「ハンドフル・オブ・ダスト」 (A HANDFUL OF DUST)

-人生の暗転-
1988年 英 チャールズ・スターリッジ監督



昔から何となく気に入っている作品なのだけど、いつまでたってもさっぱり日本ではDVD化されない1本。手元にあるのは猛烈に劣化した録画もののVHSゆえ、DVD化されるか映画chでの放映を待っているのだが、なかなか実現しない。舞台は1930年代のイギリス。広大な領地を持つ富豪の主人公に「モーリス」から間も無い時期のジェームズ・ウィルビー。相変わらず天然のブロンドは綺麗だ。その妻で、夫に愛され、可愛い息子もいるのに年下のツバメに夢中になってしまう不貞な妻にクリスティン・スコット・トーマス。この頃は彼女的に最も美人度が高かった時期だと思う。妻のしたたかなツバメにルパート・グレイヴス、その母でやり手の女不動産屋にジュディ・デンチ。デンチさんも88年とあってはまだかなり若い。その他、アレック・ギネスやアンジェリカ・ヒューストンが顔を見せている。
トニー・ラストは田舎の領地での穏やかな暮らしを愛する男だが、その妻ブレンダは華やかな都会生活を好む女である。ロンドンを騒々しがって出かけたがらない夫とは性格が合わない事は冒頭のシーンで分る。せめてものことに週末に広大な屋敷に客を呼びたい妻だが、夫は家族だけで静かに暮らす事を好む。何も起きない田舎の暮らしに退屈している妻は、ロンドンに行きたくて仕方がない。そんなある日、金持ち女の愛人になって働かずに生きているヒモ稼業の青年、ビーバー(ルパート・グレイヴス)に出会ってしまう。裏で息子を焚き付けているのは遣り手婆的性格のビーバーの母(ジュディ・デンチ)である。



それにしても、クリスティン・スコット・トーマスほど不貞な人妻の似合う女優もいないかもしれない。「イングリッシュ・ペイシェント」でも「ゴスフォード・パーク」でも、印象に残っている彼女の役は大抵そういう人妻の役なのだが、もしかするとこれがそういうイメージのオリジンかもしれない。そして、まだ若くてツヤツヤしているので、本作における不貞妻は他の2本より魅力的に見える。ゴスフォード・パークのシルヴィアは、本作のブレンダが離婚せずに夫に飽き飽きしながら中年になった姿と言えなくもない。ただ、このブレンダはまだ若いだけに純情で、女の金だけが目当てのビーバーのような若造に本気で惚れてしまったりするぐらいに世間知らずの箱入りである。…というよりただのダメンズか。


これまでに観た中では一番美人に映っていたスコット・トーマス

ロンドンにはブレンダの妹が暮らしているが、ロンドン社交界において、ただの便利なエスコート屋(平たく言えばつまみ食いの相手)でしかないツバメ稼業のビーバーに姉が入れ込みかけているのを妹がたしなめる場面がある。「まさかあんな男に本気なの?姉さん。トニー(夫)に悪いわ」。妹の方がよほど分別がある。有閑マダムの暇つぶし相手ぐらいな位置付けならばともかくも、ロンドンに小部屋まで借りて付き合おうとするなどはルール違反である。姉が遊びの範疇をあっという間に踏み越えていくに違いない事を、妹は早くも察知したのか。この妹を演じている女優もなかなか美人である。そういえばクリスティン・スコット・トーマスは美人姉妹の姉という設定も多い。



妻が浮かれるロンドンでの夜遊びの映像と、夫が息子を連れて歩く田舎の領地の静かで穏やかな景色の対比が効いている。妻は毎週のようにロンドンに出かけ、行くと週末までは戻らない。乳母だの家政婦だのがいて、自分が不在でも家が廻って行き、子供の世話にも困らないからといって、奥様は勝手放題である。夫が美人の妻にクビったけで大甘なのをいいことに、妻は段々週末にも帰らなくなる。夫は妻に「週末は帰って欲しいが、ムリだろうね…」などと人のいい手紙を書く。アホである。このボヤーっとした育ちのいいお人よしの夫にジェームズ・ウィルビーというのは打ってつけだ。のちに打算的な小者とか嫌味な小悪党なども演じるようになったが、ジェームズ・ウィルビーといえば「お人よし」というイメージである。代々続く広大な領地を受け継いだ世間知らずの領主さまなんて、実に持ってこい、である。



