「容疑者Xの献身」

-この事件の真相を暴いたところで、誰も幸せにならない-
2008年 東宝 西谷弘監督



当ブログにお馴染みの方は、ワタシがこの映画について語ることに違和感を感じられるかもしれない。何度も書いているけれども、ワタシは地上波TVというものをここ数年殆ど観ないのでTVドラマもまるで見ていない。スノッブな映画ファンというわけでは全くないが、自局制作のドラマを東宝配給で制作するフジTVのお祭り映画などはワタシには全く無縁のシロモノと言ってもいい。TVドラマの「ガリレオ」シリーズも一度も見た事はない。東野圭吾の本も一冊も読んだ事がない。本作公開時も全くスルーだった。つい最近、たまたま日本映画専門chが本作を放映していたので、chを変えようと画面を見たら堤真一が清洲橋を寒々しい顔つきで歩いていた。何かがピリっと来た。いつものフジのお祭り映画的な雰囲気とは違うものを感じたので、一応観てみる事にした。

このシーンがワタシを惹きつけた

この映画は、なんといっても堤真一ありきである。堤真一は器用な俳優ではないと思うし、台詞には時折、微妙な関西イントネーションが入る事があるし、上手いという印象ではない。けれども不器用な俳優ならではの、役をまるごと体現する表現力があり、歌手活動のかたわらのアイドルっぽさが拭えない福山雅治と較べたら、やはりプロの俳優は違うと実感する。本作の主演は堤真一であり、福山雅治は助演的なあり方である。そうでなければ本作は違う雰囲気の映画になっていただろうし、観ることもなかったと思う。

タイトルにもある通り、堤真一は献身する容疑者Xである。モサっとした冴えない感じを出すために、額の毛を少し抜いたと何かで語っていた気がする。彼流のプチ・デニーロ・アプローチだろうか。本作ではいつもおでんの辛子が利きすぎたような不景気な顔をして、マフラーに鼻を埋め、重いカバンを肩から下げて猫背でモソモソと歩いている。

福山のいやにスラリとした、何も重荷を背負っていなさそうな軽やかな様子と際立った対比をなすために、かなり頑張ってモッサリしている。堤真一は俳優なので、スッキリみせようと思えばそれなりにスッキリもするわけだが、この人の本質は、割にモサっとして気の利いた事も言えない、どこかこの石神に近いところがあるようにも思う。かなり前にドラマの番宣でトーク番組に出ていたのを見た事があるが、とにかくしゃべれない上に、リアクションがあまりにも面白くないので司会者が扱いに困っているのがよく分った。いまどきあんなにしゃべりがダメな俳優というのもあまり居ないような気がする。そのチャラチャラと器用でないところが、石神役に上手く活かされていたような気がする。


思いっきり冴えない石神とやけに若々しい湯川の対比

石神が住んでいるのは隅田川のほとりの外階段のアパートである。隣には弁当屋を営む花岡靖子(松雪泰子)とその娘が住んでいる。石神は高校の数学教師をしている。毎朝、アパートを出てすぐに小さな橋を渡り、それから青い清洲橋を渡る。清洲橋を選ぶというセンスがなかなか好ましいと思った。清洲橋は隅田川に架かる橋の中でも1、2を争う美しい橋で、ワタシは密かにこの橋が好きだ。大正末から昭和初期に作られたモダンなフォルムが青い色とよくマッチしている。



石神はその清洲橋を渡って浜町に行き、花岡靖子の弁当屋で弁当を買っていくのが毎朝の日課だ。かつて大学では数学の天才と言われた石神だが、今では特に名門でもなさそうな高校の教壇に立ち、一人で御経でもあげるように誰も聞いていない数学の授業をしている。

17年前、大学構内で、石神と湯川(福山)は数学の四色理論について会話し、面識を持った。既に証明されている理論なのに何にこだわっているのか、と問う湯川に石神は「この答えは美しくない」と答える。このシーンでは何となく「ビューティフル・マインド」を思い出したりした。

生まれてこのかた数学はまるでダメな文系のワタシだが、高等数学には漠然と憧れがある。完璧な数式は無駄のない美しい形をしている、と何かで読んだことがある。
…そういう数式をすらすらと書く頭脳には昔も今も憧れがある。

