「官僚たちの夏」

~そして今、発展のあとで~
2009年 TBS



福島原発の復旧作業は一進一退で、実質的にどの程度の放射性物質の汚染を受けているのか正確には把握できないという原状。日々ろくでもないニュースばかりが流れてくるが、都内では乳幼児や小さな子供のいる家庭以外では水の買占めに狂奔するのは控えた方がよろしかろう。何はともあれ、まず原発の冷却機能を復活させて有害物質が流れ出ない状態に戻すのが先決だが、原発の目処がついたら、壊滅的な被害を受けた被災地の立て直しと、被災地でない場所も含めた茨城や福島の農作物をどうするのか、被災者ばかりでなく風評被害の農家をどう保証するのかなど問題は山積み。こんな難局に、平時でさえ頼りない今の政府が舵取りをしていかれるのかと思うと暗澹とするばかりだが、先日からTBSチャンネルで「官僚たちの夏」が深夜放映されているので、ふと興味が湧いて録画し、観賞してみた。何度めかの放映だが、観たのは今回が初。地上波で放映されていた時にはスルーだった。ワタシ的に佐藤浩市主演じゃ食指が動かなかったからだが、主演が誰かなど無関係に、「日本のプロジェクトX」時代である昭和30年代という時代と、戦後の驚異の経済発展を主導した熱血の通産官僚の実話ベースの物語は、やはり見応えがあった。そうか、日本を動かしているのは政治家じゃなく、官僚だってことを忘れていた。でも、今の時代にこの未曾有の災害のあと、国をどう立て直して行くのか的確な青写真を作り、それを実行に移していかれるパワフルで気骨のある官僚なんているんだろうか、と思うと、また暗澹とするワタクシなのだけれど…。
昭和30年代というのは、激動の昭和史の中でもエポックなディケイドだと思う。いま、盛んに昭和レトロといって回顧されているのはこの年代がメインだ。すなわち、東京タワーの完成で幕開けし、当時皇太子だった平成天皇のご成婚で花開き、東京オリンピックで敗戦後の焼け野原から見事に立ち直った事を世界にアピールするという形で締めくくられる昭和中期の大躍進のディケイドである。

ドラマを観ていて、ここで舵取りを間違えていたら、のちの経済大国ニッポンはなかったのだねぇ、と改めて思う。資源もなく、国土も狭い日本は技術立国になるしか生き残る道はない、と自国の産業を育て、保護しよう躍起になる、いささか強引な熱血官僚・風越信吾をメインに、彼の部下、ライバルなどの通産官僚たちの姿を、企業人、政治家などを絡めて描く城山三郎原作のドラマ化。昔NHKでもドラマ化されたらしいけれど知らなかった。



国産自動車の開発、国産テレビの開発、国産コンピューターの開発など、のちの日本を大きく支える産業は、この時期に通産省の熱血官僚の保護と育成によって芽をふいた。その影で、戦後に輸出で最も外貨を稼いできた繊維業界はアメリカの圧力で輸出禁止になって損害を受け、重工業の急激な発展で公害問題も噴出した。ドラマでは池内信人となっている通産大臣から総理になった政治家は言う間でもなく池田隼人。「所得倍増計画」などで知られる高度成長期の代名詞的な政治家だ。演じるのは北大路欣也。写真で見ただけの池田隼人の雰囲気よりは、もっと老獪な政治家っぷりだ。トレードマークのそこだけ白いもみあげが効いている。


どうも壮年期の敏ちゃんの雰囲気を踏襲しようとしているような欣也氏

風越の部下を演じる堺雅人は、割においしい場面で大芝居のある役回りだが、台詞廻しがちょっと芝居がかりすぎているような感じが折々気になった。また、昭和30年代のキャリア官僚があの星の王子様みたいなヘアスタイルは論外だろう。百歩譲っても前髪は不可である。また、風越が課長時代の通産省TOPの事務次官役で国広富之が久々に顔を見せていた。この人も国広富之のまま年だけ取った、という感じだ。風越のライバル・玉木に船越英一郎。いやらしいライバル、という感じのキャラでないのが船越英一郎に合っていた。風越役の佐藤浩市と2世俳優同志でライバル役。その他、個人主義の秀才官僚・片山を演じている高橋克典がなかなかハマっていた。


…このヘアスタイルはどうなの? ナシじゃない?


国広富之(右)の変わらなさにちょっと微笑ましい気分も

時代考証もぬかりない。都電が行き交う東京。未舗装道路や、こまこまとした家並みが続く商店街。昔の重厚な庁舎。真夏は入り口に氷柱を立てた庁舎の玄関。仕事帰りに赤提灯や屋台のラーメン屋で憩うサラリーマンや役人。人々の家での暮らしぶりなど、「三丁目の夕日」以来の傾向で、昭和30年代の空気の再現はどこも馴れたものだ。


昭和30年代なかば、都電の行き交う霞ヶ関界隈を再現

この時代の日本に、いかにアメリカの影響力が強大だったか、そのスタンスがいかに高飛車だったか、日本が生き延びるために政治家も役人もアメリカの意向を無視できなかったか(平たく言えば言いなり放題)が改めて浮き彫りにされている。アメリカのいいなり状態はこの後も随分長らく続いた。今でもまだ肝心なところではそのままかもしれない。この頃の1ドルは360円。戦勝国でもあり、圧倒的な経済格差のあるアメリカの強気の要求に屈しまいとする風越、政治家らしくアメリカと適度に折れつつやっていこうとする池内、自由化経済で揉まれる事で日本の産業や経済を強くしようと考える玉木など、立場や考え方は異なるものの、戦後の日本を立て直し、豊かな国にしたい!という最終目標はみな同じであるところが、高度経済成長期の日本ならではだと思う。みな、それぞれに理想を掲げて努力していることは同じで、方法論が違うだけなのだ。

