「青いパパイヤの香り」 (L'ODEUR DE LA PAPAYE VERTE)

-べトナムのエッセンス-
1993年 仏/ベトナム トラン・アン・ユン監督



昔、一度観たきりだったのだけど、最近、映画チャンネルで放映されたのを録画しておいて久々に観賞。
何本か撮っているけれども、結局、トラン・アン・ユンはこれに尽きるのではないかと思われる。(全作観ているわけでもないのにナンだけれど…)ベトナム系フランス人であるトラン・アン・ユンの頭の中にエッセンスとして紡ぎ出された故国ベトナムの文化と風物。実際のベトナムよりも美化されているのは確かだけれど、改めて観てみると、ワタシがハノイを旅してベトナムに感じた魅力は、本作の中に間違いなくエッセンスとして漂っている。暑い暑いと映画の中で登場人物も言っているが、緑の多い家の中で、常に葉陰を涼しい風が吹き抜けてくるような映像には不思議な清涼感がある。

時代設定としては多分、1950年代ぐらいだろうか。貧しい少女ムイは、サイゴンで布地屋を営む家の女中に雇われる。その家には商売と家とを一人で切り回す女主人と、趣味だけに浮き身を費やす放浪癖のある主人に、その三人の息子と、隠居部屋にこもりきりの老婆がいた。ムイは初老の先輩女中に仕事を教わりつつ、女中奉公を始める…。



というわけで、主な舞台はセットで作られたこの布地屋の家と裏庭、そして通りに面した店などであるが、これが全部スタジオにセットで作られているらしいのだけど、実に魅力的な佇まいである。殊に広い裏庭においしげるくさぐさの植物、樹木、果実などが目に涼しく、裏庭に面した解放的な台所で女中たちは低い椅子に腰掛けて食事を作る。先輩女中が野菜の炒め方などをムイに教える。また、皮を剥いたパパイヤの果肉を細く削ったものに、ニョクマムらしい調味料をかけたお惣菜も、いかにもベトナムらしくて、しかも美味しそうだ。食事は使用人たちも主人一家と同じものを台所で食べる。食事による差別などをしないのだな、と思う。




七厘らしきものに炭火をくべて炒めた野菜 美味しそうだ


パパイヤの果肉を刻んだお惣菜 さっぱりしてて甘酸っぱい味が想像できる

小鳥に昆虫に爬虫類など、庭には様々な生き物がいるが、食事を作るシーンにしても日常の生活ぶりにしても、不潔感が感じられない。これがインドだったら、何も臭って来ないのに鼻を摘みたくなるような映像になるのではないかと思ったり…。
家の中を人々は裸足で歩くが、ムイは絶えず床を綺麗に水拭きしているので、家の中は常に整然として、日差しを遮られた屋根の下でひんやりと涼しそうに見える。この布地屋の店の奥の住いのセットが実に秀逸。風通しが良さそうでどことなくセンスが良い。置かれた家具や調度品などにも、ベトナム雑貨などにも見られるたくまざるセンスの良さがある。そして、ムイら使用人も紗の蚊帳の中で眠るのだが、この寝床を覆う紗の蚊帳というのは、実に優雅なものだと思う。


本を読む次男、いたずら小僧の三男、水拭きをするムイ


風通しの良さそうな家


白い蚊帳の中で目覚めると、窓の外にはパパイヤ 妙に優雅だ

面白かったのは、2階の隠居部屋で大奥様ことお婆さんが殆ど1日中仏に祈りを捧げているのだが、仏壇に置かれたリンが、ちんまりと座布団の上に収まっている様子などがあまりにも日本と同じなので驚いた。日本と同じといえば、蚊取り線香なども大日本除虫菊謹製の金鳥のように見えたけれども、そうなのかしらん、違うのかしらん…。蚊取り線香は日本の偉大な発明品であるが、東南アジアにも広く伝播して使用されているらしい。
また、せんねん灸なども登場して「あらら~」と思った。


鉦の下のざぶとん どこでも同じなのね…


ひさしぶりに見た蚊取り線香 せんねん灸まで登場するのだった

というわけで、ところどころに日本人には懐かしく感じられる小物が散りばめられていたりするのだが、日本人がベトナムを旅したり、こういうベトナム映画を観て感じるのは、風物や人の心情、佇まいなどに昔の日本にもあった何かを折に触れて感じる、というところではないだろうか。例えば、蚊取り線香などは今の日本ではあまり使われなくなってしまったような気がするけれど(そうでもない?)、ワタシが子供の頃までは、あれはやはり代表的な夏の匂いだった。今回、「青いパパイヤの香り」を見ていて、ふいに蚊取り線香が出てきて妙に懐かしい気持ちになった。縁側で蚊取り線香を焚きながら、祖母と夕涼みをしていた子供の頃の夏を、ふいに思い出したりした。

