「ウホッホ探険隊」

-日曜日の河川敷-
1986年 東宝 根岸吉太郎監督



これも昔からひそかに好きな作品。このほどBShで放映されたので録画しておいて久々に観賞。最初に観たのは1980年代の終わり頃で、レンタルVHSだったと思う。封切り時に劇場で見たわけではなかったのだけれど、数年後にVHSで観たのだった。この頃、森田芳光はけっこう冴えていて「それから」などは本作の前年の作品。その森田芳光の脚本が、この作品に不思議な明るさと淡々としたユーモアを与えていると思う。原作は干刈あがたの同名小説。題名の「ウホッホ」というのは咳払いの擬音だ。
食品会社の研究員をしている父に田中邦衛というキャスティングがまた秀逸で、彼は機密保持のために単身赴任で離れ小島の研究所で働いている。都内の閑静な住宅地のこぢんまりとした一戸建てに住むのは彼の家族。フリーで雑誌記者をしている妻(十朱幸代)と二人の息子だ。大半は家に父が居ないので母子家庭状態である。



ワタシは最初にこの映画を観た時から、主人公一家の住む家がとても気に入ってしまった。この家が映るからこの映画が好きなのだといってもいいぐらいに、なんだか素敵な家である。閑静な住宅街の坂の上の出窓のある家。ありきたりな建て売り住宅ではなく、こぢんまりしているが注文建築っぽい気配がただよい、適度に時間がたっていて、使い易そうで、シンプルで、落ち着いていて、ほわりとした居心地の良さがある。居間の家具調度の趣味の良さや、ダークブラウンの木材の色がとても印象的だ。多分、世田谷かどこかの住宅街の中にある一軒家を借りて撮影したのだろう。家の中もセットではなく、その家で撮影しているような感じがする。あくまでもそんな気がする、というだけだけど。そんなこんなで、この家と前にも書いたが「静かな生活」のイーヨーの住いが、これまでに映画の中で見た家の中では双璧の素敵な家じゃないかしら、と思っている。


ウッディで落ち着いたリビング・ダイニング とても感じのいい家なのだ

そんな素敵な家と中学1年と小学校3年位の二人の息子に、仕事をしながら留守宅を守っているけなげな妻がいながら、離れ小島の近未来的な研究所の中で同僚の女性研究員といつしか割ない仲になってしまう父。不倫相手の女性研究員には藤真利子である。最近さっぱりお見かけしないが、この時期、藤真利子は妙に売れていたっけ。美人というには微妙な顔立ちなのだが、不思議な色気はあったかもしれない。だからかどうか、なぜかいつも割にいい女ポジションで、我儘で移り気で男を振り回す女などをよく演じていた。でもワタシには藤真利子のいい女ポジションというのは昔から謎だった。受け側は認めていないのに何故かいい女の役が振られる事が多い女優というのは海外にもいる。赤毛のデコッパチことジュリアン・ムーアである。洋の東西を問わず、実際以上によく見積もられている奇妙な女優というのは存在するものである。何故だろう?不思議だ。


まぁ、でも雰囲気は出ている

産業スパイから新製品の開発情報などを盗まれないために、ある意味、離島に隔離された状態で仕事をしている父は、離島の研究所で働く同僚がもうひとつの家族のようにもなっているのかもしれない。好きで選んだ仕事なのだろうし、快適な環境で仕事に没頭し、浮世離れた状況の中で自分を熱烈に求めてくれる若い女がいて、家族は東京で無事に暮らしていて、ロマンスも絶好調である。男としてはハッピーMAXである。それを一時的な楽しみとして楽しんで、後は流していけばいいのだが、父は若い女に本気になってしまう。遊び馴れていない真面目な男ゆえのドツボである。


ザ・邦衛 ナンシー関の消しゴム版画の似顔絵を思い出す

一方の妻を演じるのは十朱幸代。ワタシはこの人がどうも好きではなかった。いわゆるブリババの代名詞みたいな、いつまでたっても「カワイイでしょ?私」みたいな顔と声がどうにもねぇ…という感じ。ワタシの父も十朱幸代が嫌いで、彼女が炊飯器のCMで「お米が立っちゃう!」なんて甲高い声で叫んでいるのを聞くと、いつも「カマトトめ」と眉をしかめていた。その影響もあるのかもしれないが、ワタシも十朱幸代は好きになれなかった。我が家は圧倒的に岩下志麻のような系統を好む傾向があり、十朱幸代や吉永小百合などの万人受けのする系統は×なのである。でもワタシはこの映画を観てから、そのキライだった十朱幸代をちょっと見直したのだった。



それなりに平和だった家族が破綻するありようを、飄々とした、けれどもどこかに温かみのあるタッチで描こうと思ったら、夫と妻のキャスティングはかなり重要で、田中邦衛の夫に十朱幸代の妻なんてよくも思いついたものだと思う。田中邦衛は持ち味そのものが飄々としているし、モソモソしてるのにモテる親父の役なんで見ていて楽しい。十朱幸代は、そのどこか浮き世離れのした存在感が、愛人との対面という泥沼の修羅場にもどこかに愛嬌をもたせ、二人の息子との生活という面においても、圧倒的に息子たちを支配する母ではなく、息子たちに「母さんを庇ってあげなきゃ」と思わせてしまう女としての可愛さのようなものを、おっとりした中にかもし出していたと思う。