主人公・風越のモデルは「ミスター通産省」であり「異色官僚」と呼ばれた豪腕の通産官僚、佐橋滋。この人についてご本人が自伝を書いているらしいので読んでみようと思っている。ドラマでは佐藤浩市が扮して、ちょっと軽いけどソツなく熱血ぶりを演じている。型破りで歯に衣着せぬ言動で敵を増やしてしまう一方、確固たる信念のもとにバリバリと突き進んだ高級官僚・佐橋=風越。当時から異色の官僚だったのだから、よろづ人間が小粒になった現在ではもっとありえようもない人材かもしれない。けれど、震災後の今、この人のような官僚はあらまほしき存在だ。なにせ官僚って全然いいイメージないものね。エリート意識ばかり高いが融通がきかない無能な無駄飯食いというのがワタシの官僚に対するイメージだ。そういう概念を覆すような人が、今の中央省庁のどこかに一人でもいてくれるといいのだけど…。


風越役の佐藤浩市

日本の高度成長期の幕開けは昭和31年末の東京タワーの完成からスタートする。それは、経済白書が「もはや戦後ではない」と高らかに宣言した1956年だ。その前年の昭和30年。時の郵政大臣だった田中角栄は民放36局とNHK7局に放送免許を出した。田中角栄が郵政大臣で電波行政を握っていた時期に完成した電波塔が、戦後日本のシンボルである港区芝の東京タワーだったというのは興味深い。田中角栄も、間違いなく日本の戦後の発展とともに躍進した政治家の一人だろう。ワタシは田中角栄が総理大臣だった時代には幼すぎて、ロッキード事件以後の被告人としての彼しかTVで見た記憶がないのだけど、田中角栄という人は、彼以降の金権まみれの政治家連中とは、やはり一線を画す存在だったのではないかと最近思う。特に、ここ15年ばかりの、ヘチョヘチョでアマチュアな、またはパフォーマンスだけで中身のない、情けない総理や政府を見てくると、あらためてそのかみのコンピューター付ブルドーザーの素早い頭の回転と決断力、舵取りと豪腕が、今の日本にはあらまほしきパワーではなかろうかと思われてならないのだ。残念ながら彼の娘は下品で能力的にも口ほどにもないただの外野のクレーマーである。だが、そんな娘の粗野な言動に人々がその父の「大いなる幻影」を見てしまったのも、やむをえない事だったのかもしれない。政治家はクリーンであるに越した事はないが、国難の時期にあっては、多少懐にお金を入れてもいいから(なにせ政治にはお金がかかるらしいから)、日本の今と将来を真剣に考えて青写真を作り、それを実行に移せる人材が必要なのである。少なくとも、今、この未曾有の震災に曝された日本にあっては、彼のように即断即決で方針を決めて、ズバズバと実行していかれる首相が求められると思う。


どこか懐かしく人々の脳裏に甦りつつあるコンピューター付ブルドーザー

「官僚たちの夏」では、政治的にも経済的にもアメリカの圧力を受けながら、アメリカに負けない豊かな国を作ろうと奔走する通産官僚の姿が描かれる。彼らは「日本の未来のために!」と叫び、夜を日に次いで粉骨砕身し、その結果、企業人の努力や、勤勉な日本人の資質もあって、日本は世界第2位の経済大国になった。彼らが夢見た未来は一応実現したかに見えるが、その発展と繁栄の行く末はどうであったのか。
近年の日本は功なり名遂げた老人のように、過去のめざましい躍進を昔語りのように目を細めて語り継ぐ、というスタンスになっていたような気がする。バブル後の不況に、リーマンショックの余波が追い打ちをかけているとはいえ、国の経済力はそこそこ安定していて、戦争は放棄したので兵役もない。あれこれと問題はあっても命に関ることはない。長い「安定」と「平和」の上に、日本人は政治家も国民もボケていたのだろう。欲しいものはある程度手にしてしまった。この上何を望むのか…。全てが飽和状態になって、熱気と活力は低下の一途を辿っていた。そんな平和・安定ボケの日本を突如揺るがした東日本大震災。東電の危機管理能力の低さや情報開示の遅さ、政府の他人事のような対処ぶりなど(あの菅のボケ面!)、長いボケ生活のツケは容易な事では払拭されないのだな、とつくづく思う。現在は二次災害である原発の処理が一進一退で、東電の作業員から作業中の被爆者も出るなど困難を極めている。日々、水道水から放射能だの、野菜や牛乳から放射能だのとろくでもないニュースが流れてきて、疑心暗鬼にかられる人も多いだろうし、政府の生ぬるい発表など信じないという人もいるだろう。ワタシは政府の発表より現実はややシリアスだろうとは思っているけれど、欧米がキィキィとヒステリックに煽り立てる危機感と日本政府の発表の中間ぐらいなところじゃないかと推察している。(根拠はないけど)

今回の天災と、それに続く二次災害は、日本を長いボケ状態から揺り動かして、さまざまな事に気づかせ、まずいシステムを改革し、破壊されたものを復興させるという新たなエネルギーを産むと思う。そうでなければ本当に悲惨だ。そして、原発の復旧が終わったあとに本格的に始まる被災地の復興や、日本経済の立て直しに際して、政治家や官僚の中に本当の気骨と行動力のある人が登場してほしい。今再び日本には、夏のエネルギーを持った官僚や政治家が必要なのだと、ドラマを見ていてつくづくと思った。

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