今回、久々に思いだして、松竹の「雪国」を再度、観賞してみた。
いやいや、なかなか。カラー版の「雪国」も悪くありません。
岸恵子の駒子の印象が強くなっている昨今、久々に岩下志麻の駒子を観て感じたのは、岩下志麻は全然負けていない、という事だ。勝るとも劣らない。むしろシーンによっては岸恵子よりも良いぐらいである。鄙には稀な美人芸者だが、田舎の芸者なのでどことなくイントネーションが訛っているところなど、岩下志麻の方が駒子らしいというところもある。重いシガラミを背負いつつ、年に一度、気まぐれにしか訪れない東京の妻子持ちの男に惚れてしまった自分に苛立ち、焦れながらも、雪の中で懸命に生きる芸者のやりきれない想いをよく表現していた。





また、カラーフィルムに美しく映し出された雪景色や、ひなびた北国の温泉町、温泉宿の風情なども、モノクロとは異なる情緒がかもし出されていて、越後の水分の多い雪のじっとりとした重さや、温泉のおんもらとした湯気の匂いが伝わってくるようだった。


カラーで捉えられた美しい雪景色



雪に埋もれた温泉町

ひなびた温泉宿の長い渡り廊下の風情も○

でも、東宝版と松竹版をじっくりと観た上で、やはり総合的には東宝版に軍配が上がると思う。なぜといって「雪国」は駒子と雪景色だけでは成り立たない世界だからである。東宝版と松竹版の差、それは島村を演じた俳優の個性の違い、適性の違いによると思う。東宝版は何といっても島村を演じるために生まれてきたと言っても過言ではない池部良の島村で、作品の情緒や印象がぐっと盛り上がっているのだ。言わずもがなだが、岸恵子の駒子だけでは、あの世界は出来上がらないのである。けれど、松竹版は岩下志麻が一人で頑張っていて、島村が付いてきていない。木村功はいい俳優ではあるが、真面目で地味でいい人そうすぎて、なんだか毒にもクスリにもならない中学校の先生みたいなのだ。色気と魅力と存在感がどうにもこうにも足りないのである。


地味で存在感が薄いのよね…

ここで監督・脚本が大庭秀雄であることを考えると、多分間違いなく大庭監督としては「雪国」を撮るなら島村には佐田啓二を想定していたに違いない、とワタシは思う。東宝の二枚目が池部良なら、松竹の二枚目は佐田啓二である。二人はともに前髪パラリ系の二枚目で、島村役にはぴったりな個性の持ち主だ。岸恵子に対して岩下志麻なら十分対抗できる。ここで島村を佐田啓二が演じていたら、松竹版の「雪国」は一段階飛躍した作品になっていたに違いないと思う。なぜそれが出来なかったか。それは1964年の夏に、佐田啓二が不慮の交通事故で突如として世を去ってしまったからに他ならない。


佐田啓二の島村さんはこんな感じ~

松竹版「雪国」を観ていて、たびたび、あぁ佐田啓二が島村を演じていたらなぁ…と思わずにはいられなかった。岩下志麻の駒子にいかに説得力があっても、彼女がそんなにも焦れながら惚れている島村に魅力がなかったら、その全存在を賭けた想いも折々「~」という感じになりかねない。木村功の島村さんは、いい人過ぎて翳りがない。平板で個性が薄く、存在感も軽い。迫り来る戦争の気配に対する憂愁や、人生への倦怠のようなものをうっすらと漂わせて、雪深い北国に現実逃避に訪れているという雰囲気を色濃く出していた池部良の島村に較べたら、鎌倉彫りとただの線彫りぐらいな人物としての陰翳の差があるのだ。


真打ち・池部良の島村と岸恵子の駒子

佐田啓二が島村を演じていたらどうだったか、というのは「京化粧」を観るとなんとなく想像できる。「京化粧」も大庭秀雄の監督作品で、この作品の中で祇園の芸者に惚れて折々通う主人公は東京に住む翻訳家の男という設定。松竹版の「雪国」の島村も、東京に住む翻訳家という設定だ。「京化粧」ではどこに本心があるのか掴めないながらも、どことなく幸薄い風情が男心をそそる祇園の芸者(山本富士子)に惚れて、身請けしたいと懸命に仕送りし、持てる限りの誠意を持って女を救い出そうと思った男が、祇園という世界のしがらみの中で金に縛られて生きていくしかない女のさだめの強固さに、刀折れ、矢尽きて一人寂しく去る、という話だったが、「雪国」は地方の花街の女と東京の男、という設定は同じでも、男女の精神的なスタンスは逆。さだめに抗って生きたいが、しがらみに巻かれる自分を何とかそんな世界から救い出して欲しい、と一筋の望みを心の奥底で島村に託す駒子と、彼女に魅力を感じてはいるが、所詮は年に一度訪れる温泉地で遊ぶだけの女だと思っている妻子持ちの島村。基本枠は同じところで、「京化粧」と真逆なメンタリティの男を演じる佐田啓二を見られるものなら見たかったとついつい思ってしまうのである。



