「127時間」(127 Hours)

-Oops!-
2010年 米/英 ダニー・ボイル監督



封切り新作になかなか食指が動かない今年だけれど、「英国王のスピーチ」に次いで封切りを楽しみにしていた作品。ダニー・ボイルといえば、2008年度のアカデミー作品賞、監督賞など8部門を取った前作「スラムドッグ$ミリオネア」は、ワタシ的には何がそうも評判なのかさっぱり理解できない作品だったのだけど、今回は文句なしに面白かった。編集と映像センス、音楽センスが特に光っていた。割引デーでもないのにシャンテはかなりの入りだった。納得。
冒頭から画面分割や、スピーディな編集で、実に快テンポ。休みになると一人で行く先も告げずにアウトドアしに出かけ、アドレナリン大放出で深夜に荒野を車でかっ飛ばし、ウルトラハイになってマウンテンバイクで大自然の中を走り回るアーロン(ジェームズ・フランコ)。
その、一人で金曜の夜に出かけて、目的地に達するまでのテンションの高さがアーロンの性格を表している。一人遊びが大好きなのだ。嬉しくてたまらないという感じがよく出ている。行く先を人に教えて心配されたり干渉されたりするのが嫌なので、誰にも言わずに出かけて思いっきり自然の中で楽しむ事が嬉しくてたまらないのである。彼がマウンテンバイクで走り回って大喜びしているのはブルー・ジョン・キャニオン。昔の西部劇映画でインディアンが岩陰で待ち伏せしているシーンなどでよく見かける、あの光景である。岩と砂の地面に、テーブルロックが聳え、空はあくまでも青く、空気はカラカラに乾いている、といった感じ。ブルー・ジョン・キャニオンというのはユタ州にあるらしい。アーロンもユタ州に住む27歳の青年だ。2003年という近過去の設定なのは、もちろん実話がベースだからである。



ハリウッド1の高学歴俳優であり、かつ司会には向かないジェームズ・フランコ。でも、この役にはドンピシャリ。地じゃないの?というほどに自然に演じている。演じているという感じもしない程に自然で、さもありなんという感じだった。一人で岩場をかけ廻り、休日をエンジョイしている彼の前に、道に迷っている女性の二人連れが現れる。一人はちょっとかわいいが、もう一人はモッサリしたタイプ、というのもありがちなパターンである。道案内を買って出るアーロンと彼女たちの、短いが若さの輝きに溢れた冒険のシーンが楽しい。3人の会話も自然でいい。それにしても、あんな岩場をよく垂直落下する気になるなぁ。しょっちゅうそんな事ばかりやってるから自然をナメてしまうのだね…と思いつつ、このシーンから既に、こんな岩場で途中で挟まれて身動きとれなくなったらどうするのか?という予感がざわりと観客の心に翳を落とす。楽しみと隣り合わせで、命の危険の予感を孕んだうまいシーンだ。何度もこの峡谷に来ているアーロン。あらゆる場所を知りつくし、庭のように駆け廻っている彼ゆえに女の子たちを楽しませるスリリングなスポットも知っているし、女の子でもちょっと勇気を出せば秘境を楽しめる事が分かっているのだ。この二人連れはあくまでもその場だけの触れ合いで、その後ストーリーにもかまず、淡く、さらっと過ぎるのが良い。



彼女たちのモーテルでの翌日のパーティに誘われて、行くよ~と軽く返事をしながら岩場を跳ね飛んで行くアーロン。その後すぐに彼は予想もしない窮地に陥るハメになる。いつものように身軽に狭い岩場に入っていって、見込み違いから足を踏み外し、狭い岩場に落ちた挙句、大きな石が落下してきて彼の右手を挟んだまま岩場にガッチリとはまり、ビクとも動かなくなってしまったのだ。中国製のチャチな万能ナイフを取り出して岩を削ってみるが到底らちはあかない。水も食糧もあまりない。行く先は誰にも告げずに来てしまった。狭い岩の裂け目から声を限りに叫んでも、誰にも叫びは届かない。かくして片手を岩に挟まれたまま、彼の自分との闘いが始まる。



