「アメリカン・ビューティー」 (AMERICAN BEAUTY)

1999年 米 サム・メンデス監督
~永遠の至福~



とても久々に観賞。90年代末というのは演技的にもルックス的にもケヴィン・スペイシーのプライム・タイムだったのだなぁ、と改めて思った。そして、今更に心ニクイまでに適材適所にはめこまれたキャスティングの妙。ケヴィン・スペイシーが良いのは当然として、これもある種のハマリ役なのだろうクリス・クーパーの絶妙さ。あぁ、融通のきかないオヤジの薄い紅い唇…。
42歳のレスター(ケヴィン・スペイシー)は、もう随分前から生きながら死んでいるような人生を送っていた。出会って、普通に盛り上がって結婚し、子供が出来、郊外に庭つきのマイホームを購入し、「幸せの階段」を一歩一歩昇ってきた筈なのに、踊り場に着いて見渡してみたら幸せな家族は影も形もなく、妻と娘はいつしか互いにウンザリしながら共同生活をしているだけの同居人になっていた。郊外の閑静な住宅街。ローンを抱えているにせよ、それなりに余裕のある中産階級に属し、庭には紅いバラも咲いていて、リビングには高価なイタリア製の家具も置いてある。しかし、夫と妻は心底さめ果てている。さめ果てながらも意味なくダブルベッドに寝ている。

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欧米の映画を見ていて不思議でならぬ事のひとつに、互いに丸たん棒よりどうでもいい存在になっている夫婦がどういうわけかいつまでもダブルベッドに寝続けるという奇妙な光景がある。ウンザリしている相手が横に寝ているなんて邪魔で邪魔で仕方が無いでしょうに。日本よりも部屋は広いんだからセミダブルを2つ並べたらいいじゃないの、とどうしても思ってしまうのだ。でも、ベッドを分けるということは明確に何かを意思表示する事になってしまうのかもしれない。形骸化した結婚生活でもモラトリアムに維持していくには、そんなハッキリした行動に出てはならないのだろう。ベッドを分ける時は寝室を分ける時なのかもしれない。それは互いの人生を分ける時に繋がっていくのだろう。ついでに書くとベッド絡みでもうひとつ不思議なのは、欧米人が靴を履いたままベッドの上に寝転んだりアグラをかいたりする事で、どうしてそんなミソもクソも一緒みたいな事が平気で出来るのかしらんと、そういう姿を映画の中でみるたびに毎回不思議に思ってしまうワタクシである。
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レスターとキャロリン(アネット・ベニング)の二人は夫婦としてはとっくに終わっている。レスターはもう長いこと、自分を生ける屍だと感じている。妻は慢性的に欲求不満である。そんなレスターの惰性的な人生に、ある日薔薇色の風が吹いてくる。気難しい一人娘ジェーン(ゾーラ・バーチ)の友達であるアンジェラ(ミーナ・スヴァーリ)に出会ってから、その妄想はにわかに薔薇色の光彩を帯びてくる。このオッサンの妄想シーンがやけに美しく微笑ましく可愛らしく撮られているのが本作の特徴だろう。天上から降り注ぐ薔薇の雨。そう、ケヴィン・スペイシー演じる42歳のレスターは、朝、シャワーを浴びつつ自慰にふける時が一日の至福の時だ、というようなオッサンなのだが、隠微でも暗くもなく、あくまでもお茶目で可愛いのである。娘の友達である高校生のチアリーダー・アンジェラに興奮し、文字通り薔薇色の妄想に浸りつつも、その目はきらきらと少年のように輝き、その顔は満面の至福の笑みを浮かべている。世にも幸せそうである。そんなに幸せなら幾らでも妄想すればいいじゃないのオトウサン、と思ってしまうほどに。
ケヴィン・スペイシー、とびきりキュートである。



