「にごりえ」

-貧しく、哀しく、美しい明治-
1953年 松竹 今井正監督



樋口一葉の3つの代表的な短編「十三夜」「大つごもり」「にごりえ」をオムニバス形式で映画化した今井正の監督作品。脚本は水木洋子と井手俊郎。監修には久保田万太郎の名も見える。この顔ぶれならまず外れはない演出と脚本に、主役を演じる映画俳優陣に脇を手堅く文学座の芸達者が固めるという鉄壁の布陣もさることながら、この作品は明治という時代を目の当たりに現出させた平川透徹のセット美術が瞠目すべき素晴らしさだった。それをしみじみと映し出す中尾駿一郎のカメラも見事の一言。あぁ。明治の日本はこんなにも、貧しく、哀しく、美しかったのだろうか…。
その素晴らしいセット美術は、第一話めの「十三夜」に殊に顕著で、遠景にニコライ堂の屋根が見える駿河台界隈の、ガス燈の灯りと十三夜の月が照らす夜道を静かに走る人力車のショットから既に、一目見たら忘れないような強い印象を放っている。この冒頭のショットで、あっという間に「一葉の明治」の世界に観客は誘われて行くのだ。


駿河台界隈を再現した美しいセット

静かな夜の上野の住宅街で人力車を降りたのは、大丸髷を結い、紋付の羽織を着た大家の奥様然とした女、お関である。お関を演じるのは丹阿弥谷津子。ほっそりとして品がよく、望まれて大家の奥様になったが結婚生活は不幸である、という女の気配をにじませている。お関は、身分違いの家に嫁いだばかりに肩身が狭く、若くして出世した傲慢な夫に辛く当られつつも、一人息子のために7年を耐えたが、ついに辛抱しきれなくなって親元に駆け込み、離縁したいから実家に戻らせてくれ、と哀願しに来たのだった。
ところがお関の実家では、なにかと婚家の世話になることが多い上に、折角産んだ一人息子をどうするのかと、父親はお関の離縁を許さないのだった。息子に二度と会えなくなってもいいのか、と父親に説得され、お関は泣く泣く婚家に戻るために人力車に乗る。ところが車夫の気まぐれで、いくらも走らないうちに夜道で車を降ろされそうになる。押し問答をするうちに、その車夫がかつての幼馴染のタバコ屋の一人息子、録之助であることにお関は気づくのだった。



…というわけで、このグレた末に身代を潰し、結婚も上手くいかず、極道の末に車夫に身を落としたものの、その稼業にも身の入らない、負け犬人生の録之助を演じるのは芥川比呂志である。バッチリのキャスティング。整った顔が憔悴して無精ひげをはやし、いかにもかつては評判息子だったのが身を誤ってうらぶれている感じがよく出ている。痩せた頬と肩が痛々しい。録之助は小町娘だったお関に恋をしていたが、彼女が大家に嫁に行ってしまった事から、世の中が面白くなくなってグレた果てに身を持ち崩してしまったのだった。幼馴染同志がそのまま結婚していれば互いに今とは違った幸せな人生を歩んでいたかもしれないが、もはや時を巻き戻す事はできない。お互いに幸せとは縁遠い現在。うわべだけ大家の奥様のようにしつらえても、夫の芸者遊びを黙って我慢し、忍従に次ぐ忍従の日々を耐えるだけのお関と、何もかも失って車引きさえまともにやる気のなくなっている録之助。しかし、お関は幼馴染の落魄した姿を目の当たりにして、却って自分を取り戻し、録之助を励まそうと心付けを渡す。録之助もずっと想っていたお関にはからずも再会し、泥沼の底で一瞬の光を見る。先々、二人がそれぞれ浮かび上がれるのかどうかは誰にも分らない。そして二人は柳の下で静かに右と左に分かれていく。
そんな二人を十三夜の月が煌々と照らしている…。
と、お話は古臭い人情話のようでもあるが、芥川比呂志丹阿弥谷津子のコンビネーションの良さに加え、スタジオセットで作られた背景が本当に素晴らしい。


月も未練な十三夜…ああ、明治の東京は美しい

上野の不忍池を挟んで向こうに遠く広小路の灯りが見えるシーンなど、実に明治情緒の纏綿たる背景の見事さに唸る。こういう映画の素晴らしい映像で、遅れて生まれてきてしまったワタシなどは、遠い明治を追体験することができるのだ。明治の日本はしんと静かで、しんみりと美しかったのだろうな…。

