「ボビー・フィッシャーを探して」 (SEARCHING FOR BOBBY FISCHER)

-心優しきワンダーボーイ-
1993年 米 スティーヴン・ザイリアン監督



タイトルだけは知っていたが未見だった本作。TSUTAYAの発掘良品コーナーにあったので観賞してみた。「発掘」と銘打たれていても、ワタシ的には既に観ている作品が殆どなのだけど、未見の作品で当りだったりするとひそやかな嬉しさがある。
チェスの天才少年を演じる主役の少年の、「無垢」という表現がぴったりの大きな瞳が非常に印象的。まぁ、実にピッタリな子をキャスティングしたものだ。脇を固める大人たちも、中堅からベテランの実力派ばかり。ベン・キングズレーはもとより、ローレンス・フィッシュバーンやジョーン・アレン、ローラ・リニーの今より若い姿がちょっと新鮮だ。
タイトルにあるボビー・フィッシャーというのはアメリカの伝説的なチェスのチャンピオンで、奇行の人でもあった人物。彼について短く印象的なイントロダクションの入る導入部から、なんだかこれは面白そうだ、という雰囲気がしみ出している。
ボビー・フィッシャーは伝説の天才の代名詞であり、天才少年が現れると、「あの子はボビー・フィッシャーの再来だ」と周囲が言う、そういう人物である。何度も引退し、何度も復帰し、何度も失踪し、タイトルを剥奪され、奪い返し、冷戦時代にソ連の選手と対戦して勝ち、アメリカの英雄扱いされたかと思えば、1992年にアメリカが禁じたユーゴスラビアでの試合に出て勝利し、アメリカ国籍を剥奪された。その後また消息不明になった彼は、ひそかに日本やフィリピンに住んでいたりもしたらしい。最後は国籍をくれたアイスランドで2008年に亡くなった。非常に興味深い人物だ。



が、ボビー・フィッシャーばかりでなく、本作の主人公である天才少年ジョシュ・ウェイツキンも実在の人物で、この映画は新聞記者だった彼の父が息子について書いた同名ノンフィクション小説がベースである。
7歳のジョシュは野球が大好きなごく普通の少年だが、ただひとつ他の少年と違っていたのは、チェスの天才だったことである。公園で毎日行われている賭けチェスを目を輝かせて見物するジョシュ。彼には天性の洞察力があり、忽ちそれで稼いでいる連中が鼻白むようなチェスの腕前を発揮するようになる。彼の才能にまず母が気づき、続いて父も認識する。チェスで7歳の息子に手も足も出ない父を演じるのはジョー・マンテーニャ。いろんな映画でよく観る俳優だが、ワタシは「ゴッドファーザー PARTⅢ」でのジョーイ・ザザ役の印象が強い。本作ではジョーイ・ザザとはうって変わって、息子の才能を伸ばそうと懸命になるパパの役を濃い顔で穏やかに演じていた。母親役はジョーン・アレン。相変わらず猛禽類のような顔ではあるが、知的で意思的な母親役も印象的に演じていた。



この映画でビックリしたのは、チェスの試合の格闘技のような猛烈なスピードである。ピンポンのような、とでも言おうか、とにかく、ポン!パン!パシ!バン!という具合に、相手が駒を動かすと、間髪を入れずこっちも動かすという具合で、非常にスピーディなのである。編集に演出が入ってリズムを出している部分もあるわけだが、とにかく驚いた。ワタシはチェスというと、しーんと静かなところで、じっくりと考えた果てにひっそりと駒を動かしタイマーをパチンと叩くと、相手がまたじっくりと静かに考えて駒を動かす、というようなイメージがあったので、こんなピンポンみたいな速度で応酬するというのは、とても新鮮な眺めだった。盤上の格闘技という雰囲気で、気合が入っている。また、少年ジョシュが初めて公園で賭けチェスに熱中する人々を見出すシーンの美しい映像なども、少年の感性を通して驚きと発見に満ちた人生の局面が鮮やかに表現されている。