息子たち 手前が次郎 奥が太郎

キャスティングでいうと、この二人の息子役の少年たちもそれぞれにいい味を出していた。父の服をカッコイイ、といって欲しがる長男・太郎と、ラジコンやロボットでばかり遊んでいる次男の次郎。この映画以外では見かけないので、その後プロの俳優にはならなかったのかもしれないが、二人とも良い。太郎は精神的にはかなり大人で、両親の離婚を聞いても「愛さなくなったら夫婦はダメだよな…」と感慨を漏らす。最初にこの映画を観た時はとても若かったので結婚も子供もまるで考えなかったワタシだが、太郎みたいな息子だったら欲しいかも、と思ったりしたのを思い出す。小さい時は可愛いが手もかかるのが子供。でも中学生ぐらいになって色々な話ができるようになってからというのは、また子供が面白く思える時期じゃないだろうか。おもいがけなくシッカリしていたり、下手な大人よりちゃんとした意見を持っていたりね。時折、諭してくれたりするとベストだ。


太郎役の村上雅俊 細身で長身で足が長い 180cm超のすらっとした男になったかも

息子たちは離婚を決意したという母の宣言にショックを受けるが、やがてそれを受け止める。この長男はオヤジの愛人にも会い、あまつさえ好感を持ったりする。柔軟である。小生意気な弟の面倒もみるし、いい兄貴でもある。幼い弟も当初はショックを受け、祖母の家に逃げ込んだりするが、やがて幼いなりに両親の離婚をなんとか受け止める。「クラスの○○君も両親が離婚してる子だけど、なんとかやってるよ。僕も大丈夫だ」と母に言う。息子二人と母とのありようが良い。行き過ぎるといやらしくなるが、その手前でいい具合に留まっている。


母は離婚を決意し、息子たちに告げる 当初は動揺する息子たちだが…

十朱の母役に加藤治子加藤治子も離婚しているという設定。「親子二代で離婚なんてね…血なのかね」 この妻の母、つまり息子たちにとっての祖母の家があるのはよみうりランドの近くらしい。観覧車の傍に墓地があるのでそこらへんだと分る。この祖母が(と、言ってもまだ若いんでしょうね。60より前のような感じ)お色気婆さんで、若い男が好きそうな感じというのは加藤治子の真骨頂だ。だから孫たちにも「おばあちゃん」なんて絶対に呼ばせない。「おばさん」とか「おばちゃん」と呼ばせている。でも、純和風の家に一人住んで、身奇麗にして、家も掃除が行き届き、お菓子や料理を作るのが得意な若々しい祖母というのはなかなか良いな、とも思う。次郎はこの祖母が好きでよく訪ねていっては手作りのお菓子をふるまってもらう。加藤治子のキャスティングも効いている。


親子二代で離婚してしまう母と娘

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夫婦は、ソウルメイトであることが必要条件の第一だと思う。若気の至りで結婚したり、適齢期に付き合っていたから結婚したり、何となく結婚したり、子供が出来たから結婚したり、というのはそのうち歪みを生じる確率が高いような気がする。お互いの中に「どうしてもその人でなければならないもの」があれば、いかなる状況にあっても結婚は破綻しないのだ。離れているとか、近くにいるとかは関係ない。たとえ結婚後にいくつか恋愛したとしても、それはただの恋愛であって結婚を破綻させるようなものではない。その代わりには何ものもなれないほどに貴重な何かを互いに相手の中に見出しているかどうか、それがもっとも重要な事だと思う。本作の夫婦も、結局はソウルメイトになっていなかった事が離婚の要因だろう。夫は環境に押し流され、人里離れた場所で家族とも研究所以外の人間とも隔離されているうちに、いつか自然に同僚と愛し合うようになってしまったのだ、と言う。ここにいればそれが自然なのだ、と。離婚するもしないも君が決めてくれ、とも言う。当りは柔らかいが優柔不断でズルい男である。いわゆるインテリの優柔不断であるが、田中邦衛がそういうキャラにも妙にハマっているのが面白い。十朱の妻は結婚している、という事だけに安心して、いつの間にか結婚が形骸化している事に気付かなかったのかもしれない。それにしても、子供がいるのに離婚するというのは、とてつもないエネルギーが要る事だろうと思う。子供のために我慢する、という人も少なくはないのかもしれない。
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妻・十朱の仕事はフリーの記者なので、彼女が取材を通じて会うスポーツ選手やロック歌手などの結婚生活も脇エピソードとしてさりげに紹介される。野球のスター選手として登場するのが柴田恭兵。役名である景浦選手というのは水島新司の漫画「あぶさん」の景浦から取っているのかもしれない。彼のいかにも野球選手らしい結婚観や、売り出し中のロック歌手で調子こいている定岡勉で陣内孝則が登場し、いかにもな生活っぷりをかいまみせる。その妻で夫の女遊びにヒステリーを起こしっぱなしのみどりに斉藤慶子。みんなそれぞれにハマっている。十朱とコンビを組んでいる寡黙なカメラマンに時任三郎。寡黙な感じがなかなか良い。