第二話の「大つごもり」(「大つごもり」とは大晦日の事)は金貸しの家で健気に女中奉公をする久我美子が清々しく可愛い。がめつい金貸しの女房に長岡輝子。こういうおかみさんにはうってつけ。このおかみさんは後妻で、後妻は娘ばかりを三人産んでいる。早くに亡くなった先妻の子は長男だが、ぐれてしまって家を出ている、実家では総スカンの嫌われ者である。後妻が来てから家の空気が変わってしまい、長男はグレざるを得なかったのである。このグレた長男に仲谷昇。後妻の産んだ我儘そうな娘の一人に岸田今日子。振り袖で羽子板なんかついている。お嬢様役だなんて、今日子さんたら。可憐な女中っ子を演じる久我美子の引きたて役ではあるのだけど、我儘お嬢様の今日子さんもナカナカですことよ。ふほ。
グレた若旦那を演じる仲谷昇がなかなか良い。ブヨブヨのほっぺたの爺さんになってからしか知らないが、若い頃は誰でも引き締まってキリっとしているものなのだなぁと今更に思った。昔はハンサムだったのね。


青年時代はハンサムだった仲谷昇と可憐な久我美子


ケチなおかみさんの長岡輝子

みなしごの女中お峰は、育ての親である叔父の借金の年末の支払い分2円をおかみさんに無心しなくてはならないのだが、ケチなおかみさんは貸すと言ったのを忘れたフリをして貸してくれない。そうこうするうちに、金貸しの家には節季払いの金が入るが、上の娘が産気づいて、おかみさんは付き添いに出かけてしまう。茶の間の引き出しに金をしまえと言われて20円の金を引き出しに入れるお峰だが、咽喉から手が出るほどに2円の金が欲しい。茶の間にはコタツに足をつっこんで、長男がうたた寝をしているだけである。どうしようかと煩悶の末、お峰はついに引き出しに手をかけてしまうのだが…。というわけで、健気な女中の追い詰められた末の行為を、酔ったフリをして終始人を喰った様子のグレた長男が庇ってやる(後妻と実家に対する面当てにもなる)という、ささやかなハッピーエンドのお話。山田洋次は3話の中でこれが一番好きらしいが、いかにも洋次が好きそうな話ではある。でもくれぐれもリメイクなんか考えないこと、ですわよ。

第三話は「にごりえ」。「にごりえ」というと、ワタシはかなり前にテレビ東京制作、久世光彦演出で何本か作られた日本文学のドラマ化シリーズの中の「にごりえ」を思い出す。田中裕子のお力が圧巻だった。田中裕子は映画「天城越え」の足抜け女郎が有名だが、同じ水商売の女の役でも、ワタシはこのTVドラマの「にごりえ」のお力の方が印象が強い。田中裕子のお力はえもいわれない凄みと頽廃と遣る瀬なさがあった。あれは傑作だったと思うので、もう一度観たいのだけどなかなか機会がない。今度放映されたらすかさず録画しなくては。…と田中裕子版はさておき、映画版のお力は色っぽい淡島千景。柳腰に白い浴衣姿が美しい。お力は菊乃井という銘酒屋の女だ。銘酒屋というのは下町にあって、表向き飲み屋ではあるが、酌婦が売春もした店である。



お力は「菊乃井」の売れっ子だが、昔の馴染みで、お力のために身を持ち崩した源七にストーカーのように付きまとわれている。源七を演じるのはキスか秋刀魚のような細い顔に妙な迫力のある宮口精二。源七の妻でグチグチと愚痴と繰り事ザンマイの女に杉村春子。出て来た、出てきた。文学座といえば杉村春子である。


ストーカーと化した源七(宮口精二)と妻のお初(杉村春子)

お力の今の上顧客で男前の結城に山村聡。これもうってつけなキャスティング。


結城(山村聡)という、いい客がつくのだが…

お力は若くて器量も良くて売れっ子で、あまつさえ結城といういい馴染みも出来たというのに、心の奥底に深い虚無と絶望を抱えた女である。それは、身に染み入る貧しさの中で育った事とも無縁ではないだろう。少女時代のお力がお使いでおこわを買いに行き、裏道で転んで泥水の中にぶちまけてしまった泥まみれのおこわをすくってざるに入れるシーンは、ワタシなども含めて今の大抵の日本人の知らない、骨の髄に食いこむような、哀しいまでの貧しさが漂っている。
過去に悲哀を抱え、現在に疲れ果てているお力。
希望の光もない事はなかったのに、お力は結局、負の世界に後ろ髪を掴まれてしまう…。

淡島千景も悪くはなかったのだけど、これは田中裕子のTV版の「にごりえ」の方が凄かったような気がする。久世光彦の演出も良かったのだが、田中裕子はお力の遣り切れなさがもっと心底から染み出していた感じだった…とついつい、田中裕子のお力が脳裏に浮かんでしまったワタシだが、第3話目もやはりセット美術が良く、道幅の狭い下町の銘酒屋街の雰囲気を実にそれらしく再現してあった。