息子がボビー・フィッシャーの再来かもしれないぐらいに天才らしい、という事を知ってしまった父(ジョー・マンテーニャ)は、引退したかつてのマスターで、弟子は取らないというブルース(ベン・キングズレー)に息子のコーチを頼み、色々な大会に息子を出場させ、そのたびに鮮やかに勝利する息子の非凡な才能に前のめりになってしまう。まぁ、自分にはない才能が自分の子供にあって、不世出の名選手になるかもしれないとなったら、巷のフツーの親は熱狂し、手の舞い、足の踊るところを知らず、ステージパパやママになって闇雲に勝つ事を要求するようになってしまってもムリはない。そうならないでいられる人なんてごく僅かしかいないだろう。子供が天才であろうとなかろうと、親は日常的に試され、子供に鍛えられるものなのだろうけれど、子供が天才かもしれないとなったら、親は尚更、人として試され、鍛えられるのかもしれない。
チェス少年の息子に付きそう父親の一人でウィリアム・H・メイシーがちょこっと出ていた。



天才少年ジョシュは、なまじ勝ち続けてトップランクになったために、常勝を期待されるようになり、またコーチのブルース(キングズレー)が教えるのはじっくりと考える戦略的な守りのチェスであるのに対し、公園で賭けチェスをやっているホームレスのヴィニー(ローレンス・フィッシュバーン)はアグレッシヴに攻め込んで行く攻撃型のチェスを推奨する。直感的にチェスをしているジョシュにはヴィニーのスタイルの方が感覚的に合うのだが、ブルースは公園で彼らとチェスをする事を禁ずる…。

そういえば私事でナンだけれども、ワタシも小学生の頃に個人的に習っていた習字の先生の指導と、中学に入ってからの学校の習字の先生の言う事がまるきり逆なので困った挙句に、学校では教師の言うように書いているうちになんだか習字が楽しくなくなり、小学生の頃の方がいい字を書いていたなぁ、などと思うにつけ、習字を続けるのが気疎くなって結局やめてしまったという経験がある。指導者が二人いて、まるきり違う事を言われると本当に困る。ましてジョシュは7歳だもの、そりゃ本当に困っちゃうだろうと思う。

でも、この子は物静かに自分で考え、自分で判断するのだ。スランプに陥った時、チェスをやめてもいいと父は言うのだが、彼は自らチェスを続ける事を決めるのである。そして、師匠二人のいいとこ取りで、自分のチェスのスタイルを作ってしまうのである。

この映画は何と言っても、ジョシュを演じるマックス・ポメランクという少年に尽きるのだけど、賢いけれど生意気でなく、大きく見開いた目の奥に、常に周囲の人や対戦相手への思いやりが満ちている子である、という雰囲気がたくまずしてよく出ていた。目の表情が実に見事だし魅力的である。そして、いかに天才であろうと自分の意志を持っていようと、周囲からのプレッシャーに潰れそうな時や、大きな大会の決勝戦の前には恐怖にかられ、一人ではその重みには耐えかねて、父親やコーチなど信頼できる人の温かいハグを必要とする部分も可愛らしい。ジョシュを演じるマックス・ポメランクは結局、子供の頃に数本出ただけのようだけれども、どんな感じの大人になったのだろうか。目の綺麗な線の細い青年に育っただろうか。


賢く、可愛く、けなげな天才少年

ジョシュのライバルとして、途中から登場する不敵な面構えの、もう一人の「ボビー・フィッシャーの再来」ジョナサンを演じている少年も、可愛げのないクソ生意気な、いかにもな敵役の面構えをしている。4歳の時から親がコーチに預けて、学校にも行かずにチェスばかりしているという、人生がチェスだけになってしまっている子供の、偏狭な、ある意味可哀想な意固地さがよく出ていた。この子との「宿命の対決」が映画のクライマックス。ジョシュのかける情けを拒否する徹底した姿勢もこれまたいかにもである。幼くして、二人の生き方の違いがクッキリと現れている。


世に敵役ヅラというものがあるなら、まさしくこれは、そういう顔である

公園で毎日賭けチェスをやっている巷の名人ヴィニーを演じるローレンス・フィッシュバーンは印象に残る儲け役で魅力があった。痩せてひきしまったルックスも役に合っていた。チェスをする人、というと脳裏に浮かぶイメージと全くかけ離れているところがミソか。