松竹版「雪国」は、木村功が役不足な事を除けば悪くない出来だと思う。ことに、東宝版「雪国」のレビューでもちょっと書いたけれど、東宝版にはない台詞として、駒子が島村に言う「あの子(葉子)があんたの傍でかわいがられていると思いながら、私はこの山の中で身を持ち崩していくの。…しーんといい気持ち」というのがあって、この台詞はとても光っている。昔、TV放映で見たおぼろな記憶では、駅の待合室でのシーンだと思っていたが、茶店のシーンだった事を再見して確認した。

葉子は東宝版の八千草薫も、松竹版の加賀まり子も大きな差はない。強いて言うと加賀まり子の方がキャラ的にちょっと可愛い葉子だろうか。八千草薫の葉子は、とにかく激しい。怒りも愛情も非常に強く激しい火のような葉子で、八千草薫としては異例な役柄ではあったが、それはそれで良かった。加賀まり子の葉子は、芸者などは絶対に出来ないという堅気志向で、不器用な生き方しかできない美少女のありように、島村が興味をひかれてしまう雰囲気が出ていたような気もする。



また、東宝版では旅館の仲居さんとして出演していた浪花千栄子が、松竹版では按摩役で1シーンだけ登場して、「お!双方に出ている。さすが浪花千栄子なり」と妙なところで感心した。



ともあれ、松竹版の「雪国」は、何といっても岩下志麻の駒子をじっくりと堪能する作品。岩下志麻の演技は、彼女の代表作の1本といってもいいぐらいに、駒子の雰囲気がよく出ていたと思うし、重い雪に閉じ込められる山国でシガラミに雁字搦めになりつつも、その土地を動けず、そこで雪に埋もれて生きていくしかない自分のさだめにやりきれない悲哀を感じつつ、頼りにできない東京の男に僅かに慰めを見出すしかない駒子の辛さが、岸恵子とはまた微妙に異なる風情でかもし出されていたと思う。



それにしても、岸恵子も岩下志麻も、細身ですらりと上背があり、島田髷に裾を引いた芸者の衣装がよく似合っている。鶴のような立ち姿は双方に共通している特徴だ。駒子はすらりとした細身の美人でないといけません。太短い駒子なんて有り得ないものね。

コメント

  • 2011/01/04 (Tue) 23:05

    kikiさん、タイムリーにも昨日「雪国」(東宝版)を見ました!
    池部さん、よかったですね。原作は読んでないけど、島村さんという人を体現しているんだろうなあと思いました。最近「トイレット部長」とか「恋人」「青い山脈」などの健康的な池部さんばかり見てたので、こういう島村的な男性を見せられるとまたハッとする魅力がありますね。
    岸恵子の駒子さん、可愛いなと思って見てたんですけど、泣いたり笑ったり、くるりくるりと感情を激しく伝えてきて正直「ちょっぴり鬱陶しい・・」などとも思ってしまいましたが、kikiさん評を読んで、きっとそれもどうにもならない自分の身の上、受け入れざるを得ない運命を持て余すあまり故であったからかな、と思い至りました。原作を読んでみたいです。葉子さんに島村が思いを寄せている、なんていうのも映画ではわたしは分かりませんでした(ニブチンゆえ。笑)。
    松竹版もよさそうですね。雪景色と渡り廊下の写真に惹かれました。佐田啓二の島村さんもこれまたよさそう~!わたしのなかでは佐田さんは小津作品で見られる好青年のイメージですが、そういう人が厭世的な島村さんを演じるのってそのギャップがまたよさそうです、うふふ。
    あ、あと浪花千栄子!両方に出演なのですね。わたしひそかに千栄子ファンですゆえ、これもまた松竹版見たい理由のひとつです!