離婚が成立し、子供たちも状況を受け入れて、新たに母と息子二人の生活が快調に走り始めた時、父から電話が入る。みんなで食事でもしようというのだ。この離婚後に初めて4人揃って食事に行こうというシーンの明るさがとても良い。快晴の日曜日、母はレモン色のスーツを着ている。息子二人も晴れ晴れとした顔をしている。長男はハイヒールを履いた母よりも既に少し背が高い。母の運転する小型車で3人はファミレスに向かう。よく晴れた休日の、空いた道路を快適に走る赤い小型車。


思い出すよ、楽しい時のこと

久々に元妻と息子二人に会った父は、はにかみ、口ごもりつつ、ビックリな事実を告白する。
家族は「え!?」と絶句する。映画はそこで幕切れとなる。
この先、元妻はどういう選択をするのだろうか…。



総体に明るくて淡々としたトーンで描かれるほろ苦い離婚のお話。ほろ苦いしシビアでクールな部分もあるのだけど、何故か観終るとほわりとした印象が残る不思議な作品だ。山田洋次が選んだ家族映画の1本として放映されたものだが、ベタな家族映画ばかり撮っている山田洋次は、自分には撮れない種類の映画としてこれをピックアップしたのかもしれない。それにしても、ラスト間近の母と息子達が父との食事に向かうシーンは何度観ても好きだ。今でも、晴れた休日に車で空いた道を走っているときなど、ふとこのシーンを思い出したりする。忘れがたいシーンが幾つかあるのだけど、やっぱりあの素敵な家の映るシーンが一番ポイントが高いかもしれない。

コメント

  • 2011/05/05 (Thu) 23:46

    kikiさん、
    山田洋次セレクトの一本ということでちょっと気にはなったものの、放送時間帯になるとすっかり忘れてしまい完全スルーしてしまいました。
    (余談ですが山田監督、「東京家族」とかいう「東京物語」をベースにした作品を撮っているみたいですね。でも「母べえ」「おとうと」にガックリだったので、あまり期待すまいと)
    しかし本作、レビューを読んでかなり見たくなったのでTSUTAYAに行ってみようかと。
    十朱幸代に持つ印象、kikiさん言い得て妙ですね(笑)。映画でもテレビでもこの女優さんの仕事をほとんど見たことないんですけど、「ぶりっ子」の印象だけはなぜかありますねえ。
    それと、作品の舞台として使われるお家の佇まいやその内装って映画の良し悪しに関係なくビビっとくるものに出会えると嬉しいですね。今までみた映画やテレビドラマのなかでそういうお家あったかなあと記憶の中から思いだそうとするけれど出てきません・・。あ、朝の連ドラ「おひさま」の主人公、陽子のお部屋は可愛くて好きだなとつい最近思いましたっけ。夢二風の絵の切り抜きが壁に何枚も貼ってあったり。
    職場の近くに大きなTSUTAYAが最近オープンしまして、ここの邦画充実度はなかなかのものです。「ウホッホ」もあるといいのですけどね。

  • 2011/05/07 (Sat) 21:20

    ミナリコさん。
    これ、地味な映画なんですよね。でも、これをセレクトしたというのでちょっと山田洋次を見直しましたわ。で、山田洋次が「東京物語」をベースにした作品を撮ってるんですか。今ごろまた? 彼には「息子」という秀作があって、それこそが山田洋次版の「東京物語」だとワタシは思ってるんですよ。だのに、なんでまたそういうテーマで映画を撮ろうとするんでしょうね。山田洋次も年を取ったのかな。ヤキが廻ってきた証拠かも。
    ご近所に大きなTSUTAYAが出来たんですね?良かったですね。やはり店舗のサイズは品揃えの抱負さと比例してますからね。ワタシの最寄のTSUTAYAは品揃えがシャビーで、新作とTVドラマは揃っている、というよくあるタイプの店なので、ちょっとレアなものを借りようと思ったら、結局シブツタに行くしかありませんのよ。シブツタに無ければ諦める、という感じ(笑)
    さて。「ウホッホ」ですが、この手のタッチの映画が嫌いな人はダメかもしれないけれども、ワタシは結構好きな映画です。正攻法で撮るとドロドロしそうな話を、淡々と飄々と撮っていて、しかも別にちゃらけてはいない。しかも、あの住み心地のよさそうな家が舞台だし(笑) 「おひさま」って例によってTV殆ど観てないのでその部屋も見てませんのよ。でも、なんとなく想像はつきますよ。
    「ウホッホ」がご近所のTSUTAYAにあるといいですね。DVD化されてると思うので、多分、置いてあるんじゃないかと思いますよん。

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