夫婦の間にすきま風が吹き始めても、子供がいればどうにか続けていくこともできる。子は鎹である。二人の間の一粒だねジョンを、トニーは大層可愛がっていたのだが、妻がロンドンでツバメとの情事に耽っている間に、週末に屋敷で開かれた狐狩りを森に見物に行って事故に遭い、一人息子は敢無く死んでしまう。


息子をとても可愛がっているようなトニーだが、死んでもさほどショックを受けていないのがこれまた英国上流階級風か

自分が浮かれ遊んでいる間に息子が事故死してショックを受けたブレンダは、もはやこれで自分を退屈な田舎の屋敷に繋ぎ止めるものは何もなくなったと感じ、早々に夫の元を去り、ビーバーと結婚するために離婚したいと身勝手な手紙を寄越す。ガァーンとショックを受ける夫だが、馬鹿にオマケがついているのか、この夫。身勝手な妻に年金をやりたいばかりに自分にありもしない不倫をでっちあげ、自分を被告にして離婚裁判をし、ツバメに寝取られた元妻に金をやろうと思いたつ。お人よしにも程がある、というか、仏さまのような人だが、そんなだから女にナメられるのだよね、と思ってしまうわけである。それをまたジェームズ・ウィルビーが演じているのでもう、余計にお人よし度底抜け200%という感じ。そんなにまで自分を無にして愛情を注いでくれる夫とは遮二無二別れ、金目当てで心の冷たい打算的な男だと百も承知でビーバーに入れ込む妻。遊び好きのダメンズ女を妻にしたのが運の尽き。一生の不作である。



ところが、この夫の好意につけこんでビーバーが遊んで暮らすためにもっと金を絞ろうと画策する。要求は予定額の4倍だった。それだけの年金を払うとなれば、トニーは何よりも愛する先祖伝来の屋敷を売らねばならない。金がないとビーバーがブレンダと結婚しないというので、屋敷を売ってくれとトニーに交渉に来るブレンダの兄に「オスカー・ワイルド」(1997)でタイトル・ロールを演じたスティーヴン・フライが扮している。「屋敷を売れよ。うちも売ったが、ゴシック建築は人気があるそうだぜ」などと厚顔な事を言う。間延びした顔が癪にさわる。間男の差し金でそんなふてぶてしい要求をしてきた事が分かると、さすがのトニーもあきれ果て、ブレンダにはビタ一文やらない事に決める。相当に不愉快でもそれをむき出しにぶつけず、上品かつ嫌味をこめて決別を告げるトニーの態度がいかにも貴顕らしい雰囲気だった。そしてトニーはブレンダとの離婚を延期したまま、旅行代理店で知りあった探検家の話に興味を持ち、共に南米へと旅立つ。この唐突に南米に行くという展開が不思議だ、と思う人が割にいるようだけれど、この話はこの後半の南米シーンがあるから面白いのだ。それに、探検家に付いて南米に行って、未開の地を探検してみようという物好きな金持ちというのは、「ロスト・ワールド」的で、とてもイギリスっぽいという気がする。こういう展開はイギリスならではだろう。そして本作はこの南米行きにより、ふとした事で陥る人生の落とし穴の怖さがしみいる作品になっているのである。この南米シーンで御大アレック・ギネスが登場する。いや~、怖いですね。こういうのに掴まっちゃ。




ジャングルの奥地で死ぬまで「リトル・ドリット」の朗読を要求するアレック・ギネス

一方、離婚もならずに宙ぶらりんで金もないブレンダは、当然ながら女にたかって生きるツバメ稼業のビーバーに棄てられる。金の切れ目が縁の切れ目である。この人生をナメた女が、屋台でファーストフードを買う金にも不自由するようになり、安アパートで一人涙にむせぶようになるのは、少しカタルシスがある。この女がのうのうと思い通りに生きてはならない。やはり自分がしでかした事のツケはいつか廻ってくる、という方が観ていてスッキリする。それにしても、この女の身勝手は甚だしいにも程がある。映画で観た身勝手キャラNo.1かもしれない。