  • 2011/01/05 (Wed) 00:04

    ミナリコさん。東宝の「雪国」ご覧になったざますのね~。そうなんですよ。池部良がとても良いんですのよ、東宝版は。まぁ、脚本も演出もいいんだけれども、やや冗長というか、丁寧に描きすぎてて長い!って感じもなきにしもあらずでね。でも池部良は天下一品ですわね。こういう役をやらせると右に出る役者はいませんわ。岸恵子は多少、軽躁な感じではあるけれど、駒子というのが、ああいう感じのキャラなんじゃないかしらん、と思われます。原作ウロ覚えでハッキリした事は言えませんが。あと、葉子への島村の興味というのは、潜在的な、漠然と漂わせる程度のものなので、原作にもハッキリと書かれているわけではないような気がします。そんな感じがする、というだけのことでね。松竹版「雪国」は悪くないんですが、木村功には悪いけど佐田啓二で見たかったですわ。30代後半の彼は甘いだけの二枚目や、いい人ではなく、色悪っぽい役も、性格俳優っぽい役もこなすようになってましたからね。この島村のずるい曖昧な感じも、上手く表現したかもしれぬのですわ。う~ん。残念です。佐田啓二と岩下志麻だったら、だいぶムードが違ったと思うんですけどねぇ…。でも撮影はきれいだし、映画としてはよくまとまっているし、何と言っても雪国の風景が情緒があって綺麗です。観て損はない映画だと思いまするよん。浪花千栄子も出てるしね。(笑)

  • 2011/01/05 (Wed) 07:51
    あけましておめでとうございます~^^

    今年もよろしくお願いします^^

    ふたつの作品を比べると面白いですね!
    わたしは池部良さんの方は観たことがありません。
    でも、かなり前に鑑賞したので、岩下志麻さんの駒子がすごく可愛かったぐらいしか覚えてないのですが、kikiさんおっしゃるように、木村功さん演じる島村の印象が薄いから覚えてないのかしら・・・となんだか納得してしまいました(笑)

  • 2011/01/05 (Wed) 21:50

    みすずさん。
    こちらこそ、今年もよろしくお願いします。
    それにしても意外なところにコメントが(笑)
    これ、ご覧になってらしたのですね~。ワタシもTV放映で随分前に見たきりだったので、今回久々に観て新鮮でした。お志麻さんはよかったです。でも木村功がねぇ…ちょっと残念な感じでした。

  • 2011/01/07 (Fri) 23:40

    kikiさん おめでとうございます 今年もよろしくお願いします
    (なんだか松の内ぎりぎりセーフになってしまい申し訳なし!)

    松竹版「雪国」は見てませんが、岸恵子の駒子との違いは何となくわかりました。
    岸・駒子はあっけらかんとしたとこがありましたけど、岩下志麻はより現実的で哀しい駒子を演じているんですね。岩下志麻の駒子、よさそうですね。機会があったら見てみましょう。
    木村功はわりと好きな俳優なんだけれど、そうですね、島村役にはちと地味ではありますねぇ。池部良の島村と比べたら鎌倉彫りとただの線彫り・・・ってすごい例えですね(笑)
    そして、kikiさんは本当に佐田啓二がお好き♪ kikiさんの好みの二枚目の原型は彼なのですね。むふふ。
    佐田・島村が実現してたならば、さぞかし・・・ですよね~ 残念無念。

    ところで話題は変わりますが、年末の高峰秀子の突然の訃報。十月に具合が悪くなった時というのは池部良が亡くなったあたり・・・。今頃あの世で一緒に語り合ってるんでしょうか。凛とした生き方を貫き通した稀有な女優。エッセイ何冊か読みましたが、何ともあっぱれな方でしたね。













  • 2011/01/08 (Sat) 09:01

    ジョディさん、今年もよろしくお願い致します。
    (お正月挨拶のコメント欄を開けておくべきでしたね。すみませぬ)

    松竹の「雪国」は、岩下志麻だけじゃなく、カラーで捉えられた雪国の景色と田舎の温泉町の風情も良いですよ。島村さんを除けば、けっこう見所はあると思います。木村功、ワタシも嫌いじゃないし、いい俳優だけどいかんせん地味で色気がなさすぎ。そのへんは観れば分かると思います(笑)監督の大庭秀雄は「君の名は」で佐田啓二を大スターにした人で、とにかく佐田啓二の良さをよく知ってる人だったので、「雪国」も企画の段階では間違いなく佐田啓二で行くつもりだっただろうと推察しますが、人の寿命は誰にも予測できぬもんですわね。

    というわけで、高峰秀子。もっと長生きしそうだったのに80代で亡くなりましたね。うちの母などは同じ高峰でも美枝子の方が好きだ、と言ってますが、デコさんは女優として稀有な才能のあった人だという事は間違いないし、ひねくれ婆さんみたいな面もあれば、やけに女くさい可愛い部分もあったりする面白い人でしたね。ただ、ワタシはあのネッチリと鼻にかかる台詞廻しはちょっと気になるのだけど…。でも生き方に筋が通ってるし、ある種の潔さも感じるし、シャキっとして生き切ったんだな、という感じがします。また、追悼特集がありそうですね。

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