大学時代、互いに相手の中に自分に通じる何かを感じた二人だが、卒業後も当然大学に残って研究を続けると思われた石神は家の事情で野に下る。人が自分の思うように生きるためには、家や家族が頚木にならない状況が必要なのだ。どんなにやりたい事があっても、そちらに進める状況になければ諦めなくてはならない。でも天才とまで言われた石神が、何故誰も真面目に授業を聞かないような高校の教師に甘んじているのか(進学校ではなさそうな雰囲気だ)、彼が人生に絶望してしまうまでにどんな事があったのかなどを、もう少し掘り下げて描いていたらもっと良かったと思う。
どんなに社会の片隅に埋もれていても数学への情熱だけは捨てられない石神は、誰も聞いていない授業で黒板に数式を書いている時だけ、目がらんらんと輝いたりする。堤真一、石神になりきっている。それにしても「やまとなでしこ」でも数学者を目指す男を演じていた堤。彼と数学はなにゆえか縁があるようだ。


久々に酒を酌み交わす湯川と石神

ヒモのような元亭主につきまとわれる薄幸の女・花岡靖子を演じる松雪泰子は役にとても合っていたとは思う。思うけれども、花岡じゃなく鼻岡の間違いでは?と思うほど痩せた中高な顔の中で大きな鼻が目立ち、鼻がしゃべっているような感じもしなくもない。でも、頑張って悪運から抜け出そうとしているのだが、どうしてもよからぬ事が降りかかってくるタイプの女性らしい、男運の悪い、幸薄い雰囲気が出ていた。



元ホステスの靖子につきまとう元亭主を演じるのは長塚圭史。ちょっとキモい持ち味がストーカー気味なダメ男によく合っていた。長塚京三の息子という雰囲気は目元にちょっと伺えるが、画面を見ないで声だけ聞いていると確かに父親と声が似ている。それにしても一見してキモいダメ男という感じなのに、靖子はなんで結婚したんだろうか?という疑問も湧かない事はない。



靖子の娘はこの男の子ではない。このダメ男が娘に狼藉を働こうとして花岡親子に殺される。アパートの薄い壁を通して物音を聞きつけた石神は、犯行の隠蔽に手を貸す。
かくて、天才と言われた数学者石神と、物理学教授のガリレオ先生こと湯川の知恵比べが始まる。

湯川が石神に問いかける「誰にも解けない問題を作るのと、それを解くのとではどちらが難しいか」というのが、この二人の関係性であり、対決の構図である。
石神は「興味深いね、考えておこう」と答える。



常に情に流されず、冷静さが身上の湯川は、石神に友情を感じるあまりに彼の真意を知って懊悩する。科学で証明できない事はさっぱり理解不能で興味もなかった湯川が、理性だけでは割り切れない判断に苦しむのだ。一方の石神は「僕には、友達なんかいないよ」と寂しく微笑み、湯川の介入を拒む。石神は女のために随分な犠牲を払うのだが、彼女のために理性を捨てて献身することで生きている実感と充足感を味わってもいる。公衆電話で靖子と話した後で石神が見せる至福の表情は、自己犠牲の甘い陶酔でもあろうか。



石神が湯川を誘って冬の雪山を登るシーンは何か唐突で、どんな意味があったのか良く分らない。唐突に「なに?マークスの山?」、と思いつつ眺めたが、こんな雪山に、湯川は登山も久々だというのに無謀すぎやしないか、遭難必至でしょうに、と些か呆れた。原作に冬山登山の場面があったのかもしれないし、映画としてはそういう派手な場面も必要と思ったのかもしれないが、そこまでの必然性がないのに無茶をすると何かポカンとしてしまう。また無用なロケといえば、湯川が刑事たちと中華料理を食べるシーンでは、わざわざ横浜の中華街まで行ってロケをしており、あまり意味ないところでロケに頑張ってるなぁ、という感じがした。普段都内にいる人間が平日にわざわざ中華街まで行って中華を食べる事なんて、まず無いものね。


なぜに雪山登山?

