「暗くなるまで待って」(WAIT UNTIL DARK)

-傍に居てくれない貴方だけれど…-
1967年 米 テレンス・ヤング監督



オードリー・へプバーンの60年代後半の映画の中では、一番好きな作品。
何故好きなのかというと、映画として上手くできているという事もあるが、オードリーの夫を演じるエフレム・ジンバリストJrがちょっと好みだからだ。他の映画では観た事がないのだが、この人は同名の有名ヴァイオリニストを父に持つ渋い二枚目で、うちの母は彼が主演のTVシリーズ「FBI」を昔よく見ていたそうな。オードリーはオシャレコメディの他にサスペンス系の作品にも出ているが、案外サスペンスも合う。本作のプロデューサーは当時夫だったメル・ファーラー。メルが夫役じゃなくて良かった。
オードリーは作品を厳選して出ていた人なので出演本数は多くないし、従って外れ作品も少ない人なのだけど、これは脚本がよく出来ていて、半地下の密室で盲目の主婦に迫る恐怖という、いかにもベースが舞台劇らしいサスペンスで、アラン・アーキンにリチャード・クレンナなどキャスティングも効いていて面白い。オードリーは本作をもって一度引退し、9年後の「ロビンとマリアン」で復帰するのだが、できれば「暗くなるまで待って」でキッパリと引退してその後は人前に出ずスイスで引退生活を送った方が、オードリーらしい有終の美を飾れたのではないかとワタシは思ったりする。まぁ、みんながみんな、ガルボのような隠遁生活を送る必要はないですけれどね…。



オードリー演じる盲目の主婦スージーは生まれつきの盲目ではなく、事故により失明してしまったという設定。カメラマンである夫のサムとは、1年前に、失明後たどたどしく道を渡る彼女をサムが助けた事により知合って結婚した。つまり、殆ど新婚さんなわけである。が、夫のサムはスージーを盲目だからといって甘やかさない。自分でやれそうな事は全て手を貸さずに彼女本人にやらせようとする。盲目を理由に何もできない人間にさせない為だ。サムは父親か先生のような夫で、その厳しくも優しい感じを、エフレム・ジンバリストJrがよく出している。



知的でハンサムで穏やかそうな雰囲気のエフレム・ジンバリストJrは、佐田啓二を少し年嵩にして、渋くして、日焼けさせて、アメリカ人にしたような感じで、この映画でのサム役はかなり好みである。妻が盲目だからといって、二人して家に籠もっているわけにもいかないので、夫はけっこう妻をおいてバンバン仕事に出かけてしまう。彼女はそれについて可愛らしく不安を口にして夫に甘えたりもする。が、サムは心配をしないわけではないがさらりと外して取り合わない。このへんの感じがなかなか○。

60年代後半のオードリーは前にも書いたように、ちょっと容貌が衰えだした上に、猫目化粧などでけっこうきつい顔になっていたりするのだけど、本作では盲目の奥さんという設定なので、無論、どぎつい目化粧などはしていない。全体に地味めで、ショートヘアにカジュアルな服装、化粧もアッサリ目。だからすっきりとして素朴な綺麗さがある。本作では何といってもオードリーの盲目演技が目玉なのだが、やはり上手いと思う。対象から少しずれたところに目線をおいた感じや、手探りの手つきや、物音に敏感な様子など、オードリーらしさを失わず、しかも盲目らしい感じがよく出ている。


なんでもないカジュアルスタイルでもオードリーはどこか垢抜けている

ただ、いかに慣れた家の中とはいえ、壁伝いなどではなしに、部屋の真ん中をスタスタとつっきって奥の部屋まで行ったり、階段を恐れ気もなくスタスタ降りたり昇ったりというのは、完全に盲目の場合はムリじゃないだろうか、という気もする。というのは、ワタシは時折夜中にトイレに目覚めて、暗い中をトイレに行く途中で、物にぶつかったりけつまづいたりするからで、目が見えないとこういう感じなのかな、と思ったりするからだ。真っ暗闇の場合、壁に触りながら歩く事は出来ても、何にも触れずに背筋を伸ばしたまま、スタスタ部屋の中を歩いたりは出来ないんじゃないかと思うのである。


何にも触らないでこんなにスタスタ歩けるかなぁ…

さて、このサムとスージーの裕福ではないが平和な家庭に、ある日、怪しい男たちがやってくる。数日前にサムが空港で若い女に有無を言わさず託された人形のありかを巡って、一味の男どもが手を変え、品を変え、ありもしない仕事で夫を遠くへおびき出しておいて、一人で留守宅を守る盲目のスージーに迫るのである。人形の中にはヘロインのパッケージが縫い籠められていたのだった。…というわけでこの人形はジュモーとかブリュとかであろうか。顔がなかなか綺麗だった。


