大揺れのあと



被災地はまだまだ予断を許さぬ事態が続いているし、
地震のあと、現在は原発の事故で放射能漏れを心配しなくちゃならぬという
状態になってますね。抑えこめるのか、どうなのか…。

近所のコンビニやスーパーに見事に食料品がなくなって(特にコンビニはすっからかん)なんだか、昔の共産圏のマーケットの映像とかをふと思い出しました。
ソ連崩壊前後の頃の東欧圏のニュース映像を。

12日は余震が少し収まって動けるようになったら、近所のスーパーに人々は殺到。
こういう時は食べ易いパン類からあっという間に売れてしまい、
それ以外のものも、すぐに食べられそうなものから棚が空になっているという有様。
おまけに棚の間の通路はレジに並ぶ人の列が延々とスーパーの奥まで続き、
奥に達したところから横に曲がって更に続いておりました。

何か買ったらレジを通るまでに30分はかかりそうだと思ったので、
出遅れたワタシは買い物はやめて引き返しました。
特にどうしても買わねばならない、というものはなかったし。
そういえば、スーパーの入り口にいつも沢山あるカゴやカートが
すっかり出払って残ってなかったっけ。
小さな子供を抱えた家では、すぐに食べさせられるパンなどを多めに
買い込んでしまうのも、この場合は仕方が無いかもしれませんね。

それから数日たった今日、買い物に行ってみたけれど、やはり輸送が
ままならないとかで物資はあまり補充されてませんでしたね。
まぁ、12日ほどの長蛇の列じゃなかったけれど、一応、平日だからかな。
すぐ食べられる物が並んでいる棚は相変わらずのすっからかん状態。
とりあえず野菜と冷凍食品を少し買いました。電池も見事に単1は売り切れ。
懐中電灯用ですね。みんな考える事は同じです。また出遅れたわ。

でも、こういう時にトイレットペーパーを買い占めたりする人がいるのは嘆かわしい。
折角、災害の時にも騒がない日本人の気質が世界に感動を呼んでいるのにね。
また、救援物資をネコババするような奴もいるとかで、言語道断。
日本人は火事場泥棒みたいな卑しい根性がないのが身上。
そういうマネをする奴は、もう日本人じゃないよ。


かなり揺れたから舗道も10cm以上下がっちゃったところがあります

で、あの揺れを経験してからは、その後、余震が多かったせいもあるのだけど
(15日夜は静岡で大きな地震があったので余計に)
なんでもなくても体が揺れているような感覚が抜けないですね。
なんだろ、自律神経がちょっと狂っちゃってるんですかしら。
ワタシだけかと思ってたら、友達も「そんな感じ、あるある」とのこと。
皆さん、どうかしら。 そういうの、ありませんかしら?

で、節電のために通勤通学の規制をしてほしい、と呼びかけがあったにも
関らず、即、会社を休みにした企業ってのはあまり無かったんじゃないかしら。
でも、とある外資企業なんかは14日、即決で休みを決めたらしい。
外資はそういう時に決断早いんですけどね。
ドメスティックな企業はなかなか休みにしませんね。
でも、14日は駅に着いたところで、これから出社する人は自宅待機でよい、
という連絡が入ったのでUターンして帰宅しました。
15日はとりあえず出社したのだけど、昼を過ぎたあたりで、
例の放射能漏れの騒ぎで、都心でも通常の20倍の放射能を検知したというので、
ついにうちの会社でも帰宅命令が出て、16日は自宅待機というのが決まりました。
健康には影響ない程度だといっても、一応ね。

15日に出社した時、オフィスを見渡したら
けっこう遠くに住んでる人もせっせと会社に出て来てたりして、
日本人は真面目なアリンコ気質だなぁと今更に感じた次第。
ニュースでも「8時間歩いて都内のターミナル駅まで来た」とか言っている
オトウサンが居たりして、そんなにまでして会社行かなくていいから、
休んだら?とため息が出てしまったりしてね。

ともあれ、今週は殆ど仕事になんかなりゃしませんわね。
きっと、出勤するとしても金曜日だけって感じじゃないかしらん。
それもこれも原発事故の応急処置の進捗や効果に寄るんでしょうね。