ともあれ、本作は他のフジのお祭り映画とは一線を画す出来で、なかなか面白かった。ラストもああいう形なのが作品に合っていると思う。事件を通じて、理性のみを信じる湯川は理屈では割り切れない愛の存在を思い知り、そこまで人を愛する事のできる石神に畏敬の念を抱いたようにも見える。

冒頭、不景気な顔でもっさりと寒そうに清洲橋を歩く堤真一を見かけなかったら観る事はなかった映画だけれど、観て損はなかった。堤真一、モッサリしつつも儲け役。カッコいい筈の福山雅治は確かに年の割に若いけれども何がなし軽く見える。ガリレオ先生が出ずっぱりでなくて映画的にも正解だった。
脇ではあまり出番は多くないが、警察官僚である湯川の同級生・草薙を演じる北村一輝がさりげに良かった。捜査主任らしい益岡徹も達者にこなしていた。柴咲コウはどんどん顔の下半分が向かって左側に歪んでいっている気配がするけど大丈夫か。歯の噛み合わせを直した方がいいように思う。でも、ラストの印象的な台詞は柴咲コウがもっていく。何人か特別出演があったようで、石坂浩二は分ったけど、はて、リリー・フランキーってどこに出てたのかしらん。



TVドラマにありがちな遊びや、ちゃらい演出を極力排して、隅田川界隈のロケを交えた絵作りも好感が持てたし、堤真一を筆頭に俳優たちもいい味を出していた。
TVドラマの拡大版ではなく、ちゃんと映画になっていた。

コメント

  • 2011/05/09 (Mon) 09:36

    この映画はやっぱり、堤真一が主役ですよね。
    彼が演じる、数学の天才ではあるけど、生き方が不器用すぎる男は本当に圧倒的名存在感ですよね。私も彼は素の状態で器用な人ではないと思います。
    夫と娘が公開時に見て良かったらしく、DVDもブッ●●フに出回ってから購入。私はそれを何回か観ましたが、石神が可哀想で、2回目からは終わりの辺は見ないようにしてました。
    ドラマの方は先月は当地域では毎日昼下がりに「ガリレオ」が再放送されたのを機に全部観たのですが、やはり映画とは大違いでした。犯人の側の背景もそれなりに描かれているものの、やはり全体的に軽いし、福山君のPRドラマに見えます。柴咲コウがキャンキャンうるさすぎるし。娘は北村一輝をもっと出すべきだと言ってます。
    昨日の映画専門チャンネルの放送では福山君のインタビューが前後に入るということで夫が見ており、エンディングテーマが耳に入ってきましたが、歌詞から石神の哀切が伝わってきて不覚にも涙が出ました。
    リリー・フランキー、二人づれで歩いてる警備員か何かの役で映ってましたよ。一言くらい台詞もありました。ほとんど後ろ姿なのでわかりにくいかもしれません。

    • ようちゃん #K2kCMA8Q
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  • 2011/05/09 (Mon) 13:04

    こんにちは。
    kikiさんは東野さんは未読なのですね。
    東野氏は多産な作家ですが、作品の質にものすごくムラがあるように思います。それはもう、東野圭吾が2人いるのではないかというぐらい。なので、もし読んでみようかなぁ~と思われた時は、kikiさんの好みをよく知る東野ファンのお友達に、「最初の1冊」を選んでもらった方が良いと思います。出会いの1冊は肝心ですからね。

    ちなみに私は「容疑者Xの献身」も一応読みましたが、あまり好きな部類には入りませんでした。でも湯川が福山雅治っていうのは何だかちょっと原作が可哀相な気が。そして小説には冬山のシーンはなかったと思います(笑)

    そうそう、私が高校生の頃に憧れていた男子は完璧理系で、「数学は美しいから好きなんだ」「いくつも問題を解いていると、ある時ふいに使うべき公式が見えてくるんだ」と本気で言えるような人でした。高校卒業後は物理を学ぶために京大へ。いろんな意味で遠いなぁ…としんみりしたことを思い出しました。うふふ。

