「The Kennedys」

-野望の果て-



現在、NHKBSプレミアで今「ケネディ家の人びと」という8回シリーズのドラマを放映中だ。ワタシはドラマだと思わずにタイトルだけ見てドキュメンタリーだろうと思って留守録しておいたら、脚本ユル目のドラマだったので忽ち観る気が失せてしまった。そういえばケイティ・ホームズがジャッキー・ケネディを演じるドラマを撮影していると前に読んだ事があったのを思い出した。なんだか高校生の学園祭芝居のようなおままごとジャクリーンである。JFKを演じるのはグレッグ・キニア。まぁ、なんとなく似ていなくもないけどちょっと気弱そうでイマイチでもある。そんなこんなでドラマには興味が湧かなかったので、昔観た英米のTV局が合作したドキュメンタリーの「The Kennedys」を思い出した。ユルいドラマより出来のいいドキュメンタリーの方が数倍面白いのは言う間でもない。それにしても、このケネディ家というのは、どうしてこうもドラマティックで過剰なんだろうか…。
とにもかくにも、ケネディ家といえば、全ての源は、欲望、野望、野心において人の何倍も過剰でアクの強いジョセフ・P・ケネディという存在にある。アイルランド移民の三世にあたるジョセフ・P・ケネディ。初代は貧しかったが、二代目であるジョセフの父パトリックは早世した労働者の父の屍を乗り越えて身を起こした。それでも彼は結局、町の小金持ち程度で満足したのだが、「一番を目指せ、二番は負けだ」と言われて育った三代目ジョセフの野望は軽くその父を飛び越えてしまう。欲の塊の彼は、金銭欲、性欲、出世欲の怪物で、ハーバードを出てウォール街で投資家になり、強引な手法で20代半ばまでに株で巨万の富を築く。(大恐慌の直前に持ち株を売り抜いて一挙に大富豪になったらしい。一種の伝説の相場師系の儲け方だ)そのうえ更に、アイルランド出身の裕福な政治家の娘を嫁に貰ってがっちりと財産と足場を固め、徐々に政界への足がかりをつけ、ルーズベルト大統領を支援した功績で、証券取引委員長にしてもらい、その後、駐英アメリカ大使になり、野望の行き着く先として大統領の椅子を一直線に見据えていたが、大統領への登竜門と言われる駐英大使は政治のプロでないと務まらないポストであるのに、素人大使のジョセフは忽ち失言(ナチスとアメリカは共存できる)で馬脚を現し、ごうごうたる批難を浴びて表舞台から引っ込まざるを得なくなる。ゴリガンおやじの大失態。
人生における初の挫折である。



以来、ジョセフは巨万の富を湯水のように使って、自分は黒子に徹し、息子を政界に送り込み、ケネディ家から大統領を出すという悲願に執りつかれる事となる。自らの手痛い失敗で余計にジョセフの頂上願望は熾烈になった。「ケネディ家に負け犬はいらない」という父の言葉で、子供たちはいやでもおうでも競争原理の中に投げ込まれていくのだ。

ワタシは、ジョセフの写真を観るたびに、ゴリガン爺さんになったC3PO(スターウォーズに出てくる金色のロボット)みたいだ、と思ってしまうのだけど、病的な女好きで、傲慢で、金で何もかも買えると思っている、こんな嫌な男を父に持ったら、さぞウンザリするだろうと思うのだけど、ケネディ家の子供たち、殊に息子たちは、父の野望に逆らわないのである。むしろ父の期待に応えようと、できる限り努力するのだ。圧倒的な父権が確立した家庭でもあったのだろうけれど、ハタ迷惑で鬱陶しいオヤジであったろうに、子供たちはそれなりにオヤジを尊敬し、愛してもいたらしい。それというのも、このゴリガンおやじも彼なりのやり方で、猛烈に、強烈に、子供たちを愛したからなのだろう。
…まぁ、確かにね。愛情もなしに、お前はこうなれ!と自分の野望だけを押し付けられても反発を招くだけだろうし。いかに身勝手な愛情だろうと、彼なりの愛情がないわけではなかったのだろう。


