「MAD MEN」は面白い



ワタシは海外ドラマに何でもかんでも飛びつく方ではなく、世間でいかに話題になっていても食指が動かないと全く観ない。海外ドラマは何シーズンも重ねて長いものが多く、最初からずっと見ていないと感興が乗らないということもあるかもしれない。でも、好みに合った面白いドラマを初回から見る事が出来ればずっと見るのは吝かではない。というわけで、今、展開が楽しみで放送を待ち遠しくチェックしているのがAXNで放映が始まった「MAD MEN」。これには久々に膝を打った。
「MAD MEN」はフジTVの有料チャンネルNEXTで2009年にシーズン1~3を放送していたらしい。昨年はフジの地上波深夜枠で日本語吹替え版が放送されていたようだが、さっぱり知らなかった。で、今年CSのAXNで放映が始まったので、シーズン1の1話目から観て、すっかりハマってしまった。「MAD MEN」というタイトルは、NYのマディソン通りで凌ぎを削った広告マン達が自らをそう呼んだ造語らしい。

ワタシはまず、番宣で見たタイトルバックのデザインに惹き付けられた。この人物シルエットを使ったタイトルバックは、多分「カジノ・ロワイヤル」のタイトルバックと同じデザイナーだと思うのだけど、シャープでクールでスタイリッシュでキレが良い。好みにフィットするデザインだ。


「MAD MEN」のタイトルバック


懐かしい「カジノ・ロワイヤル」のタイトルバック

次には時代設定。60年代NYの広告業界に生きる男が主人公。20世紀のミッドセンチュリーを時代背景に持ってきたところが何といってもミソだろう。男女の服装にヘアスタイル、音楽に、家や家具や車なども、60年代の時代考証をしっかりとした美術・小道具が効いている。広告業界の熾烈な競争や、社内での足の引っ張り合いなどはどんなドラマでも描くだろうが、興味深いのは主人公ドン・ドレイパーのキャラ設定。花形の広告マンである彼は政府関連から民間企業まで幅広い顧客を抱えているが、華やかな活躍の一方で過去を一切語らない謎の男でもある。彼の陰翳に富んだキャラが折々のエピソードで印象的に描かれていく。ドンを演じるのはこれでブレイクしたジョン・ハム。ハンサムで声もいいし、役にピッタリである。


翳ある男 ドン・ドレイパー 常に指の間に煙草を挟んでいる

ドンの秘密がどんなものであるのかも、おいおいに語られて行くのだと思うが(今の段階で漠然と察しをつけているのは、多分戦争を境に他人(おそらくは死んだ戦友?)の名を名乗って生きていく事にしたのではないかということだ。何故かは今のところ全く分らない)、どんなクライアントの要望にも必ず応える切れ者の広告マンで、クールでハンサムで女にモテモテのドンはNY郊外のマイホームにブロンド美人の妻と二人の子供と暮らしている。だが、マンハッタンに住む結婚願望のない「自立した女」であるイラストレーターのミッジともステディな関係にある。このミッジはタイプ的に「マイレージ・マイライフ」のアレックスのような女性で、その場限りの情事を楽しむことをよしとし、そこにプライヴェートや仕事の悩みなどを持ち込まれるのを非常に嫌う。ベタベタした関係はお断りなのだ。割り切って、今だけに生きるというミッジはドライでタフ。ドンがウジウジした面を見せると「お断りよ、帰って」とつき離す。お手当てを貰っているわけではなし、愚痴など聞いてやる義理はないのだ。


クールな愛人ミッジ

ドンはこのミッジばかりか、デパートの経営を父親から引き継いだユダヤ系の女実業家であるクライアントにも惹かれるものを感じ、恋愛をしかけたりする。
ブロンド美人の妻ベティは、人も羨むハンサムで稼ぎのいい夫と二人の子供に恵まれ、NY郊外の住宅に暮らして何不足のない生活を送っているように見えながらも、けして過去を語らない夫の謎と隠し事に本能的な不安を感じ、心因性の手の痺れが折々現れるようになっている。こんな美人の奥さんがいても、外であれこれ突付きまわしたいんだから男というのはつくづくと因果なものだと思うが、有能な男ほどオスの本能が旺盛になりがちなのは動物学的に避けがたいところでもある。ドンの妻を演じているのはジャニュアリー・ジョーンズ。ノーブルなブロンド美人でなかなか良い。