アーロンがこの状況にどうにか正気を保った事の大きな要因にビデオカメラの存在があったかもしれない。いまどきの若者らしく、ビデオもデジカメも自分撮りで(ちなみにビデオカメラはキャノン、デジカメはソニーだった)、なんでも記録しておく日頃の習慣から、彼は岩の隙間に落ちて身動きのならない自分の現状をビデオカメラに自嘲気味に実況撮影しつつ、ギリギリまで落ち着きと明るさを失わない。そのように自分を励ますのだ。そして思いつく限りの事を試してみるのだが、岩はどうにも動かず閉塞状況は些かも好転しない。水をちびちびと飲み、夜、眠る前にはザイルで体を固定し、コンタクトレンズをちゃんと外して口に含んで保存するというのも描写が細かい。アーロン、とても冷静できちんとしている。

彼が狭い岩場に閉じ込められて2日目の朝、太陽が差し込むまでは非常に寒いのだが、1日のうちにほんの僅かな間だけ、太陽の光が岩の割れ目に垂直にさし込んでくる時間があり、アーロンは足の先を伸ばして光の中へ差し出し、おひさまに触れようとする。視界の向こうが明るんで、陽の光がどんどん自分の方にやってくるときの、たとえようもない希望の感触…。このシーンを観ていて、ワタシは村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」の中の「間宮中尉の長い話」を思い出した。満蒙国境でロシア軍に捕らえられた間宮中尉が遠い砂漠の中の人知れない井戸に放り込まれる場面だ。足の骨を折り、井戸の底で動けなくなっていた間宮中尉は一夜あけて翌日、突如井戸の中いっぱいに差し込んできた圧倒的なまでの太陽の光、何かの啓示のようなその光の洪水に驚く。その光の中にいる間は、恐怖や痛みや絶望さえも忘れてしまうような圧倒的な光の洪水だ。しかしそれは長くは続かない。ほんの暫くの間、まばゆいまでの光で井戸の底を満たすと、さっと消えてしまうのだ。極限状況下での、一瞬の太陽の洪水…。

狭い岩場で絶望的な状況の中、アーロンの脳裏に去来するのは両親への思いや兄妹への思い、仲間と楽しんだこと、ガールフレンドの事など、過去のさまざまな思い出だ。そして彼は身勝手で傲慢だった自分を反省する。食糧も水も尽き、ビデオカメラの電池も尽きて、さすがにへたばりかけた彼が、命の瀬戸際に目の当たりに見たものとは…。

というわけで、これは見てのお楽しみ。
7割はジェームズ・フランコの一人芝居でみせる映画なのだけど、冒頭でも書いたように、フランコさんは気負いもなく、こういうタイプの若者に自然になりきっていて、演技をしているという感じがしなかった。司会はダメだが、俳優業はバッチリだ。おまけに男前度もUPしたようにお見受けした。体がちょっと逞しくなったせいか、ますます良い感じになってきた。この先の出演作が楽しみな俳優の一人だ。



アーロンは自分が好き好んで誰にも行き先を告げずに一人で遊びにきて、入らなくてもいい岩の隙間に勝手に入り込み、落下して手を挟まれて身動きが取れなくなってしまった、というまさに自業自得以外のナニモノでもないのだが、うわ~!ついにやったか、と思いつつも後味が爽やかなのは、非常にリアルに岩の隙間に挟まれた彼のストラッグルを追いつつも、暗くジメつかない回想シーンの程の良さ、またBGMの選曲などにより、いかなるシビアな局面でもどこかでそれを(ビデオカメラ相手に)客観視してしまうアーロンのキャラクターがさらりと描かれているせいだろう。人騒がせではあるが、彼は自分のせいで陥った苦境を自力で脱したのだ。身勝手な行動へのオトシマエはきっちりとつけている。それが本作の印象の、不思議なすがしさと明るさのゆえんだろうか。とはいえ、現実は容赦なく過酷ではあり、あの状況に追い込まれて彼と同じ決断をし、実行する人は何割ぐらいいるだろうか。ワタシならどうするのか。…うぅ~、ぷるぷる。考えたくもない。

それにしても、あんな目に遭ったというのに、それでも懲りずにまたロッククライミングだのに出かけるというのが、いかにもそれらしいとは思いつつ、些か呆れたワタクシ。 
いや、しかし、ここまで来たら、もはやアッパレというべきなのかもしれない。