父の野望を実現させた息子と、野望の権化である父

このアイルランド系移民で、貧しかった1世から身を起こした2世または3世の男というのは、頑固で自信過剰で猛烈に家父長的で家族に競争を強いる面があったような気がする。というのは、グレース・ケリーの実家もフィラデルフィアで有数の資産家だが、アイルランド系の移民の家系であり、一代で財をなしたグレースの父ジョンは、家族にスポーツを奨励し、明るく元気で活動的である事を是としていた。内向的で、人見知りで、演劇に自分の世界を見出したグレースは一家の中の黒羊であり、父は生涯、アカデミー主演女優賞を獲ってさえも、グレースの才能を認めようとしなかったらしい。グレースが付き合う相手は悉く実家から反対された。そんな両親を納得させるには、小さな賭博国家であっても一国の元首と結婚する以外になかったのだろう。グレース・ケリーはそのクールな美貌の影に、最愛の父親から認めて貰えないという巨大な精神的飢餓を抱えていた。父は彼女を認めないまま世を去った。大金持ちのお嬢様がトントン拍子にスターになり、双六の上がりとしてプリンセスにさえなった。だが、結婚生活も幸せとは言えない状態だった。傍目にはいかに結構なご身分に見えようと、グレース・ケリーはずっと満たされなかったのではないかと思う。


グレース・ケリーと父ジョン・ケリー

…と、少し脱線してしまったが、ハリウッドつながりでいうと、ジョセフの愛人でもっとも有名なのは「サンセット大通り」のグロリア・スワンソンである。二人の関係が白熱していたのは1920年代、グロリア・スワンソンが美しい盛りの無声映画時代の事らしい。



ケネディ家の男たちがこの猛烈おやじのジョセフから、ひとしなみに受け継いでしまっていたのが病的なまでの女好きの性癖である。ジャック(=ジョン)ことJFKは若い頃から背骨に問題があり、激しい腰痛に悩まされ、大統領になってからも、痛みの激しい時には、カメラのないところでは松葉杖をついていたらしい。そこまで腰が痛くても、物陰で数分で済ませるような、ほんの束の間の情事に躊躇うことはなかったそうで、ただただ呆れるほかはない。ビョーキとしか言いようがない。この制御不可能の欲望は父親譲りの呪いのようなものかもしれない。とにかく、少しでもチャンスと時間があれば、女性を口説く事に余念がなかったようだ。彼の口説きに遭った女性によれば「壁の隅に追い詰められて口説かれていると、いつか知らないうちにフラフラとその気になってしまう」んだそうで、同性からも妙な意味でなしに好かれたし、女性にはやたらにモテた上にマメだった事も確かなようだ。彼には人蕩しとしての「魔力」があったらしい。


独身時代のJFK

若い頃のジョセフに生き写しだったような夭折した長男、ジョー(ジョセフ)・ジュニアの女性問題は分らないが、命が長ければやはり色々と女問題は出てきたに違いない。優秀で健康なこの兄と較べられて育ったジャック(JFK)。兄は長男の自覚が強く、競争心の激しさは父ジョセフをも鼻白ませるほどだったらしい。病弱な癖に太平洋戦線に出て、大海原で部下の命を救った事で一躍ニュースな人となったジャックに負けまいとして、兄は飛行機に乗り、行かなくてもいい戦闘に参加した挙句、30歳で事故死する。子供たちに競争心を煽ってきたジョセフの教育が大きく裏目に出たわけだ。最も期待をかけていた、自分の分身のような長男が功名心にかられた挙句に犬死にしてしまったのである。これを運命の皮肉と言わずして何を運命の皮肉をいうべきか。