公園あろうと、チェス・クラブであろうと。いい年をして来る日も来る日も終日チェスをやっているようなチェスに魅入られてしまった大人を、7歳の少年があっという間に負かしてしまったりする場面を見ていると、チェスに賭けてきた人生をあっという間に覆された相手の大人のその後がちょっと気になったりもする。

この実在した天才少年、ジョシュ・ウェイツキンはこの映画が作られた当時高校生で、もちろんトーナメントにも出場し、18歳以下、20歳以下ではアメリカで1位というポジションを暫くキープしていたが、映画がヒットした事で一躍セレブ状態になってしまった彼の周囲を取り巻く状況は、いよいよ静かにゲームに集中するというものから程遠くなり、結局、彼は有名になってしまった事が災いして、トーナメントに出る事をやめてしまったらしい。自分が勝つ事だけに執念を燃やすのではなく、対戦相手の気持ちを思いやってしまう彼は、勝負師として生き続けるには優しすぎたのかもしれない。



主役の少年マックス・ポメランクのけなげさと可愛さが作品の核だが、本作を見ていると伝説の天才プレイヤー、ボビー・フィッシャーについての興味も募る。チェスの天才や数学の天才は他のジャンルの天才よりも殊更に奇人が多いような気がする。また、その奇行の伝説のせいで、その人がより輝かしく見えてしまったりするのが、どうも厄介なところである。

コメント

  • 2011/06/03 (Fri) 22:21

    kikiさんまたしてもコメントは久しぶりです~
    これ、懐かしい!kikiさんは未見だったんですね。私結構好きな映画のひとつです。
    ジョシュもあの大きな瞳が印象的だし、脇役陣もいい人が揃っていて、ジョーン・アレンも好きな女優さんの一人でしっかりものの母親という感じがとても良く出ていましたよねえ。

    もともとチェスをする夫がジョシュのお父さんの本を読んでこの映画を見たらしく、最初はそれで一緒に見たのですが、意外に楽しかったんですよね。まあチェスだけの話じゃないし。
    ボビー・フィッシャーはkikiさんも言っているように、日本にも一時期住んでいたんですよね、婚姻されてたかは知りませんが一緒に暮らしていた日本人女性の方もいらして、私の友達はその女性からチェスを習っているんだという話でした。

  • 2011/06/04 (Sat) 07:32

    Sophieさん。
    そうなんですわ、これ未見だったんですのよ。でも、いい映画ってパッケージからよさげな気配が漂ってくるので、直感的に手に取りました。観てみて正解でしたわ。ジョーン・アレン、いかにもあなたがお好きそうな女優ね。ジョーン・アレンはあまり今とイメージ変わらないけど、ジョシュの担任の先生で1シーン出てきたローラ・リニーはアラ、若かったのね、という感じがしました。
    ダンナさん、チェスがお好きなのねー。これ、北米じゃかなりヒットした映画らしいし、原作もけっこう売れたんでしょうね。結局ジョシュはプロのプレイヤーにはならなかったようなのだけど、それもひとつの生き方ですね。ボビー・フィッシャーみたいに伝説の人になって、あちこちに隠棲するというのもひとつの生き方だし。フィッシャー氏は日本には結構長く居たみたいですね。日本とフィリピンを基点にあちこちに移動してたとか。出国審査で引っ掛かって、日本に居た事が世間にバレたという経緯もあったとか。その日本女性とは正式に結婚はしていなかったけれど、フィッシャーの遺産は彼女が相続できる事になったみたいですね。どうもジョシュ少年よりボビー・フィッシャーに興味が湧いてしまう映画でもありますね。これ。

  • 2014/03/29 (Sat) 10:19

    この映画大好きです。
    取り上げてくださってありがとうございます。
    大変興味深く拝読いたしました。

  • 2014/03/29 (Sat) 22:52

    さかなさん

    記事を喜んでいただいて何よりです。
    とてもいい映画ですよね、これ。

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