そして、このオッサンの妄想を一手に引き受けるアンジェラ役にミーナ・スヴァーリというキャスティングがまた絶妙。化粧で誤魔化してはいるが、顔も体つきも実はかなり幼げ。だが、彼女があまりに分り易く肉感的で立体的な体つきだとオッサンの妄想シーンはどっと現実味を帯びてダーティになってしまう。薔薇に埋もれたアンジェラのシーンが妙な美しさを湛えているのは、彼女の未成熟な細い体つきと、その精一杯拵えた悩ましげな表情のバランスが”フェアリー”というポジションで均衡を保っているからなのだ。幼なすぎるともっと露骨にロリータ臭が出て危うくなるところを、パっと見の印象は「少女」というよりも「若い娘」という方に傾いているので、ロリータ臭も薄らいで見える。そして、いかにも百戦錬磨な事を言って、海千山千と思われたアンジェラが実は…、というのはさもありなんという気もするが微笑ましく、そのお陰でレスターの恋は妄想から美しい初恋にまで飛翔する。


妄想に次ぐ妄想に浸るレスター

しおたれたオッサンは「夢の女」に出会い、その薔薇色光線を浴びて甦る。リストラされた会社を脅して1年分の給料を余分に巻きあげ、憧れだった車(70年型ファイアーバード)を買い、アンジェラ好みになるためにせっせと体を鍛え、再び高校生の昔に戻ったようにハンバーガー屋でバイトを始める。
なにひとつ我慢しない。欲望全開のノーストレス状態である。

一方の妻キャロリンもやり手の不動産屋といい仲になり、カサカサした口うるさいおばさんだったのが少し色気が甦ってくる。妻役のアネット・ベニング、体はスマートで脚が綺麗なのだが、昔は顔がまん丸だった。年を取って頬の丸みがなくなったのはいいが、顔や首のあたりがギスギスして折々老いたな、という印象があったりもする。その見え隠れする「衰え」が役に上手く活かされていた。浮気して欲求不満が解消し、少し綺麗になってくるシーンでは、持ち前のプロポーションの良さ、脚の綺麗さを十二分に活かしている。自分をよく知っている女優だと思う。



欲望全開で目を輝かせた明るい顔のレスターに引き換えて、隣人のフィッツ大佐は抑圧の権化だ。スパルタ主義で息子を押さえつけ、ずっと彼に忍従してきた妻は意思のない抜け殻のようになっている。規律と秩序を重んじ、男らしさを尊重する大佐だが、ゲイを異常なまでに嫌悪するような”男らしさ”は、その裏の女々しさを隠そうとするあまりに過剰に鎧われる偽りの顔である。このフィッツ大佐は多分、本作中で一番難しい役ではなかったろうかと思うのだけど、激しい怒りから虚脱状態に陥り、その果てにずっと押し隠して来た本当の自分が浮き上がってきてしまう、あの表情と心理の変化を表現するのは本当に難しかったと思うけれど、見事に演じていた。さすがですね。伊達にオッサンなのに紅い唇はしていないのである。クリス・クーパー、こういう妙にネットリとした男を演じさせると右に出る人はいないかもしれない。



フィッツ大佐の息子で、妙に時代ズレのした「聖書のセールスマン」みたいな風貌をしつつ、ヤクの売人をして小金を貯め込んでいるビデオオタクのリッキーにウェス・ベントリー。真っ黒な三角眉毛の下のまばたかない目が強力である。まばたきしない目って嫌だなぁ。まばたきしすぎるのも嫌だけど。ともかく、これも非常に適役。出てくると何かやらかすんじゃないかと観客が思ってしまうような顔だ。



レスターの一人娘ジェーンを演じるゾーラ・バーチは妙な色気と魅力のある女優だと思う。これ以外ではスカヨハと共演した「ゴーストワールド」が印象に残っているが、本作でも心の底では父親の愛が欲しい思春期の少女の、反抗的で複雑で気難しい感じをよく出していた。最初はキモイと思っていた隣のリッキーだが、一途に自分を思ってくれる事に気付き、ひそかな「感動」を覚えるジェーンの内面をよく表現していた。



形骸化した生活を送りつつ、互いに別の異性に出会う事で活力を取り戻すレスターとキャロリンの夫婦だが、夫と妻では根本的にありようが違う。妻に全く気持ちがなくなり、重荷や惰性を全て放擲して身軽になり、娘の同級生に恋をして毎日薔薇色なレスターと、底のところでは夫との生活を壊す気はないキャロリンの浮気は、相手も自分もただの一時的な現実逃避に過ぎないような感じである。相手が離婚調停中なので、気分的に一線を越え易くなっただけのことだ。それゆえに、桎梏から解放され、欲望全開で、少年に戻ったような夫のリブートされた精神状態と、妻のそれとは異なるのだ。