功名心と競争心が命取りだった長男ジョー

この兄が夭折しなかったら、大統領のJFKは存在しなかったかもしれないし、もしくは兄もまた、大統領になったところで暗殺されたかもしれない。それは誰にも分らないが、長男の予想外の死で、刹那的に人生を楽しむ事にしか関心のなかった次男坊烏のジャックに父の野望という重い荷物が廻ってくる。アジソン病という難病を持病にもち、しかもごく若い頃から、あるいは生まれつき、背中の痛みに悩まされていたJFKは、長くは生きられないと思っていたのか、太く、短く、楽しんで生きる事しか考えていなかった。
目の上のタンコブでもあった兄が早世し、大統領への道を歩むというお鉢が廻ってきたジャック(JFK)は、オヤジの言うがままに下院選に立候補して無難に当選し、政界に出ていく。その後は誰もが知る通り、上院議員になり、オヤジの薦める女(=ジャクリーン)と結婚し、大統領になり、キューバ危機などを乗り越え、人間としても大統領としても一皮剥けて、まさにこれから名実ともに…という1963年にダラスで暗殺される。野望を息子に託した父ジョセフは、ハイアニスポートの別荘で息子の訃報に接し、声もなく涙するハメになる。ジョセフは2年前に脳梗塞で倒れ、言語と体の自由を失い、車椅子生活になっていた。


車椅子の父にキスをする息子 …野望だけではなく愛もあったのだね

かくて一族から大統領を出す、という悲願は三男のロバートに引き継がれるが、大統領選への出馬を表明し、着々と予備選挙運動を繰り広げていたロバートも暗殺され、最後に残された上院議員の四男のエドワードは煩悶の末、やはり一族の宿命を引き受けようと、1972年の大統領選への出馬を決意するが、1969年にいわゆる「チャパキディック事件」というスキャンダルを引き起こして、敢無く道は閉ざされてしまう。



こうして、長男の不慮の死、悲願をかなえた次男の非業の死、続く三男も凶弾に斃れ、四男は挫折し、一族の野望の火が完全に吹き消された事をまざまざと思い知らされ、鬼のような執念でひたすらに大統領へと息子たちを動かした野望の男ジョセフは81歳で失意の果てに生涯を閉じた。
身を滅ぼしかねない激しい野望で家族を駆り立てた報いなのか、長男、次男、三男と期待の星の息子たちの死を次々に車椅子の上で身動きできぬまま見届けさせられるという運命に見舞われたこのオヤジの人生を見ていると、やはり、誰の人生もどこかで収支の釣合いが取れるように出来ているのかな、と思えてくる。罪業の報いというものは,巡ってくるものなのだ、と。利益を総取りのまま墓場まで行くことはできないのだ。息子たちの悲劇は、このゴリガンおやじが、その性格や手段を選ばないやり口によって様々な人に憎まれた事にも起因しているのではなかろうか。自らのうちに燃え盛る野望を息子たちに託して、一時期は野望を叶えたかに見えたが、結局、その野望が潰え去る原因も自らのうちにあったという事なのかもしれない。身から出た錆である。

そしてケネディ家というのは、結局はこのジョセフ・P・ケネディという強烈なキャラクターの傘の下にその栄光も悲劇も醜聞も全て覆われてしまうのであり、この父が全ての源であり、元凶でもあったのだと、この一族についてのドキュメンタリーを観るたびに思うのである。

ドキュメンタリーで観た方がずっと面白いこの一族の話をドラマにして、それなりの感銘を与えるにはかなりの腕が要る。面白すぎるので、却ってベタになってしまうキライがあるからだ。ワタシは、この一族をドラマ化するなら、「MAD MEN」のプロデューサー、脚本家、演出家によって制作されるのがベストだと思う。というか、そのスタッフでなら是非見てみたいものだと思う。

コメント

  • 2011/07/09 (Sat) 23:24

    kikiさん

    ドラマ化しづらいですよね、ケネディ一族は。あまりにドラマティックで、下手な脚色を拒絶しますから。しかも一人だけでなく、登場人物一人一人がドラマティックでJFKのミニ版みたいなクリントンさんも含めると、いったいいくつ芝居や映画が生まれるかですもの。