  • 2011/05/09 (Mon) 23:00

    ようちゃん。
    制作側も映画はTVドラマとタッチを変えて作りたかったんでしょうね。だから映画のメインは堤真一ですわね。その素の不器用さ、チャラチャラと立ちまわれない融通のきかない感じが役にうまいこと活きてましたよね。本作をダンナさんと娘さんがお気に入りですのね。ようちゃんも何度かDVDで観ておられるのねん。そして不器用な石神に涙されているわけですね。うふふ。リリー、どこに出てたのかしら。警備員でしたか。気づかなかったですわ。…かなりどうでもいいんだけど、まるで気づかなかったというのがちょっとね(笑)
    そして、ガリレオ・ドラマの方は、フジのいつものドラマの、あのノリなんでしょうね。柴咲コウのウザさは見なくても想像がつく感じ。北村一輝はあまり出すぎない方が良いのかも。もっと出ればいいのに、というぐらいに控えめな方が。何か非常に濃いから。ふほほ。

  • 2011/05/09 (Mon) 23:24

    xiangさん。
    東野圭吾、未読でございます。この人の作品はけっこうドラマや映画になってますよね。
    ムラがあるのは多作のせいという事もあるのかも。寡作だとじっくりと練るからさほどバラつきはないような気も…。そのお口振りだとxiangさんはけっこう東野氏を愛読しておられる気配ですね。ワタシは村上春樹以降、愛読できる作家に出くわしません。誰のを読んでも2~3冊読むと飽きてしまって。またハマれる作家に出会いたいんですけどねぇ。これはなかなか難しいんです。湯川=福山というのが原作に可哀想な気がする、という感じは何となく分かりますよ。ふふ。

    そうそう。理数系の、本当に頭のいい人ってそういう感じですね。…xiangさん、そういう遠い憧れの人がいたんですね。ふほほ。ワタシは自分がどちらかといえば漢字や熟語に強いので、「難しい漢字をすらすらと書ける男」には惹かれませんが、「難しい数学の問題をすらすらと解く男」には、とても惹かれますね。完全に無いものねだりです。数学が美しい、という感じは高等数学にならないと味わえない感覚じゃないかと思うけれど、高等数学って想像力や閃きのようなものが必要だ、というのを何かで聞いた時に、基礎の段階で数学を面白いと思わせてくれるような先生に出会っていたら、ワタシだって数学が好きになれたかもしれないのに…と自分の不出来を棚にあげて思ったりしました。なんやかんやで数学の出来る人というのには、いまだにどこかで憧れがあります。

  • 2011/05/11 (Wed) 17:18

    東野圭吾は新刊が出るとつい読んでしまう作家の一人です。
    最近はちょっとガッカリさせられることも多いのに、でも新作と聞けば読まずにいられない。複雑です(笑)

    私はかつて、算数から数学へ移行したあたりで早くも躓いたんですが、ポアンカレ予想やリーマン予想といった問題で人生を棒に振った数学者のドキュメンタリーを見たりすると、問題の意味すら分からないまま妙にロマンティックなものを感じてしまったりするのは何故なんでしょうね。
    今でも時々、初歩の数学の参考書でも買ってやり直してみようかなぁ、と思ったりすることがあります。

  • 2011/05/12 (Thu) 00:19

    xiangさん
    やはり東野圭吾ファンでいらしたのですね。そして外れる事が多くなっても新刊が出ると読まないわけにいかないのはファン心理ですわね。

    そうそう、その算数から数学に移行するあたりで、数学ってこんなに面白いんだ、ああ、そういう見方や考え方をするととても興味が湧くなぁ、と思わせてくれるような指導者に出会えれば…とたまに思っちゃうんですよね。あんなに数学に苦労しないで済んだのかな、と。よくTVに出るロンゲの数学の先生いますよね。あの人が何かの番組で数学について語っているのを聞いた時に、う~ん、そうか。そういう風に考えるのか…と思い、あぁそういう事に気づかせてくれる先生が居てくれればなぁ、と思ったりしました。人のせいばかりじゃないんだけれど…。
    参考書買って頭の体操をするのもいいかもしれませんね。活性化しそう。

  • 2011/05/12 (Thu) 00:37

    私もこの春娘が理数科に進学したのを機に、数Ⅰからやり直したくなり、先日青チャートを自分用に購入したばかりなんですよ。まだ全体をぱらぱらと目を通しただけなんですが、目新しい公式が色々?いややっぱり昔見たような?ってくらい忘れてますね。
    まあそもそも高校時代、数Ⅰは2学期から教科書も開けずに授業中寝てたからそんなものでしょうか。共通一次試験(古っ!!)でも半分しか点が取れませんでしたしね。この青チャートを今度こそこなしたいと思っています。
    娘に教えれるようになれたらという過保護な親心もあるのですが。