***
計画停電というのもなかなか不便だし、唐突に襲ってくるから、あわあわ
しちゃうかもだけど、計画停電のような事ができるのは日本だから、って
事もあるらしいですね。他の国じゃそんな風に切り分けできないとか。
そのへんはさすがに技術立国だとは思うものの、
やると言ってて直前でやめたり、やらない筈の地域も停電したり、
曖昧なのはいけませんね。
やるならやっちゃえばいいのね。で、きっちり1時間とか2時間で
切り上げればその方がみんな気分的に楽でしょう。
サスペンデッドはいけません。直前までどうするか分らないなんてね。
とはいえ、東京23区はいまのところ計画停電の対象外らしいので、
せめて余分な電気を使わないように、節電には気をつかっております。
オフィスビルでも、不要な場所の電気は消して、節電してました。
エレベーターホールやビルのロビーは暗かったし、トイレも
いつもは暖かい便座がひんやりと冷たかったけれども、
おぉ、ちゃんと節電してるな、と思いました。

東電の対応のまずさにも困ったもんですが、現場の人は一生懸命に
事態に対応してるのでしょうね。もっと正確に情報を出して、現状を
的確に伝えるという機能が必要かも。情報を出すのが遅い、とあっちこっち
から叩かれてますが、改善されていくかしらん。




縦に亀裂が入ったりもしている舗道の脇にふと目をやると、梅の花が咲いていました。
地震も自然のしわざ、春の花が咲くのも自然のしわざ…なんだろうけど。

たださえ花粉は大量に飛んでいるうえに、放射能は空気に混ざってくるし(もうだいぶ薄らいでるみたいですが)なんだかややこしい事態ですが、いろいろの局面で、こういう時こそハッキリと見えるものを、見逃さないでよく見ておこう、と思ったりしています。

コメント

  • 2011/03/16 (Wed) 15:34

    kikiさん。
    ご無事で何よりでした!
    11日にグラっと来た時、私は仕事中で、日本人なら幼稚園時代から言われているであろう「地震が来たら机の下に」を初めて本気で実行してしまいました。
    その後もあんなにユラユラ続く余震は初めてで、同僚曰く「船底に寝ているよう」と。私もkikiさん同様、今でも何となく常に眩暈がするような、妙な感じです。

    また当日は私も「帰宅難民」の1人になりました。幸い、子供2人は同じ保育園に泊まらせてもらえることが確認できていたので、不整脈の持病持ちの私は無理せず職場に一泊。翌早朝に西武線で迂回して帰宅しました。
    オフィスの移動書架がゴロゴロ動くほどの余震が続く中で、職場から支給されたアルファ米のおこわを食べ、非常用毛布を床に敷いて寝るという事態に、意識の上では冷静だと思っていても不整脈は止まらず…。やっぱり異様なストレスだったのでしょうね。

    その後も続く余震、計画停電と交通機関の混乱、食糧や電池の極端な不足と、いろんなことが立て続けに起きてちょっとぼんやりしてしまいます。一晩、家に帰れなかった子供たちも、慣れた場所でよく知っている先生方に囲まれていたとはいえ、精神的な不安からか体調を崩してしまいました。これがもし避難所生活だったら……と、考えるだけで身がすくみます。そして、今、雪が降るほどの寒さの中にいる人達のことが本当に心配です。

    思えば阪神大震災も新潟や北海道の地震もみな、東京にとっては文字通りの「対岸の火事」だったんですよね。それが今回初めて我が身にもふりかかってきて、いろんなことが見えてきた気がします。

    とにもかくにも、これ以上の災害が起きませんように。
    被災者の人々が、少しでも早く暖かい家と食べ物に不自由しない生活を取り戻せますように、と祈るばかりですね。

  • 2011/03/16 (Wed) 20:48

    xiangさんも、ご無事で何よりでした。でも不整脈ですか。気をつけてくださいね。そして、やっぱり揺れの感覚ありますか?あれから何日か経っているんだけど、その後も地震が多いので余計にいつも揺れているような感覚が抜けませんね。11日は机の下に潜られたんですね。それってやっぱり正解じゃないですか。ウロウロするより机の下に潜ってじっとしているのが一番ですよね。ワタシはたまたま家に居たので一番太い梁の下で姿勢を低くしてました。帰宅難民にもならずに済みましたが、友人知人はみな、大変な思いをして家路を辿ったようです。xiangさんも帰宅難民になられたんですね…。お子さんたちは幼稚園にお泊まりでしたか。下手に動くよりはその方が安全だと思いますが、ご心配でしたね。お子さんたち、体調崩しちゃいましたか。幼心にもかなりのストレスだったんでしょうね。可哀想に。
    とにかく、自分の家で普通に生活ができているのは有難い事ですね。ほんと、避難所にいかざるをえず、暖房もトイレもなかったら、と思うと暗澹としてきます。三陸沖の被災地には今日は雪さえ降り出して、本当に言葉がないですね…。救援物資が必要な場所に必要なだけ、きちんと届くといいんですが。