鑑定団に出したら高値が付きそうな人形? そうでもないか

というわけで、主犯を演じるのはアラン・アーキン。ワタシがアラン・アーキンを観たのはこの映画が初めてで、子供の頃に、昔の民放の洋画劇場で放映された時に観たのだった。最近はスキンヘッドでかっとび爺さんを演じる事が多いが、アラン・アーキンというと不気味でクレイジーなこの映画での犯人役の印象が強かった。スージーが盲目だと知って、当初は臭い小芝居をあれこれと試みるシーンがあり、アラン・アーキンは盲目のスージー相手だというのにあれこれと扮装をして現れてちょっと馬鹿みたいではある。が、これは元が舞台劇であるからの設定なのだろう。架空の人物にあれこれとなり代わって出てくるロート役の役者の見せ所というわけなのだ。でも映画で同じようにあれこれ変装をして出てくると間抜けな感じは否めない。このへんは映画と舞台の違いということであろうか。
リチャード・クレンナは犯罪者っぽくないが、100%の悪党ではない微妙な役廻りなので、この役には向いていたかもしれない。


サムの戦友を装うマイク(リチャード・クレンナ)

また主要な登場人物の一人として、上の階に住む孤独な少女グロリアがおり、存在感がワンポイントとして効いている。大好きなサムを挟んでお互いにあまりいい印象を持っていなかったスージーと少女グロリアだが、思わぬトラブルに巻き込まれたスージーを手助けするうちにお互いに分り合うという味付けもサブストーリーとして悪くない。クソ生意気で、メガネをかけた可愛げのないグロリアを演じる少女もなかなか上手い。焦点である人形をこの少女がちょっとの間持ち去っていたり、スージーの目の代わりをして味方のふりをしていたリチャード・クレンナ演じるマイクが一味であることを知らせたりする。




犯人たちの仲間割れなどもありつつ、アラン・アーキン演じる悪党と盲目の人妻との、暗闇での一騎討ちのクライマックスへと映画は盛り上がって行く。というわけで、まさにタイトル通り、暗闇に相手を誘い込んでのスージーの必死の抵抗が始まる。アラン・アーキンのまさかのジャンプにご注目。また、アラン・アーキンがステッキの柄をオードリーの首に引っ掛けて脅すシーンなども、オードリーの首の細さを強調しつつ、人を喰った犯人の性格なども浮き上がらせた上手い演出だと思う。


ヤバい奴を演じるアラン・アーキン

ちなみに、「暗くなるまで待って」というのはそのまま邦訳しただけなのだが上手い邦訳タイトルだと思う。たまにそのまま日本語にしただけのタイトルで、ピタっと嵌っているものがあるが、これもそんな邦題の1本だ。

全てが終わったあと、少女グロリアおよび警察とともに駆け付けた夫サムが、駆け寄って妻を抱きしめたりせずに「僕はここだ。こっちにおいで」と自分の方に妻を呼ぶ。あくまでも自力で人に甘えずに物事に対処するように日頃から仕向けてきた夫サムの「教育」が、スージーを危難から救ったのだな、という事がなんとなく仄めかされるシーンでもある。冒頭の方でなんでも自分でやれという夫に少しキレたスージーが「盲目の女性のチャンピオンになれというの?」と叫ぶと、夫は「そうだ!」と強く答える。よろばいながら自分の方へやってきた妻をサムはしっかりと抱きしめる。夫の肩に顎を埋めて安堵の涙を流すオードリーのアップで幕。「よく頑張った、偉いぞ」と夫に褒められたスージーの世にも嬉しそうな表情がいい。いつも冷静で妻を甘やかさない夫サムは、このたびは犯人たちに遠くへおびき出されて肝心の時に傍には居てくれなかったのであるが、一人で奮闘した妻をしっかりと抱きしめるシーンには愛情が籠もっていて、観客にもほっこりとした安堵感が漂う。登場シーンは多くないが本作のエフレム・ジンバリストJrは儲け役だと思う。また、オードリー・へプバーンには、やはり賢く健気でキュートな女性、というキャラクターが一番似合うと改めて思った。