コメント

  • 2011/06/24 (Fri) 17:18

    kikiさん
    司会には向かない、って2回も言わなくても(笑)

    この映画、とっても興味あります。
    どんなにひどい目に遭ってもやっぱり、山の上だとか海の底だとかへ行くことを止められない人達というのは、いるものなんですね。
    もはやそういう行動でしか、自分に落とし前をつけられない、という感じなんでしょうか。すごいなぁ。
    アーロン、今度は足を挟まれたらどうするつもりなんだろう……ひー。

  • 2011/06/24 (Fri) 23:08

    kikiさん
    意外にお勧めなのですね。これはぜひ私も観にいきたいものです。ストーリーを聞いた限りではなんか重苦しそうな映画で、主演がJフランコねえ、ふ~んという印象だったのですが。この頃、映画館に行くのが忙しいだけでなく、題名聞いただけで見る気が失せて億劫なのです。
    もしよければ映画の邦題とか原題についてkikiさんの御意見をなにかの機会にお聞かせくださいませ。

  • 2011/06/24 (Fri) 23:47

    xiangさん。
    だって、ヒドかったもの~あの司会。ボヤーっとして。ウルトラKYだったもの…。

    で、これ。是非観にいってください。興味がおありであれば。
    そのシーンだけ直視しないようにしていれば、あとは臨場感もありつつ、けっこう楽しく観られますよ。ダニー・ボイルの演出はまた一段と腕を上げた感じ。いかにも今どき風な若者でも、自分をきちんと保って、いざとなったらやる時はやる、そして何があろうと自分の生き方は変えない、ある一点を除いて、というのが彼の演出で気持ちよく伝わってきました。それにしても、あんな鈍い刃のちびたナイフでよくもまぁ…。もしも足挟んだとしてもねぇ。アーロン、懲りないからなぁ。

  • 2011/06/24 (Fri) 23:55

    ふうさん。
    これはなかなか面白かったですよ。最初からぐいぐいーっと引っ張られて最後までハラハラしつつ一挙に観てしまうって感じです。長い映画じゃないし、テンポがよく、編集のリズムもよくて、全体にダニー・ボイルの映画作りの上手さが光った映画でした。フランコさんも、けっこう良かったですよ。この役、ジェイクが演じたらどういう感じだったかな、と思ったりもしたのだけど、これはやはりフランコさんで正解かも。
    今年は(去年の後半ぐらいからだけど)本当に、新作で心躍るものが減っているので、映画館へも足が遠のきがちですよね。不作傾向は継続中ですわ。
    原題と邦題について、思いついたら何か書くと致しますわ。

  • 2011/06/26 (Sun) 21:26
    こちらにも

    お邪魔ですー。
    kikiさん同様、今年は食指が・・・って同感です。
    私も興味惹くの少ないなぁ。
    で、これ!あれよあれよと、見てる側もあの
    ブルー・キャにオンに連れて行かれて、あっと
    いう間にあの状況を傍観状態になるよね。
    しかし、あのナイフ、スイス製だったらと
    言ってた割には、ちゃんと用を足していたので、
    けっこうご都合主義だと思いました(笑)。
    しかし、遠巻きとはいえ生々しかったなー!
    フランコさん、いい歳のとり方してるよーな気がします。
    スパイダーマンのあの変なライバル役というイメージしか
    なかったけど、”ミルク”のゲイ青年、これもとても
    ハマってました。彼、そんなに高学歴なの~?

  • 2011/06/26 (Sun) 23:25

    acineさん。 こちらにもありがとう。
    ですよね~、なんか最近、どうも引っ張られない映画が多くて、かなり映画館に行くのも間遠になってるわ。でも、これは久々に面白かったわ。テンポもよかったし。ダニー・ボイル、また腕を上げたのね、という感じでした。
    で、あのナイフ。スイス製だったらもうちょっと楽だったろうと思うけど、あんなナマクラで、しかも岩を削ったからチビちゃってるし、並大抵じゃなかったと思うわ~。よくやったねぇ、あんなので、という感じ。そのシーンばかりはさすがに直視できず…。
    フランコさん、段々いい男になってきてるわよね。年がいけば行く程よくなるんじゃないかしら。彼は勉強が大好きらしくて、UCLAを卒業してからコロンビア大の大学院で修士を取り、今はエール大の博士課程に在籍中らしいわよん。ユダヤの血も混ざってるとのことで、やはりユダヤ系って頭がいいんでしょね。