人も羨む結婚生活を送っているように見えながら、神経障害に悩む妻ベティ

3話目「フィガロの結婚」ではドンの家庭生活が描かれる。休日に寝坊をしていたいドンだが、娘の誕生パーティを控えて、妻ベティは庭にプレイハウスを組み立ててくれと要求する。にこやかだが、けっこう強硬だ。ドンはしぶしぶ庭にプレイハウスを組みたて始めるが、イヤイヤやっているのでなかなか能率が上がらない。少し組み立ててはガレージの冷蔵庫からビールを出して飲み、暫く組み立てては、また新たなビールの缶を取りに行く有様。妻の言いつけ通りにプレイハウスを組み立てるアンダーシャツ姿のドンをキッチンからみつめるベティと近所の主婦友達。友達の「男よねぇ」という讃嘆の声にベティは世にも満足そうに微笑む。パーティが始まると、やれ8ミリカメラでみんなを撮れの、娘のケーキを取りに行けのと妻の要求は度重なってくる。けして妻に声を荒げもしないし、文句も表だっては言わないが、ケーキを取りに行け、といわれたあたりでドンの忍耐は切れてしまう。一応取りには行くものの、ケーキを持って家に入る気がせず、ドンはそのまま車で家の前を通り過ぎていずこへか走って行く。午後4時を過ぎてもドンは戻らずケーキも来ず、代替のわびしい冷凍ケーキで娘の誕生日を祝ったベティ。一方、ドンは人の来ぬ場所に車を止めて夜になるまで眠りをむさぼる。



パーティも退けた頃に家に戻るドン。ベティは夫に苛立ちを募らせているが、夫は一枚ウワテで、娘の誕生プレゼントに犬を買ってきており、子供たちは犬に夢中で大喜び。妻はそこで怒りをぶつけるわけにはいかなくなる。ドンのズルさと内面的な複雑さがよく出た回で、とても面白かった。美しい妻を愛していないわけではないドンだが、絵に描いたような家庭生活を楽しんだり、埋没したりは出来ないタチなのだ。彼の心の中には何をもってしても、誰をもってしても埋められない巨大な虚無が黒々と翳を落としているのである。ドンみたいな男は結婚するべきではない。しないほうが余程面倒がないし、いかに女遊びをしても誰にも迷惑はかけない。でも、そうは割り切って生きられず、ついつい結婚して家庭生活に何かを求めてしまうところが人間の摩訶不思議なところだろうか。また、美人で素直な性格の妻ベティを愛していても浮気の虫が止まらないのは因果な事だと思っていたが、浮気がしたくなるドンの気持ちがこのエピソードでちょっと分ったりもする。マイホームパパを演じなければならない家庭と、常にクライアントの要求に応え続けねばならない職場だけでは、ドンはあっという間に嫌気がさして蒸発してしまうに違いない。このあたりの脚本や演出が非常にうまい。登場人物それぞれの性格の描き方が印象深く、きちんと描きこまれている。伊達に3年連続でゴールデングローブ賞とエミー賞をW受賞しているわけではないのだ。

多分、本国アメリカでのスポンサーに煙草メーカーが入っているのだと思うが、50年代という設定もあって、まぁ、登場人物が煙草を吸うわ吸うわ、昨今これだけ煙草を劇中で吸うシーンを見るのは却って新鮮な気もする。現代の話ではムリでも、過去の時代設定であれば喫煙シーンも自然に作れるというわけなのだろう。1話目のクライアントは大手煙草メーカーだったりするのも楽屋落ちのような感じもするけれど、そういえば、昔の映画を見ていると、本当によく煙草を吸うシーンが出てくるなぁ、と改めて思ったりする。煙草を吸わないと演技的に間がもたないのではないかと思えるほどにしょっちゅう煙草が小道具で出てくる。「MAD MEN」にはそんな時代の空気がふんだんに流れている。オフィスでも男のみならず女もバンバン煙草を吸っているし、バーでは勿論のこと、電車の中でも煙草は吸い放題。妊娠中の女性でさえ煙草を吸うシーンがあったりして、今の目線でみると、よくもまぁこんなにどこでも誰でも煙草は吸い放題だったなぁ、と思うぐらいだが、日本人が見ていてそう思う程なので、アメリカ人は余計にそう感じることだろう。


男性のみならず、女性もオフィスでパカパカと煙草を吸う 隔世の感がある

60年代初頭は、アメリカが空前の繁栄を謳歌したヒップでグラマラスな時代だった。50年代の繁栄の余光を引きずっており、まだベトナムの影はさしてこない。広告業界も花形になりつつあり、広告マン達は高級取りで、NYの中心で世界は自分達のものだと思っていた。その調子こいた様子なども世界の頂上で得意満面だったアメリカの1960年代の空気を表している。
また、この時代は男性社会。そんな会社にドンの秘書として入り、素直そうに見せかけつつも、折々にタダモノならない気配を窺わせるペギーにエリザベス・モスが扮している。このドンの新人秘書ペギーは、口角が下がり、全体に野暮ったく、全く美人ではないのだが、地味でモッサリした外見とは裏腹に、すぐに既婚者になってしまう事が分かっている営業マン、ピートと関係を持つなど、なかなか図太い面もある。秘書からコピーライターになっていくらしいので、目に快いキャラではないが目は離せない。その他、ドンの上司スターリングを演じるジョン・スラッテリーが女の尻ばかり追いまわしているが心の底はさみしい風の吹いているオヤジを妙にハマった感じで演じている。