こっちへおいで



でもまぁ、今回は上手く切り抜けたからいいものの、目の不自由な妻を一人にしてしょっちゅう出歩いていると、そのうち「一人にしなければよかった…」というような事にもなりかねない。ソフトなスパルタ主義のサムではあるが、もうちょっと奥さんと一緒にいてあげなさいね、と思ったりした。

コメント

  • 2011/07/11 (Mon) 09:35
    ★★★★★

    私にとっても★五つのお薦め映画なんですが、なんといっても原作の舞台劇からして設定が面白いですもんね。
    伏線の張り具合もニンマリするほど面白いです。

    ロートの二役扮装は、スージー以外の人間に見られた場合のための用心だと解釈しました。如何にも舞台劇らしい所ではありますが・・。

    「サンセット77」や「FBI」で見ていたエフレム・ジンバリスト・Jrを初めてスクリーンで見たのがこの映画で、ピッタリの役でしたよね。

    最初に見たのが1972年のリバイバル上映で、終盤のロートのジャンプシーンでは大きな悲鳴が上がりました。

  • 2011/07/11 (Mon) 22:16

    十瑠さん。
    細かくあれこれと伏線張ってますよね。オードリー演じる盲目の主婦がとても勘が良くて、細かい事を聞き漏らさない注意深い性格だというのも、さりげなく紹介していくし。

    まぁ、あの変装は確かに他の人に見られた場合を想定してなんでしょうけど、あんなナンチャッテな変装って映画としては何かアホっぽいですよね。かなり舞台的な部分ですね。

    ジンバリスト、他の映画にあれこれと出ていても、そうそう良かったかどうか分らないんですが、これの夫役はとてもよかったと思います。儲け役ですよね。

    リバイバル上映をご覧になったんですね。ワタシはTVの洋画劇場のどれかで観ました。映画館で観ると観客のリアクションが記憶に残ったりして、それがTV観賞と劇場観賞の違いかな、と思いますね。

  • 2011/07/12 (Tue) 13:30

    私もこの映画はテレビで見たのですが、グロリアとのサブストーリーが意外としっかり描かれていたのが印象的だった覚えがあります。それと、怒って台所のモノを手当たり次第に投げて壊したスージーが、結局は手探りながら自力で片付けるシーンなども、この時代に日本ではこういう脚本は書けない(書けても日の目を見ない)だろうなぁ、なんて思ったりしました。こういう設定って、日本では美談か差別かのどちらかに偏りがちですもんね。

    そしてエフレム・ジンバリストJrって…あぁ、「FBI」の人でしたか!実は「FBI」って、私が初めてハマったアメリカのTVドラマでした(ウィキで調べたら日本では1965~1975年まで放映していたらしいので、最後の1、2年を見ていた模様)。当時、将来の夢は「FBI捜査官」と、半ば本気で思ってましたから(笑) エリート系アメリカ男の典型のような俳優さんですねぇ。

  • 2011/07/12 (Tue) 22:29

    xiangさん。
    台所のものを床に投げつけたのはグロリアですね。スージーと口論して癇癪を起してものを投げるのだけど、それを目の不自由なスージーがたどたどしく拾うのを見てグロリアが反省するシーンです。この時グロリアが「割れないものを投げたの。パパがそうしてたから」と言うのが印象的です。

    そうなんですわ。エフレム・ジンバリストJrは「FBI」の人なんですよ。xiangさん、ご覧になってたんですね。ワタシはちゃんと観た事ないかもですわ。うちの母はジンバリストというとすぐに「FBI」を思い出すらしいです。TV俳優なんですね。それにしても、xiangさんはFBI捜査官になりたかったんですか。硬派な女の子だったんですねぇ。ふふふ。

  • 2011/07/13 (Wed) 16:54

    あらら、私ったらずいぶんうろ覚えでしたね(汗)
    何だか久しぶりに見直してみたくなりました。

    幼い頃の私がFBI捜査官の次に憧れたのは、岡っ引き。
    「伝七捕物帖」の中村梅之助さんに惚れたんです。ふふ。
    土産物用の十手と御用提灯を買ってもらって喜んでいた渋い小学生でしたよ(笑)

  • 2011/07/14 (Thu) 07:08

    久々に観ると、また色々新鮮かもですよ。
    ワタシはつい最近、映画chのひとつで放映してたので久しぶりに観ました。

    FBI捜査官の次は岡っ引きですか。取り締まりたい願望って感じとか?(笑)
    中村梅之助とはまた、猛烈にシブイとこ行きますねぇ。
    ワタシは何になりたいと言ってたのかな。思い出せるのは、カトチャンの奥さんになる!と言い張っていたことぐらいです。 …とほほ。

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