    ところで、どうでもいいでしょうが、リリーは警備員ではなく作業員だったような気もします。ヘルメットかぶってた気が。うろ覚えですみません。

    • ようちゃん #K2kCMA8Q
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  • 2011/05/12 (Thu) 22:07

    ようちゃん。
    確か塾をやっておられるんですわよね。英語がメインですか?でも、頑張れば数Ⅰとか数Ⅱを人に教えられるかもしれないなんて素敵なり。ようちゃんは根本的に勉強がお好きなのですね。でも、娘さんに教えられるようになる!という目標があれば、新しい公式なども使いこなしていかれるのでは?
    数ⅠやⅡではなく、算数~数学の入り口あたりの問題集(というかドリル?)を大人が買って、頭の体操に問題を解くのが流行ったりしてますね。ワタシはあのへんからじゃないとムリっぽいかも。 ふほほ。  あぁ、高等数学は遠く遥かな雲のかなたですわ…。

  • 2011/09/04 (Sun) 19:58

    kikiさん、遅ればせながら見ました!
    kikiさんが冒頭に書いておられるように、この作品評をブログに書かれているのがわたしには「はて?」という感じでしたし、わたしもフジの月九ドラマの映画化なんててんで興味もなくて完全スルーでしたが、kikiさん評を読んでちょっと気にはなってました。あ、それと東野作品はいくつか好きなものもあったので(でも「X」は未読)見てみました。
    これはほんとに堤真一の映画でしたね。いくつかのドラマでしか堤作品は見たことなかったんですけど、うまいなあとかすごいなあとかいう感想を持ったことなかったので、本作でちょっと目からウロコでした。
    モサっと見せるために毛を抜いていたとは・・・。大きな目をしているのにどんよりと曇った感じとか、猫背とか。軽い福山との対比がくっきりでしたね。プリンス福山では相手役としてちと不足だったのでは・・・と想像します。とはいえ、わたし最近ちょっとだけ福山ファンなのですけれど(笑)。
    堤真一をちょっと見直し、福山の演じられる役柄は多くなさそうだ、との感想。作品としても面白かったです。
    福山インタビューで言ってたのですが、映画化するにあたって、ドラマが「マンガ」だとしたら、映画は「劇画タッチ」で、よりシリアスなものを求めていたそうですよ。ドラマは見てないんですが、いかにも軽そうな感じが見なくても伝わってきますね。
    リリー・フランキーがどこに出ていたか論ですけれど、少年野球のコーチ役として出ていたのではないかとわたしは思いました(ま、どうでもいいんですけどね~)。

  • 2011/09/04 (Sun) 23:10

    ミナリコさん。ご覧になりましたか。ふほほ。
    そうなんですよ。たまたま清洲橋の映像に出くわさなかったら、そしてその画面になんとなく興味が湧かなかったら、まず絶対に観なかった映画だったと思うのだけど、観たらそれなりに面白かった、という映画でした。堤真一もけして上手い役者じゃないのだけど、この役にはなかなかハマってたと思うし、映画自体がチャラチャラした連ドラとは違うノリで作られていたので、演じている方も観ている方も面白かったんじゃないかな、と思います。堤真一も、ああいうモッサリした男の役だから、却って演じ甲斐があったのかもしれませんわね。プリンス福山はカッチョいいけど、本格的に俳優をやるにはちょっとね…。まぁ、ガリレオ先生ぐらいがいいとこかも。でも、ミナリコさん、福山ファンですの?ほほ~ぉ。ちょっと守備範囲が広がりましたかしら。ほほほほ。まぁ、一人ぐらいは現在進行形でチェックしてる人もいないとね。みんな物故した人ではちっと寂しいですものね。
    リリーのチラッと出演シーンは、コーチ役という説もあるわけですね。地味にどこに出ていたのか確認する気にはなれないのだけど、微妙に気になる事は気になりますね。ほんとに、かなりビミョ~な感じです。(笑)

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