    確かに、東京は関東大震災と第二次世界大戦の空襲のあとは、長らく災害とは無縁に来てましたからね。過去の災厄を記憶している世代も残り少なくなり、ワタシ達の世代などは本や映画で知るのみ。国内で起きた大地震もニュースで見ているだけだったのだけど、今回は直接首都圏で起きた大地震じゃなかったけどあっという間に交通機関は止まり、原発で二次災害が起きて、もし電気が止まったら電話も水道も結局使えなくなるという事が改めて思い知らされました。なんでも結局は電気で動いているのだな、と。でも、いつ首都圏に大地震が起きても不思議じゃないしね。災害に脆弱な東京にあんなメガトン級の大地震が来たら、それこそ一巻の終わりです。でも、その時はその時。あれこれ考えても天災だから仕方が無いですね。

    被災者の方々、特に高齢の方や持病のある方の避難所生活はさぞ厳しいと思います。近隣の県に、まず、そういう方々から安全に移動して、暖かい場所でケアを受けられるようにしないとね…。

  • 2011/03/19 (Sat) 12:04

    ご無事でなによりでした。私も帰宅難民の家族がいたり、計画停電で真っ暗な夜を過ごしたり(私も出遅れて電池が買えず)といった不便はありますが、普通に生活できています。しかし、普通に生活できること事態に後ろめたさを感じたりもしています。
    ところで、今回いかに電気に頼り切った暮らしをしているのかがよ~く判りました。我が家はオール電化なのですが、こういう時は困る。マンションではないので水道は普通に使えるのですが、お料理も出来ず、暖房も使えない・・・かといってオール電化をやめることも出来ない・・・節電を心がけるしかないのかな?

  • 2011/03/19 (Sat) 19:34

    Rikoさんもご無事で何よりでした。首都圏では地震による被害は帰宅困難がメインで、今は停電ですね。停電すると、本当に真っ暗になるらしいですね。しかも予告時間通りに来ないので、ろうそくを用意して30分ほど待って、停電しないのでろうそくなどを片付けた途端に停電した、という友人もいました。23区内は申し訳ない事に今のところ停電はないんですが、23区だってやればいいのに、と思ったりもしたのだけど、信号機を別に切り分けられない以上、都心の幹線道路で突如信号が消えたら大事故多発で更に阿鼻叫喚か…と思って考え直しました。でも駅やオフィスビルでは出来る限り節電はしてますね。地下鉄の駅ではエスカレーターもエレベーターも止まってたし、構内の照明も半分ぐらいでした。各戸でも出来る限り節電はしていると思いますが、今の社会生活はやっぱり電気とガソリンが全てなんだな、としみじみ思い知らされますね。そして、オール電化住宅というのは、こういう時には困るでしょうね…。お察しします。知人のマンションもオール電化なので停電したら何も機能せず、ただの箱だと嘆いてました。
    そして、確かに、こんな時に普通の生活が出来ていることに申し訳ないような気分になりますね。でも日本中が被災地だったらどこも助けられないしね。元気なところは元気でいないとね。首都圏はある程度の余波を蒙ったけれども甚大な被害はないという微妙な地帯ですが、そんな首都圏の様子も一応記録しておこうと思いました。
    国の現状は、原発事故に大わらわで被災者のケアが後廻しになっちゃってるのが気懸かりですね。海外の支援部隊に被災地のケアを手伝って貰うとか、弱っている人から早めに安全なところでケアできるようにするとか、マルチタスクで物事を進めないと、この寒さで手遅れになってしまいかねない。政府が原発にばかり気を取られてるから、とても心配ですね。ともあれ、今ワタシに出来る事は募金か献血ぐらいなので、とりあえず職場での募金に応じました。気休めにしかならないのだけど…。

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