夜更けの銘酒屋街を、巡査が一人で歩いていくシーンなど、いかにも明治という感じがした。セット美術だけでも一見の価値はある作品。こんな素晴らしいセットは、この先の日本映画ではもう作れないだろう。

コメント

  • 2011/08/14 (Sun) 23:32

    kikiさん、見ました!
    これ、三話とも面白かったですねえ、よかったですねえ。わたしは三話のなかではどれが好きかなあ、と考えると三話めの「にごりえ」が好きというか印象的で。あのラスト、衝撃的でした。まったく予想外な終わり方で。あのやせっぽち久蔵・宮口精二があんな所業に及ぶとは。あまり出演作を見たことはないけども、宮口氏は「七人の侍」こそはいい役でその印象が強いけども、他の作品では久蔵みたいな善い役ってみたことなくて、だからこの「にごりえ」の役もさもありなんという感じ。とはいえあのラストにはビックリでした。杉村春子も相変わらず上手で、こんなおばさんいそうだよね、うんうん、という感じ。そう、三話ともみんな上手い俳優・女優陣で面白かったです。樋口一葉も読んでみたくなりましたねえ。

  • 2011/08/15 (Mon) 23:21

    ミナリコさん ご覧になりましたのねん。
    三話三様に味わいがありましたね。ワタシはどれかが突出して好き、というのは無かったけれども、どれもよかったと思います。何より全体的にセットと撮影が素晴らしかったですね。
    そうそう、「にごりえ」は宮口精二が妙な凄みがありましたね。あの人はなんでもない地味なオヤジさんとかもハマるけれども、細い顔と細い体に妙な凄みを漂わせる時があって、それが得がたい感じですね。でも、「にごりえ」はテレビ東京のドラマ版がよかったですよ。機会があったら観てみてください。あれは忘れられないなぁ。どこかで放送されたら必ずゲットしなくちゃ!と思ってるのだけど、なかなか機会が巡ってきませんが…。
    樋口一葉は名文ですが、擬古文だからちょっと読みにくいですよね。でも文章にリズムがあるので読み出すと心地よいかもしれませんね。

  • 2013/11/07 (Thu) 01:15
    巡査

    原作では、巡査が歩いて行くのですが、
    その映像、巡査に見えますか?

    源七は、通りからお力の部屋を観ていたらしい.
    部屋の明かりが消えると、夜更けの道をとぼとぼと歩いていった.

  • 2013/11/07 (Thu) 22:01

    ここに映っているのが巡査だったかどうか、もう覚えてません。
    多分、巡査なのではないかと思うけれど。

  • 2015/04/23 (Thu) 22:53
    この映画の撮影は

    これは、大変に苦労した撮影だったらしい。
    京都の独立プロのスタジオでやったのですが、防音が不十分で、すぐ近くを電車が走っていたので、終電車が終わった後でしか撮影できなかったとのこと。

    この樋口一葉の小説『にごりえ』をオムニバスで劇化するアイディアは、蜷川幸雄の名作『にごり江』に影響していると思う。
    この今井正作品では『たけくらべ』がなく、蜷川作品では冒頭から大きな部分を占めています。
    、『たけくらべ』が除外されている理由は、当時五所平之助監督で『たけくらべ』を作ることが決まっていたからだと思う。
    昔の監督たちは、そうした仁義があったのです。

    今井正は、私も若いころは彼は共産党員なので嫌いでしたが、演出力は黒澤明並にあると思い見直しています。

  • 2015/04/23 (Thu) 22:58

    独立プロは、いろいろと苦労がありますね。
    でも、駿河台のセットなんて、本当に凄いと思いましたよ。つかの間、明治の東京をちょっとだけ垣間見た気分になれました。

    今井正の映画は、端正ですね。

  • 2016/09/13 (Tue) 09:18
    彼の作品では

    今井正の作品では、これと『夜の鼓』、さらに『あにいもうと』が非常に良いと思います。
    最近、草刈正雄の評価が高いようですが、これでの彼と秋吉久美子との兄と妹は非常に良かったと思う。
    岡本喜八の『青葉繁れる』も良かったですが。

    どれも女優をきれいに撮っていますね。
    彼の映画で最低は『妖婆』で、これは凄かった。

  • 2016/09/14 (Wed) 23:05
    Re: 彼の作品では


    今井正の映画って、端正だなって印象です。きちっとしてて、品が良くて綺麗ですよね。
    「あにいもうと」は、ずいぶん前に見た事があるような気もしますが、「妹」と印象が一緒くたになっている感じもします。機会があったら見てみます。

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