  • 2011/07/10 (Sun) 09:56

    うまく作れば面白いとは思うんですけどね。でも、大抵の場合ドキュメンタリーの方が面白いですね。
    なにしろドラマ過剰な一族ですからねぇ。どこかに焦点を絞って作らないとですわね。

  • 2012/05/06 (Sun) 21:00

    こんばんは。
    ふらふらとここまで来ました。へへへ・・・。
    このドラマ、見ました。確かに演出ユルかった・・・。でもついつい最後まで見ちゃった。NHKだったこともある(CM嫌い)。長かったけど最後まで見たのは、主役夫妻がイメージとそうずれてなかったせいもあるかもしれない。
    ジョンの浮気症は病気としかいいようがないし、すべての大本の父親はメーワクこの上ないし・・・。個人的に興味がわいたのは3男のロバート・・・。この真面目一本の男が政治の世界に絡めとられていくトコにもう少しぐっと寄ってくれたらなぁ・・・。あ、マリリン役の人もなかなか頑張ってましたが、ロバートが彼女にふらっとするあたりが、もっと演出を効かせてほしかった・・・。
    全体に印象の薄いドラマだったんですが、「恐い・・・!!」って思ったのが一家の母親・・・。ダンナが自分の野望のために家族をふりまわし、愛人を秘書としてつねにそばにおいていても、だまって従っていた従順な女性が、ダンナが倒れてからそのダンナに静かーーーに復讐するんです・・・。ダンナは動けないし、うまくしゃべれないから、よけい堪えるの・・。いい気味って言えなくもないけど、ずっと従順な女だったから余計にぞくっとした。
    同時並行的に、NHK・BS1でケネディがらみのドキュメンタリーも一週間ずっと入ってました。たしかにそっちのほうがおもしろかったな。でも、アメリカ人って、「ケネディ」と名がつくものが好きですね。ドラマチックすぎるくらいに不幸だからかなぁ・・。
    お金も名誉もあっても、あんな家庭には生まれたくはない気はしますがね・・・。

  • 2012/05/07 (Mon) 00:20
    Re: タイトルなし

    fragil egg さん
    ケネディ・ドラマ、観られたんですね。ワタシも最初の15分ぐらい観てたんですが、こりゃダメだわ、と感じたので観るのをやめましたわ。確かにケネディ家の母(ローズっていったかしら)あの母は怖いかもしれませんね。オヤジが半身付随で車椅子生活になり、言葉も不自由になったのは、全く前半生の悪行の報いってものでしょうが、そうなってからの夫にジワジワ復讐したというのもありそうな話だな、と思います。ドラマだけのフィクションとはいえないかもですね。
    アメリカ人がケネディ家を好きな件ですが、アメリカにはヨーロッパ的な意味での階級なんてものは存在しないし、代々の王家もない。チャンスの国だから理屈としては誰でも大統領になれる可能性はあるわけで、そういう家柄に生まれなくてもチャンスはある。でも、みんな平等だ、自由だ、と言いつつも特別な階級への憧れは強い。で、ケネディ家はなり上がりのアイルランド系移民だけれども、やたらに上昇志向で金儲けが上手くて巨万の富があり、とうとう大統領まで出したわけですが、JFKは40代で若かったし、そこに、ヴァッサー女子大を出てフランス語ペラペラ(日本でいうと御茶ノ水女子大を出て英語ペラペラみたいな)のいいとこのお嬢様というような感じのジャクリーンが寄り添っているから、国民としては幻想を投入しやすかったのかもしれませんね。「ケネディ王朝」なんて言われたのは、やはりケネディ家の財力と、兄が大統領、弟が司法長官という要職に同時期に就いていたということ、そしてファッショニスタで才媛の妻ジャクリーンという役者が揃ったせいでしょうね。そこに幻想を見た、というか。王家を持たないアメリカは、ケネディ家を王家のように扱いたいのかも、ですね。

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