  • 2011/06/27 (Mon) 15:50

    私も見ましたわ~。おもしろかったですね。題材が題材なのに暗くならないのが私もよかったと思います。
    最初にこの話を聞いた時にはもう「ヒョエ~!」で映像なんて怖くてみれないわと思ったんです。でもほんとユーモアもあり、楽しく見れました。とはいえもちろん私は大事なシーンはよく見てませんけど。
    確かに自分の体をハーネスに預けて体重分散したり、片手だけでビレイしてロープで降りるなんて、知識も豊富で経験も豊かなゆえに過信がミスを生んだのか、ああいうところに一人で行ってはいかんというのは鉄則ですね。いや、しかし凄い話ですわ。

  • 2011/06/28 (Tue) 00:10

    お~。Sophieさんも見られたのね~。前に、原作先に読んじゃって、あんな状況をとても映像で観るなんて耐えられないと言ってたけど、そこらへんをダニー・ボイルは上手くテンポに乗せて料理したなって感じでしたね。撮りようによってはいかようにもシンドイものになりかねないのだけど、ああいうノリになったのは原作者アーロン本人のキャラが、ああいうウジウジしないタイプだからというのもありそうな…。
    体力と経験を過信しすぎると手痛い目に遭うと。自然をナメてはいかん!としみじみ思わされますね。それでも懲りないのがアーロンの面目躍如ってところなのかしらんねぇ(笑)全く恐れ入るわ。

  • 2011/06/28 (Tue) 15:18

    そうそう、書くの忘れたんだけど、ちらっとkikiさんのこのレビューの最初の数行を読んでやっぱり見るか!面白そうなら・・・と思ったのよ。見て正解だったわ。

  • 2011/06/28 (Tue) 21:26

    お~、そうなのね。これはやっぱり劇場で見ておいた方がいい映画だと思うし、久々に面白く観た映画でもあったのよね。記事が役に立ってよかったなりよ。ふほ。

  • 2011/07/03 (Sun) 00:00

    kikiさん、予告編を見て「見てみたいな~」となんとなく思っていた作品でした。しかし、わたしはダメでした。全然ダメでした。
    これってダニー・ボイル節というのか、映像とか音楽の趣味が好きな人には面白いのかなあとぼんやり考えたり。ダニー・ボイルもJ.フランコにも興味はあまりなく(でも「スラムドッグ~」の監督作であることには惹かれましたが)、純粋に楽しみたいと思っていたんですけど、主人公には全く全く共感できず(いわゆる「いまどきの若者」って私は苦手かも。なんでもカメラや映像に残す輩もあまり好きでないのでしょう)、あのシーンは正視にたえず。なんだかどんよりして帰ってきました。監督がこの作品で言いたかったことは何だったのか、と悩んでしまいました(笑)。実話である本作を映像化するのを決めたポイントはなんだったのかなあと。他のサイトのレビューでも高評価な本作、わたしには合わないツボでした、とほほ。

  • 2011/07/03 (Sun) 10:43

    ミナリコさんは全然ダメでしたか。ふほほ。映画は個人的体験だから、感想は人それぞれで面白いですね。
    ワタシはダニー・ボイルの前作「スラムドッグ$ミリオネア」が全然ダメだったんですよ。前半の主人公の子供時代は面白かったんだけど、後半になってただの純愛ものに落ち着くと、な~んだ…最終的にはそれか、アホくさ!みたいな印象になりました。
    で、これは極限状況に陥った時に、人を奮い立たせるものは何か、という投げかけでもあると思うんですね。それまではずっと過去の回想に捉われていたアーロンが初めて未来の自分の姿を見る。そこで彼に必死のパワーと勇気がわいてくる、と。例のシーンはあまりマトモに見られる人は居ないでしょう。ワタシもあそこは目を逸らしてましたわ。しかしまぁ、自分で勝手にはまったドツボを自力で抜け出したアーロンは他人に尻拭いはしてもらってませんよね。それも結構大事な事じゃないかという気がします。でも、一番強く伝わってくるのは、一人で誰にも告げずにヘビー・デューティしに行かぬ事!ってメッセージかも、ですわね。(笑)

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