とにかく、男も女も他人の金にたかっていながら、際限もなく金、金、金と要求し続ける人間が出てくるので呆れ果てるが、それがアメリカ映画ではなくやはりイギリス映画なので表現がむきつけでないのが特徴である。考えていることは大差ないのだが表現の仕方が違う。「お金をちょうだい」という事を品位を損なわずに言い、断られても見苦しく騒がないというのだけでも、キイキイと口汚く罵り合うのを聞いているよりはマシというものである。まぁ、どうお高く止まっても、結局は他人に金をせびって生きているだけなのだけど。
南米から戻らない夫について「ひどい目に遭わされたけど(あんたが酷い目に遭わせたんでしょうに)、まだあの人が好きよ」などと言いながら、弁護士には「夫の遺言状は書き換えられたでしょうか」などと尋ねたりする美人妻の上品な厚顔さはクリスティン・スコット・トーマスならでは、である。

当りは柔らかいが怠惰で自分しか愛さない男を演じたルパート・グレイヴスもハマリ役。「モーリス」での下男役よりもずっとハマっていたと思う。一緒に出歩く年上の女に自然に勘定を出させてしまうような空気を出している。細身で少年ぽい顔立ちのせいか、彼は労働者などがあまり似合わないのである。ワタシはルパート・グレイヴスで一番良かったのは「眺めのいい部屋」でのルーシーの弟役で、次にこのツバメのビーバー役が良かったと思う。


ハマリ役のルパート・グレイヴス

ツバメの母を演じるデンチさんも、出番は多くないし、けしてあからさまな事は言わないのだが、金の切れ目が縁の切れ目という人生哲学を息子に仕込んだのは間違いなくこの母であるという事がよく分る。彼女は不動産屋を経営しており、顧客の個人情報を聞きつけては、自分の利益になりそうな事柄を敏感に選り分ける。ブレンダが夫から金を貰う当てがなくなったと知るや、息子にやんわりと「あれはもうやめなさい、それより旅にでも出ましょうよ」などと手切れを示唆する。この母にしてこの子あり、である。


デンチさん 白髪のイメージが強いが元は赤毛だったらしい


なお、アンジェリカ・ヒューストンはトニーの狐狩りに招かれて来る女流飛行家の役。トニーの妻がロンドンで遊び歩いている事を知っていて「馬鹿な女ね」と言う。おっしゃる通りである。

1930年代という時代色がよく出ていたのと、意表を衝いた後半が何ともいえないアイロニーと無常感を醸し出している点で、何となく忘れがたい1本。

コメント

  • 2015/05/14 (Thu) 17:53

    kikiさん、こんにちわ
    そうなんです、J・ウィルビー好きなんです
    kikiさんの、これまたウィルビーが演じるトニーのお人好し底抜け200% が、最高です♪そうなのよ~っ!て笑っちゃいました

    ルパート・グレイヴスも好き、獲物を捕らえたエロい目がたまりません
    ウィルビーと対極な感じが良いのです
    二人ともあまり映画では見ることが出来なくてさみしいです
    サマーストーリーはご覧になってないのですね、残念です
    イモジェン・スタップスがとてもキュートです、ウィルビーは相変わらずお貴族な坊ちゃんで、どうしたらこんな弱い大人に成長できるの?って感じが 私にとっては大変ツボなのですが・・(^_^;)

    ポーの一族、kikiさんも4巻からですか!私も4巻の画風が一番好きです
    5巻のエディスに至ってはエドガーもエドガーじゃないし(特に天パ具合)アランも何か違う気がします
    昔、娘と同じ6年生の私は、母に叱られながらも窓を開けて寝てたのですよー、そうしてれば現実にエドガーが来てくれる気がしてました
    ・・娘にに勧めて見ようかしら、4巻からだと探究心が刺激されて良いかもしれませんね♪
    ありがとうございました!

  • 2015/05/16 (Sat) 11:41

    ひかりさん こんにちは。

    ウィルビーがお好きな人って、ひそかにけっこういらっしゃるんですね。意外なような、興味深いような…。ウィルビーもきっと、日本にひかりさんのようなひそかなファンが居てくれることを知ったら、凄く喜ぶんじゃないかとおもいます。

    ルパート・グレイブスは「シャーロック」にもレギュラー出演していて、ずっとコンスタントに売れてますね。確かにあまり映画には出ないですね。二人とも。BBCの仕事が一番多いのかな。

    「サマーストーリー」、どこかのチャンネルで放映することもあるでしょうから、その時には捕獲してチェックしてみますね。

    小学生の時、窓を開けて寝てられたんですねー。ロマンチストですねー。でも、少女期に萩尾作品と出会えたのは幸運だったと思いませんか?萩尾望都はマンガで詩を書く人なので、夢多い時期にああいう作品を読むと感性の栄養になるなぁ、という気がします。お嬢さんに、是非、お薦めを(笑)

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する