本作は、家屋や家具調度などから発するベトナムのエッセンスが好ましいのと、少女時代のムイを演じる少女の魅力が大きなポイントである。昆虫や植物を飽かずに眺めているのが大好きな無口な少女ムイ。貧しいが、服と髪留めのリボンの色は必ず揃えていたりして、身なりもこざっぱりとしている。映画そのものも、ムイが少女時代を過ごす布地屋一家の日々を追っている前半部分が面白い。


昆虫と植物を愛する少女ムイ アリの行進をじっとみつめている

怠惰な趣味人で、楽器演奏など趣味的な事はやるが、商売にはまるで興味がなく、店も家も妻に任せて自分は総領の甚六を決め込んだ挙句に、娘が病死してから暫し封印していた放浪癖が頭をもたげ、家の金を全てもち出してふらりと失踪してしまう夫。ちょっと二枚目らしいこの夫に文句も言わずに仕え、金を持ち出されても黙って耐え、留守宅と店を守る妻。主人の不在で残された息子たちにもあれこれと動揺が走る。普段は家に居ないらしい長男はともかく、ムイと同年代ぐらいの次男、幼い腕白盛りの三男は、父の長い失踪を受け止めかねて心が屈託する。いたずら盛りで何かとムイの仕事の邪魔をする三男や、母に同情し、激しい感情を内に抑え込んでいるような次男の様子も印象的だ。


ちょっと二枚目だが怠け者で趣味人で放浪癖のある主人

三男のいたずらに驚いて奥様の大事なツボを割ってしまったムイだが、奥様は彼女を叱らない。そもそも優しい人なのだが、彼女は病死した娘の事が頭を離れず、ムイを娘の代わりのように思っているからでもある。本作の中で、この布地屋の奥様は非常に印象的な登場人物である。


忍従の奥様

いかなる事にも声を荒げず、常に物静かに、少し悲しそうに、ひたすらに忍従の日々を送る奥様だが、大奥様こと隠居部屋のお婆さんは当りがキツい。「お前が至らないから息子が浮気をするんだ」などと嫁を責める。自分は若くして死んだ夫に操を立て通して後家のふんばりでやってきたのだろうが、息子の育てようを失敗した事に責任は無いと思っているのだろうかしら。この頑固なお婆さんの様子をずっと外から窺う老人とムイは親しくなる。老人はずっとお婆さんを愛してきた人で、若くして未亡人になったお婆さんに求婚したが断られてしまった。以来、会えないがずっと陰ながら心配している、と語る。この老人がムイの手引きで2階の隠居部屋に籠もるお婆さんを背後から眺めて至福の表情を浮かべるあたりに、トラン・アン・ユンのロマンティストぶりが伺える。



後半、ムイが大人になり、布地屋から新進作曲家の家に移ると、ムイの恋愛がメインになり、布地屋一家がその後どうなったのか全く語られない為に、何か肩透かしを食ったような気分になる。怒りを内側で醗酵させていた次男はどうなったのか。あのいたずらばかりしていた三男はどうなったのか、10年後に話が移ると一切出てこない。ただ次男は家を出てしまった、と奥様が言うだけである。
10年後、長男は父親そっくりの怠け者の趣味人になり、気の強い嫁が来て家と店を切り盛りしている。この嫁が、惚れた夫にはバカ甘だが、その他の人には当りのキツい様子なども短い間に描かれる。奥様は隠居になって、昔お婆さんが籠もっていた2階の隠居部屋に籠もる日々である。散々苦労してきた挙句に、老いてからは頼りない長男と、気の強い長男の嫁に気兼ねして隠居部屋に閉じこもる日々が待っているのでは、全く浮かばれない人生である。戦前までの日本にも、こういう忍従型の女性は沢山居たに違いない。
ムイが長男の親友の家に移る事になり、奥様は激しく嘆き悲しむ。この奥様がムイが去ったあと、どうなったのか非常に気懸かりなのだが、多分ムイが出て行く朝、悲しみの余り亡くなってしまったのだろう。奥様にとってはその方が幸せだったのかもしれない。