山出しの芋娘だが頭は悪くなさそうなペギー


ドンの上司で女好きのスターリング

社内外の人間模様に加えて、60年代という時代背景(シーズン3はケネディ暗殺なども時代背景として取り入れられる)が興味深く、それらと相まって、複雑で陰翳の濃いドン・ドレイパーのキャラクター設定と、彼の過去に関する謎など、引っ張られる要素が満載の人間ドラマ「MAD MEN」。タイトルバックではドンとおぼしきシルエットが高層ビルから墜落していく様子が描かれているのだが、ドンは広告業界の頂点に登りつめて転落していくのか。それともしぶとく生き残るのか。DVDでもシーズン3まで出ているので、半額の日に一気借りしようと思えばできるけれども、AXNで順を追って放映されていくのをジワジワと楽しみつつ観ていこうと思う。

コメント

  • 2011/03/09 (Wed) 10:15

    AXNのあまりの宣伝攻勢に少々鼻白んでいたのですが、ついつい初回から見てしまった私(苦笑)なるほど各賞受賞も納得の面白さでした。映画的な丁寧さもありつつ(オフィスとか家のセットは見事だと思う)、テレビドラマならではという部分もあり。

    この時代のアメリカ人男性って、見てくれの振る舞いはきっちりレディーファーストなのに本質は男尊女卑だったりして、行動と考えが分裂気味ですよね。女性も「弱く守られるべきもの」というレッテルをうまく使って、実際はかなりしたたかだったりして。男も女も疲れそうです。
    そのあたりに気づいて疲れ気味(らしい)ドンと、アゴ・エラがっしりの野心家ペギー、それに“姉御”ジョーンの行く末が気になります。

  • 2011/03/09 (Wed) 22:36

    xiangさん、あはは。確かにね。ドラマチャンネルって猛烈に番宣しますよね。というか、自分とこで放送する番組の宣伝と通販広告しか入ってこないからしつこいのね。ワタシは映画チャンネルを見ている事が多いのであまり気になりませんが(笑)でも、「MAD MAN」はその番宣を見て、アンテナがビビビと動き、海外ドラマは殆どスルーなのだけど、のっけから見る!と決めてました。期待はずれじゃなくて良かったですわ。
    確かに、この時代の男は女を下目に見ているので、表面的には庇うべきものとして扱う、みたいなところありますね。女も男に養われるのが当り前、みたいな。郊外の住宅地に離婚したシングルマザーが越してくると周囲が興味と憐憫、蔑みで興味しんしんだったりね。(近所のママ友付き合いのウザさはあまり今も変らぬのでは?ワタシには到底できぬわ、と思います)
    姉御ジョーンですが、今どき珍しい程の暑苦しい雌牛体型ですよね。胸とお尻をブリンブリンと突き出して。なかなかのシタタカ者ですが、さきざきどう転んで行くのか、要チェックですね。

  • 2011/09/26 (Mon) 00:27

    シーズン1の何話だったか忘れましたが、ドン(ディック)の幼年期に一晩だけ家に泊まった男がいましたよね。あの男が家を去る時、門柱(?)に残した印が「この家にはウソツキがいる」でしたよね。
    私はこれは、ドンが娼婦の子だと言う出生についての話が嘘なであるということを暗示しているのでは?と思いました。

    話は全く変わりますが、ペギーの出産の話は全く信じられないです。妊娠していることに気付いてなかったなんてありえません。それとも気付かないふりしてたんでしょうか?このドラマで唯一納得いかない個所です。

    • ようちゃん #-
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  • 2011/09/26 (Mon) 08:16

    ホーボーの男がディックの家に一宿一飯する話ですね。あの門柱の「ウソつき」マークはシンプルにディックの父親に対してのブーイングじゃないかと思います。労働の報酬にと妻が差し出した小銭を、後でやる、とかいって結局ホーボーに渡さないで自分の懐に入れちゃいますよね。出生については、ディックの母親が娼婦なのは間違いなくて、むしろ父親があの父親なのかどうかが疑わしい、という気がします。後のドンの節操のない女性関係も娼婦の子だからしょうがないさ、とそれを言い訳にしているような気も…。
    ペギーの妊娠・出産は確かに「ええ~?」って感じでしたね。いかに若くて無知で仕事に夢中になってて体調の変化に気づかなかったとしても不自然です。なんだか太ったなぁ、私…とか思ってたら妊娠だったなんてね。でも妊娠中を演じている時はペギー役の女優はかなり太ってたと思うんですが、役のために体重を増やしたのかな。いつの間にか凄いデブになってるな…とは思いましたけどね。妊娠とは、予想外な展開でしたね(笑)

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