「完全なる報復」 (LAW ABIDING CITIZEN)

~なにが正しいことなのか?~
2009年 米 F・ゲイリー・グレイ監督



この映画の存在については知っていたのだけど、日本未公開のまま終わるのかなと思っていたら一応公開になり、ジェラルド・バトラーがノリノリで自ら制作に名を連ねて意欲的に臨んだ作品だという事なので、どんなものなのか観ておこうかしらん、と劇場へ。
久々に男臭いバトラー氏が観られるかしらん、という期待が大きかったのだが、そういうテイストではなかった。
梗概はというと、二人組の強盗に目の前で妻と娘を殺された男が、その主犯が法廷で裁きを受けず、司法取引により極刑を免れた事に怒り、犯人だけではなく司法取引に関った人間全てに復讐していく、というもの。
邦題には報復、と入っているが、これは復讐譚ではない。不完全な法システムや、自分の得手勝手な都合などで正式な裁判をせず、司法取引で事件を簡単に片付けようとする検事や裁判官に対して全面的に「否」を突きつけ、制度を崩壊させ、根本的に変革せざるをえないところに追い込もうと企てる男の物語だ。

もっと単純なドンパチの復讐劇かと思っていたら、かなり陰湿で残酷なシーンもあり、それを、昨今ではすっかり脳天気な気のいい男のイメージが定着しているバトラーが演じているので、余計にう~む…な雰囲気に。主犯の男をなぶり殺しにするところまでは、まぁ、気持ちも分らぬこともない、という風には思えるのだが、それでもけっこうグログロなシーンにちょっと引く。そして、次第に目的の為には手段を選ばないと言ってもいいほどに無造作に殺人が重なっていくと、何やら理解の範疇を越えてしまう。



ジェラルド・バトラー演じるクライドは発明家で幾つか特許も持っており、ある程度の資産もあるという設定。(頭脳と資産がなければ到底彼の計画は実行には移せない)妻と娘を殺され、その主犯が司法取引で極刑を逃れる事が決定してから10年後、彼は行動を起こし始める。頭脳派のクライドが10年もの間、計画を練りに練って、周到に準備を重ねた末に始めたのは不完全な法制度を破壊するための闘いだった。現場の物的証拠が弱い為、主犯の弁護人の持ち出した司法取引にあっさりと乗り、自らの不敗記録に傷をつけぬために正式な裁判を切望する被害者クライドの意向に耳を貸さず、一件を落着させた検事ニックを演じるのはジェイミー・フォックス。終わったと思っていた事件は10年後に予期せぬ形で頭をもたげる。予測不可能な行動で検察を翻弄するクライドと、野心家で不敗記録を誇る検事ニックとの”頭脳戦”的な闘いが始まる。クライドは検察をおちょくっているとしか思えない司法取引を持ちかけ、塀の中にいながら関係者を次々に「処刑」していくのだが…。



というわけで、正義とは一体何か~法律は誰のためのものか~など、投げかけは分るが、妙に捻った筋のうえに、どうも観ていてすっきりとしない映画だった。

まず最初に、殺人も犯していない従犯の男が、殺人を犯した主犯の男に罪を被せられて死刑になるというだけでも気の毒なのに、その上、クライドの仕業で安楽死ではなく、もがき苦しんで死ぬハメになるというシーンに、…それは可哀想すぎない~と、早くも何かすっきりしない気分がただよい始めた。

次には狡賢い主犯のオヤジをクライドがこれでもかと血祭りにあげるシーンも、行動として違和感はないが方法が陰惨すぎて、そういうジェラルト・バトラーは見たくないなぁという気分になってしまった。(まぁ、具体的なシーンは殆ど無いですけれども…)

その後は、クライドの目的のために直接彼に害をなしたわけではない人までがアッサリと幾人も殺されていくに及んで、ワタシの脳内では「行き過ぎ注意報」が発令されっぱなしとなり、しかも、主犯を除いては一番ガツンと思い知らせたかった筈の思い上がった検事ニックにはハッキリとした形では何も思い知らせる事ができなかったという点で、冒頭から隅に黒雲のようにモワリと浮いていた「すっきりしない感」は遂に映画を全面的に覆い尽くした。



スコットランドで法律家になるはずだったジェラルド・バトラーがこういうテーマに熱意を燃やすというのは分からない話でもないけれど、こんなスッキリしない展開で満足したのだろうか。不条理感だけを残すために映画を作ったわけではないのだろうが、どうにもこうにも後味がよくない。
あれだけ人を無造作に殺したクライドが全ての目的を遂げて悠然と立ち去ったら、それはそれで不条理感で一杯になった事だろうとは思うけれども。いやはや、なんとも。
でも、こういう映画を自ら熱を入れて制作したジェラルド・バトラーは、やはりなかなか内面的には複雑な男であるかもしれないな、とちらと思った。

捕まる事を想定して主犯を残虐に殺すクライド。バトラーの全裸シーンが話題になっていたが、なぜあんなところで全裸にまでなる必要があるのか意味不明である。抵抗しない、武器もない、という事を示すためとはいえ、着衣のまま両手を上げておくだけで良かったのでは~と思ってしまった。バトラー氏、顔は相変わらず頬にちょっと肉があるものの体は脱いで見せられるように「300」以来久々にきっちりと引き締っていた。でも、必然性のないヌードでもあった。意気込みの現れ、とでも解釈しておけばいいのか。



検事ニックはクライドにさんざん翻弄されて同僚も大勢死なせてしまうのに、結局のところ出世もして、家族の大事さにも今更に目覚めるというラストで、実にもう、なんじゃそりゃ~~~な締めくくり。クライドが10年を費やした計画によってあれだけ幾人も人が死んだのに、担当検事が家族愛に目覚めただけって…。唖然茫然。そもそも検事ニックがもっと根源的に痛い目に遭わないと意味ないんじゃありませんの~龍頭蛇尾とはこの事か。む~~。後味悪し。
何も考えずに楽しめる、爽快感100%の娯楽映画が観たいなぁ、という気分になってしまった。

*****
「完全なる報復」には、そういうわけでどうも承服しかねる感じだったのだが、ジェラルド・バトラーの近況について書くと、最近はちゃんと髪の根元を無精しないで染めて、体も痩せたせいか、見た目年齢は若返った様子。しかも、何かの映画で少し長めの髪にして以来、これまでのトレードマークの短髪をやめて、現在はややロン毛気味のようだ。



ロレアルの男性化粧品CMの撮影風景を海外サイトで見たが、少し前のじじむさい気配がなくなり、またイケメン系のノリを取り戻して、バイクに乗ったり、女性と抱き合ったりというイメージショットをC調に撮り重ねていた模様。さすが俳優。ちょっとケアすれば、すぐにオヤジからイケメン風味に戻れるのねん。(そのうち戻れなくなっちゃうのだろうけど…)


なんだか色々やってます


いずれにしても華が戻ってなにより。すぐに太ったり老けたりしないで、当面その感じをキープしてちょうだいね、というわけで不完全燃焼の「完全なる報復」および、バトラーの近況でした。

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