ムイとの別れを嘆く奥様

大人になったムイを演じるのはトラン・アン・ユンの妻で「ノルウェイの森」以外の作品には全て出ているトラン・ヌー・イェン・ケー。確かに美人ではあるが、常に意味なく微笑を浮かべているのは不気味としか思われない。(パパイヤの実を割って中にぎっしり詰まった種を指先で触ってニヤ~っとするシーンは本当に不気味だ)トラン・アン・ユンは彼女の微笑にアルカイック・スマイルのような魅惑を感じるのだろうけれども、ムリに意味なくニヤニヤしているように見えるので、却って厭な女に見える。また、使用人なので姿勢が前かがみで卑屈な感じで歩いたりするのが、猿みたいであまり感心しない。主家の奥様の忍従の半生を踏み台に、自分はニヤニヤしたうすら笑いを浮かべた顔と卑屈な前かがみの姿勢で、パリ音楽院を出てきた名家の坊ちゃんをゲットして若奥様に納まるとは。
ムイ、ニヤニヤしながら太い奴である。


いつも薄気味悪くニヤニヤしている


へこへこ前かがみな姿勢が卑屈に見える

というわけで、前半と後半が上手く繋がっていないのも引っ掛かるし、大人になったムイは少女時代の魅力がないしで、映画としての一貫性に欠けるところはあるものの、後半でも作曲家の家の内装などセット美術に見所があり、「マッタリとした雰囲気を味わう映画」としては、特にそれで不足はない出来にはなっている。


後半のみどころは新進作曲家のオシャレ生活と家の内装


とにかく、食べ物が美味しそうである

家の造りや植物の多い様子、中国の影響を受けつつ中国そのものではない独自の文化のありようや、食器や雑貨や家具のデザインなども含めて、ベトナムというのは何か心を惹きつけるものをもっている国だとおもう。美しい蓮や百合の生花を毎日、通りに売りにくる。プリミティブなようでいて、どことなく優雅でセンスが良い。食べ物も美味しい。そういう文化に興味のない人はダメだろうけれども、ワタシなどはやはり何とはなしにベトナムに心惹かれる。あまり発展して町も人も変わらないうちに、またベトナムを訪ねてみたいと思っている。

コメント

  • 2011/07/25 (Mon) 16:01

    kikiさん:
    私もトラン・アン・ユン監督の作品は、この「青い~」と「夏至」しか見ていないんですが、この2本のおかげで「ベトナム=静謐、清潔、ちょっと隠微」というイメージが焼き付いてしまっています。ベトナム、行ってみたいなぁ。

    「夏至」もトラン・ヌー・イェン・ケーにちょっとイラッとさせられたり(苦笑)しますが、ルー・リードの音楽やインテリアがいい感じです。夏の蒸し暑い夜、汗をかいたグラス片手に、蚊取り線香を焚いてゆったり団扇を使いつつ鑑賞するには良いかも知れません。ぜひぜひ。

  • 2011/07/25 (Mon) 22:16

    xiangさん、「夏至」は既に見ております。かなりのマッタリ度ですよね。三人姉妹の話でしたっけ?なんか兄と妹で近親相姦っぽいムードもあったりなかったりな気配だったような…。映像は凄く綺麗だったのだけど、ワタシは「夏至」はちとマッタリしすぎだし、筋というほどの筋もなしで、あまりにも雰囲気映画過ぎるなぁという感想だったのでした。「シクロ」も随分前に見たけど殆ど覚えてません。というわけで、一応3本ぐらいは観てるのだけど、好きなのは「パパイヤ」だけかも。でも「夏至」は映像と音楽は印象的で、夏の宵に環境ビデオ代わりに流しておくのは持って来いかもしれませぬね。ふほほ。
    ベトナムは好き嫌いが分かれる国かもしれませんが、行く前から興味を持っていて行かれるのであれば、心地よく過ごせるのではないかと思われます。ワタシは非常に好印象でした。もう一度ぐらい行こうかな、と思っています。

  • 2016/03/20 (Sun) 04:57
    南国

    本編は南国の暑さと香りがしました。台湾映画のホウシャオシェン監督の作品などにも通じます…。そのマッタリ感は好き不好きは有りますが♪男が女の子の気を惹くために色々と邪魔してオナラする滑稽さなんかは小津安二郎監督の映画みたいで日本的かも。

    • PineWood #mdX0xzVk
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  • 2016/03/21 (Mon) 18:31
    Re: 南国

    PineWoodさん
    侯孝賢の作品と通じる空気感ね。そういう部分もあるかもしれませんね。小津の映画にも影響を受けているだろうことは想像にかたくないですね。

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