レスターは運命のイタズラにより、至福の思いに浸りきっているところで全てが停止する。言い替えれば永遠の至福である。しかし、雨の中を戻った妻キャロリンを待っていたのはショックと絶望だけである。夫も娘も消え、あとには家とローンと絶望が残されているだけなのだ。 …なんという不公平。

人生は死んだまま長く生きる事もできるし、短くても活き活きと生きる事もできる。何かのキッカケで一瞬でも心底から生きている、と感じる瞬間があれば、たとえどんな終わり方をしようとも、その人の人生は無駄ではなかったという事になるのかもしれない。


幸せだった日々の家族写真にしみじみと視線を注ぐレスターだったが…

それにしてもレスター、一人であまりにも幸せすぎる。
凶弾さえも彼の絶頂の幸福に寄与するかのようだ。
それに引き換え、キャロリンは一体どうなるのか。可哀想すぎやしないだろうか。
エンドロールにビートルズの「Because」(カバー曲)をもってくる締めくくりまで、まさに心憎いばかりの完成度。
♪Because the sky is blue, it makes me cry...

かなりシニカルな内容にも関らず、不思議な明るさと程よい客観性を持つ作品。キラキラと輝くケヴィンの目が、少年のようでなんともキュートだった。

コメント

  • 2011/04/12 (Tue) 22:07

    この「アメリカン・ビューティー」、アメリカの中産階級を痛烈に皮肉ってて面白いですよね。
    朝からキンキンいらつく妻、言われるがままボーっとしてる夫、そんな二人を冷めた目で見ている娘。
    あんな素敵な家に住んで中流の暮らしをしても、冷め切ったバラバラの家族では幸福感はゼロ。でもそういう家族の構図は、どこの国でもよくある、見かけるものなのかも。
    最後の展開には、おぉそう来たか! あの唐突な感じは何ともねぇ・・・どこか狂ってるアメリカ社会だよ、とサム・メンデスは云ってるんでしょう。イギリス出身ということで、客観的にアメリカを捉えてますね。そういえば「真夜中のカーボーイ」のJ・シュレジンジャーもイギリス出身、同じ視線でアメリカを撮ってますよね。
    とはいえ、おっしゃるようにシニカルなんだけどコミカルで明るい映画。 アネット・ベニングのモーレツ奥さんぶりが良かった、巧いわぁ。
    そしてなんといってもケヴィン・スペイシー♪
    演技がなめらかで相変わらずうまい。フットワークの軽さもいいのかな。ホントこのレスター役ではなんとも可愛いですねよね~(前髪もフサフサ?) うふふん♪ 好きだなぁ~。
    クリス・クーパーで思い出すのは、ジェイク主演の「遠い空の向こうに」の頑固で実直な父親役、いいお父さんでしたよ。kikiさんも観てるかしら?

  • 2011/04/13 (Wed) 07:15

    視点がシニカルですよね。中からじゃなく、外からの、外国人の目線ですよね。でも、全体に飄々としてて何故か明るく、登場人物に対して愛情を持って描かれているのが後味が悪くならない要因かもしれませんね。家族はみんなバラバラになっているのだけど、それぞれが心の底では家族はひとつでありたいと思っている。けれども今はどうしてもそれが出来ない…。反抗的な娘はずっとオヤジに構われずにきたのでああなってしまったのであって、心底どうでもいいと思っているわけではないですね。オヤジにしたって、娘は可愛くないわけではない。幼い頃の愛らしい娘の姿は脳裏に焼付いていて、いつも笑っていた妻の顔とともに、彼は人生の終わる刹那に家族への想いに回帰しますね。彼としては最高に幸せな瞬間に、永遠に人生が停止するわけで、それは本人的にはとても幸せな事だったのかも。
    この頃のスペイシーはベストですね。うまいのはいつもの事だけど、黙って澄ましていると二枚目風にも見えて、クタビレたオヤジにも見えて、目を輝かせた少年のようでもあって、という持ち味がフルに出ていて好きです。今は活動が静かな感じだけど、この人は爺さん俳優になっても全然売れ続けるだろうので、今後も注目ですね。
    そして、クリス・クーパー。もちろん「遠い空の向こうに」は見てますよ。レビューも書いてますわよん。ふほほほ。

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